超絶変身ユカリオン

三．謎の怪物と狙われた由香利

　暗闇の中に青白い光が一点、灯った。よく見るとそれは大人一人入れそうなほどの大きな円筒で、中で『なにか』がゆらりと動いている。

「……リ、オン、クリスタル」

　どこからか聞こえてきた声は、しゃがれた老人のような声で聞き取りにくい。

「サガセ……ウバエ……」

　執念のこもった恐ろしい声。それに応える声があった。

「ええ、ええ、承知しておりますワ。アテクシにも、日に日に、クリスタルの力が強く感じられますもノ……あの忌々しい、アルファの力ガ」

　円筒の前には、黒い影が跪いていた。言葉遣いは女性のようだが、その声は、低い男の声をわざと甲高くさせているような、おかしな声だった。

　ごぼっ、と円筒の中で泡が浮かぶ。どうやら、円筒の中は水で満たされており、その中に『なにか』がホルマリン漬けのように浮いているのだ。

「でも、偉大なるあなた様ならば、アルファの力を掌中に収めることなど、赤子の首をひねるようなもノ……ああん、ス・テ・キ！」

　円筒の中で、黒い影の声に答えるかのように、泡が水中に舞った。

　低い機械音と共に、円筒の辺りからたくさんのモニターや計器の明かりが灯っていく。

「あれから一体、どのくらいの時間が経ったのかしラ……やっと、アテクシたちの体が回復したというのに、あなた様はこんなお姿。忌々しい、アルファの力を持つ者のせいデ！　きっと、きっと手に入れてみせますワ。そしてこの地球に君臨するのは、愛しのＤｒ．チートン様……」

　黒い影は円筒の中の『なにか』に顔を寄せてささやく。

　そのときだった。黒い影の背後に、別の気配が現れた。

「怪人デ・ジタール……」

　黒い影がゆっくり立ち上がると同時に、照明がすべて点灯し、辺り一面を明らかにした。

　無数の管に繋がれた巨大な円筒を中心に据え、壁一面にはモニターや指針が忙しなく動いている。そして円筒の中には『なにか』――皺と髭でいっぱいの老人の首が、目を閉じてぷかぷかと浮いていた。

　明るくなったことで、黒い影の姿もあらわになる。全身を毛でおおわれた、猿のような怪物だった。しかし猿と決定的に違っているのは、痩せ型の体全体に巻きついている、触手があること。さらに、顔の半分は、なぜか薄笑いの描かれた真っ白な仮面でおおわれていることだった。

「あなたも感じていテ？　デ・ジタール。あの、忌々しいアルファの力ヲ」

　黒い影――怪人サルハーフは、全身の触手をぬるぬると動かしながら振り返る。そこには、怪人デ・ジタールと呼ばれたデジタル時計の頭を持つ巨大な怪物が立っていた。

「カ、カ、カンジル。ア、ア、アルファ、ノ、チ、チ、チカラ」

　怪人デ・ジタールは一定のリズムを刻むように、抑揚のない電子音声でしゃべった。

「人間の子供の生体エナジーは、いいウォーミングアップになったようネ。アナタ、生き生きしてるワ！」

「イ、イ、イキイキ。ゲ、ゲ、ゲンキ。ダ、ダ、ダカラ、ウ、ウ、ウバウ。リ、リ、リオン、ク、ク、クリスタル、ア、ア、アルファ……」

「そう、その通りヨ！　私たちが愛するあの方のたメッ！　さあ、お行きなさい、リオンクリスタル・アルファを手に入れるのヨ！」

　サルハーフの叫びが部屋全体に響き渡る。円筒の中のＤｒ．チートンなる老人の口元が、不気味な微笑を浮かべた……。

　＊

　恩と一緒に学校を出て、夕暮れ空を見た瞬間、由香利の心がざわりと騒いだ。

　なにかに怯えるような、そんな気持ちになってしまったので、校門前で待っていた早田の姿を見た瞬間、とても安心してしまった。

　十字路に差し掛かると、恩が足を止めた。ここを右に曲がれば、恩の家だ。

「また明日ね、恩ちゃん」

「おう、また明日なー！」

　お互いに手を振って、それぞれの帰り道へ再度歩き出す。いつも通りの帰り道、のはずだった。

（――!?）

　突然、由香利の胸の奥がどくん、と、今まで感じたことのない強さで脈打ち、思わず自分の肩を抱きしめた。

「え……っ」

「由香利ちゃん！」

　ぐらりとよろめいた由香利の体を、早田が受け止める。熱に浮かされたように体が熱い。

　由香利は操られるように早田から離れ、歩いてきた道を戻り始めた。呼びかける早田の声が聞こえているのに、体が言うことを聞かないのだ。

　十字路まで戻り、恩が曲がったほうへ行く。そこには、ついさっき元気に手を振ってくれたはずの恩が倒れていた。

「め、ぐみ、ちゃん……!?」

　急いで駆け寄り、名前を叫びながら体を揺らすが、反応はない。

　由香利の脳裏に浮かんだのは、例の不審者の噂話だった。

（襲われて、命を吸い取られちゃったの!?）

「恩ちゃん、恩ちゃん、恩ちゃんっ!!」

　無我夢中で恩の名を呼んだ。気づけば、周りにだれもいない。

「早田さんっ、早田さあああん!!」

　思わず早田を呼ぶが、返事はない。

　夕日は消え去り、黒い絵の具で塗りつぶされたような異様な暗闇に閉じ込められたみたいで、由香利は不安と恐怖を感じた。

　そのときだった。押しつぶされそうな恐怖に震えていた由香利は、何者かの気配を感じて、顔を上げた。

「……だ、だれ？」

　そこには、黒いフードを被った、大きな人影が立っていた。噂通りの姿に、思わず悲鳴を上げて、その場にぺたんと座り込んでしまった。

（……！）

　動けなくなった由香利は、恩の体をぎゅっと抱きしめる。次は自分が襲われると分かっていても、怖くて逃げられなくなっていた。

　黒フードが身じろぐと、フードがいとも簡単にずり落ち、その正体があらわになる。

　異常に大きなデジタル時計の頭に、不釣合いな黒スーツ、ところどころに巻きついた時計のベルト――怪人デ・ジタールの姿だった。

　人間とは思えぬ怪物の姿に、由香利は声にならない悲鳴を上げた。

「ハ、ハ、ハヤク、ミ、ミ、ミツケナキャ……」

　抑揚のない声でデ・ジタールがしゃべったが、由香利には聞き取れなかった。

　デ・ジタールが両腕を広げると、腕に巻きついていた時計のベルトが生きているかのように動き、由香利の体を捕まえた。

「ああっ！」

　自由を奪われた由香利の体は、簡単に宙に浮き上がる。

「……あ……ああ」

　次第に全身の力が抜けていき、なにも考えられなくなってくる。抵抗するのも忘れるほどの眠気が由香利を襲った。

（ねむい……もう、だめ……）

　由香利の目が閉じそうになった、まさにそのときだった。

【――自分を、守れ！】

（……!?）

　自分ではない、だれかの声が脳裏に響いた。そして夢で感じた、あの温かさが体内を駆け巡る。

　その瞬間、由香利は、夢の中で何度も見た宝石が、自分の体の中にあるのが分かった。

（私の体に、あの宝石が……？）

　そう理解した瞬間、由香利の全身が、強いエメラルドグリーンの光に包まれた。

「っ……！」

　デ・ジタールのベルトが焼き切れ、灰になって地面へ落ちると同時に、由香利も自由になった。デ・ジタールは怯み、後ずさりをした。

　光は、由香利を守る盾のように六角形になった。デ・ジタールが先ほどと同じように、鋭くベルトを伸ばしてきた。しかし、ベルトは光の盾に阻まれ、灰となって散った。

（すごい。なんなの、これ）

　体から力があふれ出ているのが分かる。その力が光となって、自分の体を守ってくれているのだ。

　するとデ・ジタールは動きを止め、姿を消した。その後、由香利を守っていた光の盾の力が弱まり、ついには消えた。

　それと同時に、力がふっと消えた。体の力が抜けて倒れそうになった瞬間、だれかが肩を支えてくれた。

「由香利ちゃん！」

「は、やたさん……怪物が……」

　体を受け止めてくれたのは早田だった。

「怪物は、もういないよ、だいじょうぶ。君が、追い払ったんだ」

「……よかっ……た」

　由香利は小さく微笑むと、気を失った。