ぬいぐるみと猫

桐生龍次

ぬいぐるみと猫

 ♭

「なあ、お前」

「………」

「なあ、なあって」

「………」

「返事ぐらいくれよ」

「………」


 なんなんだ、この新入り猫は…


 俺は、猫だ。名前はバンボラ。この名前は、俺のご主人様、ハルナ様から貰った名前だ。

 いや、そんなことはどうでもいい。


 まず、昨日突然起こった話をしよう。


 ご主人様が帰ってきたので、いつものように出迎えをしたら、ご主人様は血だらけの猫を抱き抱えてるじゃないか。

 なんだ!? 新入りか!? とか思ったけれど、ご主人や人間がいる目の前で「にゃー」とか「みー」とかの猫語(もちろんこんなんで意志疎通できるわけない!)以外の言葉を発しちゃいけないのは猫のルール。夜が開けて、ご主人がお仕事で出掛けるまで、話しかけられない。

 だから、夜のうちに新入りを鍛えるために、ご主人が寝てる間にパンチをしまくってやった。本気猫パンチ。…でも、「にゃー」の一言すら発しない。


 なんだか気に入らない。だから、ご主人が出た今、こうやって話しかけているのだ。


「おいお前、新入り」

「………」

「なんで何にも言わないんだよ」

「………」

「なんか… なんか言えよ!」

「………」


 全く言葉を発しないどころか、動かないんだ。

 ブキミなやつ。


 ♯

「………」

 なんなんだ、こいつは。


 私は、ぬいぐるみだ。名前は確か、シャトンだったか。


 そうだな、まずは昨日起きた話でもしようか。

 もともと、私は道端に捨てられたぬいぐるみだった。体は傷だらけ。

 そんな私を、主人は拾って下さり、ここまで連れてきてくださったのだ。

 ありがとうの言葉は、言いたくても発せなかった。丑の刻、主人はしっかり寝ていても、隣の部屋の誰かが起きていたから。

 丑の刻以外は言葉を発してはいけない、辺りにいる人の意識がはっきりしているときに言葉は発してはいけない。それがぬいぐるみ、ひいては無機物のルールだ。


 しかし、今。異常事態が起きている。

 ただの猫が喋っているだけならまだいいさ。全く良くないが。

 でも。


「なんか言えよ、この、このっ!!」

「………」


 なんでこいつはぬいぐるみのクセして喋っているんだ。

 それは世に反すること、世の理を乱すことだ。

 「丑の刻以外に言葉を発してはいけない」。

 …そう、このぬいぐるみは、そんな理を外しているのだ。

 …そしてパンチは全く痛くない。


「なんか喋れよ!」

「………」

「おい、おい!!」

「………」

 煩い奴だ。

「おい、先輩の言葉が聞こえないのか!?」

「…世の理を乱す奴め、なぜお前は今喋っている」


 ♮

「あ、やっと喋った! …って、なんで喋っているかって、いまここに主人がいないからだろ!」

「丑の刻じゃないのに何故喋る」

「はぁ!? 俺ら猫だろ! 無機物じゃあるまいし!」

「な… 私はぬいぐるみだ、そしてお前もぬいぐるみだろう!」

「なんだとっ!!」

「ぬいぐるみは丑の刻以外に喋らないこと、当たり前だろう!」

「頭がおかしいのはそっちだろ!お前は体もしっかりした、猫じゃないか!」

「何…?」

「傷だらけだけど、それってお前はしっかり傷があるってことじゃないか! 傷つくことのできる体ってことだろ!」

「…語るに落ちるな。お前はさっきからパンチをかましていたな。全く痛くないのだが… お前の爪はしっかり伸びているようだが?」

「なんだって…?」

「それ以上話すのをやめたまえ。お前はぬいぐるみ、それだけだ」

「何言ってんだよお前! 猫だから人がいない限り、話していいに決まっている!」

「お前… 更に罪を重ねおって…!」

「もし俺がぬいぐるみなら、お前だって罪を犯しているだろう!」

「…!」


「じゃあ…賭けてみるか? この後、俺らは罰せられるか、それとも生き残るか」

「…面白い。乗ってやろうではないか」


 fine

 …今頃、かの捨てられし者たちは仲良くやっているだろうか。

 あの部屋は… 私の部屋は、捨てられし者たちの集合場所。

 それは安らかに、たどるべき運命をたどり、再び還るのだ。

 法を犯しても処されない部屋。…しかし、あえてシャトンには軽めの罰を与えようか。その方が、二人にとって、都合が良いだろう。


 そして、あの部屋の管理者である私は…

「ハルちゃーん、はやくはやくー!」

「…あ、良乃らのちゃん、待って!」


 私は真の名をハルモニア、この世界では調しらべ 春菜はるな。すべての調和をもたらす者。

 私によって、すべての調和は生まれるのだ。

 そして、調和に乗ることのできなかった者たち…。それらが、私の身の隠し処へと誘われるのだ。


 しかし、かの二人は本当に哀れだ。

 自らの存在を、自らが認識できないのだから…。

 皮肉なことに、あの二人の姿は、丁度逆転している。


 でも、きっと。

 彼らは、間違ったままだとしても、良き仲で結ばれるだろう。

 自分の姿が逆転しているとしても、いつかは誤解が溶けて、そして全てが明らかになるだろう。

 その時、彼らは必ずその宿命を受け入れることができる筈だ…

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ぬいぐるみと猫 桐生龍次 @Ryu-G-Carlos

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