七.ハニカムバトンと保護者の気持ち

 ハードル走から始まったテストは、午前中すべてを費やして行われた。

 そこで起こったことは、運動オンチの由香利にとって奇跡に等しいことばかりだった。

 スーツの能力とはいえ、羽が生えたようなジャンプ力や、すごい速さで動く物体を見ることができる動体視力、フィギュアスケートのような大胆な動きができる柔軟性……全部、普段の由香利にはとてもできないことばかりだった。

 昼食後、再びドームに戻ると、今度は武器のテストが始まった。

「ふっふっふっ、おとーさんはね、由香利が一番使いやすいモノをベースに作ったんだ!」

「もしかして、バトン?」

「そう、その通り! 名前は『ハニカムバトン』さ。アルファを意識して、バトンを思い浮かべてみてくれ」

【私は意思の力で動く。念じれば、可能な限り具現化される。腕を前に突き出してみてくれ】

 リオンスーツを纏った由香利は、言われた通りにバトンを思い浮かべ、腕を前に突き出した。すると、プロテクターの飾りに付いていたクリスタルから光が飛び出し、バトンに変化した。

「このハニカムバトンは、巨大なバリヤーを作ることができる。スーツの自動バリヤーでは防ぎきれない広範囲の攻撃も防げるんだ」

 普段使っているバトンと同じような使い心地だった。違っているのは飾りで、握り手とおもりの部分にはきらきらと輝くリオンクリスタルが埋め込まれている。シャフト部分にも細かい金メッキの飾りがあり、それは幼稚園の頃に憧れた、魔法少女のステッキのようだった。

「スーツは機能性を重視したからあまり可愛くできなかったんだけど、せめてバトンだけでもと思って」

 予想外のデザインに由香利が目を丸くしていると、早田の申し訳なさそうな声が聞こえてきた。重三郎と早田の気遣いがうれしかった。バトンを振って、ドームの外の二人に応える。二人の顔がほっとしたように見えた。

 由香利はいつもと同じようにバトンを顔の前に持ってくると、ほんの短い瞑想をした。すると、おもりから光の線が伸びて、六角形のリングバトンに変化した。そのままバトンを回転させると、目の前に無数の六角形を並べた巨大バリヤーが広がった。それはまるで、図鑑で見た蜂の巣のようだ。

「蜂の巣のような、六角形が並べられた形のことを『ハニカム構造』っていうんだ。バトンの名前はそれが由来。大きさを自由自在に変えられるよ」

 早田の言う通り、バリヤーは由香利の意思でどんな大きさにも変えることができた。

「最後に、ハニカムバトンのもう一つの使い方を教えよう。異次元モンスターたちを倒すには、核であるクリスタル・ベータを無力化する必要がある。そのために作ったのが『リオンブレード』。クリスタル・アルファの力で作った刃を持つ、大きな剣だ。バトンを手に持ったまま、さっきと同じように変形させてごらん」

 由香利はバトンと同じように念じてみた。

 リング部分がなくなると、上のクリスタルからふき出した光が上へ伸び、大きな刃となって現れた。

 由香利の身長ほどあるのに、ブレードは驚くほど軽かった。

「すっごく軽い! どうして?」

【ユカリと私の力で作られたものは、ユカリの体の一部といってもいい。自分の腕を上げるのに、苦労しないだろう?】

(なるほど……)

「刃の部分は、クリスタル・アルファの純化したエネルギー波でできている。これで攻撃すると、クリスタル・ベータの力を無力化し、異次元モンスターを倒すことができるはずだ」

 試しにリオンブレードを振り下ろしてみると、やはり羽のように軽い。

 バトンのように扱えないかと考えて、くるくると回してみる。すると、クラブ活動でやったことのある、旗を思い出す動きになった。回すたびに光が花びらのように散るのが目に入る頃には、大きさと重さのギャップは消えて、自由に操れるようになっていた。

「そろそろ訓練に入ろうか。今からVRシステムで実戦シミュレーションを行おう。戦闘員を出すよ」

 由香利の前に、全身黒尽くめの体に仮面だけをつけた戦闘員が五体現れた。呼吸を整え、リオンブレードを握る由香利の手に汗がにじむ。

【スーツには、たくさんの格闘データを学習させてあるようだ。これを使って、ユカリの動きをサポートしよう】

「由香利、準備はいいかい」

 重三郎の言葉に由香利はうなずいた。

「私、負けない!」

 由香利が叫ぶと同時に、戦闘員が一斉に襲い掛かった。


 *


 夕方。実戦シミュレーションを終えた由香利は、疲れて眠ってしまった。

 由香利は初めての戦闘にもかかわらず、すべての戦闘員を倒すことができた。

 重三郎はソファーに横たわる由香利の寝顔を見ながら、いつの間にこんなに大きくなったのだろう、と思った。

 あどけない寝顔に妻の面影が見えた瞬間、重三郎の表情が曇る。

 本当なら、娘は戦いなどない、平和な人生を送るはずだった。クリスタル・アルファの力で命を取り留めたが、それが理由で今度は命を狙われている。

「こんな可愛い娘に、由利と同じ戦闘服リオンスーツを与えることになるなんてな」

 クリスタル・アルファは女性の生体エナジーに強く反応し、力を与える。だからこそ、重三郎は今までリオンスーツの再開発に力を注いでいた。

 妻が命がけで守った娘を失わないために。娘の未来を、守るために。

「うらみますか、僕を」

 隣に立つ早田が、うつむいたままつぶやいた。

「どうしてさ」

「僕と出会うことがなければ、由利さんも、由香利ちゃんも、巻き込まれることはなかった」

「バカいうな。なにも知らずに地球ぶっ壊されて死ぬよりマシだ。由香利を守る手段があるだけ、感謝している。だから早田、お前は自分を責め過ぎるな。お前を責めたところで、どうにもならない。それに、僕一人では由香利を守れない。お前がいてくれたから、こうして生きているんだ、僕も、そして由香利も」

「博士」

《ユカリは重三郎のことも早田のことも、同じように大事に思っている。だれも傷つけられたくないと願っている。だからこそ戦うという選択をしたのだ》

 アルファの言葉に、重三郎と早田は眠っている由香利を見やる。眠る由香利の顔は、まだまだ幼い。

「いい大人が泣き言を言っていては、恥ずかしいですね、博士」

「ああ。僕らは、僕らのやり方で、由香利を守り抜く」

「ええ、絶対に」

 決意の炎を瞳にたたえ、二人の大人はうなづきあった。

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