第6話

「あのさあアンタ、どうゆうつもりだよ?」

「何が?」

 ユカちゃんを品川のホテルまで送り、大井町でチカを落とし、奥沢の自宅に車を置いて、電車でチカの店まで来てる俺は、相当な暇人か物好きの類なのだろう。

「ユカちゃん可愛いだろ?」

「可愛いなんてもんじゃ済まされないだろ」

「うんうん」

 親馬鹿め。

 ホテルの前でハグしてる二人の、なんとまあ目立つこと。

 巻き込まれた俺は堪ったものじゃない。

 白々しくも10ccの「オリジナル・サウンドトラック(※1)」なんか掛けやがって。

「俺は一緒になんか住まねえぞ」

「なんで?」

 なんで、じゃねえだろ。

「それこそ、なんで俺が一緒に住まなきゃなんねえんだよ?」

「自信がないから」

「は?」

 妙なところで甘えてくるんだよな、このオッサンは。

 棚の奥から取り出したボトルはイエローストーン・セレクト。イエローストーン記念公園の間欠泉が吹き上がるラベル。癖の強いバーボンだが、これは四年物と七年物を絶妙にブレンドした一品。間違いなく秘蔵の一本というやつだ。

「そんなもんで騙されやしねえぞ」

「飲まないの?」

「飲む……」

 ダブルのショットグラスが二つ。琥珀色に満たされ、レコードの曲が進むにつれて、夜が更けていく。

 I'm not in love。

「恋したわけじゃない……か」

 ダラダラと言い訳を並べながら、堕ちていく二人。

「今住んでるマンションはさ、仕事場として残せばいいじゃない」

「通えってか?」

「嫌かい?」

 嫌じゃないから困ってるんだよ。

「女連れ込めないし」

「そうだね。ユカちゃんの教育上問題があるね」

「アンタも悪さできなくなるな」

「テラスハウスを仕事場として残すから大丈夫」

「なんだよ、それ。そういや、今日は客来ねえな」

 今日の客は俺一人。

「ああ、看板点けてないからね」

「アンタなあ……」

「良いんだよ、今日は。お客さんが居たら、こんな話できないしね」

 そりゃそうだ。

 俺とチカの間にはカウンター。酒の瓶とグラス。

「本気か?」

 揃いのシガレットホルダーに、両切りのピースを差す。

「一人で子供育てる自信ないんだよね」

 チカが差し出したオイルライターの火を分け合う。

「それで俺ってのがおかしいだろ」

「他に誰がいる?」

 こいつはBlack Mail《質の悪い強請り》だ。

 煙を吐き出しながら、それも悪かないって思い始めてる自分に驚く。

 その悪かないって感覚が、とんでもなくヤバそうな気もしてる。

「ユカちゃんには、どう説明するんだよ?」

「別に。実際気にしてなかったみたいだしね。ヒロのことも気に入ってたから、問題ないね」

「気にしないったってよ……」

「気付いてるよ。あの子はアメリカで育ってるから、その辺寛容だと思うよ」

 そんなわけないだろ。

 チカがレコードを裏返す。二度目の最後の晩餐。

 グラスを一息に煽る。

「どうだか」

「賭けようか?」

「いいぜ」

 再び琥珀色に満たしたグラスを捧げ合い、煽る。

「で、何を賭けるんだよ?」

「テオブロマ(※2)のパフェ」

「乗った!」

 ジェラテリア・テオブロマのチョコレートパフェは無敵。あの大人な感じのビターなパフェは、チョコレート専門店ならでは。

「来週のアンタの予定は?」

「ユカちゃんの手続き次第かな。家の改修も頼まないと。あのままじゃちょっと住めないよね」

 大田区は山王。田園調布と肩を並べる、超がつく高級住宅街。そんなところにある一軒家を、十年以上放置してるなんて、どうかしてる。

 夕闇に沈む不気味な洋館を前にして、とてもじゃないが中に入る気にならなかった。

「ヒロのほうは?」

「俺はどうにでもなる。居酒屋のちらしなんて、一晩ありゃ何とかなるしな」

 レギュラーワークなので、テンプレート化されている。どうせあの店の店長のことだ。内容もギリギリにならないと決まらないのだ。印刷所への入稿は木曜日。水曜日の夜さえ空けておけば、来週は休みみたいなもんだ。

「じゃあ、色々付き合ってよ」

「いいぜ。ベンツも当分戻って来ないんだろ?」

「そうなんだよね」

 古いってだけで大変なのだ。

「ユカちゃんは明日どうするって?」

「明日から二泊三日で大阪。友達とUSJだってさ」

「そっか。じゃあ明日から早速動くか。何時に迎えに来りゃいい?」

「起きたら、二人で奥沢に行けばいいんじゃない?」

「面倒だろ?」

「だって、もう電車ないよ」

 チカはまた、グラスを琥珀色で満たす。

「……」



※1……10ccの代表作といえるアルバム。「架空の映画のサウンドトラック」というコンセプトで作られた。A面に収録されている「I'm not in love」はシングルカットされ、全英1位、全米2位を記録した。

Side A

 ① Une Nuit a Paris'

   Part 1 : One Night in Paris

   Part 2 : The Same Night in Paris

   Part 3 : Later The Same Night in Paris

 ② I'm Not in Love

 ③ Blackmail

Side B

 ① The Second Sitting For The Last Supper

 ② Brand New Day

 ③ Flying Junk

 ④ Life Is a Minestrone

 ⑤ The Film of My Love


※2……ジェラテリア・テオブロマは神楽坂にあるジェラート専門店。

http://www.theobroma.co.jp/index.html

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