二十四.心をなくしたロスト・ワン! カマセイヌの過去

 燃えるような夕日が沈む。ロスト・ワンはその様子を、処分場で一番高いゴミの山から眺めていた。処分場の職員は、全員生体エナジーを吸い取られ、倒れている。

「ああ、なんて素敵なの、アテクシの坊ヤ。こんなに成長しテ!」

 ロスト・ワンの横に現れたサルハーフは、うつろな目で空を眺めるロスト・ワンの頬を撫でる。宝物に触れるような手つきだったが、ロスト・ワンは人形のように黙ったままだった。

「この子が集めた大量の生体エナジーが、フェイク・クリスタル・ベータの中でうずまいているワ。この肉体も、いい感じに最適化されているハズ。ああ、宇宙船に戻って、早く支度をしたいワ! でも、その前ニ」

「アルファを手に入れろ、ってか? クソオカマ」

 少し離れたゴミの山に、ニヤニヤと笑うカマセイヌがいた。山の中からくず鉄を探し出してはボリボリとかじっている。

「分かってるなら早くしたらどうなの、ワンちゃン」

 サルハーフの言葉を無視し、エネルギー転換が難しい錆びたネジをぷっと吹き出す。ゴミの山々を足場にして、ロスト・ワンへ近づいた。

 宙に浮くカマセイヌは、ロスト・ワンの人形のような横顔に鼻を近づけ、臭いをかぐ。

「おい、こいつ本当に生きてんのか? 死人みてぇな臭いしかしねぇ」

「やだちょっと、ちょっかい出さないでくれル? この子、見た目以上に凶暴なのヨ」

「それはますます、ちょっかいをかけてみたくなるってもんだぜ!」

 空気を切り裂く音がした。ロスト・ワンのあごに、ぎらりと光る鉄の爪の先端が下から突きつけられる。

「おい、俺と遊べよ、あやつり人形。俺は今、イライラしてんだ」

 耳元でささやかれた言葉に、ロスト・ワンの頬がぴくりと震えた。その瞬間、ロスト・ワンの体の周りにつむじ風が起こり、突きつけられた爪を引きはがした。

 カマセイヌは体制を整え、すぐにまたロスト・ワンへ襲い掛かった。ロスト・ワンは体を斜めにして鉄の爪を避けると、カマセイヌの腹を蹴りつける。

 二人は瓦礫の山から落ちてゆく。その間も蹴りと拳が激しくぶつかり合った。

「フン、やるじゃねえかっ!」

 カマセイヌが鉄の爪で大きくひっかき、ロスト・ワンが地面に叩きつけられる。その余波で周りのゴミの山がガタガタと震えて崩れて、砂ぼこりが起きた。

 しばらくすると砂ぼこりの中からロスト・ワンとカマセイヌの姿が現れた。ロスト・ワンは、両腕についた鎖でカマセイヌの鉄の爪を受け止めていた。ロスト・ワンの顔には、相変わらずなにも感情が浮かんでいない。本当に死んでいるような顔だった。

 そんなロスト・ワンの顔を見て、カマセイヌは昔を思い出した。

 カマセイヌは異次元モンスターとして目覚める前、さまざまな場所をさまよう野良犬だった。

 大きな体と乱暴な性格で、人間にも同じ犬にも恐れられ、だれもカマセイヌのことを本気で相手にすることはなかった。カマセイヌは強かったが、からっぽの心を抱えたまま、孤独に生きていた。

 ある日、人間の罠で大怪我を負った所にDr.チートンが現れて、異次元モンスターと融合させられた。

 さらに強い力を手に入れたカマセイヌは、からっぽの心を満たしてくれるもの――本気で戦える相手を求めるようになった。それがカマセイヌを苛立たせる原因にもなっていた。

「ずいぶん元気だな、あやつり人形の分際で! 気味悪いが、十分役立ってくれたじゃねえの……アイツをおびき出すにはな! いるんだろうがよぉ、ユカリオン! 出てきやがれってんだよぉおおおおおお!!」

 カマセイヌが体を仰け反らせ、怒りの叫びを上げた。すると、遠くから人影が現れた。


 *


 ロスト・ワンとカマセイヌの前に現れたのは、一人の女の子だった。

 茶色い髪を二つ縛りにした、オレンジ色のセーラー服。大きくてきれいな目には、強い意志が秘められている。

 女の子の胸リボンには、エメラルドグリーンの光を放つブローチがあった。

 ロスト・ワンは鉄の爪を振り払い、近づいてくる女の子をじっと見つめた。今まで閉ざしていた口が小さく開き、なにかを言おうとした。しかし、吸い込んだ息は声にならない。

 女の子はロスト・ワンの姿を見た瞬間、悲しそうな顔をして胸を押さえた。そして、両手で胸元のブローチを包み込むと、よく響く声で「超絶変身」と叫んだ。

 彼女の足元に六角形の光が現れ、体を包み込む。やがて光がはじけ、黒のボディスーツとスカート、銀のプロテクターとヘルメットを纏った、ロスト・ワンと同い年くらいの少女が現れた。

「私はアルファの力を持つ者、ユカリオン。そして、ロスト・ワン……榊乃くんを、助けに来たの」

 少女――ユカリオンは、ロスト・ワンをまっすぐ見つめ、そう言い放った。


 *


 共鳴を追いかけ、やっと見つけ出したロスト・ワンは、まるで人形のように無表情だった。

 共鳴を追いかけている途中で、ロスト・ワンの気配が残るアパートがあった。そのアパートの一室で、意識を失って倒れている女性を見つけた。女性には優人の面影がある。きっと彼のお母さんなのだろう。

 すると、その体のあちこちに、うっすらと紫の光が滲んでいることに気づいた。

 本当に、優人は、ロスト・ワンになってしまったのだ。

 絶望的な気持ちになりながらも、それでも由香利は諦めなかった。ロスト・ワンを探し続け、この最終処分場にたどり着いたのだ。

「遅かったじゃねえか、ユカリオン」

「ロスト・ワンを、榊乃くんを返して」

 カマセイヌの目からは、俺と戦えという殺気がいやになるほど漂っていた。

「フン、このクソガキと知り合いだったとはな。なるほど、そういうことかい」

 カマセイヌは気色悪いほどおだやかにうなずく。

「だったら、余計に返す気はねえなあ、なあ、クソオカマ」

「ええ、そうネ、アテクシの可愛い坊やは渡さないワ」

 珍しくカマセイヌに同意を示したサルハーフが、パチン、と指を鳴らす。すると、人が一人入るくらいの紫の水晶が現れた。次の瞬間、ロスト・ワンの姿が消え、水晶の中に瞬間移動した。

「榊乃くん!!」

 水晶は逃げるように宙に浮かび、ちょうどユカリオンとカマセイヌの中間辺りで止まった。ロスト・ワンは無表情のまま抵抗することなく、ユカリオンを見下ろしている。

「俺と戦え、ユカリオン。一対一の戦いだ。もしてめえが逃げる気なら、今すぐあのあやつり人形のクソガキを殺す。それはいやだろう? おい、クソオカマ! この戦い、てめえもそのクソガキも、手ぇ出すな!」

「好きにして頂戴。アテクシは、アルファが手に入ればそれでいいワ」

「分かればいいんだよ、クソオカマ。さあ、準備はいいか、ユカリオン!」

 カマセイヌの殺気が増す。ユカリオンは足を広げ、拳を握り、構えを取った。ここで戦わなければ、ロスト・ワンを助けることはできない。

「そうこなくちゃな、行くぜ!」

 二人は同時に動いた。ユカリオンはカマセイヌの顔めがけ、拳を打ち込んだ。カマセイヌはそれをあっさりと避ける。

 しかし拳はおとりだ。ユカリオンは素早く腰をひねり、カマセイヌの顔面に蹴りを叩きこんだ。

 衝撃で顔がひしゃげたカマセイヌは、目を白黒させる。しかしすぐに、鉄の爪を下からすくい上げ、ユカリオンを切りつける。ユカリオンはすかさずバック転して爪を避けた。

 お互い息をつく暇もない。だが、その中でカマセイヌは笑っていた。笑いながら戦っているのだ。そのことが、ユカリオンには恐ろしく思えた。

「ああ楽しい、楽しいぜ! もっと俺を見ろ、俺だけを見ろ! てめえのすべてを俺に晒せ!! さもないといますぐロスト・ワンを殺してやる! 俺の爪でアイツの心臓を貫いてやる!」

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