第2話 『異形』

 ドアを蹴破る大きな音が響いた。


「オイ!出てこいや、クソピエロ野郎ッ!!」


 土足で部屋へと踏み込んでは怒声を張り上げる青年。

 自身のボサボサで中途半端に伸ばした白銀髪を搔き上げてから部屋を見渡し、室内で未だにボコボコと膨らんでは時に破裂する異形を見て、動きが止まる。


「ちっ……遅かったし手遅れだな、こいつぁ…」


 青年は舌打ちして眉を顰めた。

 そして、異形の傍らに転がる上半身を無くした死体見つけた彼は、大きく嘆息して異形へと向き直る。


「間に合わなくて悪かったな。助けられなくてよ。けど、」


 そこで言葉を切り、腰のホルスターから1丁の銀色に光り輝くリボルバーを引き抜く。

 普通のリボルバーよりも大きな銃口と銃身が印象的で、シリンダーにはたったの4発の弾丸が込められていた。


「今、楽にしてやる。あの世で安心しな」


 彼自身のこめかみに銃口を押し付けて、迷いなく引き金を引き、弾丸が発射される大きな音が狭い室内に響き渡る。


「ふぅー………ぐがぅああああああああああああああああああっっ!!」


 大きく息を吐いた後、青年は咆哮した。

 室内を揺らし、窓を震わせ、そして。


 ボコボコと膨らんでは破裂するだけの異形が青年へと振り返る。


 よく見ると異形には、その巨体には似合わぬ小さな目と耳、口と鼻が付いていた。

 そこだけが、かつて人であった名残のようで不気味に感じてしまう。

 その異形の口が開き、意味のわからぬ呻きを上げて鼻息荒く、小さな目で睨みつける。


 異形が巨体の胴体を引きずるように動くと同時、青年が跳ねる。

 ベキャメキャ、と音を立てて青年が立っていた床が爆ぜて、青年は一瞬にして異形へと接近して真上から拳を振り下ろす。


 異形の膨らんだ部分が、拳を吸い込むようにめり込まれ、そして破裂した。

 血と体液と肉片を撒き散らして、異形が悲鳴を上げる。


 青年は、その悲鳴を聞く耳持たずにそのまま拳を異形の肉体内へと押し込み続けて、肩まで押し込んだ腕を一気に引き抜く腰の回転を活かして反対の拳を下から突き上げた。


「うォらアアァッッ…!!」


 目や鼻があった異形の顔と思しき部分を吹き飛ばして飛び散る血と体液を派手にぶちまけて、異形はゆっくりと床を軋ませて倒れ込む。


「助けられなくて、ごめんな……」


 青年は振り上げた拳を下ろし、もう1度小さく謝った。


 ◆◇◆◇


 数時間後。

 場所は町から少し離れた林の中。


「悪かったな。安らかに眠ってくれ」


 どこからか拾ってきたスコップを地面に置いて、手を合わせて拝む。

 急ごしらえで作った墓の前で。


「ねーえーグレイー。終わったー?」


 間延びした呑気な声が、青年グレイの耳に届く。


「もう終わったよ、リィエル」

「じゃあさ、早く探さなきゃ。手がかりなくなっちゃうよー?」


 近くの木に背中を預けた真っ黒な縁の眼鏡に暗闇を連想させるような黒のドレスを身に包んだ小柄な女のリィエルの方へと目線を向けてぼやいた。


「わーってるよ。ほれ、さっさと行くぞ」

「あ、ちょっと待ってよー」


 立ち上がると、地面に置いたスコップを放置したまま林を抜けていこうとするグレイを、リィエルは慌てて追いかける。


「多分、もう次の町に行っちゃったんじゃーない?」

「そう考えるのが普通だろうな。とにかく目立つ風貌してんだし、駅に行きゃわかんだろ」


 迂闊なのか誘ってやがんのか知らねえが上等だ。

 グレイはそれを口にはせず心の中で呟く。


「んー……」

「んだよ?こっち見ながら変な声出してよ…?」


 目を閉じ眉を顰めて唸るように考え込む隣のリィエルへと声をかける。


「んーとね、グレイ」


 目を開いてグレイへと向き直り、リィエルは真っ直ぐにグレイの目を見据えてきた。


「土まみれ泥まみれ体液まみれで汚ーい。急いで追わなきゃいけないのはわかるけど、身だしなみ大事ー」


 それを聞き、グレイはポカンと口を開く。


「別に後でいいだろ。今は急がなきゃやべえんだしよ」

「その気持ちはわかるけど、一緒に歩く女の子としてはいい気分じゃないのー」

「女の子…?」

「なぁーにぃー?」

「いや、何でもないデス…急いで宿屋行って着替えマス……」


 グレイの一言に、リィエルの笑顔が一瞬にして般若のような鬼の形相に見えてしまい、怖じ気立ってしまった。


 グレイは目的地を駅の前に宿屋へと変えて、急いで向かう事にして走り出す。

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ブラッディ×シック 比名瀬 @no_name_heisse

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