第1話 手顔

 以前に、同僚のHさんがこんな話をしてくれた。


【手顔】

 Hさんの夫は、いわゆる〝視える〟人で、過去に何回か異形のものを目にしたことがあるそうだ。


 彼が一人で留守番していた時の話。


 夜も随分更けて、そろそろ寝ようかと台所を見ると、流しのそばにある網戸の向こうに女性の顔が見えた。六月に入り暑くなってきていたので、すりガラスの窓は開けたままだったため、外の様子がうかがい知れた。


 台所のある家の裏手はすぐ路地になっており、作り付けの扉を開けて人が入ってくることが可能だ。もちろん施錠などされていない。しかも、窓に取り付けた面格子を両手でしっかりと握っている。顔はこちらを見ずに横を向いているので、女と目は合わない。


 「何の用か」と近づきかけて気付いた。


 女には、手と顔しかない。その間にあるはずの腕も肩も首もないのだ。胸から下はそもそも見える範囲外なので、あるのかどうかは分からない。気味が悪くなってすぐに二階に上がり布団に潜り込んだのだという。


 翌日、家族にこの話をすると、高校生の娘さんが気付いた。台所の外は地面が一段低くなっており、仮にその場所に女性がいたとしても窓の位置に顔が見えるには、二メートル近い身長が必要であることに。


 以来、彼女の家では、なんとなく夜にその窓は開けないことになっている。というか、暗くなってからは、あまりそちらに視線をやらない。



 話を集めていると、部分だけ見えるという話はよく聞く。手だけ、足だけ、顔だけなどバリエーションは多岐にわたるが、顔と手だけというのが不気味なことこの上ない。


 このHさんは、私に話を聞かせてくれた日の朝、旦那さんと同じ服を着た下半身が廊下を歩くのを見たそうなので、個人の資質以外にも何かあるのかもしれない。

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