六.私が大人になっちゃった!? 初めての「超絶変身」

 宇宙に存在する、豊かな惑星……地球。

 地球の衛星軌道上に、一つの奇妙な宇宙ゴミスペースデブリが漂っている。妖しい紫の光を帯びた円盤状のそれは、まるで『未確認飛行物体UFO』のようだ。

 しかし、不審な宇宙ゴミであれば、各国の宇宙監視ネットワークに感知され、徹底的に調査されるはず。

 だが、この奇妙な円盤は不思議なことに、大小さまざまな他のゴミに紛れながら、監視ネットワークを潜り抜けていたのである。さらに紫の光は、宇宙では弾丸に等しい殺傷力を持つ微細デブリをことごとく破壊しているのだった。

 地球に住む人類からすれば、驚くべき技術オーバーテクノロジーと呼ばれるものだろう。

 それもそのはず。

 謎の円盤は、数々の惑星を滅ぼした宇宙侵略者、Dr.チートンの宇宙船なのだ。

 その宇宙船のメインルームで、ひときわ明るい光が起こった。大きな縦長の扉……『異次元ゲート』と呼ばれるその中から怪人デ・ジタールが姿を現した。

 ぼろぼろになった皮ベルトをたらし、息も絶え絶えに歩く。その様子を、サルハーフは無言のまま見つめていた。

「ツ、ツ、ツヨカッタ……ア、ア、アルファノ……チ、チ、チカラ……」

 サルハーフは体に巻きつけられた触手を伸ばし、デ・ジタールを捕まえた。触手が紫の光を帯び、その光はデ・ジタールの全身を包み込むように広がった。

「……思ったよりも損傷が激しいのね、侮っていたワ。アラ? 攻撃されてないノ? 相手は防御しただけですっテ?」

 サルハーフは、己の触手からデ・ジタールの核であるクリスタル・ベータに接触し、由香利と対峙したときの記憶を読みとっていた。言語機能が未発達の異次元モンスターにとって、これが一番効率のいい情報伝達方法だった。

 しばらくすると、デ・ジタールを拘束していた触手は、サルハーフの体へ戻っていった。解放されたデ・ジタールは、7セグメントディスプレイを変えながら、壁際にある巨大なカプセルに入っていった。

「次の襲撃までに、傷を癒しておくことネ」

 サルハーフの言葉を遮るように、デ・ジタールの入ったカプセルの扉は閉ざされた。

「クリスタル・アルファめ……どこまで私たちに刃向かうつもりなのかしラ……」

 小窓から見える地球を眺めながら、サルハーフは憎々しげにつぶやいた。


 *


 朝の眩しい日差しが、目覚めた由香利の気分を明るくしてくれた。昨日渡されたリオンチェンジャーは、胸元にある大きなリボンの中央に着けた。

 ダイニングに行くと重三郎と早田がいた。三人でいつも通りに朝食を摂った後、訓練を行う部屋に向かう。

 廊下の突き当たりにある、ひっそりと薄暗い地下への階段を降りていくと、冷たい空気が漂う中に扉があった。『天野科学秘密研究所』と書かれたプレートが掛かっている。

「僕らの秘密基地みたいなものさ」

 そう言いながら重三郎は扉の横にある電子ロックを操作する。

 鍵の開く音がすると、重三郎はドアノブに手を掛けて室内に入っていった。後ろに早田と由香利が続く。

 室内は予想以上に天井が高く、地下にあるのが信じられないくらい、広々としている。

 最初に目に付いたのは、部屋の中央に置かれている大きな透明のドームで、巨大なダイヤモンドのようにも見える。

 ドームの横にはたくさんのコンピューターが並べられ、その周りには見たこともない機械がたくさん置かれている。辺りを見渡すと、左右の壁一面が本棚になっていて、さまざまな本やファイルが、ぎっしりと詰め込まれていた。

「真ん中のドームは、リオンスーツの開発のために作った『リオンドーム』。この中でならアルファの力をめいっぱい解放しても、周りに影響はない。もちろん、万が一なにかあったら、すぐに僕らが中に入れるようになってるよ」

 重三郎は部屋の中をスキップするような足取りで、たくさんの機械のスイッチをつぎつぎに入れて回っている。

「まずは、リオンスーツの調整からだ。由香利、ドームの中に入ってごらん」

 自動で開かれた入り口からドームに入る。入った瞬間、由香利の体に、ごくごく弱い電流のような衝撃が走った。そして、ドームの色が薄い緑に染まった。

《心配するな、ユカリ。私とドームが繋がっただけだ》

 突然スピーカーから聞こえてきた見知らぬ声に、一同の顔つきが変わったが、由香利はすぐにだれなのか分かった。

「アルファの声が、ドームから聞こえてる!」

《試しにスピーカーへ干渉したのだ。これで彼らとも話ができる》

「まさか、本当に意思が宿っているのか」

 早田は心底驚いている。対して重三郎は好奇心に目を輝かせていた。

「なるほど、君が由香利の言っていたリオンクリスタル・アルファの意思か。ふうむ、興味深い。まずは、由香利を守ってくれて、ありがとう。この子の父親としてね」

《礼には及ばない。ユカリを守ること、それが私の存在理由そのものだからだ》

「存在理由、か……なぜ意思を持つようになったのか、非常に興味深いところだが……」

《重三郎、君の好奇心探求は後にしてくれないか》

「ああ、確かに。そこは、君とは気が合いそうだ。由香利、リオンスーツの装着方法を教えよう。リオンチェンジャーは、由香利の声紋とキーワードによって反応する」

 重三郎の説明がいまいちピンとこない由香利は小首をかしげた。

「変身呪文。由香利ちゃんが昔見ていた、魔法少女アニメみたいなものだよ」

 早田の例えを聞いた由香利はうなづきながらも、自分が呪文を叫ぶ様子を想像して、もっと小さい頃なら恥ずかしがらずにできたのになと苦笑した。

「まず、リオンチェンジャーの中心を指で押す」

 由香利は重三郎の言葉に従って、中心――アルファの欠片を指でそっと押すと、光が点った。

「次に、キーワードを言う。最初だから、認識しやすいように大きな声で。キーワードは『超絶変身』」

【始めよう、ユカリ】

 アルファの声が、背中を押した。

「超絶、変身!」

 声に出した瞬間、初めてアルファの力が目覚めたときの衝撃が体を貫くように走り、思わず目を閉じた。

 由香利の足元に六角形のエメラルドグリーンの光が浮かび上がり、下から筒状の光がふき出すと、体は結晶のような空間に閉じ込められた。内部に満ちた光が由香利の体を包み込み、ボディスーツになる。

 さらにたくさんの光が、足に細めのブーツ、腕、胸、腰、肩にはプロテクター、頭にはヘルメットとなって、由香利の体に装着された。

 首に光が集まり、スカーフのように伸びる。由香利を包み込んでいた結晶がはじけるように消え、その姿があらわになった。

 バトントワリングの衣装のような、ぴったりとした黒のレオタード+スカートに、銀に輝くプロテクター、両耳部分がウサギのように長く伸びた姿が特徴的なヘルメット。

 由香利は恐る恐る目を開けた。ゴーグルから透けて見える視界が、心なしか広く見えることが不思議だった。

「周りが広く見える……」

【スーツとより一体化するため、ユカリの遺伝子情報を解析し、十七、八歳の肉体に変化させているからだ】

「ええっ!?」

 由香利は驚き、思わず自分の体を見たり触ったりして確かめた。すらりと伸びた手足、ふっくらとした胸、さらさらのロングヘアー。そして、ドームに反射して映る大人びた少女の顔は、自分ではないように思えた。

「由香利ちゃん、具合は悪くない? 体、動かせる?」

 運動をした後のように胸がドキドキとしているだけで、気分は悪くない。早田の声に応えるように、腕を上げて振ってみせた。

「よし、そのままテストに入ろう。今から由香利の前にハードルをVRバーチャルリアリティシステムで投影させるから、それを飛び越えてみてくれ」

 数メートル先に学校の体育の時間で見たことのあるハードルが現れると、由香利はちょっと気が重くなった。ハードル走をやったときは、盛大に転んでしまうからだ。

【だいじょうぶだ、ユカリ。今の君の身体能力は、遥かに高くなっているのだから。後ろに下がって、助走してごらん】

「う、うん」

 後ろに下がり、地面を蹴る。とたん、ふっ、と両足が軽くなる感覚がして、普段からは考えられないくらいのスピードで走り出していた。

「えええええっ!?」

【ジャンプだ、ユカリ!】

 アルファの声を合図に、由香利は地面を蹴って、大きく足を開いた。すると体はみるみるうちに宙に浮き、ドームの天井に頭がぶつかる高さまで上昇した。

「すっごい! すごいすごい!!」

 ハードルの真上を軽々と通過した自分に、驚きを隠せない。しかし、興奮で頭がいっぱいになっていた由香利は、地面に落ちることを忘れていた。

【着地するぞ!】

「あっ、わああああっ!?」

 由香利の体はバランスを失い、真っ逆さまに床に向かって落ちていく。

「由香利っ!!」

 重三郎がドームの中に駆け込んだと同時だった。

 床にぶつかる寸前、スーツから緑の光が六角型に広がり、耳をつんざく高い音を響かせ、衝突から守った。

 光が消えると、由香利は床に倒れていた。重三郎はすぐに駆け寄り、抱き起こす。由香利はすぐに目を開けた。

《自動バリヤーが作動したな》

「ちゃんと作動したのか、よかった。立てるか?」

 由香利は重三郎の肩を借りて、すっくと立った。腕や足を見ても、どこも傷ついていない。バリヤーが体を受け止めた際は、まるでクッションに落ちたような感触だったので、痛みはなかった。

「コレが、アルファの力?」

「人間の生体エナジーを元に、あらゆる物質に変化できる元素粒子を生み出し、そして原子エネルギーと同等の力を持つ、奇跡の宝石。それが、リオンクリスタル・アルファ。リオンスーツは、その力を利用するために作った、唯一無二の存在だ。さあ、一刻も早く、スーツを使いこなせるようにしよう。それが、由香利を守る、唯一の方法だ」

 重三郎の真剣な声に、由香利はうなずいた。

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