第3話

 シュンが涼やかな真顔で応えた。

「そっかー、自転車かー」

「ちょっと待て、なに納得してんだよ。シュンも俺と同じだろ、合格してんのに登校日に来てるんだぞ」

「シュンくんはいいのよ」

 A子が笑いかけるが、シュンの顔は筋肉の動かし方を忘れたように常に無表情を貫き通している。小学校からずっとこういうヤツだった。

 その悟りを開いたような物静かで落ち着いた雰囲気が良いのか、同級、先輩後輩、教師、老若男女に慕われたり、可愛がられたり、頼られたり、果てはそこらの犬やネコにまで懐かれたりと、まあ一言で羨ましいヤツだ。

「著しく納得いかねえ。シュンも真顔で冗談を言うな。あとその自転車という冗談は面白くないぞ」

 大男は面白くなかったことが当然のようにそうか、と小さく応える。

「チ、チュウくん、さっき同じこと言わなかったっけ?」

 委員長がおずおずと隣で言った。

「委員長の聞き違いだ」

「え、そ、そうかな……」

 彼女はさきほどを思い返すように人さし指を口にあてて上を見た。本当にわからないのか。

「まったく。なんで二人とも来るのよ」

 A子が男二人を呪うように嘆息交じりに言うので、シュンと一度目を合わせた俺は呟くように返した。

「特にやることもないしな」

「せっかく合格してんだから、遊びにでも行けばいいのに。そしてチュウは補導されて推薦をおじゃんにすればいいわ」

「おじゃん……。しかも俺だけ攻撃って。露骨だな、おい」

「シュンくんはどこぞのイヤミなヤツとは違うもんねぇ」

 友人A子はこちらを一瞬ジト目で見やがった。

「ああ」

 とシュンが同様に返す。

「シュンっ、おまえ、フォローしろよ! 俺の友達じゃないのかよ!」

「ああ」

 友達じゃなかったらしい。

「おまえ、真顔のままじゃなくて冗談言いますよっていう顔をしろ」

 俺は嘆息して続ける。

「ただなあ、今まで必死に合格する為に勉強していて、受かったらガラリと遊ぶってのもなんかおかしな話だ」

「はあ? 何が!? それが目的なんだからいいでしょうが」

 A子が険のある声で言った。

「この次は何に必死になればいいのだろうか」

 俺の台詞に、何を言っているのかというふうに一同がキョトンと一瞬静まった。

 その静けさをA子が口の端をいやらしく上げて言った。

「せいぜい、女にモテるファッションでも勉強してなさいよ。あんた知らないかもしれないけど、大学って私服なのよ?」

「知らねえと思ってたのかよ」

「で、でもそういえばそうだね」

 委員長が今気がついたように顔を明るくさせた。

「か、考えてなかったよ」

 それをA子が愛おしそうに見て、彼女の頭に手をやって髪をくしゃくしゃとした。

 委員長が髪がぼさぼさにしたまま不思議そうな目で周りを見る。

「え、えっと……何?」

「いいのよ、あんまりに可愛かったもんだから、つい、ね」

 A子がニコニコしながら委員長に言う。

 委員長は自分が天然の節があるのに気がついていない。まあ気がついていたら天然ではない。

 俺も微笑ましく、きょとんとしている委員長を見ていると、その視線を追ったA子が意味深なジト目をしてニヤリとしながら言う。

「チュウは女でも作ったら?」

「女て、他に言い方ないのかよ。それに作ろうと思って作れるもんなのか?」

 呆れるようにA子が息をついた。

「知らないわよ、静寂に聞きなさい」

「え、え?」

 委員長が驚いた顔で答えた。

「わ、私も知らないよ……」

「静寂は卒業式覚悟しときなさいよ、あんたに告白する人間が列を作るわよ〜。あんたみたいな大人しいのを好きなのは卒業とともに撃沈覚悟で告白っていう輩が多いのよ」

 ぎくり、とする。一瞬の戸惑いをA子は見逃さなかったらしい。さらにその口を細くしてニタニタとこちらを見た。

「そ、そんなことないよ」

 委員長が激しく首を振る。

 いいや、そんなことあるんだなあ、委員長。

 その委員長が慌てたように話題を変えた。

「シュンくんは、大学に言ってもやっぱり野球続けるの?」

 無表情な顔をしているシュンにA子が話しかけた。

「ああ、野球は好きだからな。大学でもするつもりだ」

「プロを目指すの?」

「いや、野球は趣味だ。その後はスポーツトレーナーとして誰かを支える」

 断言する。速い段階でシュンはそう言っていた。羨ましい、と素直にそう思っている。

 自分の向かう道がはっきりとしている。

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