十二.戦い再び! 忍び寄る太鼓の音色

 GWゴールデンウィークの最終日、夕方。天野家のダイニングキッチンでは、由香利と早田が夕飯の支度をしていた。

 由香利はボウルにあいびき肉を入れると、隣で作業をしている早田のエプロンのすそを引っ張った。

「早田さん、お肉入れたよ。えっと、次、なにを入れればいいんだっけ」

 小首をかしげた由香利へ、早田は顔を向けると、にこりと微笑む。早田の外見は、父・重三郎の若い頃を模写コピーしているというが、少年のような明るい笑い方をする父とは違い、早田は女性のような柔らかい笑みを浮かべる。その笑みはどことなく、母と似ている気がした。

「ナツメグだよ」

「あ、それそれ、ナツメグ!」

 六年生になり、由香利はできるだけ夕飯作りを手伝うようにしていた。「なんでもいいから新しいことを始めてみよう」という、担任の言葉に感化されてのことだ。

 ナツメグを入れたハンバーグのたねをこねながら、由香利は思い出したように口を開く。

「そういえば、早田さんのお手伝いするの、久しぶり」

「ここのところ、学校から帰ったらずっとリオンスーツの調整と訓練ばかりだったからね」

 異次元モンスターとの初遭遇から、二週間が過ぎた。

 やはりというべきか、黒フードの噂は消えた。

 由香利は訓練を重ねるうち、アルファの力を簡単に感知させないように、コントロールできるようになった。

「そういえば、恩ちゃんが元気になってよかったね。買い物は楽しかった?」

「うん! 一緒に服を見たよ。『たけしまや』に可愛いスカートがあったんだ」

 昼間、退院してすっかり元気になった恩と一緒に、百貨店や専門店が立ち並ぶ繁華街へ遊びに出かけてきたことを話した。

「よかったね」

「うん。なんか久々に遊んだなあって感じだったの。その、訓練は嫌いじゃないけど……」

「由香利ちゃんは普通に楽しんでいいんだよ。気にすることはない」

「……うん」

 空の向こうから微かに感じるベータの気配。いつ脅威が襲ってくるか分からない中で「遊んでいる場合じゃない」という気持ちと、ずっとこのまま平和な日々が続くかもしれないという気持ちが入り混じって、由香利は内心、落ち着かなかった。

 そんな由香利の気持ちを知ってか知らでか、早田が明るく声を掛ける。

「さあ、よく粘り気が出たら、だ円の形にして焼こうか。今日は大根おろしで和風にしよう」

「やったあ!」

 早田の明るさにつられるように、あるいは矛盾した気持ちをごまかすように、由香利も笑顔で返事をした。



 夕飯の後、三人は食後のデザートを囲み、学校や好きなテレビのことなど、なんでもない日常の話を楽しく交わしていた。

 由香利は話をしながら、こんな日々がずっと続けばいいと願った。楽しくて頼りになる父と、優しい宇宙人の叔父。そして、由香利を気遣い、無言で寄り添うアルファの存在。忍び寄る敵の存在など、忘れてしまうくらいに。

 けれど心の奥底に、来るべき戦いを待つ、もう一人の自分がいる。

「っ!」

 突然、由香利の胸に、突き刺すような痛みが走った。全身を焦がすような熱さに、由香利は思わず息を呑み、手に持ったスプーンが床に落ちる。

 クリスタル・ベータの共鳴、つまり、異次元モンスターが邪悪な力を解放し、地上に現れたということだ。

 強く波打つ鼓動に、由香利は胸のリボンに着けたリオンチェンジャーを握りしめる。今までよりも熱い。強い、大きな力が、近くに迫っていた。

「由香利!」

「由香利ちゃん!」

 由香利は痛みに耐えるように背を丸め、目を閉じ、異次元モンスターの気配を探すため、神経を集中させた。

【強い反応は、北の方角からだ。行くのか、ユカリ】

(行く。だれかが襲われる前に、それを止めたい)

 戦いを待っていた、もう一人の自分が目を覚ます。戦わなければならない、と強く思った。

 由香利は顔を上げた。リオンチェンジャーを握ったまま、深呼吸をする。

「現れたのか、やつらが」

 重三郎の言葉にうなずき、立ち上がった。重三郎と早田も、部屋の隅に置いてあるアタッシュケースを掴む。

「行かなくちゃ」

 三人は連れだって部屋を出た。



 異次元モンスターの気配を感じた方角に車を走らせると、市内で一番広い市営公園にたどり着いた。

 由香利は車が止まると同時に飛び出し、中に向かった。異次元モンスターの正確な場所が分かるのは由香利しかいない。重三郎と早田は、リオンチェンジャーのGPSを利用し、後から由香利を追いかける。

 園内に入った由香利は、人の気配がないことを確認し、呪文を唱えた。

 リオンスーツを着た今の由香利には、異次元モンスターの位置が手に取るように分かる。その場所に向かって、由香利は走り出した。

 急がなければ。関係のないだれかが、生体エナジーを奪われてしまうかもしれない。

(お願い、間に合って!)

 強く握った拳に汗がにじむ。

【林を抜けた先にいるぞ!】

(分かった!)

 林を抜けると、公園の中央広場だった。外灯が立ち並ぶ中、悲鳴が聞こえてくる。

 悲鳴は中央の噴水の近くから聞こえてきた。そこには、腰を抜かして動けなくなった男性と、その前に仁王立ちする怪物、異次元モンスターの姿が見えた。

「逃げて!」

 由香利が叫ぶと、男性は慌てて逃げ去った。

 男性が姿を消したのを確認し、異次元モンスターと向き合う。おもちゃの太鼓に手足をくっつけた異次元モンスター、メヨキークは、突然目の前に現れた由香利に驚いたのか、後ろに飛んで距離を取った。

【奇妙だな】

 身構える由香利に、アルファが疑問を上げる。

(アルファ?)

【この異次元モンスターから感じるベータの力は弱い。例えるならば、重三郎たちの持つ、イミテーション・アルファに似たものだ】

(確かにそうだね。さっき感じた強い共鳴と、目の前のモンスターから感じるのとは違う気がする)

【十分気をつけろ、ユカリ】

(うん)

 しばらく由香利を観察していたメヨキークは身じろぎすると、腹の太鼓を激しく叩き始めた。

 空気を震わせ、地面を揺らすその音が、衝撃波となって由香利に飛んでくる。とっさに腕で防ぐが、攻撃は強く、長くは持ちそうにない。

「ハニカムバトン!」

 光に包まれたハニカムバトンが現れる。バリヤーを張り、衝撃波を防いだ。衝撃波が消えると同時にメヨキークへ向かって走る。バトンを双剣に変化させ、メヨキークに向かって上からブレードを振りおろした。

 しかし、メヨキークは両手に持ったバチで受け止めた。

(細そうなバチなのに!)

【見かけに惑わされるな!】

 メヨキークのバチが、由香利の双剣を跳ね除ける。ひるんだ間に、メヨキークはバチを頭上で交差し体を仰け反らせると、雄たけびを上げた。

 威嚇のような動作を見た由香利に、緊張が走る。

 由香利とメヨキークが同時に動いた。しばらくの間、由香利の双剣とメヨキークのバチが打ち合う音だけが、夜の公園に響き渡った。

 ある瞬間、由香利がメヨキークの隙をついた。

 メヨキークを飛び越え、空中で体操選手のように体をひねりながら、双剣を大剣に変える。そのままメヨキークが振り向く前に、斜めに振り下ろした。

 エネルギー波が炎のようにメヨキークの体を包み、燃える。由香利はきれいなフォームで着地した。

 初めてアルファの力を知った日から二週間。特訓の成果で、由香利はスーツを使いこなせるようになっていた。

 やがて炎が消え、クリスタル・ベータの姿が現れたが、由香利が手にするより先に亀裂音がして、こなごなに割れてしまった。

【すると、これは本物のクリスタル・ベータではないな】

(ニセモノ、ってこと?)

「執念だけでここまで戦えたか」

 頭上からしゃがれた声が降りかかる。見上げれば、宙に何者かが浮かんでいる。とがった耳、獰猛な光をたたえた紅い目、上向きになった鼻と口のラインは犬そのものであり、鋼鉄の鎧の隙間からは、おおよそ人間とは思えない、青みがかった銀の体毛がのぞいていた。

「どうやらてめえは、前に会った奴とは違うらしい。俺の名は、カマセイヌだ」

 カマセイヌからは、最初に感じたクリスタル・ベータの強い力を感じた。胸の痛みがよみがえった。

「てめえはなんて呼べばいい、銀色野郎」

 宙に浮かぶカマセイヌは、口元に嘲りにも近い微笑を浮かべて由香利にたずねた。

 こう言うときに名乗る名前を、由香利は重三郎から聞いていた。リオンスーツを着ているときは、けして本当の名前を名乗ってはいけない、もし名乗らねばならないときは、この名前を使いなさいと。

「ユカリオン、これからはその名で呼ばせてもらう、と言いたいところだが、できれば二度とその名前を呼ぶことのないように、さっさとアルファを渡してもらおうか」

「できない」

 由香利――ユカリオンは、カマセイヌから放たれる重圧感に負けないよう、強く言い放った。

「俺をイライラさせるなよ。どうなるか俺にも分かんねぇんだよ。命が惜しかったらさっさと」

「渡さない」

 言葉を遮り、ユカリオンは強い意思を示した。そうしないと、恐怖から逃げ出してしまいそうだった。

 瞬間、カマセイヌの姿が消えた。

「イライラさせるなって言ってんだろ、クソ野郎」

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