十一.目覚めた刺客とDr.チートンの「器」

 Dr.チートンの宇宙船の一室『実験室』はとても広く、壁には天井に届くほど大きな試験管がたくさん縦に並んでいる。そして部屋の奥には、ひときわ大きな試験管が一つあった。

「ああ、なンて美しい輝きなのかしラ」

 試験管の前には、サルハーフの姿があった。

 彼の視線の先には、試験管の中に浮かぶ、紫の光を放つ宝石があった。それは、宇宙船が放つ光であり、異次元モンスターが力を出すときに放つ光でもあった。

「『フェイク・クリスタル・ベータ』。断片的だったチートン様の研究データから作り出した『リオンクリスタル・ベータ』の完璧な模造品。ついに作り出すことができたワ」

 試験管の中のフェイク・クリスタル・ベータを見つめ、サルハーフは笑みを浮かべた。だが、新たな入室者を知らせるブザーとともに、その笑みが消え去った。

「やっとお目覚めね、ずいぶんと長い居眠りだったこト」

「目覚めて最初に見るツラがてめえかよ、クソオカマ」

 悪態をつきながら入ってきたのは、青みがかった銀の体毛を持ち、獰猛な野犬のような姿をした異次元モンスター、怪人カマセイヌだった。

「いい夢は見られたかしら、可愛いワンちゃン?」

「黙れクソオカマ。喉笛掻っ切られたいのか?」

「その前にアナタを目一杯抱きしめてあげるワ。アテクシの触手でネ。すぐに天国に行けちゃうわヨ」

 サルハーフの甲高い声と薄笑いに、カマセイヌは露骨にいやな顔をした。

「てめえに抱きしめられるくらいなら、喜んで地獄を選んでやる」

「あら、試してみてもいいのヨ? ぎゅーっと抱きしめてア・ゲ・ル」

 サルハーフの言葉と共に、不気味に動く触手の姿が現れた。ヌメヌメとした体液にまみれた触手は、鋭く、そして素早く、カマセイヌの体を拘束した。

 触手がぎゅっとカマセイヌの体を締めつける。しかしカマセイヌは、抵抗する様子を見せず、余裕のある笑みを見せた。

「今は遠慮しておくぜ、クソオカマ」

 カマセイヌの口が、ニヤリと歪んだのと同時だった。カマセイヌは拘束されていた右腕を勢いよく引き抜いた。

 手先には、どんなものでも切り裂く最強の爪である鉄の爪アイアン・クローがあった。サルハーフの元へ戻っていく触手を追いかけるようにして、カマセイヌが襲い掛かった。

 サッと走るカマセイヌは、サルハーフの肩めがけて鋭い鉄の爪を振り下ろす。

 しかし、サルハーフの触手は無傷だった。柔らかそうな触手の表面が一瞬で硬くなり、鉄の爪を弾いたのだった。

 カマセイヌの攻撃は止まず、もう一方の腕をサルハーフの腹めがけて突き出す。しかしサルハーフは軽い身のこなしでそれを避けた。

「ハァ……遊んでる時間はないのヨ」

 サルハーフはため息をつき、困った顔をして腕を組んだ。

 カマセイヌは返事の代わりに飛びかかる。あっという間にサルハーフに肉薄し、鉄の爪を繰り出した。たくましいカマセイヌの腕は、一振りするだけで肉をえぐれる力を持っている。しかし、サルハーフは涼しげな表情のまま、流れるようにそれを避けた。

 ムキになったカマセイヌは、唸り声を上げながら攻撃を繰り返したが、すべては空振りで終わった。

「この、クソオカマが!」

 カマセイヌが腕を振りかぶった瞬間だった。

「ぐっ!?」

 カマセイヌの振り上げた腕が、糸が切れたように落ちる。そのまま膝を折り、崩れ落ちた。

「くそ、エナジー切れだとっ」

「アテクシ、遊んでる暇はないって、言ったはずヨ」

 薄笑いを浮かべたサルハーフが、倒れたカマセイヌを触手で軽々と持ち上げた。

「クソオカマが!」

「あら、アテクシに逆らっていいのかしラ?」

「なんだって?」

「アナタの欠陥はまだ直ってないワ。こんな短い時間でエナジー切れを起こしちゃうのが一番の証拠じゃなイ? そして、アナタにエナジーを分けてあげられるのは、もうアテクシしかいないのヨ」

 勝ち誇った顔でサルハーフが言い放つ。

「メンテナンスでついでに直せってんだ、クソが」

「アナタだけなのよ、エナジー燃費が悪い子ハ。コレばっかりは、アテクシでも無理ネ。チートン様が復活しない限りハ」

 言葉を切ると同時に、触手が紫の光を発し、カマセイヌへエナジーが送り込まれる。その口からうめき声が漏れ、体が震える。エナジーが満たされると、触手が離れた。

 サルハーフは、部屋の奥にある大きな試験管から『フェイク・クリスタル・ベータ』を取り出し、試験管の横に置いてあったアクセサリーケースに大切に収めた。そして、作業机に置かれたシャーレを手に取ると、カマセイヌに差し出した。

「さあ、お仕事よ、ワンちゃン」

「なんだ、この欠片は?」

 カマセイヌの前に差し出されたのは、紫の結晶の欠片だった。

「これは、リオンクリスタル・ベータの模造品『フェイク・クリスタル・ベータ』の欠片。さあ、行くわヨ」

「どこに行くってんだよ」

「決まってるじゃない、地球ヨ」

 カマセイヌは無言のまま、差し出された欠片をむしるようにしてつかみ取った。



 紫の禍々しい異次元ゲートをくぐった先は、ゴミの最終処分場だった。地上では真夜中のため、人気はない。

 この辺りは、かすかだがクリスタル・アルファの気配を感じることができる場所だった。

 人間の世界で役目を終えたモノたちが眠る場所を歩く様子は、まるで墓荒らしのようにも見える。

「相変わらず、ここはモノの死臭がしやがる」

「アナタの鼻が利きすぎるのヨ。さ、ここから新しい仲間を探しテ。ア・ナローグやデ・ジタールみたいなのはダメ。もっとイイコが欲しいワ」

「けっ、勝手なことを抜かす」

 カマセイヌは周囲の匂いをかぎ始めた。

 異次元モンスターの器……意思を持ち、かすかな生体エナジーを持つ『モノ』の匂いを探す力がカマセイヌにはある。

 ぴくり、とカマセイヌの耳が動く。ある一点をしばらく見つめ、そこに眠る『モノ』の匂いを探る。

 子供の背ほどに積まれた山に飛び乗ると、乱暴に鉄の爪を突き刺した。引き抜くと、壊れた太鼓のおもちゃが現れた。

 カマセイヌが、爪で空けた穴にフェイク・クリスタル・ベータの欠片を入れる。

 欠片は紫の光を強く発し、太鼓全体を包み込んだ。それは大きくなり、小さな子供ほどの背丈になる。そして光が消えると、太鼓に手足が生え、両手にバチを握った怪物が立っていた。

 どどん、どどん、と怪物が腹を叩く。すると、強い振動が伝わってきた。

 怪物の裂けた口からは、言葉にならぬ唸り声しか聞こえない。かろうじて、メヨキーク、と鳴く声が聞こえた。

「さすがに知能レベルは予想通り、低いわネ。怪人メヨキークとでも名づけましょうカ」

「勝手にしてくれ。で、俺らはなにをすりゃあいいんだ?」

 好き放題に太鼓を叩くメヨキークの横で、カマセイヌは鉄の爪を持て余しながら尋ねた。

「メヨキークを好きなだけ地上で暴れさせなさイ。この星には、たくさんの生命体が住んでいル。他のどの星よりもネ。満足するまで生体エナジーを奪えばいいワ。そうすれば、おのずとアルファの力を持つ者が現れル」

「そいつからリオンクリスタル・アルファを奪うってか?」

「そういうこト。手駒はたくさんあったほうがいいでしょウ? アナタのためにもチートン様を復活させなければネ」

「不本意だがな。チートンが復活しない限り、俺の体の欠陥も直らねえ。で、てめえはその間、どうするつもりだ? クソオカマ」

「アテクシにはやらなきゃいけないことがあるのヨォ。しかもとっても重要なコ・ト」

「ほう?」

 含みを持たせたサルハーフの言葉に、カマセイヌは疑いの視線を向ける。

 サルハーフはアクセサリーケースを出し、ふたを開けた。ひときわ大きな『フェイク・クリスタル・ベータ』が、月光を反射し、きらりと妖しく輝く。

「チートン様の『器』を探すっていう、もっとも重要なお仕事ヨ」

「そりゃあ、たいしたお仕事だ」

「そうヨ。だからそちらはよろしく頼むわ、カマセイヌ。エナジー切れには気をつけテ」

 それだけ言うとサルハーフは、カマセイヌの視界から消えた。

 一瞬の静寂の後、カマセイヌの舌打ちが響く。

「ああ、イライラする。あのクソオカマも、俺の体も、なにもかも」

 鉄の爪が風を切った。音を立てて小山が一つ崩れる。

 カマセイヌは、異次元モンスターの中で最も優れた運動能力と鉄の爪を持ちながら、エナジー燃費の悪さと、理由の分からないイライラを常に感じていた。

 カマセイヌは手持ちぶさたなメヨキークを見やる。

「そろそろ行くぞ。めいっぱい暴れさせてやるぜ。おまえも、俺もな」

 メヨキークの、低く、言葉にならぬうなり声が、応えるように響いた。

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