第二話 先に言っておけよ

 開店は午後六時。閉店は深夜三時。オープン準備と閉店作業を含めると、勤務時間は十二時間を越える。ホステスフォローを入れるとそれ以上。紛れもないブラックだ。

 それでも遼が続ける理由は、給料が恐ろしく高い事と、いまだ夢のようなファンタジーが体験出来ると信じているからである。

 今日も開店の時間がやって来る。結局女の子の出勤は四十名。平日と考えるとこんなものだろう。来店予定、同伴予定もそこまで立っていない。何とか回せそうだ。

 インカムを二つ付けて準備万端。リストに篭って監視カメラでフロントを確認しながら、遼とリスト指名は適当な雑談をして最初の客を待つ。

 この春小町のオペレーションを数えると。

・お客様を迎えるフロントが二人。

・会計や全体のお金の管理をするリストが一人。

・タイマーや指名被りでのホステスの移動を管理するリスト指名が一人。

・リスト指名と連携して実際にホステスの場所を移動させる付け回しが二人。

・キッチンが三人。

・ホールが八人。

・ボトル管理が一人。

 計十八人のスタッフがいる。そこに代表である遼と副店長の笹久保が入り、クレームや常連の相手をすることになっている。

 春小町の規模も、二階メインフロア十卓、一階サブフロア五卓、個室五卓、VIP三卓。満席になっても余裕を持って営業出来るだけの人数はいる。


「え〜、サラさん同伴一名様」

「六番どうぞ〜六番。六番一名様セット」


 フロントの来店コールに合わせて、リスト指名が席を指定する。営業が始まった。ここからしばらくは同伴の客が一気に来る。


「ミリさん、ミリさんサヤカさん同伴二名様」

十番とうばん、十番どうぞ〜、十番二名様セットね」


 順調に客を入れていき、タイマーがいくつも稼働していく。まだ忙しくない時間帯。遼は女の子からの当日予定を聞く為に電話を取り出した。

 しかし、いつもとは違う動きが現れはじめた。


「ミリさん、ミリさんご指名一名様」

「一階一階。一番どうぞ」

「ミリ頭から。一番にミリ付けて頭から回そう」


 遼は自分とリスト指名、付け回ししか付けていない『Bインカム』で指示を出す。全員が付けている『Aインカム』で流すと混乱する者が出てくるからだ。

 普段は場内指名席で貰える指名を取ることはあっても、まだ場外指名フロントで貰える指名をもらったことが無いウルフェンのミリが、こんなに早い時間から被り出した。予定も無かったと言うことは、不意の来店である。

 たまたまかと気にしていなかった所に、畳み掛けるように来店が重なる。


「ミリさん、ミリさんご指名二名様。個室希望です」

「はいはい、二名様はK2(個室のK)どうぞ。K2」

「インカム割りますね〜、ミリさんご指名四名様。フロア席ご希望です。フロントフォローお願いします」

「んん!? え〜……一旦K4! フロア料金でK4! 空き次第フロアへTC(席移動)!」


 リスト指名が冷や汗を隠せずにいた。

 これはおかしい。いくらミリが新人の中でも優秀な部類に入るとはいえ、何も無しに開店数分から四カブ(四卓被り)は異質過ぎる。

 一旦それは置いておくとして、遼は混乱するリスト指名の代わりに指示出しをした。


「K2、K4はヘルプスタート。ミリ抜いてそれぞれ挨拶させてから一番に戻す。三分後K2に移動」


 頭の中にタイムテーブルを組み立てて、遼はリスト指名にこれからのミリの移動手順を伝える。まだ経験の浅いリスト指名には、ほぼ同時に入った四カブを均等に回すのは荷が重い。

 ついでにと、遼は副店長の笹久保に一つお願いをした。


「笹久保笹久保。ミリが挨拶周り終わったら一旦リストへ呼んでくれ。俺から聞きたいことがあると」

「はいはい、了解」


 本当は付け回しも兼任している笹久保はリスト指名同様忙しい役柄なのだが、流石は遼の右腕と言ったところで涼しい返事が帰ってくる。

 ひとまずコイツがいれば大丈夫だろう。そう確信する遼は、今のうちにキッチンからコーヒーを取ってくることにした。




「代表。呼びました?」

「おぅ、お前いきなり四カブしてるけど、それは把握してるか?」

「そ〜、ホントびっくりしちゃって。何でですかねぇ」


 ミリ自身驚いているらしく首を傾げるばかり。いつもちゃんと来店は把握しているし、連絡も欠かさない。だけど遼には気がかりな事があった。

 一見しっかり者のミリは、どこか抜けている『ドジっ子』だからだ。


「最近、お客様と何話したか覚えてるか? 何でもいいんだ」

「肉が好きって話は毎回……う〜ん」

「他には?」

「………………あ」

「ん?」

「あたし、今日が誕生日ってことになってるかも……」

「待て待て、お前の誕生日は来月末だろう。何で今日なんだ?」

「いや〜」


 てへへと笑うミリが焦れったくて、遼は内心イラッとした。何でそんな嘘をついたのか意味がわからない。


「実はカレンちゃんが席で誕生日もうすぐだって聞いて、私の方が早いよなんて……。辻褄合わせに色んな人に言っちゃったかも。へへ、お酒の勢いって怖いよね」

「お前なぁ……。わかった。じゃあお前の誕生日は今日だ。絶対来月でしたとか言うなよ? 公開プロフィールがまだ出来てなくて良かった」

「ごめんね代表。それじゃあ戻るね」


 すたたっと指定された席に戻ったミリを見送って、遼はため息をつくしかなかった。

 と言うことは、今日の来店はサプライズで来てくれている事になる。しかも、こういう時は確実に高額シャンパンが降りる。ホステスのバースデーは、それが誰かによっては大きなイベントで、ミリなら期待値を込めて大きめに宣伝してもいいくらいだ。合わせて発注も調整しなければならないのに、勝手なことをしてくれたものだ。

 遼は取り急ぎ、全体のAインカムで情報共有をする。


「全員。頭の中に入れておいてくれ。今日はミリの誕生日と言うことになっている。客に聞かれてもそう答えてくれ。恐らく被りが多くなり、高額シャンパンが出る。迅速に対応しろ」

「了解」

「了解了解」

「はい、はい」

「インカム割りますね。K2からベルエポロゼ。K2からベルエポロゼ」

「………………了解。伝票確実に」


 さっそく十万円越えのシャンパン。ベルエポック・ロゼならまだ可愛いものだ。在庫はある。


「K2変更。アルマンドロゼ」

「……はいはい。キッチン、特大のフルーツ盛り」


 太い客がいるのか、可愛くない。売上は上がるけど、恐らくシャンパンかフルーツが在庫切れを起こすな。

 遼は頭を抱えて天井を仰いだ。







 結果だけで言うと、それぞれの席でシャンパンが降りて、チャーム(ボトルに付いてくるおつまみの様なもの。シャンパンはフルーツ盛り)が間に合わなくて小さなクレームになった。

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