五.勇気と決意! お母さんの想い
せっかくの覚悟はどこかに消し飛んだ。思わず由香利は、持っていたマグカップを落としそうになった。
改めて早田をまじまじと見つめるが、一体どこが宇宙人なのか分からない。どう見たって普通の人間の形をしている。つまり、いつもの早田そのものだった。
「ずっと秘密にしていて、ごめん。でも、由香利ちゃんがアルファの力に目覚めるまでは、極力普通の生活を送ってもらいたくて。博士と相談して、そう決めたんだ」
「早田はこんなこと言ってるけどな、お父さんは話してもいいって言ってたんだよ。でも早田が頑なに由香利にきらわれたくないって言うもんだから……」
「あ、博士、そんなこと由香利ちゃんの前で言わないでくださいっ」
「お前、宇宙人の癖に、妙なところで常識人なんだよなー」
「貴方が地球人の癖に、変なところで常識がないんです。大体、宇宙人を目撃しておいて、いきなりうれしがるのは貴方くらいなものですよ」
「え、そーなの? みんなうれしいと思ってた。両手挙げてバンザーイって」
「そんな訳ないでしょう!」
「あのお……」
重三郎と早田の会話に、由香利はおずおずと口を挟む。普段ならば微笑ましい様子だが、今は早く真実が知りたかった。
「ご、ごめん。簡単に説明すると、僕の本当の姿は、アメーバ状になっていて、いろんな生物の姿を
マグカップを持つ早田の手が見る見るうちに透けていく。それは理科の教科書で見たことのあるなにかの細胞に似ていて、由香利はわっと声を上げた。
慌てて口をふさぎ、謝る。早田は「いいんだよ、それが普通の反応だから」と言って、腕を伸ばした。いつものように頭を撫でてくれるのかと思いきや、由香利の目の前でその動きは止まり、ゆっくりと引っ込めた。
(私が怖がっちゃったからだ)
「驚かせて、ごめんね」
固い笑顔を浮かべた早田を見て、胸が痛んだ。由香利は早田の手を取って、いとおしむように頬に寄せた。
温かい、いつもの早田のぬくもりがそこにあった。
「由香利ちゃん!?」
「驚いてごめんなさい。でも、どんな姿でも早田さんは早田さん。私の叔父さんで、私を大切にしてくれて、そして私の大好きな家族。今までも、これからもずっと、変わんないの」
由香利は頬に手を当てたまま、素直な気持ちを口にした。早田の指が、優しく由香利の頬を撫でる。早田は目を細めて微笑み「ありがとう」とつぶやいた。その様子を黙って見守っていた重三郎は口元を緩めた。
「まずこれで一つ、大事な話ができた。さあ、他にも話さなきゃいけないことがある。頼むぞ、早田」
由香利は早田の手を離すと、気持ちを切り替えようとカフェ・オレに口をつけた。早田も同じようにマグカップから一口コーヒーを飲むと、居住まいを正した。
「リオンクリスタル・アルファとベータは、元々は僕の母星……リオン星の、伝説の宝石なんだ。僕は、その二つの守人だった。だけどある日、宇宙侵略者・Dr.チートンの支配下に置かれ……星は滅ぼされた。僕だけが、アルファとベータの研究をさせられるために拉致され、生き残った。リオンクリスタルは、不思議な力を秘めているからね」
早田のさみしげな横顔から、自分の生まれた場所がなくなるということが、どれだけ大きな悲しみなのかが想像できた。
「それからは生き地獄だった。いくつもの星の終わりをこの目で見てきた僕は、心も体もボロボロだった。だけど地球を初めて見たとき、なんて美しい星なんだろうって思って、やっとあそこから逃げ出そうって決心したんだ。僕には
「その精神感応を受け取ったのが、お父さんだったのさ」
「お父さんが?」
「そう。じゃあ、今度はお父さんが続きを話そうかな。早田は宇宙船から、命からがら、アルファだけは取り返して脱出したんだ。あれは……ちょうど由利と婚約した年だったなあ。星がきれいな夜だったよ。空からなにかが落ちてくるから、隕石だと思ってあわてて駆けつけた。そのときは自分の直感だと思ったんだけど、後々、早田の精神感応の力だと知って、びっくりしたね。そして、地球侵略を企む、宇宙侵略者・Dr.チートンへ対抗する道具を、一緒に作ってほしいと頼まれた。リオンクリスタル・アルファというのは、生物が持つ生きる力『生体エナジー』を利用し、無から有を作り出すことのできる、夢のような宝石なんだ」
一旦言葉を切り、コーヒーを口にする。
「お父さんはその頃からパワードスーツの研究をしていてね。それを応用して作ったのが、生体エナジーを動力源にする、戦闘用パワードスーツ『リオンスーツ』だ」
重三郎は立ち上がって、パソコンデスクの近くにあったタブレット端末を持って戻ってきた。
「これだよ」
画面には、ロボットのような銀のスーツに身を包んだ人物の写真があった。ヘルメットの両側につけられた部品が長く、顔の上半分はヘルメットと黒いゴーグルで隠され、かすかに見えるのは口元だけだった。両腕と両足はロボットのように太くなっている。
「ウサギ、さん」
無意識に口から出た単語に、由香利自身がびっくりして口をふさぐ。
そのとき、由香利の脳裏に、燃える建物の記憶がよみがえった。
(……あ!)
六年前の火事の夜、炎の中から飛び出してきたウサギさん……あれは、リオンスーツの姿だったのだ。
紅く燃える炎がリオンスーツを照らしている。緑と紫の光がぶつかり合い、激しい戦いを繰り広げていた。リオンスーツのヘルメットが攻撃を受けて割れる。飛び散る破片の中に、懐かしい顔が見えた。
険しい表情をしていたが、それは母の姿だった。
(夢に出てくるウサギさんは、お母さんだったんだ!)
「お母さんは、このスーツを着ていたの? あの、火事の日も?」
由香利が訊くと、重三郎は悲しげな顔になった。
「由香利、あれは、ただの火事じゃなかったんだ。あの日、僕らの家はDr.チートン率いる異次元モンスターに襲われたんだ」
「えっ……!」
今までただの火事だと思っていた由香利は驚いた。
「リオンクリスタル・アルファを取り戻すためさ。その日完成したリオンスーツのアルファと、異次元モンスターたちの体内にあるベータの共鳴が引き金だった。由利……お母さんが、スーツを着て戦った。アルファの力は、女性にしか使えないものなんだ。なんとかDr.チートンに致命傷を与えて追い返したのだけど、戦いに由香利が巻き込まれてしまった。胸に深い傷を負った由香利を助けるために、お母さんは、アルファの力をすべて解放し、すべての生体エナジーを使った結果……命を落とした」
そこで言葉を切った重三郎が、天井を仰いだ。
(お母さんが死んだのは、私を助けるため、だったの……)
真実は、由香利の予想以上だった。家族があの恐ろしい異次元モンスターに襲われたこと、母がリオンスーツで戦ったこと、そして、傷ついた自分を助けるために、文字通り命をかけたということ。
(お母さん……)
マグカップを握る手を見つめながら、今こうして自分が生きていることと、母がいないことを考えて、胸がいっぱいになる。
「……由香利、お母さんを守れなくて、ごめん。なにを言っても、言い訳になる。だから、謝ることしか、お父さんはできない」
重三郎が、深く頭を下げた。見れば早田も、同じように頭を下げていた。
「お父さん、早田さん」
きっとこの二人のことも、母は命をかけて守ったのだ。あんな怖い怪物――異次元モンスター相手に、大人だからといって戦えるとは思えない。
生き残ったのだ、という言葉が浮かんだ瞬間、由香利の目から涙がこぼれた。
「……お母さんが、私たちを守ってくれたんだね」
由香利は、重三郎に抱きついて泣いた。
本音を言えば、どうしてお母さんだけが死んでしまったのと叫びたかった。しかし、母が守ってくれなかったら、父も、早田も、そして自分も、生きていないのだ。そう思うと、ただ泣くしかできなかった。
泣きたいだけ泣くと、重三郎が頭を優しく撫で、早田が目じりにたまった涙を静かに拭った。姿勢を正した早田が、由香利の目をまっすぐに見る。
「由香利ちゃん、もう分かっていると思う。狙いは、君の体の中にある宝石……リオンクリスタル・アルファ」
「だから由香利、お前にこれを、託したい」
重三郎は手のひらに乗る大きさの、四角いアクセサリーケースを差し出した。
「開けてごらん」
言われるがままに箱を開ける。中に入っていたのは、緑の宝石がはめ込まれた、六角形の銀ブローチだった。そっと触れると宝石が光り、由香利の体の中から光があふれ出した。
「!!」
【私の半身が、反応している】
アルファの声が聞こえた。
「アルファの半身?」
「このブローチは『リオンチェンジャー』といって、リオンスーツを装着するために必要なアイテム。真ん中の宝石は、そう、アルファの欠片だよ」
「由香利、お前にこれを託す。これが、由香利を守る、唯一の存在なんだ」
いつになく固い声で、重三郎は言った。
「これがあれば、異次元モンスターがいつ襲ってきても、対抗することができる。あれから六年、改良に改良を重ねた。たとえ僕たちがいなくなっても、由香利だけでも……」
「そんなの、いや!」
由香利は重三郎の言葉を遮った。
「お父さんも早田さんも、いなくなるなんていやだ!」
自分の体内にアルファがある限り、異次元モンスターが現れる。そして、恩や他の子供たちのように、襲われる人が増えるかもしれない。
「それに、私のせいで、だれかが傷つくかもしれない。それもいやだ」
(お母さんは自分の命を犠牲にして、私たちを救ってくれた……だから、今度は、私が守るんだ)
「お父さん、早田さん」
ブローチを手に取ると、ブローチと自分の体が完全に一体化するのが分かった。全身にあふれる温かな力が、勇気を与えてくれた。
重三郎と早田をまっすぐに見た。
「お母さんみたいに、うまく戦えないかもしれない。今までより心配かけるかもしれない。でも、私、この力で戦いたい。守るために、戦いたい。お父さん、早田さん、私、リオンスーツで、異次元モンスターと戦う……!」
夜になり、風呂に入るために早田について部屋を出た。すると、夜の冷えた空気が体を震わせた。廊下には、裸の電球がおぼろげな光を放ち、古い木の匂いが充満していた。
早田の後を追って階段を降り、風呂場まで案内してもらった。建物の古めかしい内装よりは新しくて、由香利はちょっと安心した。
早田が出ていったのを確認してから、いそいそと服を脱ぎ、脱衣カゴに入れようと中をのぞく。そこには、由香利のお気に入りのパジャマと入浴剤が入っていた。
(早田さん、やっぱり優しい)
入浴剤を手にした由香利は、うきうきした気分でドアを開けた。湯気の立ち込めた風呂場に入り、湯船に入浴剤を入れると、風呂場いっぱいにいい香りが広がる。体と髪の毛を洗った後、湯船に体を沈めると、たまっていた緊張や疲れがお湯に溶け出していくようで気持ちよかった。
しかし、突然これから始まる戦いのことを思い出し、一気に心細くなった。
(だいじょうぶ。お父さんや早田さんも、アルファだって、助けてくれる)
そう自分に言い聞かせても、不安はぬぐえない。不安と戦うために、膝を抱えてうずくまった。歯を食いしばり、戦うことを選んだのは自分だと言い聞かせながら。
【泣いているのか】
アルファの声にはっとして、顔を上げる。乱暴に目をこすって、涙をぬぐった。
(急に力が抜けちゃって、本当に、私が戦えるのかな、やれるのかなって)
アルファの気遣う声に安心した由香利は、正直に話した。
(私、いじめられっこだったし、今でも恩ちゃんには心配かけちゃうし。アルファの光はとても力強くて、温かくて、私でも戦える、って勘違いしてるのかもしれない)
【私は、君と繋がっている。つまり、私の力は、君の力とも言い換えることができる。君が強い意志を持てば、強大なパワーを発することができる。しかし、逆に君の意志が希薄であれば、私は力を発揮できない】
(でも、アルファは私を守ってくれたよ?)
モンスターに襲われたときのバリヤーを思い出す。
【私は意思を持っているが、人間ほど複雑ではない。君を守るという、強い意志がクリスタル・アルファに結び付き、私が生まれたのだ。あのとき、解放したショックもあって爆発的な力が生まれたが、今後はそうはいかない。君は、力をコントロールする術を身につけなければならないのだ。それができないと、力の暴走が起こる。君を守るための力が、逆に君や、そして君が守りたいものに対しても、牙を剥くことになる】
(そんなの、絶対にいや)
由香利の脳裏に、倒れた恩の姿が浮かぶ。そして、まだ病院にいるだろう彼女のことを思うと、胸が痛んだ。
【そうならないために、しっかり訓練をやろう。それが、君の自信に繋がり、本当の力となる。君が信じれば、必ず私は応えよう。約束する】
由香利は胸の奥がほんのり温かくなるのを感じた。怯えた心が、だんだんと自信を取り戻していくのが分かった。
(うん、約束。私も、アルファを信じる)
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