第6話
突然、弾んだ明るい声が突然静かな白い夜に響いた。次に荒い息づかいが近づいてくる。
驚いて振り返る。
巫女だった。
巫女がいる。
「巫女がいるーっ」
思わぬ驚きの状況に頭と口が一緒に動いた。ベンチから驚きのあまり立ち上がる。
「視界の先には白衣と緋袴の巫女装束を着た女の子がこちらに進んできていた。ほのかに赤くなった白い顔にある大きな瞳が捉えて俺を離そうとしない。夜の闇だったら溶けてしまうような緑の髪が、ぼんやりと点る外灯によって輪郭を保ち、腰のあたりまで長く伸びている。白い息が小さな口から踊り出るたびに、華奢な肩が揺れる。頭ひとつ分、下にある頭は固定されてじっとこちらを見上げるように向いている、どうでもいいけど、こいつ寒くないのだろうか」
「あまり寒くはないですよ?」
独白まで直結したままだったようで、目の前まで来た巫女が答えた。彼女は俺の顔をまじまじと見て、笑った。
「こんばんは」
「ああ、こんばんは……」
ぺコリ、と頭を下げた彼女に返す。
ふと気が付くと周りが暗くなっている。首を捻り空を仰ぐと星が流れ終わっていた。
「あの」
顔を元に戻すと目と鼻の先、というか鼻の先が触れてしまうほど手前まで巫女が来ていた。彼女は流れなくなった星を気にも止めず俺だけを見ている。気圧されて上体を後ろへ下げた。
「あなたの願いはなんですか?」
彼女は満面の笑みでこちらに問いかけた。一本の外灯が後光のようにも見える。
不覚にも一瞬見とれてしまう。頭を一度振って答えた。
「……願い?」
「星を流すことで叶うあなたの願い、わたしはそれをお手伝いします」
本当に何をこいつは言っているんだろう。意図を計りかねる。
もちろん訝しい顔をしている俺の顔を見て、巫女もその意図をより明確にしようと口を続けて開いた。
「わたしは、あなたの願いを叶えるお手伝いをします」
「うん、それ聞いた。今、同じこと言った」
きょとんとされた。
「お手伝いを。あなたの願いを叶える」
「倒置法にすればいいってもんじゃない」
「お手伝い、願い叶える、お手伝い」
「まあ雅。って五七五にしても同じだ」
目の前の巫女服は俺を眉をひそめ困ったように微笑む。どうやらそれ以上の説明をすることができないようだ。
「星を流している?」
「はい、そうなのでしょう?」
巫女が首を傾けるとそれにあわせて長い髪がするりと流れた。
「願いを、望みを叶えるためにあの星は流れている。わたしにはわかるんです」
巫女がゆっくりとその白い両手を自らの胸に当てる。その瞳はずっと俺を見ている。
「そしてあなたは、あなたの願いを叶える力を持っている」
彼女は予測ではない、なぜだか知らないがとてつもなく強い確信を持って言っている。
先ほど頭に浮かんだことをかき消して言った。
「俺に願いなど、ない」
「いいえ、あるはずです」
すぐに答えが返ってくる。俺は、会って間もない人間に願いがあると断定する彼女に驚いた。まるで、この世の人間全員に願いがあると信じているようだった。
「ないよ」
「どうしてですか?」
「どうして……って」
素朴な疑問すぎて答えるのに一瞬詰まったが、その後、当たり前に言った。
「それは願っても叶わないからだろう」
自分で言って気がついた。そうだ。願っても叶わない。それがこの世界の常識だ。だから、まず先に叶えられそうなものを選ぶ。そして、それに向かって進むのだ。
ああ、気にくわない。
「そんなことありません。あなたは願いを持っているはずです。思い当たるものを考えてください!」
「また今度、時間がある時にでもな」
俺は適当な言葉でその場を辞そうとするが、ずいっと、巫女が俺のさらに近くまで寄ってきた。
「今、してください」
「なぜ」
「あなたの願いは、今、あるはずだからです」
「……」
答えは決まっている、「ない」だ。
いや、本当にそうなのだろうか? 先ほど俺は、だから。のあとに何を継ごうとしたのだろう。もし願いがあるのなら……。いやいや、何を深夜に巫女装束のちょっと頭の中があったかいやつに触発されてるんだ。
頭を振った。その動作を「ない」と判断したのか、巫女が前のめりになってこちらに言う。
「きっとあるはずです。だから、わたしが願いを叶えるお手伝いをさせていただきます」
そして最初に戻る。朝まで同じ問答を繰り返してしまいそうだ。
巫女がさらに口を開いた。
「あなたはわたしが初めて見つけたホープです。きっと叶えさせてみせますから」
「巫女が英語使うなよ」
というかホープってなんだよ。ああ願望か。
「いや、違う。その単語についてはどうでもいい、巫女姿をしているのもそれは趣味だ、そういう趣味に俺は寛容だ。そういうことじゃなくて……」
「で、どうして星を流しているんですか?」
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