第三話 三十路だけど、夢は捨てれなかった。

 今日も仕事が終わった。明日は日曜日で唯一の休みということもあって、遼は残りの仕事を笹久保に任せて早めに上がらせてもらうことにした。

 静寂と言うほど静寂でもないが、それでも夕方よりは静かな街を一人歩きながら、彼はとある店を目指した。そう遠くはなく、十分もあるけば到着する。

 目的地を目の前に、ようやく気の抜けた遼はネクタイを緩める。無骨な重い扉を開けると、そこにはきらびやかなボトルの数々、クラシックのような民族曲が心を落ち着ける。いわゆるバーである。


「遼! こっちだこっち!」

「あぁ、お待たせ」


 カウンター席に腰掛けるリザードマンのバランは、待ってましたとばかりに笑顔で受け入れてくれる。ずいぶん前からバランとバーに行く約束をしていたのだが、結局二ヶ月もかかってしまった。遼はずっと楽しみにしていたせいか、自然と足がはやる。


 仕事柄客の席で酒を飲む事も多いが、それは全て人間界から仕入れた物。異世界のバーではもちろん、そこならではの酒がいくらでも存在する。実は、遼は異世界の酒を飲んだことがなかった。

 筋肉隆々なバーテンダーの背後には色鮮やかに煌めく酒の数々、思わず目がくらんでしまう。


「何を飲むんだ?」

「そうだな、やっぱりここの地酒を先に頂こうかな」

「マスター! ココレド二つ!」


 バランが代わりに注文し、あっという間に二人の前には透明な液体が入ったグラスが置かれる。軽く乾杯をして、遼はゆっくりと喉に落とし込んだ。

 ほんのりと甘みがあり、喉や胃に緩やかに滑り込む。身体の奥からじんわりと広がっていくようなそれは、上質な日本酒に近いだろう。度数も控えめなのか、何倍でも飲めるような錯覚を生んだ。


「マスター、同じものをもう一杯」

「おいおい遼、ココレドは後からくるから飲み過ぎるなよ?」

「ははっ、酒は飲み慣れてるから心配するな。それより、家族は大丈夫か? 勝手に出てきたんだろ?」

「なぁに、たまにはいいのさ。だけど、遼の店に行ってることは秘密にしといてくれよ? 女の子と遊んでるのを知られたら嫁のデカい尻尾で殴り殺されちまうよ!」


 カッカッと笑うバランに釣られ、遼も心から笑った。気心を知れる友と飲みに出かけるのは大学以来で、こんなに楽しいものは無いと噛み締めていた。


 そのせいか、つい飲みすぎてしまった。


「だからよ〜、今でもおれは納得してねぇっての〜」

「お前なぁ、だから飲み過ぎるなって言ってんのに……」

「バランくん! 旅に出よう! 魔王倒す旅!」

「やめろやめろ! お前の世界の魔王様は残虐非道かも知れねぇが、ここの魔王様は誰にも優しい慈悲深い御方なんだぞ。冗談でも言っちゃならねぇよ」

「ほんと〜? じゃあ、世界の秘宝を探しに」

「ねぇよそんなの。ここらの大陸は全部整備された魔王軍の統治下だ。廃坑から洞窟まで綺麗に観光地だ」

「なんで冒険できねぇの〜。おれのゆめはどうなるの〜」

「旅行なら行こうぜ。魚のうま〜い旅館知ってんだ。今度二人で満喫しようぜ!」

「ん、いく〜」


 ベロベロに酔った遼に困惑しつつも、バランはケラケラと笑って楽しんでいた。普段から遼は働き過ぎだと感じているバランは、ここまで自分のことを話してくれる遼が嬉しかった。


「それよかさ、俺もお前の世界を見てみたいんだ。ここよりずっと技術が発達してるんだろ? なのに魔法も呪法もない。想像出来ねぇよ」

「ん? なぁんもおもしろくねぇよ? 全部でんき! 雷のエネルギーをつかってるしょうもないとこだよ」

「それが見たいんじゃないか! さらに書物も豊富! 飯は美味いんだろ? 興味湧かない方がおかしいさ」

「マスターおかわり!」

「やめとけってば」


 もはやグダグダの会話だが、遼は回らない頭でうーんと考える。


「不公平だけどさ、バランたちはまだ人間界にこれねぇんだわ。これは世界共通で、こっちの人間と完全な人形のエルフは数人大使としてむかえいれたけど、獣人とされるおまいらはまだ人間界には刺激が強いんだよ〜。ま、そのうち来れるようになったらおれの家に招待するって」

「ほんとか!? 約束だからな!」

「もちろん! ウチ近いぞ〜、徒歩いっぷん」


 何時になるかもわからない約束に、バランは飛び跳ねる勢いで喜んだ。その様子を見て遼も一緒に飛び跳ねる。

 今だけは学生のように、旧知の友のように、楽しい時間に浸る事にした。


「お客様。少しお静かに」

「「すみません……」」


 マスターが注意するのも、当たり前の話である。





 次の日、いつの間にか店で寝ていた遼はズキズキと痛む頭を抱えて起き上がった。

 個室で寝てしまったらしく、もう昼近い。早く帰らないと、ゲート管理者に捜索されてしまう。


「いてて……。ん?」


 部屋を見回すと、一人の少女と目が合った。頭に大きな花を付けて、ニコニコと遼を見つめる少女は、手でブイサインを作って「おはようございます」と言う。

 まさか、よりによってコイツに出会ってしまうとは。遼は苦笑いをするしかない。


「おはよう、カレン」

「代表? 店泊は……」

「あぁ、無しだよな。すまん……」

「よろしい。一緒に朝ごはん食べません?」

「そうだな……」


 注意する側がそれをやってはいけないなと反省しつつも、何故カレンがここにいるのか気になった。


「お前、なんで店にいるんだ?」

「そりゃ、いつも通り店泊を……」

「お前もしてんじゃねぇよ!」


 キャーと逃げ回るカレンを追いかけ、遼は店の外へ出ていった。

 日曜日でも変わらぬ異世界生活。遼はいろんな意味でため息をつくしかなかった。


 ちなみに、この後ゆっくり遅めの朝ごはんを食べて帰った。店に鍵を掛けて。

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