十九.見えない敵! ロスト・ワンの力
激しい雨がアスファルトを叩く中、由香利と重三郎は西の方角へ走っていた。
重三郎が何度も早田に電話をかけるが、つながった様子はない。
「お父さん、近くにいる、隠れて!」
住宅街を曲がった先には、解体作業がずっと中断されているビルがあった。
「あのビルの中にいる。私、行ってくる」
「気をつけるんだぞ!」
立ち入り禁止の看板に、「ごめんなさいっ」と小声で謝りながら、由香利は中に入り込んだ。
そして雨の中、大きな声で呪文を唱えた。
「超絶、変身!」
エメラルドグリーンの輝きが由香利の足元から起こった。六角形のバリヤー空間がはじけると、ユカリオンの姿が現れた。
地面が揺れ、後ろで大きなエンジン音が響いた。振り向くと、無人のショベルカーがユカリオンへ向かっていた。
【あのショベルカーが異次元モンスターだ!】
ユカリオンは、自分の戦闘データから解析された重三郎と早田の推測を思い出した。
次つぎと現れる異次元モンスターの核は、使い捨てのクリスタル・ベータ。無機物と融合した、意思のない存在だということを。
ショベルカーは長いアームをふりまわしながら襲い掛かってきた。とっさにジャンプで避けたが、強い風圧で体がぐらついた。
ショベルカーのアーム先端に付いたバケットが、ユカリオンがさっきまで立っていた地面を深くえぐっていた。
力で押し切ろうとする敵に、ユカリオンはブレードを手にして立ち向かった。バケットからぼろぼろ土をこぼしながら、ショベルカーがユカリオンに向かって突進してくる。ブレードを振るったが、アームで防がれた。
アームの先端がバケットから、コンクリートを打ち砕く長方形のかたまり――ブレーカーへと変化し、ユカリオンへ殴りかかってきた。
ハニカムバトンでバリヤーを展開し受け止める。しかし、操縦席から二本のブームが、さらにそれぞれのブームからアーム、そして先端にはブレーカーが出現し、合計三本のブレーカーがユカリオンを攻撃した。
ユカリオンはただバリヤーで受け止めるしかできない。
【ユカリ、操縦席に核がある!】
(分かった、アルファ!)
バリヤーを利用して、まずは三本のブレーカーから逃げるように跳んだ。体をひねり、真ん中のアームに着地した後、操縦席に向かって走り出した。アームが上下に激しく動き、ユカリオンを振り落とそうとする。しかし、三本のアームとブームを素早く跳び移ることで、ユカリオンは操縦席へたどり着いた。
そして、操縦席にブレードを思い切り突き刺した。
ショベルカーは一瞬にしてエメラルドグリーンの炎に包まれた。ユカリオンが一息ついたところで、パン、パンと大げさな拍手の音が響いた。
「見事、見事だな、ユカリオン」
崩れたビルの縁に、怪人カマセイヌが腰かけていた。
「カマセイヌ!」
「まったくもって、てめえは見事だよ。今までもそうやって、俺の放ったやつらを片づけやがった。強ぇ、強ぇよ、ユカリオン。俺はよぉ、そんな強ぇてめえを、ぶっ倒すのが楽しみで楽しみで仕方なかったんだ!」
立ち上がったカマセイヌの両手の先で、鉄の爪がぎらりと光る。今にもユカリオンへ飛びかかりそうだったが、それを止めるように甲高い声が響いた。
「待ちなさイ!」
降りしきる雨の中、新たな怪物が現れた。
体中を覆う体毛、絡みつく触手、顔半分を覆う白い仮面から見える、猿のような顔。新たな異次元モンスターの登場だった。
【異次元モンスター! しかも、ひときわ強い、邪悪な共鳴を感じる!】
「サルハーフ! このクソオカマ! なにしに来やがった!」
「ワンちゃんは黙ってなさイ」
サルハーフから、触手がびゅっと音を立てて飛び出し、カマセイヌの体をがんじがらめにした。カマセイヌも鉄の爪で抵抗するが、触手からにじみ出る体液がそれを無効化した。わめき散らすカマセイヌを鼻で笑ったあと、サルハーフはユカリオンへと視線を移す。
「お初にお目にかかるわ、新たなアルファの力を持つ者ユカリオン。アテクシは、異次元モンスターのリーダー、サルハーフ。以後、お見知りおきヲ」
サルハーフは形だけの丁寧なお辞儀をしてみせた。
「アテクシ、六年前の恨みを晴らしにきましたノ。アテクシたちのものだったアルファを取り返し、そして、大事なチートン様を傷つけたアナタたちを亡き者にするためにネ。さあ、アテクシの可愛い坊やを紹介しますワ。アナタができ損ないの異次元モンスターと戦っていた間に育てた坊ヤ。おいでなさい、ロスト・ワン!」
すると、サルハーフの隣でつむじ風が起こった。つむじ風が晴れると、手首に鎖、ベルトのたくさんついた黒い服の青年――ロスト・ワンが現れた。
「お、おとこの、ひと!?」
【新たな異次元モンスターか? いや、違う。彼からは、ベータの共鳴を感じない】
(そんな!)
ゴーグルで表情は見えなかったが、彼を取り巻く暗い空気が、なぜかユカリオンを不安にさせる。
「さあ可愛い坊や、ユカリオンを倒しなさイ!」
サルハーフの声にロスト・ワンは右手を上げる。すると、ユカリオンに向かってつむじ風を投げつけた。
「!?」
風と雨に視界を奪われ、ロスト・ワンの姿を見失った。次の瞬間、ユカリオンの左頭に強烈な拳がぶつけられた。体は大きく地面に叩きつけられ、泥にまみれて転がった。
ユカリオンはもちろん、アルファでさえ、彼の気配が分からなかった。
(姿が見えなかったよ!?)
【気配も消えている!】
またしても気配を感じる前にロスト・ワンが目の前に現れた。手刀が振るわれ、ギリギリで避ける。反撃しようにも、すぐにロスト・ワンの姿は消えている。そして、またしても突然、宙から跳び蹴りを放たれた。なんとか腕で防いだが、反撃しようとするが、そのときには姿が消えている。
(どこにいるのか、ぜんぜん分からない!)
【共鳴があって私の解析能力は発揮できる。私では、彼を見つけられない!】
気配も分からず、アルファの解析能力も使えない。とても不利な状況だった。しかし、このままというわけにもいかなかった。
(ロスト・ワンの弱点を探す!)
確かに彼の気配を感じるのは難しい。けれど、攻撃を受ければ衝撃がある。実体はあるのだ。
(彼は存在してる。消えてなんかない、そう見えるだけ!)
弱点を探す。そのためには彼の能力を知る必要がある。ユカリオンは、ロスト・ワンからの攻撃をわざと受けるようにした。彼の攻撃を、その能力を見定めるために。だが。
(しまった!)
気づいたときには足をすくわれていた。あっという間に仰向けに倒された。すかさずロスト・ワンが馬乗りになって、ユカリオンの動きを封じる。ロスト・ワンの拳が降り上げられた。そのとき、ユカリオンは頬に柔らかな風を感じた。拳の風圧ではない。
(風?)
視界の先にはどんよりとしたくもり空が見えた。太陽はずっと隠れたままだ。ユカリオンの頭に連想が浮かんだ。
隠れる、消える――彼の特徴――つむじ風と共に現れた彼――風。
(風は、目に見えない!)
ひらめくものがあった。迫りくる拳を避け、ロスト・ワンを蹴り飛ばす。地面を転がったロスト・ワンから距離を取り、双剣を呼び出した。
【ユカリ!?】
(風! 彼の周りには常に風があるの。まるで彼を隠して守るように! アルファ、双剣のブレード部分を、旗みたいに広げられる?)
【風か! ユカリ、君が強く願えば、私はそれに応えよう!】
(ありがとう、アルファ!)
ユカリオンは強く願った。すると、両手に握られた双剣の柄が伸び、ブレード部分が広がって、旗のような形に変化した。
「リオンフラッグ! 私の力になって!」
両腕を高く掲げ、フラッグを羽のようにはためかせると、胸の辺りでまっすぐ掲げる。
「受けてみなさい、ロスト・ワン!」
ユカリオンは、姿の見えないロスト・ワンに向かって叫んだ。
【なにをするつもりだ!】
「吹き飛ばすの!」
【なにっ!?】
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