話せない僕が異世界で

プロローグから話せない

 意識が浮く。分かりにくい例え方だけど、確かにそんな感じだった。

 その瞬間、僕の視界は白に染まる。さっきまで見ていた山の緑色や、綺麗な雲一つすらない空の水色。川の澄みきった透明な無色。様々な色に囲まれて僕は笑っていた筈だった。

 僕はどうしたのだろう?何があったのだろう?てか、何で白に包まれてるんだ?


 そんな疑問だらけの僕の頭は突然に元に戻る。少し浮いてると感じていた身体も地面に落ち着き、視界も四方全てが真っ白な世界から彩りある景色になった。


「今日は。勇者様」


 凛とした透き通る綺麗な声。年齢は十代だろうか、若々しい自信にみち溢れているような女性の声が頭の上から降ってきた。


 え?


 バッと驚いて下げていた頭を上げる。そこには可憐という字が似合うハニーブラウン色の長い髪を軽く後ろで結んだドレス姿の少女がいた。


 え、いやいやちょっとまって?

 しょ、しょ?少女がなんで目の前に??

 驚いて固まる僕に少女は慣れているのか話を続ける。その話を僕はほとんど聞いていなかった。

 目の前には少女がいる。綺麗で可憐で清楚という文字がイメージされる、王道の美人だ。ハニーブラウン色の髪以外にも空のような澄みきった丸い青の瞳が特徴的で、その美しさを桃色のドレスが引き立てている。

 だが、今はそんなのどうでもいい。どうでもいいのだ。今の僕の考えが男として可笑しいものだとしても、僕はどうでも良かったのだ。


 僕はそれよりも、その奥にある

が気になるのだ。

 少女の後方には3m程の大きな扉があった。それは白で、金色の緩やかな線がデザイン的に描かれ、綺麗なものとなっている。少女の50m程後ろにそれがあり、僕の奥の方にも壁と床は続いているので結構な広さだ。

 そして、この室内にいるのは少女だけではなかった。少女の横には少し太った小太りのおじさん。綺麗に着飾られた服を着ており、似合うというよりはケバケバしい。

 そのおじさん以外は皆5m程少女から下がっており、ドレスを着た女の人や紳士服に身を包まれている男性、執事服やメイド服らしきものを着ている少女……とざっと数えて50人程いる。皆、こちらを怪訝そうな目で見ており、少しずつだけど下がっていった。


 知らない。こんな風景僕は知らない。

 室内じゃなかった。人はいなかった。僕が見ていた風景じゃない。


 「………ということで貴方を召喚させて貰いました。ご納得出来ましたでしょうか??」


 いつの間にか終わった説明に意識が戻される。


 え?今、なんて言ったんだ??


目を見開き少女を見る。驚いて声も出せない。


 今、召喚って言ったのか??召喚ってあの召喚だよな?人間を召喚したのか?まず、召喚って出来るのか?


「貴方は勇者としてこの世界に召喚させられたのです!邪悪なる魔王を倒して欲しいのです!そう、貴方は


勇者に選ばれました」


 頭がフリーズする。脳内は疑問符ももうすでに消えており、文字どおり真っ白だった。



 え?僕がゆうしゃ?


 え?勇者ってあれ………だよね?聖剣やらチートやら女神やら神やらハーレムやらでうはうはしてるバリバリの主人公だよね??

 

 魔王ってあれだよね??手下やらアンデットやら魔物やらを纏める、勇者の踏み台として最後に踏みつけられる皆殺しだぁ!!とか叫んでるやつのことだよね??


 てことはあれだよね!?こ、ここって



「――――――――――!!」


はぁぁぁぁぁ!!!???

え!?日本じゃないの!?僕、世界跨いじゃったの!?えぇぇ!??


 つか、あれってWEB上の架空の話じゃないの!?うそん!??


「驚いて声も出せないのですね。驚くのも分かります。ですが、希望はもう貴方様しかいないのです………」


 涙目になりながらもお願いです、と再度呟く目の前の少女。後ろの人達も僕の事を希望の眼差しで見ている。


 僕はふぅ、と息を深く吐いて困惑した表情で皆を見つめる。座ったままだけど許して欲しい。


 分かった、分かったよ。百歩譲って勇者になるのはいいんだ。もう召喚までされてしまったら僕にはどうしようもないし、それが僕の使命だからね。


 だけど、だけどね。もう一つ問題があるんだよ。


 驚いて声が出ないっていうか………





 召喚させられて、勇者にされて、終いには声が出ないっていう。

 さっき気づいたんだ。驚いた時、僕はちゃんと声を出そうとしたんだ。はぁっ!??って思いきり大きな声で驚きを表そうとしたんだ。


 だけど結果は声にならない叫びだった。


 声が出ない=喋れない、話せない。

 この世界には勿論、手話やコンピューター等はないし、頼みの綱の文字だってどうなのか分からない。てことは、もしかしたら……最悪な考えをすると僕は人と会話が出来ない。情報についての質問も出来ないし、こちらの要求も言えない。


 僕は座ったまま、呆然とこう思った。いや、僕だけじゃない。この状況に陥ったとして、何人か僕と同じことを思うだろう。


 


 なんたる不運、なんたる不幸。

 最初からもう詰んでいる。



 




 お母さん、お父さん。ちょっと号泣していいですか?

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