超絶変身ユカリオン

十五．謎の青年！ ロスト・ワンの黒い影

「超絶、変身！」

　光に包まれた由香利は、ユカリオンへ変身した。

【前のモンスターと同じだ。微弱な共鳴を感じるぞ。戦えるか、ユカリ】

（戦えるよ。今の私は、ユカリオンだから！）

　ユカリオンは鎧武者に向かって走り出した。鎧武者は日本刀をすらりと抜いて構えたまま動かなかった。ユカリオンはリオンブレードを思い切り振り下ろした。だが。

（硬い！）

　鎧武者が、日本刀でリオンブレードを受け止めた。その硬さに驚きながらも、ユカリオンは諦めず、何度も切りつけた。けれど、鎧と日本刀、そのどちらにも傷一つつけられない。蹴りや肘撃ちを叩き込んだが、びくともしなかった。

　逆に鎧武者の一太刀は重く、まともに受ければ自動バリヤーなどなんの役にも立たないだろう。ユカリオンは徐々に追い詰められていった。

（どうやって倒したらいいの！）

【諦めるな！　敵は異次元モンスターだ。ベータに対抗できるのは、アルファの力を持つ君だけだ。私が急所を探す、それまで持ちこたえてくれ！】

（お願い、アルファ！）

　ガシャリ、ガシャリ。鎧を軋ませて歩く鎧武者から出ているのは、威圧感だった。ユカリオンはそれに押しつぶされそうになりながらも、いつでも攻撃できるように呼吸を整える。だが、それは相手も同じこと。空気を読みあう、無言の戦いが続いていたが、日本刀の切っ先がほんの少し動いたのをきっかけに、激しい剣撃が始まった。

　スーツに導かれるまま、ユカリオンはただひたすらに戦い続けた。アルファの声を、待ち続けた。

【ユカリオン、右肩だ！】

　待ち望んだ声が、聞こえた。

　ゴーグルに鎧武者の右肩部分がマーキングされる。ユカリオンはブレードの出力を上げて大剣を作り出すと、鎧武者の右肩めがけて、渾身の一撃を振るった！

　パキン、と亀裂音が響き、鎧武者を覆っていた鎧が砕け散る。鎧武者はこの世のものとは思えぬようなうなり声を上げながら、エメラルドグリーンの炎に包まれて燃えつきた。その炎の中から姿を現したフェイク・クリスタル・ベータは、メヨキークと同じようにこなごなに砕け散った。

　ユカリオンは他にクリスタル・ベータの気配がないか探したが、それらしいものは感じられない。

　変身を解き、すっかり暗くなった公園の真ん中で、由香利はアルファに話しかけた

（さっきの、話の続き、いいかな？）

【ああ】

（榊乃くん。私の隣の席の、男の子なんだけど、あの子がいじめられてること、私、知ってるの）

　噂で聞いたことがあった。四年生のときに転校してきた、根暗で無表情で、友達のいない男の子の話を。

（榊乃くんは、いじめられてた頃の私にそっくりだった。だれも近づけさせないようにして、だれの言葉も聞かないようにして、一人きり。でも、今まで声をかけるきっかけがなくて……だから、今日ならいいかなって思ったんだ。今度は私が、傷ついただれかを守りたい。私には、守ってくれる家族や友達がいたから。でも、そんな大げさなことじゃなくて、それよりも）

　由香利は思い出す。優人の一瞬だけ驚いたような顔。その顔がいつまでも焼きついて離れない。

（気になって仕方ないの、榊乃くんのことが）

　言葉にできないもどかしさが、由香利の心を締めつけた。

　＊

　由香利が公園で異次元モンスターに遭遇した頃。ゴミの最終処分場を囲む金網の中に、一つだけ破れている場所があった。ちょうど子供一人がくぐれるほどの穴。そこから、榊乃優人が姿を現した。

　人の気配がしない処分場を、優人は無言で進んでいく。

（どうして、あの子は僕にかまったんだろう）

　教科書を忘れた訳ではなかった。後で鞄入れの中から、ぼろぼろになって出てきたからだ。クラスのだれかがやったのだろう。そのときだって優人は冷静だった。悔しいとか、にくいとか、そういう感情は簡単に殺すことができる。

　いじめはどこでも彼につきまとった。両親が離婚し、転校しても、それは変わらなかった。

　無視されるのも、優人にとっては普通のことだった。父と兄と母の四人で暮らしていたときも、家を出て母と二人で暮らし始めたときも、学校が変わっても、クラスが変わっても。

　理由は分からない。ただ、生まれつき体が小さかったことや、優秀な兄と比べられたこと、そして、兄とは父親が違う――母親が不倫して生まれたのが優人だ――ことも理由だと思っている。

　始めは反省し、悪いところは直す努力をした。しかし、だれにも伝わらず、かえって怒らせることが多かった。そんなことが何度も繰り返され、優人はいつしか、自分だけが傷を負っていたのだと気づいた。

　もがくのは辛い。だったらいっそのこと、沈んでしまえばいいのだと。

　そして、自分だけの世界『意識の海』に、深く潜り込むことを覚えた。

　ここはそうやって沈むのにちょうどいい場所だった。周りはゴミだらけで、夕方にはすでに人の気配はしない。夜中までここで一人きりでいるのが、優人にとっての日常だった。

　母は夜に仕事に出て朝に帰ってくる。夜に出歩く息子のことはまったく気にしていない。それどころか、むしろそうしろと命令した。家にいるときの母は酒を飲み、彼が家にいれば邪魔だといって追い出すのだ。

　つまり、榊乃優人は家でも学校でも厄介者扱いされているのだ。

　それなのに。

　驚いて、あの子の目を見てしまった。大きくて可愛い、柔らかい焦げ茶の瞳。しかも、少しだけ言葉を交わした。一方的ではない『会話』は久しぶりだった。

　水面に上がって、呼吸したような気持ちだった。新鮮で、柔らかくて、美味しくて。

　ゴミでできた小山のすそに座り込み、昼間のそれを思い出した。まるで宝箱の中をのぞき込むように。

　しかし、海の奥底から、どろりとした感情が浮かび上がる。

　――だれもおまえのことなど、見ていない。信じていない。

（きっとあの子だって、明日には忘れてる。もう二度と、僕のことを見ない）

「僕なんか、どうでもいいのに」

　優人は目を閉じた。悲しみがどんどん強くなり、優人はその場にうずくまった。胸の鼓動が強くなって、その痛みに全身が支配されていく。

　やがて、優人の意識はさらに深く落ちていった。

　＊

　すっかり世界が闇に包まれた頃、サルハーフは一人の少年の前に立っていた。

「こんばんは、可愛い坊ヤ。イイコにしてたかしらン？」

　少年の顔は闇に紛れて見えず、声も発さない。けれど、サルハーフを気にする様子はなく、次の言葉を発した。

「アナタの時間よ、ロスト・ワン」

　その言葉が合図だった。沈黙していた少年が、消えかねないほどの小さな声で、つぶやいた。

「変身」と。

　途端、少年の足下からつむじ風が起こり、胸元からは紫の光があふれた。光と風が混ざり合い、光の嵐となって体を包み込む。

　そうして光の嵐が止んだとき、そこには全身を真っ黒な服に身を包んだ青年が立っていた。胸元や腕、足にはたくさんのベルトが巻きつけられ、手首につけられた腕輪からは、鎖が垂れ下がっている。まるで服に縛りつけられているかのようで、窮屈さを感じる格好だ。

　顔の上半分は黒いゴーグルに隠され、表情は読みとれない。ただ、彼の周囲には、暗く、危なげな雰囲気が漂っていた。

「さあ、ロスト・ワン。アナタの思うままに、人間たちを切り刻んであげなさイ！」

　サルハーフの声で、ロスト・ワンと呼ばれた青年は宙に浮かんだ。そのときだった。

「おい、だれだ！」

　男性の声がした。

「お、おい、君たち、どこから入った！　お、降りてきなさい！」

　声は、宙に浮かぶ妖しい人影への驚きと恐怖で震えている。だがロスト・ワンは男性を見下ろすだけでなにも答えず、ただ無言で右手を掲げた。

　すると、柔らかな風が男性の頬を撫でた。次の瞬間、その全身を紫の光が切り刻んだ。男性は悲鳴を上げ、痛みと恐怖から逃げ出そうとしたが、がくりと膝をついたかと思うと、その場に倒れこんで動かなくなった。

　不思議なことに、その体には傷ひとつない。

　ロスト・ワンが両腕を開く。男性の周りを取り巻いていた風が、ロスト・ワンの胸元へと吸い込まれていった。すべての風を吸い込むと、一瞬だけ体が紫に発光した。

「その調子よ、ロスト・ワン。そうやって生体エナジーを集めていくのヨ」

　ロスト・ワンは答えないが、サルハーフは満足そうな笑みを浮かべている。

「アテクシの可愛い坊ヤ。もっともっと、成長なさイ。あぁ、貴方はなんてイイコなのかしラ」

　サルハーフはロスト・ワンの頬を軽くなぞる。優しいその仕草に、ほんの少しだけ、ロスト・ワンの頬が緩んだ。