閑話:1―10―02 試練という名の実験場(後)

※引き続き、本編1-10「1-10 ダンジョン(後)」に続く裏話です。


 ――◆ side:ハグリル ◆――



 疑問符がハグリルの頭を駆け巡った。

 ゾラ少年は隷属の黒輪か何某かの力で騎士同様に自由意志が効かない状態ではなかったのか。なぜ普段同様の動きを取れているのか。

 なぜ、どうしてと絶えず口から漏れるが、ゾラ少年はコチラに関心向ける事なく呟いた。


「…肉体改造に関する実験、か。その過程で生体構造の考察目的に色々な生物をバラしたのかな。…肉体構成内に特殊物質の発見。ソレにより特殊現象の発現、法魔術の行使を可能とする。…見たところ人体、獣に特殊な臓器は無いようだけど、この世界特有の物質はどこに留めているのか。空間中にある物質に精神反応を?いや、それでも一定数の物質を体に留めておく必要が…。」


 ゾラ少年は思考の海に浸っているのかハグリルの問いに反応を返さない。走り書きされた紙束に夢中である。

 この場所にあったのだろう薄汚れたその紙束には、この場所で行われた悍ましい実験内容が書かれていることだろう。

 彼の口にする特殊物質というのも、最近になって発見されて命名された法魔素が該当すると思われた。深く踏み込んだ内容である法魔素が含まれる器官についての考察も、現在研究中の内容である。


 しかし今はこの異常な状況について説明してもらいたい。

 ハグリルは切な気持ちで訴えかける事にする。


「どういうものですか、その話は!?非常に興味深ぃ………ゴホンっ。…少々変わった考察を立てているところ申し訳ないですが、この場で何が起こったのかを教えてはいただけませんか?」


 少し動揺が表に出過ぎたようで、考えていた内容とは別な言葉が口に出てしまった。

 決して今の状況よりも知的好奇心が優先されたわけではない。大いに興味深い内容ではあるけれども。

 紙束に夢中だったゾラ少年が顔を上げて眉を寄せて見ているが、それは私の態度に疑念を抱いたのではないはずだ。

 彼は説明するための言葉を考えているだけ、そのはずである。

 真摯に思いを訴える為に、ハグリルは眉間に力を込めた。


「…教えるも何も…見たままだけど?」

「それでは分からないからこの状況について尋ねたのですが…。それに君は意志を奪われていたのでは?」

「意思を奪われ?そんな事実ないよ?現にこうして動いてるし?」

「いえ、しかし…。」

「?」


 困惑の表情で言葉を詰まらせたハグリルに、ゾラ少年は首を傾げる。

 部屋の中央、ハグリルの側にいる騎士たち二人は未だに虚ろな目のまま立っていた。

 記憶にある限りでは、ゾラ少年もこの場に来るまで騎士たちと同様の状態だったはずだ。実際にサウマリア王女に命令されるままに動いていたのも目にしていた。

 方法は分からないが何者かに操られた状態だったとしか思えない。

 例を挙げるならば特殊技能によるもの。もしくは隷属の黒輪による効果。

 それとなくゾラ少年の顔、そして隷属の黒輪がはめられている首元へと視線を動かす。


「…あぁ、コレ?この道具に洗脳する力は無いよ?締め上げて痛みを与えるか、多少行動を制限する程度の効果しかないからね。」


 ハグリルの視線を辿ったゾラ少年は、何気なくその首を締め付ける隷属の黒輪に手をやり。


「!?」


 当然のようにソレを外した。

 目を見開き、無意識に動きを止まる。

 対するゾラ少年はハグリルの姿に不思議そうに眉を歪めて、今し方外した隷属の黒輪を指で回した。

 自身がどんなに驚くことをやってのけたのか分かっていないのだろうか。


 今もゾラ少年の手元で拘束命令を行使している隷属の黒輪。締め付けるものがないために形を変動させることはないが、チカチカとした輝きを放っている。

 噂話ではあるが、隷属の黒輪を外すには対となるソレを登録した支配の白輪が必要だと聞いたことがあったのだが。


「何を驚いているか知らないけどこの…法魔具というんだったかな。コレは外そうと思えば簡単に外せるからね?コレはこの世界の生物が保有する特殊物質法魔素に作用して動作しているだけ。意図的に装備している部分からその物質を減らすか、その部分を切り取れば簡単に無効化できるんだよ?」


 何でもないようにゾラ少年は隷属の黒輪についての知識を語る。


 隷属の黒輪は国管理の下、有用な犯罪者に使用されている。

 犯罪者であるがその力の使い方を変えれば有用。そんな処罰するには惜しい人材を強制的な働き手として、奴隷化するための代物として扱われていた。

 その道具の性質上、使用方法を誤れば如何様にもあつかえるために取り扱いも厳重で、使い方や構造についても秘匿されていたはずだ。


 大概的には噂話程度の話しか出回っていないというのに、一般に知られていないはずの知識をゾラ少年はなぜだか当然のように持ち合わせていた。先に語った隷属の黒輪を外す方法まで実現させてまでいる。

 どうやってその知識を得たのかと色々気にはなるが、今聞くべきはその事ではない。

 とりあえずは現状の理解を優先すべきとハグリルは判断した。


「…ですが隷属の黒輪の影響下になかったとしても、騎士の方々は自由意志がないように見受けられます。貴方も同様に何かされていたのでは無いのですか?」

「騎士の人達はサウマリア王女様がもつ特殊技能の影響下にあるね。」

「…貴方は何事もなかったと?」

「彼女の特殊技能は、特殊な波動で体内の特殊物質法魔素を狂わせて命令を刷り込ませて洗脳するモノだ。なら逆説的に考えれば、狂わされることが出来なければ洗脳できないってこと。回避するのも訳ないでしょ?」

「!?」

「今日までの間で僕の知る世界とコチラの世界との差異は一つの物質と特定している。この場にあった書類にもあったけど、この物質法魔素によって特殊事象である法術、魔術なんてものを発現させているとは察していた。その流れから特殊技能とこの方魔具も、この特殊物質に作用して動作しているのだと解釈できる。そう考えるとこの物質法魔素の扱いにさえ長ければ、あり大抵の事はどうにか出来るということだね。」

「………。」


 淡々と語るゾラ少年にハグリルは戦慄した。

 コレが異世界から召喚されて間もない少年、その知識量なのか。

 当然ゾラ少年の口にした内容はハグリルが教えたものではない。彼独自に吸収、推測したものである。

 思えば他の少年少女たちとゾラ少年では、座学の時間での取り組む表情、日々の行動が全く違った。この少年だけが異なるのだろうか。

 この場に連行される前も思ったがこのような状況、巡り合わせでさえなければ是非ゾラ少年とは様々なことを語り合いたかった所である。

 環境、時間、その他諸々がその思いを阻む。非常に残念である。

 その思いが滲み出て、ハグリルの表情が悔しげに歪む。

 非常に、残念である。



「さて、と。ちょっと散らかっちゃったから、足元のを片そうかな。」


 何処ぞのバカな考えを持つ奴ら貴族やサウマリア王女へとハグリルが恨み辛みを頭の中で連ねていると、会話が途切れたことで話が終わったと判断したのかゾラ少年はポツリと呟いて指を宙でクルリと回した。

 何やらその指先がチカチカと光ったかと思った瞬間、ゾラ少年の言葉に呼応するように放置されたままだった騎士たちが動き出す。

 虚ろな目のまま、操られるように、騎士二人はゾラ少年の方へ向かう、のではなく辺りに横たわる白衣の者達を纏め始めた。


「!?一体なにをしたんですか!?」

「片付けだってば。通行の邪魔でしょ?」

「片付け!?」

「ついでに解体したものや、標本になってるものも片付けないとね。異質化してるし。ハグリルさんは何か火を付けるもの持ってる?」

「部屋にそのような法魔具はありますけど、火をつける事ぐらいなら法魔術でできますが!?」

「それじゃ、後でお願いしようかな。」


 ゾラ少年の行動に頭がついていくことができず、唖然とするハグリルを放置して部屋は片付けられていく。

 瞬く間に部屋の何も置かれていない一角に倒れていた白衣の者達は纏められ、どこからか持って来た縄で拘束されて転がされた。

 それが終われば、騎士たちはコレまたどこから持って来たのか袋を手に一人は室内、一人は扉を出て何処かへと走り去っていった。ゾラ少年の口にしていた言葉からして片付けの続き、異質化しているというモノをかき集めるのだろう。


「………。」


 うっすらとではあるが此処に至るまで何があったのか判ってきた。

 彼らはゾラ少年の指示を聞いて動いている。ゾラ少年が何かをして彼らの主導権を奪い、操っているのだろう。おそらくはゾラ少年が今しがた語った法魔素、ソレをどうにか扱うなどして。

 しかし自身やその周囲に接している法魔素はともかく、離れた場所や外部の人間が持つ法魔素を操ることなど出来るのだろうか。ゾラ少年はソレを可能とする特殊技能を持っているというのか。

 だがそこまでの予想はできても事実は分からない。出来ることならばゾラ少年から何があったのかを聞きたいところだ。

 騎士たちの動きを唯々目で追いながらも考え事に浸っていたハグリルの耳に、バサリと紙を置く音が届いた。


「辺りも綺麗になったことだし、他もないかな…と。」


 ハグリルが他所へと視線を向けている間にゾラ少年は読書を再開していたらしい。

 ゾラ少年の側近くにある机の上には紙束が積まれ、棚の中に詰め込まれていたものはそちらへと移動していた。

 全部読み終えたのかゾラ少年はその場を動き、視線を部屋内部へと投げる。

 ゾラ少年が向けた視線の先を追うように、同じくハグリルも室内を見渡す。

 そして、ほぼ同時に動きを止めた。


「おや。そんな所に、も!?」

「っ!!」


 ちょうど機材によって隠れるような位置にあった本棚を見つけ、慌てて駆け寄り自身の体で隠す。ゾラ少年が歩み寄る前にと焦りはしたが、どうにか間に合ったようだ。

 当のゾラ少年はちょうど一歩踏み出したところで止まっている。

 何故だか出入り口とコチラを交互に見て首を傾げているが、どうしたのだろうか。


「えぇっと…。そこ、退いてもらえない?」

「ダメです!」


 拒否の姿勢を見せるとゾラ少年は困惑の表情を浮かべた。

 今さら遅いかもしれないが、こういう事はしっかりして置くべきだ。


「何で邪魔するのかな。」

「物としてはどうかと思えますが、一応この場にあるのは国所持のものであるといえます。部外者であるアナタがこれ以上勝手に閲覧するのはどうかと…。」


 何某かの思惑があって秘密裏に建てられた場所であるとしてもこの場所は王城敷地内、その研究所である。そこで行われた研究は国所有のモノだと言える。

 たとえその内容が狂気的なものであっても勝手にこの場にある物を所得、閲覧していいとは言えない。平時ではないが何某かの許可を取るべき。そうでなければこれ以上の踏み込みは止すべきだ。


 もちろんコレは言い訳でもある。

 彼のような年若い少年にこのような情景、その内容をあまり見せ続けたくは無いという思いもあった。ゾラ少年本人は何でもない様子ではあるが、見ている方としては複雑である。

 城内にある書庫内であればある程度の精査がされているのでまだいいが、この場にあるものには何が書かれているか分からない。

 この室内を見ただけでも狂気的な何かが行われていたのは察することは出来るだろうが、精神に異常を期すものもあるかもしれない。

 ある程度物事の判別がつけれる誰かの目を通すべきである。


 そういったハグリルの心情を知ってか知らずか、ゾラ少年は憮然とした顔で近付いて来た。


「こんな状況で部外者もなにも無いと思うんだけど…。じゃあせめて、その棚にある黒い表紙の綴りだけ読ませてくれないかな。」

「…黒表紙の綴り、ですか?」

「そう。それだけ読めたら他のには手をつけないと誓うから。」


 正面に立つゾラ少年に注意を払いながら、そっと背後を覗き見る。

 背後にある本棚の上部。乱雑に物が詰め込まれた下部とは違って整頓されたそこに、ゾラ少年の言う黒表紙の綴りがあった。何十冊も。


「それだけっていう量じゃないですよ!?」


 仰天して顔を前へ戻すと、口をへの字に曲げたゾラ少年の顔。

 成人満たない幼い顔立ちにとても合ってはいるが、その仕草はここで浮かべるべきものではない。納得いかないのは此方の方だ。


「全体量から考えると少しなのに…。」

「一体どこから見た全体量ですか!?」

「だったら、そこに倒れてる白衣の人が抱き締めている分だけでも!」

「それが一番重要なモノですよね!?」


 ゾラ少年が言う白衣の人というのは、ハグリルの背後にある本棚のすぐ側で倒れている女性のことをさしている。その人が胸に抱いている黒表紙の綴りを求めているのだ。

 何かの解剖をしていたのか、血に汚れた手を拭うことなく慌てて手に取ったせいで、その腕の中にある黒表紙の綴りには赤黒い手形が付いていた。どう鑑みても重要なソレを持って避難しようとしたとしか思えない姿である。


「むぅ。これだけ僕が譲歩しているというのに、なにが不満なのさ。黙っていれば分からないんだよ?そこに興味そそられる物があるのに、君は我慢出来るというの?」

「何があろうと譲るわけにはいきません!たとえアナタが持つ異世界の知識を対価に出されたとしても!」


 僅かに頬を膨らませてまでゾラ少年は不満を露わにするが、ハグリルは断言した。

 機会があれば少年少女らに聞いてみようと思っていた異世界の知識を比較に出したが、後悔はない。たとえ今、それを対価に出されたとしても断固として拒否する姿勢である。

 だが、もし本当に対価に出されたとしたら少しだけ、本当に少しだけ揺らぎそうではあるが。


「あ、別世界の知識は全体に此方の世界に流出するつもりは無いから。」

「ぇ。」

「でも困ったな。対価、対価かぁ。…武術大会で手に入れた稀少な古代図書と交換じゃダメかな?」

「だ、断固として拒否します!決してそちらの品が悪いという訳ではないですが、これに関しては譲れませんから!」

「…むぅぅ、ダメかぁ。すごく興味あるんだけどな、そのノート。」


 はっきりとゾラ少年に話すことは無いと断言されたことで、思わず声が漏れた。

 心持ち本棚へと通さない様にと広げていた腕が下がってしまったが、ゾラ少年には気付かれずに済んでいるようだ。


 ゾラ少年は顎に手をあてて思い悩んでいる。

 知識を求めんとするその気持ちはハグリルとしても共感できるものではあるが、此方としても引くわけにはいかない。可哀想だが諦めてもらう他なかった。

 だが、それはそれとして、ゾラ少年にはここで言っておきたい事がある。

 ハグリルの喉がゴクリと音を鳴らした。


「…………それとは別として。古代図書、少しお借りできませんか?」


 武術大会の賞品として出されるような古代図書。

 非力なハグリルにとってはそのような物にお目にかかれる機会など全くと言っていいほどになく、その機会を無かった事にしてしまうなど我慢ならなかった。


「ん、気になる?やっぱりこれだけの代物だからね、興味あって当然だよね。」


 顰め面だった顔を一変させて、ゾラ少年は口元を上に持ち上げる。

 少しゾラ少年の気分が上昇したようだ。小さく何度も首を上下させている。

 その仕草に後押しされて、ハグリルは交渉の余地がありそうだと言葉を重ねた。


「この場にあるモノとは交換できませんが………この外の情報、城下町の情報と交換でどうです?」

「城下町かぁ。んー、別に自力でも何とかなるしなぁ…。」


 ハグリルの言葉に拒否する事もなく、もう少し押せば了承を得ることが出来そうな様子。

 それを察して、畳み掛ける。


「私、けっこう詳しいですよ?表の道から裏の道まで、色々語れますよ?」

「…例えば、どんな事について?」

「良質な品を取り揃えている場所、高値で物を買い取ってくれる場所。表に出せない品の売買、裏の人間の溜まり場まで。」

「ほほぅ、それまた面白いね。」

「…それでは交渉成立、で良いですかね?」


 笑みを浮かべて最後の問い掛けを行うと、ゾラ少年も同じく笑みを浮かべた。

 二人静かに頷くと、無言で手をにぎり合う。

 交渉成立である。

 喜びのあまり、口元から笑い声が漏れてしまう。


 お互い良い取引ができたと笑みを浮かべ合っていると、建物内を動き回っていた騎士二人が戻って来た。

 その手には大きく膨らんだ袋が幾つか。その中身がこの部屋にもあった為、もはや匂いに関しては麻痺してしまっているが、袋に血が滲み出てその中身が目に見えないまでも存在感を放っている。


「おや。とりあえず取引は後回しにして、後片付けをしてしまおうか。」


 騎士たちが近づいてきた事で、ゾラ少年はハグリルと握り合っていた手を離した。

 指示を出してかき集めたものの処理については口にしていたが、その他の事はどうする気なのか。疑問に思い、ゾラ少年に尋ねることにする。


「…回収したそれらを焼却処分するのですよね?白衣の彼らはどうするんですか?」


 騎士の一人とゾラ少年が連れ込まれてからこの部屋に集まった白衣の者達は、部屋の片隅に纏めて体を弛緩させているが死んでいるわけではない。どの様に成されたかは見ていないが皆、気を失っているだけである。

 いつまでも縄で拘束したままにしておくわけにはいかないだろう。


「そこの人達はぁ………何か適当に長期会議でもしておいてもらおうかな。」


 良い事を思いついたとばかりに広角を持ち上げるゾラ少年。そこには見た通り、何の含みもない様子である。


「…殺しはしないのですか?」

「必要ないでしょ。邪魔だったから拘束したけど、問題なければ放置したらいい。」

「そういう、ものでしょうか…。」


 ここまでの体制が整っていれば普通は口封じに動くものだが、ゾラ少年はそうは考えないようだ。

 ゾラ少年は意気揚々と縄で纏められた白衣の者達へと近づいていくと、騎士たち相手にも行っていた宙で指を回す仕草をする。

 その指先が何度か小さな光を放つと、誘われるように白衣の者達が顔を上げた。


「…やはり、貴方は他者を操ることができるのですね。」

「僕がってわけじゃないさ。誰かさんがご丁寧に、城にいる誰彼に下地を埋め込んでくれているからね。ソレをちょっと拝借しているだけだよ。」

「………サウマリア、王女様でしょうか。しかし、元手があったとして、どうこう出来るものなのですか?」

「どうこう出来ている、目の前に証拠があるでしょ?」


 白衣の者達が浮かべた表情にゾラ少年は満足気な笑みを浮かべると、彼らにこれから話し合う議題を与えて縄を解く。

 確信めいたゾラ少年の言葉通り、白衣の者達は無作為に動く事なく大人しい様子だ。


「方法は如何様にして?」

「僕がやったのは特殊だからね。このやり方は教えてあげないよ。…応用元にした情報は書庫にあるから探してみればいいんじゃないかな。」

「………。」


 続けてゾラ少年は関連する書物がある書簡棚の場所を口にするが、その場所はかなり奥手に位置する場所であり、まだハグリルが踏み入れていない場所だった。ゾラ少年は書庫内の何処までの本を読み進めているのだろうか。

 これ以上質問に答えるつもりはないと、フラフラと動き出した白衣の者達を気にする事なくゾラ少年は次の行動へと移った。


「それじゃ、さっさと袋の中身を処分してしまおうか。外に穴を掘って燃やしてしまえばいいかな。」

「そこはお任せしますが…彼らは放っておいて良いのですか?」

「ん?…あぁ、ハグリルさんは残らないといけないのか。大変だね、頑張ってね?」

「い、いえ、そうですが。…そうではなく、彼らをそのままにしておくと…その…貴方が存命だというのが…。」

「大丈夫だって、問題ないから。」


 ハグリルの問いかけにゾラ少年は出口へと向かいかけた足を止める。

 しかし軽口を叩くと、すぐさま歩を進め始めた。


 いくらゾラ少年が白衣の彼らを洗脳して操ったとしても、普段と違う行動をしていれば何事か察せられ、そうでなくとも建物内を探られればそこにゾラ少年の姿がなければすぐにでも追手がかかるだろう。

 ここまで色々な知識を語った少年に限って、それが分からないはずがないと思うのだが。


 部屋の中央へと目を向ければ、白衣の者達がどこからか机を運んできて並べている。

 この場でゾラ少年に命じられた会議を行うのだろう彼らに、ハグリル達のことを気にする様子は全くない。

 このまま動いても問題ないようだと判断して、騎士二人を引き連れて室外へと出て行ってしまったゾラ少年を追った。


 慌てて後を追いかけ戸を開いてもゾラ少年たちの姿は建物内には見てとれない。

 既に建物外へと出ているようだと外へと続く扉を開けて出てみると、そこにはゾラ少年の指揮のもと穴を掘る騎士たちの姿が。深く掘る必要はない為、すぐにその穴の中に赤黒い色合いの袋が投げ込まれた。

 後は燃焼用の材木を継ぎ足し、火をつけるだけの様である。


「…なんだか不要な心配をしているようだけど、その事については悩む必要はないよ。」


 建物から出てきたハグリルに気がついたのか、ゾラ少年が話の続きを口にする。

 しかし建物外部へと持ち出したために異臭が気になり始めたソレらを処分する動きを止める気もなく、二人の騎士たちに次の指示を飛ばしていた。


「どうしてですか?」

「王女様方は抜け目ないように行動しているつもりなんだろうけど、けっこう監視が雑でね。その後の管理確認なんてものを全くする気がないんだよ。それは僕達の扱いから見ても、嫌という程に分かる。」

「ということは今すぐに気づかれる事は…。」

「仕事熱心な誰かが報告をあげない限り、この状況に気づかないだろうね。あとは気付かれるのを遅らせるために適当にここへ来て、様子を見る程度のことをしておけばいいんじゃないかな。」

「………。」


 欲に飲まれているのか対処が楽でいいことだと、肩を諌めたゾラ少年にハグリルも黙り込んだ。

 確かにハグリルが王命を受けた時に介したのは、まだ幼いサウマリア第三王女を中心に傅き従う騎士たち、その他に同様の行動を共にしていると思われる貴族たちは色々と噂絶えない者達である。彼らは下位の行動など気にも止めずに他ばかりを見ているようだった。

 ゾラ少年がそう結論づけるのも仕方がないことである。ましてや間近でそれを見ていたのなら当然のことだ。



「さて。そんな話はもう終わりにして、コレを燃やしてしまえば事は終わるんだし……取引を再開しようか。」


 なんとも言えない空気を一変させてゾラ少年は、悪どい笑みを浮かべて振り返る。

 その手にはいつの間にか一冊の本があった。服の隙間にでも挟んでいたのか、ソレが賞品として手に入れた古代図書なのだろう。

 ゾラ少年の言いたいことを察したハグリルも同じく笑みを浮かべた。


 二人はそのまま城外部の情報と、古代図書をテーブルに取引を行う。

 ついでに王城書庫で得た知識の交換、その行き着く先や関連するであろう情報へと話題が広がり話は大いに弾んだ。

 ニヤニヤと互いに笑みを浮かべながら知識の交換を行うその光景は、ゾラ少年の命令に従って騎士たちが燃焼用の木材を手に戻ってくるまで続いた。

 そして二人は焚べた火を背景に満面な笑みを浮かべて手を握り合う。互いの戦果に満足するように。


 穴に落とし込んだモノが燃え尽きればゾラ少年とは此処でお別れである。

 城から出て行くまでに色々と仕込みをしておくとはゾラ少年の言葉だが、この数時間で見せた彼の知識と行動から、ハグリルには思いつかない何かをして行くのだろう。

 城を囲う塀ではなく城内へと歩いて行くゾラ少年の背に目を向けながら、ハグリルは神へと祈る。

 どうかゾラ少年の旅路に、城に残される少年少女に、危機なき平穏が訪れます様にと。


 ハグリルの祈りは通じた。

 別れて数日も経たない間にゾラ少年が城へと戻り、ハグリルの周囲の出来事が急激に解決するという偉業によって。


「いやぁ、ハグリルさんのおかげで資金繰りも情報収集も簡単に済んだよ。ありがとう。」


 再開したゾラ少年は晴れやかな笑みを浮かべて口にした言葉に、ハグリルは笑みを凍らせた。

 思い返せば弾んだ話の中に不要な情報を大いに語ってしまったような気がする。その中のどれがゾラ少年の機嫌をここまで良くさせたのだろうかと。

 しかしその不安もすぐに余所へと追いやり、ハグリルは以前から望んでいたゾラ少年との知識の語り合いが出来る事に胸を弾ませた。





 ちなみに騒動解決後に訪れた研究所内で、二人は揃って首をかしげることになる。

 研究所の研究員である白衣の者たちにゾラが会議の議題として挙げたのは、『僕私が考える最強の世界』というもの。

 彼らの中で絶え間ない議論が行われたのだろうその場所には紙が散乱し、誰もが頬をやつれさせている。

 その数日に渡る会議によって彼らが出した結論は、『生まれたままの姿で殴り合う世界』だった。

 何故そのような結論に至ったのかは分からない。ゾラが白衣の者達の洗脳を解いて尋ね直しても謎のまま。

 釈然としない思いのまま、二人はこの会議のことを記憶から消す事にした。

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