十三.凶悪! 怪人カマセイヌと「器」の影

 カマセイヌが目の前に現れたと気づいたときには、左側からカマセイヌの腕が、頭めがけて振るわれていた。避けることもできず、自動バリヤーが展開したまま、ユカリオンの体は脇の茂みに吹っ飛ばされ、地面を転がる。

 体中がバリヤーで守られてはいたが、すべての衝撃は吸収できない。ふらつきながら、ユカリオンは体を起こした。

「メヨキーク相手にバテたか? まがい物のモンスターたかが一体でご苦労なこった」

 茂みの向こうから、カマセイヌの息を荒げた声が聞こえてくる。

「ああ、ああ、足りねえなあ、俺の力の源が。腹が減ってきたなあ。そうだな、そこらへんにいる人間でも喰えばいいだろう、なあ、ユカリオン?」

 途中からカマセイヌの声が柔らかくなり、戻るために身を乗り出したユカリオンの動きが止まった。

 以前の訓練の際、早田から聞いた話を思い出したのだ。

『異次元モンスターは、人間のように自分自身で生体エナジーを生み出すことができない。だから他の生命体から生体エナジーを奪って生きている』という話を。

 襲われた子供たち、そして恩を思い出し、ユカリオンの、由香利の胸の痛みが増した。

「やめて!」

 ほとんど叫びながら飛びかかり、硬く硬く握り締めた拳でカマセイヌを、殴り倒す勢いで振るった。しかし、すべて防がれてしまう。

 蹴り飛ばそうとしても、まるでこちらの動きが見えているかのように避けられた。

「今度はこちらの番だ。どこまで耐えられるか見物だな」

 言葉と同時に拳の嵐が襲い掛かってきた。ひと振りひとふりが重く、速い。防ぐだけで精一杯だった。

「よく防ぐじゃねぇか。ご褒美だ、受け取れよ!」

 カマセイヌの指先が鈍い光を発し、鉄の爪で切りつけられた。とっさにかばった腕のプロテクターに、深い爪痕が刻まれていた。

「はっ、俺の爪を受けることだけはできるようだな」

 カマセイヌの言葉通り、鉄の爪の威力はすさまじい。ユカリオンは防ぐだけで精一杯だった。

「とどめだ、ユカリオン」

 カマセイヌがいっそう大きく腕を振るった。その瞬間、ユカリオンは吹き飛ばされ、噴水の柱に背を強く打ちつけた。

 自動バリヤーはあっけなく砕け、受け身を取る暇もない。リオンスーツが間一髪で体を守ったが、ユカリオンは噴水の柱にもたれ掛かったまま崩れ落ちた。

「フン、ちったぁ楽しめると思ったが。あっけねえもんだ」

 カマセイヌは噴水の縁に足を乗せ、ユカリオンを見下ろしながら吐き捨てる。噴水の中に手足を投げ出すような格好になったユカリオンは、気力を振り絞ってカマセイヌをにらみつける。しかし、カマセイヌはひるむことなく、にやりと口をゆがめた。

「これで終わりだ」

 カマセイヌがユカリオンの首もとに手を伸ばした瞬間だった。

 ひゅっ、となにかが放たれ、カマセイヌの背に緑の光がぶつかる。カマセイヌの動きが止まり、不審げに後ろを向く。その隙に、ユカリオンは近くに落としたブレードを見つけ、握った。

「人間ふぜいが……!」

 カマセイヌが吐き捨てた言葉に、ユカリオンは目を見開く。そこには重三郎と早田の姿があった。

 二人は手に銃を持っていた。一見おもちゃのように見えるそれは、連休中に完成させたという、イミテーション・アルファガンだ。

 ユカリオンは二人のくれたチャンスを逃さなかった。よろけながらも力を入れて立ち上がり、カマセイヌに向かってブレードを振りかぶった。気配に振り返ったカマセイヌよりも、ユカリオンの剣撃のほうが早い。

 カマセイヌから悲鳴のような咆哮が上がる。しかし、ブレードはカマセイヌの鎧に傷をつけただけで、クリスタル・ベータを無効化するまでには至らなかった。

 だが、カマセイヌは膝をつきうなだれていた。

「エナジー切れだと、クソッ。覚えていやがれ、ユカリオン!」

 捨て台詞を吐くと、カマセイヌの姿は闇夜に溶けるように消えた。同時にクリスタル・ベータの気配も消えて、公園は静けさに包まれた。

 由香利は変身を解いたが、その場に呆然と座り込んでしまった。

 重三郎と早田が由香利のそばへと駆け寄ってきた。二人に声を掛けられて、由香利はやっと水浸しになっていることに気づいた。心配そうに顔をのぞき込まれ、慌てて笑顔を作る。

「私はだいじょうぶ。でも、怪人カマセイヌはすごく強くて、倒せなかった」

 由香利はうつむいて、ポツリとつぶやいた。

 すんでのところで重三郎たちが現れなければ。相手が退かなければ、由香利は今頃、アルファを奪われていた。

 アルファを奪われる、それは、由香利の命そのものが奪われるということだ。

 運がよかったとは思う。けれど、倒せなかったことが悔しかった。

【新たな戦いが始まった】

(うん)

 初夏の生ぬるい風が、由香利たちの頬を撫でた。


 *


 ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ。真夜中の処分場に、なにかを砕く音が響く。

「クソが、こんなんじゃ腹が満たせねえんだよ」

 カマセイヌは悪態をつくと、腕を引き抜く。その手には、たくさんのくず鉄が掴まれていた。

「ああ、イライラする、イライラすんだよ」

 掴んだくず鉄を口に放り込むと、ガリガリとかみ砕き、飲み下す。

「俺の鎧が人間ごときに傷をつけられるだと? くだらねえ!」

「そんなに怒っちゃやーよ、ワンちゃン?」

 カマセイヌの隣にサルハーフが現れる。カマセイヌは、露骨にいやがる顔をした。

「ちっ、てめえは高みの見物気取りか」

「あらやダ! アテクシ、ちゃーんとお仕事してたのよン。ぼろぼろなアナタと違ってネ」

「てめえ!」

 サルハーフの嫌味に対し、今にも鉄の爪を突きつけそうな勢いのカマセイヌだったが、当のサルハーフは意にも介していなかった。

「それより、アナタに紹介したい子がいるのヨ」

「なんだって?」

「さ、ご挨拶しなさイ」

 サルハーフが呼ぶと、辺りに吹いていた風がぴたりとやみ、静かになった。かと思うと、静けさを破るように風を切る音が響く。気がつけば、サルハーフのすぐ隣に一人の青年が立っていた。

「ほう、そいつが例の『器』か?」

「ええ、アテクシの、可愛い坊やヨ」

 サルハーフは心からの笑みを浮かべ、青年の頭を愛おしそうに撫でた。

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