二十.衝撃! ロスト・ワンの正体

「ロスト・ワンに風で対抗するつもリ? なんてあさましいのかしラ!」

 サルハーフの嘲笑を無視し、ユカリオンはフラッグを掲げたまま神経を集中させた。かすかでも風を感じるとき、それがロスト・ワンの現れるサインだ。

「そこっ!」

 両腕を思い切り広げ、旗を羽ばたかせるように仰いだ。

「リオンブラストッ!!」

 仰がれた風はエネルギー波を伴った突風となった。風が通った場所の地面がえぐられ、その中に泥をかぶった人影が現れた。そして、人影から泥を剥がすようにつむじ風が起こる。

「もう一回!」

 ユカリオンはすかさずつむじ風に向かって走り、素早く二度目のリオンブラストを叩き込んだ。

 突風はロスト・ワンの体を突き抜けた。かすかなうめき声と共に、ロスト・ワンは力を失ったように膝を突き、うなだれた。

 それと同時に、ユカリオンの胸に強い痛みが走った。それはまるで、雷が落ちたような衝撃で。

(えっ!)

 ユカリオン――由香利は、これと同じ痛みを知っている。これは、図書室の、あのときと同じだった。

【ベータの共鳴にそっくりだ! しかしこれは、あのときの】

(待って、アルファ、待ってよ、違う、違うよ)

 アルファの次の言葉を聞きたくなくて、由香利は必死に否定した。しかし。


【榊乃優人と同じ反応だ!】

 

 由香利の脳裏に浮かぶ優人は、辛い仕打ちに耐えられる、優しい、普通の男の子だ。こんな、だれかを傷つけるようなことを、できるような人じゃない。

(違う、アルファ、なんかの間違いだよ。榊乃くんはあんなことしない。榊乃くんじゃないよ)

 心の中で叫びながらも、由香利は気づいていた。ロスト・ワンが纏う暗い雰囲気が、優人のそれと、とてもよく似ていることに。認めたくない、認められないだけだった。

 だが、ロスト・ワンも胸に手をあてがい、身体を震わせている。

 彼も同じ衝撃を受けたのだ。

 ユカリオンの手からフラッグが滑り落ちた。全身から力が抜けていく。

「ああっ、かわいそうなアテクシの坊ヤ! 今、アテクシが助けてあげるワ!」

 嘆きの声を上げたサルハーフが、カマセイヌを捕まえているのとは違う触手をロスト・ワンの体へ巻きつける。そして、紫に輝く生体エナジーを注ぎ込んだ。ロスト・ワンがうっ、とうめき声を上げ、体を仰け反らせる。光はロスト・ワンの体のすみずみまで広がった。

「さあ、ロスト・ワン。ユカリオンの生体エナジーを絞りきってあげなさイ。そして憎きアルファを取り出すのヨ!」

 ロスト・ワンは操り人形のように立ち上がり、左腕を振った。腕についた鎖が、ユカリオンに襲い掛かった。

拘束の鎖バインド・チェーンだ、逃げろユカリ!】

 抵抗すら忘れたユカリオンの手足に、鎖が絡みついた。

 ロスト・ワンは宙に浮かぶと、鎖のみでユカリオンの体を宙へ浮かせた。

「ユカリオン!」

 重三郎から悲鳴のような声が上がる。重三郎は手に持っていたアルファガンを撃った。緑の光線がロスト・ワンのゴーグルを砕き、片目があらわになる。

「さ、かきの、くん?」

 ユカリオンの目に映ったのは、紫に光る瞳――それは、図書室での優人と同じものだった。

 息をのんだユカリオンの目から、涙がこぼれた。

「奪え、かまいたち」

 ロスト・ワンの口が、感情のない、低い声で告げた。ユカリオンの頬に、この場にそぐわない柔らかな風が吹く。次の瞬間、紫の光がユカリオンの全身を切り裂いた。

「きゃああああっ!」

 体中を切り裂かれる痛みに、ユカリオンは悲鳴を上げる。

 ユカリオンの体がつむじ風に包まれると、ロスト・ワンは両腕を広げ、ユカリオンの生体エナジーを吸収し始めた。

「イイワ、イイワ、イイワァアア! 素敵、素敵よ、ロスト・ワン! アテクシの可愛い坊ヤ!」

 サルハーフが喜びの声を上げるが、それは一瞬だった。突然、ロスト・ワンの様子が変化したのだ。

「う、うう、あああっ!!」

 苦しげな声を上げ、宙に浮く力を失ったロスト・ワン。同時に鎖から解放されたユカリオンと共に、地面にたたきつけられた。

「なんてこト!」

 サルハーフは慌てて触手を伸ばし、ロスト・ワンの体を回収すると、カマセイヌと共に姿を消した。

 そして、ユカリオンの意識も途切れた。


 *


 異次元モンスターの気配が消えた解体現場には、変身の解けた由香利のみが残されていた。

「由香利‼」

 重三郎は大慌てで駆け寄り、由香利を抱きかかえた。

「ゆ、由香利ちゃん、博士……!」

 解体現場の入り口から、苦しそうな声が聞こえる。振り返るとそこには、壁に寄りかかり、ぜいぜいと荒い息をする早田がいた。

「お前、今までどこにいた……」

 思わず怒鳴ろうとした重三郎の口が、言葉を失った。早田のぐったりした様子と、片腕が透けていることに気がついたのだ。

「まさか、お前発作が!」

「も、申し訳、ありません……」

 言葉が途切れ、早田はその場に倒れこんだ。重三郎は由香利を背負い、早田のそばまで走る。すっかり生気の抜けた早田の顔を見て、拳をたたきつけた。

「なんてこった、由香利だけじゃなくて、早田まで! くそ、くそおっ!!」

 重三郎は普段からは想像できない激しい怒りを込めた声で叫んだ。しかしその声は、降り続ける雨の音にかき消された。


 *


 由香利はまどろみの中にいた。しかしそこは、アルファの声が聞こえない、秘密の場所だった。ひざを抱え、現実の苦しみや痛みを見ないようにうずくまっていた。

 そんな由香利の前に、ロスト・ワンが現れて、かまいたちを放った。いやだ、やめて、お願い――由香利はか細い声で訴える。しかし、風の刃が無防備な肌を切りつけた。体を切り裂かれる痛みを少しでも抑えたくて、思わず体を抱きしめる。

 そのときだった。由香利は、痛みと共にどうしようもない悲しみを感じた。

 ――僕を傷つけないで。僕を愛して。僕を忘れないで。

 ――苦しい。

 ――本当は、だれも傷つけたくない。

 感じる声は、由香利の知っている人のものに似ていた。

 ロスト・ワンを見ると、無表情な彼の頬に、一筋の涙が流れていた。

(この声は、貴方なの?)

 ロスト・ワンの涙を見た由香利は、彼に向かって手を伸ばす。彼の頬に触れると、とても冷たかった。温めてあげたいと思った瞬間、じっとしていられなくなって、気づいたら彼を抱きしめていた。

(これも、私のわがままかもしれない。でも、貴方を助けたいと思った、ただそれだけなの。お願い、伝わって……)

 由香利は抱きしめる腕に、力を込める。いつの間にか、かまいたちの痛みは消えていた。

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