1日目 Part.b

第5話

 深夜。暗い道を俺は外を歩いていた。

 ロマンチストな担任教諭を嘲ったものの、日を跨ぐ前に体を温めるためのコーヒー缶を持ち、白い息を伴って、フラフラと歩いて山に向かう。

 もう、この一週間で習慣になっていた。

 この時間に通る車を一度も見たことがない坂道を上って行くと、中腹辺りに小さな公園、というには殺風景なバスケットコートほどの広場がある。真ん中に電燈が一本立っており、広場全体をぼんやりと照らしていた。その端に眺望を楽しんでもらうことを意図してふたつのベンチが置かれていた。そこが最近の俺の指定席だ。

 高い網状のフェンスがあり、その先の景色はなかなかのもので気に入っている。フェンスの向こうは急な坂道になっており、その先にある家々の影の中には点々と明かりが灯っていた。

 大分冷めてしまった缶コーヒーを両手で包んで飲み干す。飲み終わった途端にスチール缶の硬く冷たい感触が手に戻ってきたのでダッフルコートのポケットにしまった。寒いのでそのまま手もポケットに突っ込んでおく。

 そろそろのはずだ。

 思った矢先に一筋、音もなく星が流れた。俺の習慣もなかなか堂に入ってきたものだ。あっと口を開く前に、一筋を追うように幾本もの白線が夜に描かれていく。その星々は何もしてくれない、ただ流れているだけだ。

 心のどこかで目の覚めるような何かがないかとずっと期待していた。

 でも、そんなことは起きないのだ。現実には。

 何を願えば良いのだろうか。

 ずっと、いろんな楽しいことを願っていたつもりだったのに、いつの間にか忘れてしまって、頭の中でもうそんなことはない、と知ってしまっている。高校生になれば何か起きると思っていた。しかし何も起きなかった。

 もう何もなく、俺は高校生活を終えようとしている。

 まったくもって気に入らない。何が気に入らないのかもわからない。

 だから、何を願えばいいのだろう。

 世界で一番可愛い恋人を、高給を得ることができる職業を、今後の安心が約束される生活を。

 せいぜい願うとしても、そのどれかの質の高さを願えばいいのだろうか。

 きっとそれを願うことは悪いことではないはずだ。でも、俺はそれを願って本当にいいのだろうか。

 ポケットの中で缶を握りしめ、星空を睨む。何かのためにこんな綺麗なものを見るなと言う世界は。すぐに日常に消してしまうような世界は。明確に言葉にできない何かが違うのだ。

 ああ、嫌いだ。ポケットの中の缶を強く握り締めすぎて手には感覚がない。気に入らない。

 だから。


「見つけましたっ」

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