第四話 オーナーと代表
週明けの開店準備の事だった。いつものように女の子と連絡を取っていた遼は、思わぬ連絡に驚きを隠せなかった。
「げっ……」
「どうしました代表?」
カエルが潰されたような声を出す上司に、マネージャーの五十嵐は訝しんだ。遼は携帯の画面に映された名前から目を逸らさず、短く答えて席を立つ。
「オーナーだ。後は頼む」
「オーナー!? は、はい……」
春小町の地主にして裏のトップでもあるオーナーは、創立から五年間あちらから電話を掛けてきたことはない。もちろん月一で遼から会いに行って営業報告などを伝えているが、基本は放任主義で滅多なことでは自分から現れない。
何か問題があったのかも知れない。遼は個室に篭って直ぐに通話ボタンを押した。
「はい、お疲れ様です」
「遼。店前に来てるんだけど……」
「えっ!? す、すぐに向かいます!!」
「よろしく……」
電話を切って慌ててフロントに走る。オーナーが店に来るなんてオープン当初以来だ。
何なんだ全くと心の中で呟く遼は、オーナーのこういう突飛な所が苦手であった。
「どうぞ、お茶ですが」
「ありがとう……」
一階のVIP席に入ってもらい、五十嵐がお茶を運んできた。感情を表に出さず淡々と返す姿は、とてもやりにくい客のようである。
青い肌に液体で模した腰まで落ちる長い髪。小さな少女のような見た目の彼女はこれでも、遼よりずっと年上のスライム属の長だ。頭も良く勘もいい。経営者として変わってほしいほど能力が高かったりもする。一つ加えると、彼女に性別はない。少女の姿はある方を真似しているだけだ。
遼は息を飲んで、突然の来訪者に要件を伺う。
「それで、オーナーが来るなんてただ事ではないですよね。何があったんですか?」
「そう焦らない……。大きく構えるのが代表者の器……」
「…………すみません」
こんな無口な少女に頭が上がらない。遼はこっそりため息をついて、仕方無しと彼女から話し出すまで待った。
お茶を飲み切った彼女、マイル(もちろん源氏名ではない)はようやく口を開いた。
「今日、遠方の貴族ヌーフェが来るよ……」
「ヌーフェ……あっ! ま、待ってください! 魔王軍元四天王じゃないですか!」
「落ち着いて……私も四天王でしょ……」
「はい……」
数百年前、まだ人間と争っていた時代に魔王軍を引っ張ってきた四将軍の一人『黒海のヌーフェ』。海を操るリバイアサンの、純血種最後の生き残りだと言う。そこまでの権力者は未だお目にかかったこともなく、遼はどう対処したものかと頭を抱えた。
目の前のマイルも四天王の一人『血水のマイル』と呼ばれているらしいが、この見た目にして、オーナーである彼女と客として来るヌーフェでは扱いが全く異なる。下手をすれば食い殺されかねない。
「それで、ヌーフェの評価次第ではもっと大物が来るよ……」
「四天王より大物って……一人しかいないんですが……」
誰を置いて四天王かなんて、子供でもわかることだ。成功しても失敗しても、遼の負担は大きくなるばかりだった。
「その、ヌーフェさんの好みは」
「元気な子……。あと、おっぱいが大きな子かな……。本人は大人しいから、荒事にはならない……」
「わかりました。手配します。何時頃を予定してるかわかります?」
「開店と同時だと思う」
「そんなばかな!!」
要件を伝え終わり、帰ろうとするマインを横目に急いで電話を取り出す。もう時間はない。早く主力を集めなければならない。
「頑張って……」
「ありがとうございます!! もしもしカレン! セットは終わってるだろ今すぐ来てくれ!」
彼女が去った個室で、遼は一人電話を続けた。VIP席に特別なセットを支持し、時間ギリギリまでに最高の状態に近付けるのであった。
「五十嵐! 笹久保! 開店と同時に超大物が来るぞ! 至急主力ホステスを集めろ! カレンは確定。ミミとルカに電話してくれ。巨乳で元気なホステス希望だ!」
「了解了解」
「はい、わかりました!」
インカムで全員に重要性を伝え、遼はフロントに場所を移して再度連絡を取り続けた。
マイルに関わるとろくな事がない。何度もそう感じた遼だが、今日ほどそれを痛感したことはなかったのであった。
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