超絶変身ユカリオン

四．びっくり！ 早田さんと過去の真実

　暗闇の中、由香利は両膝を抱えていた。目をぴったりと閉じ、いつも見る夢と同じ居心地のよさと温かさに、安心していた。　

（……あたた、かい）

　あの怪物はなんだったのか、どうして襲われたのか、分からないことばかりで、なにも考えたくなかった。

（ここから……出たく、ない）

　ぴったりと閉じた目から、うっすら涙があふれた。

【泣くな、ユカリ】

　ふいに、優しい声がした。

　目じりにたまった涙を、温かい指がぬぐう。それが合図だったかのように、由香利の目が、ゆっくりと開かれる。

　目の前に、緑の宝石が一粒浮かんでいる。暗闇の中で、きらきらと光っていた。

（きれい……）

【それは、君の命そのものでもある】

　宝石から、あの優しい声が聞こえ、由香利は驚いて目を丸くした。

（宝石が、しゃべってる？）

　由香利の考えに反応したのか、宝石はくるくると回る。

【私はリオンクリスタル・アルファ。君の中で六年間かけて再生された、宝石だ】

（あの声は、あなただったのね。どうして、私の体の中にいるの？）

【君は、六年前起きた火事で瀕死の重傷を負った。絶命寸前だった君に宿り、生命維持装置の代わりを果たしてきたのが、私だ】

（どういうこと……？　私、六年前の火事のこと、よく覚えていないの。そのときの記憶だけ、すっぽり抜けちゃってる）

【幼かった君には、あの事件は影響が強過ぎる。そのため、一時的に記憶喪失状態にしていたのだ。私の力が解放された今、さまざまなことを思い出すだろう】

（そうだったんだ）

　なぜ火事のことだけ記憶があいまいだったのか、やっと分かった。すると、由香利の中でつぎつぎと疑問が湧いてきた。

（私の体が勝手に動いたのは、あなたの力？　怪物から私を守ってくれたのも、そうなの？）

【まず、君の体が勝手に動いたのは、私と同類の物質『リオンクリスタル・ベータ』と私が共鳴したためだ。ベータは、君を襲った異次元モンスターの核になっているものだ】

（異次元、モンスター？）

【この地球を支配しようと企む宇宙侵略者『Ｄｒ．チートン』が作り出した、地球上の物質や生命体と、クリスタル・ベータを融合して作られた怪人だ。そして、さっきのバリヤーは、君を守るためだ】

（私を？）

【そう。君の細胞一つひとつは、私と繋がっている。私が君から離れてしまうと、そのバランスが崩れ、君は死んでしまう】

（だから、あなたは私の命そのもの、なの？）

【その通り】

　空中で回転するクリスタル・アルファに、由香利は指先を伸ばす。ほのかに温かい感触に、心がおだやかな気持ちになる。信じがたいことばかり起きているが、これは、ずっと自分のそばにあったものだ。

　由香利は夢と同じように、両手でクリスタル・アルファを包み込むと、大切に胸に抱いた。

（私を助けてくれて、ありがとう。ねえ、なんて呼べばいいのかな。あの名前は、ちょっと長いから）

【私のことは、アルファと呼んでくれ】

（分かった、アルファ）

　名前を呼ぶと、アルファと心臓の鼓動が重なる気がした。

　＊

　気が付いたら、由香利はベッドの上にいた。寝返りを打つと、見慣れた白衣の後姿が見えた。

「……おとう、さん？」

　由香利のか細い声に、重三郎は振り返る。そして由香利のそばまで来ると、その目線までしゃがみ、やさしく頭を撫でた。

「由香利、気がついてよかった。具合はどうだい？　……ん、いいか、そうか。早田、早田ーっ、由香利が目を覚ましたぞーっ！」

　辺りを見まわすと、機械や本棚などがずらりと並んでいる。少なくとも、家の中ではないことは分かった。

「お父さん……ここ、どこ？」

「ああ、ここはお父さんたちの研究所だよ。安心しなさい。由香利が無事で、よかった」

　重三郎はそれだけ言うと白衣を翻し、部屋を出ていってしまった。

　起き上がると少しめまいがした。まだ、あの暗闇の中にいるようだった。しばらくして早田が現れたが、暗い顔をしていた。

「無事でよかった。僕が付いていながら、危ない目にあわせてしまって、申し訳ない」

　落ち込む早田を見て、由香利は首を横に振った。早田のせいではないからだ。

「私はだいじょうぶ。早田さんが、巻き込まれなくてよかった」

　早田が無事だったことに、由香利は心の底から安心した。早田まで襲われていたらと思うと、ぞっとする。そのとき、やっと恩のことを思い出した。

「早田さん、恩ちゃん……恩ちゃんは、だいじょうぶなの？」

「恩ちゃんは、あの後ご家族に連絡して、病院に連れて行ってもらった。とても体力を消耗しているから、しばらく入院が必要だけど、命に別状はないそうだよ」

「そう、なんだ……」

（恩ちゃん……）

　由香利は言葉を詰まらせてうつむく。命を吸い取られ、入院した子供たち……噂は本当だったのだ。しかし、もっとショックだったのは、親友が襲われたことだった。

　そして、六年前の火事、アルファが体の中にあったこと、襲ってきた異次元モンスター。

　どれがどうやって繋がっているのか。どこまで父や早田は知っているのか。頭の中でさまざまな疑問が浮かぶ。

　そのとき、重三郎が戻ってきた。手には、三つのカップを乗せた盆を持っていた。カップを早田と由香利に渡すと、重三郎はベッド横の椅子に座った。

　由香利のカップにはカフェ・オレが入っている。口にすると、いつも通りの砂糖が入った甘いカフェ・オレの味だった。

　三人で黙ったまま、しばらくコーヒーを味わい、ほーっ、と三人一緒に息をつく。すると、場の空気が変わり、やはり一緒に笑った。

「さて、由香利。まずは、危ない目に遭わせて、すまなかった。辛いことを聞いているのは分かっているが、なにがあったか、お父さんと早田に、教えてくれないか」

　重三郎の言葉に、由香利は夕方起きたことを説明した。アルファのことも、分かる範囲で話した。

「そうか……大体、分かった。まずは、そうだな……しかし、どこから話せばいいのやら」

「まずは僕から話します。順番通り話したほうが、よいでしょう」

「そうだな、頼む」

　由香利は重三郎と早田の顔を交互に見比べながら、もうなにを言われても驚かないぞと覚悟を決めて、カフェ・オレを口にした。

「由香利ちゃん、実は僕はね、宇宙人なんだ」

　早田はいつものおだやかな顔をして、予想外の言葉を口にした。

「――!?」