第7話
俺の言葉にはおかまいなしに、目を輝かせて迫る。ずいっ、と巫女が体ごとこちらに寄ってくる。近いよ、近づきすぎるよ。思わず後ずさると、カシャリとフェンスの細い金属音がして体が止まった。いつの間にか、追いつめられている構図になっている。
「どうして教えてくれないのでしょう? 願いを知らないとわたし、お手伝いできません」
さあ、とさらに寄ってくる彼女。
両方の後ろ手で背中にあるフェンスを掴み、体を沈ませて少しでも巫女と距離をとる。
「言うは一時の恥、言わぬは一生の恥ですよ」
さあさあ、とさらにこちらに寄ってくる巫女。
「一生恥ずかしがってろ」
都合の良いように変えやがって、聞くは一時の恥だろ。
「あっ、そうだ。教えてくれたら洗剤と柔軟剤のセットをあげちゃいますよ」
「新聞の勧誘かよ」
文字通り鼻の先の巫女は能天気に純粋無垢な目でこちらをまじまじと見ている。
どうやら否定は聞き入れてもらえないようだ。となると他の案。自らに言い聞かせる。
考えろ。
逃げるとしよう。あとはその方法。
『走る』。これは位置がまずい。目の前に巫女は立っている。少しでも動けば接触してしまいそうな距離だ。それを突き飛ばして走り逃げるのはどうも後味が悪そうだ。
『空を飛ぶ』。これは俺が人間な限り無理。
『——————』。もうひとつ考えつくが、怪力でない限りこれもできない。
「あ」巫女の瞳と口が同時に大きく丸くなった。
声が聞こえた時にはすでに俺の体は後方へ投げ出されていた。
突然、フェンスに穴が空き、体重の半分以上を預けていた俺の体は選択する余地なく、破れた穴をくぐり抜けている。遠くなっていく巫女とか、空へ流れていく視界だとかがゆっくり移ろいでいく。
あれだ、事故に遭う直前とかそうなると、よく聞くやつだ。
「でぶしっ」
一度仰向けにフェンスの先にあった斜めの地面に叩きつけられた。そのまま山の斜面を重力のなすがまま後方でんぐり返りで転がる。
長く続く下り坂を転がるたびに体の痛みが増えていき、茂みに突っ込んでようやく止まった。
細かな枝が折れる音を立てながら起き上がると、頭の上から巫女の声が聞こえてきた。
「元気でーすーかー」
格闘家かよ。
木々の葉に隠れて姿までは見えないが、黙っていて余計な心配させるのはおそらくうまい方法ではない。手でメガホンの形にして応える。
「だーいーじょーぶだー」
おまえはたぶん大丈夫ではないから早めに病院行った方がいいと思うが。頭の。
上げていた首を元に戻すと、暗い小道が伸びていた。その先にどうやら大通りがある。
そこまで行けばなんとかなるだろう、と頭に付いた小枝や葉を払いながら舗装された幅の細い道に降り立つ。
まだグラグラと世界が揺れている。頭の上でまだ何か言っている巫女に構わず、見慣れた風景の方へ足を向ける。
ふと、考える。
これで良いのだろうかと。今頭上では見慣れぬ彼女が言葉を発していて、俺を呼んでいる。あれは今までの嫌いな世界で過ごす日々を変える何かではないのか。そんなことを思った自分を鼻で笑って、大通りへ出た。
いつも山に向かう際に使ってる道だった。冷たい風が吹き抜けている。
冷え始めたのでポケットに手を突っ込むと、何かが手に触れた。出してみると転がった拍子にだろう、へしゃげて原型を留めていないほど歪な形になっているコーヒーの空き缶だった。通りにあった空き缶入れに捨てて、風と特定の人間から見つかるのを防ぐためにマフラーに顔を埋めて帰路につく。
ただ、どうしてだか、足を一歩進めるたびに巫女の言葉が思い返される。
願いは何か。叶える力を持っている。その力で星を流している。今、願いがあるはずだ。
まったく何を言ってんだか。
徒然なく疑問が湧き出るが結論は出ない。
だが、ひとつ大事なことが違っている。それは言えた。
星に願うのだ。
星を願う人間など、いない。
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