閑話:1―00―01 入学式直後の出会い
※本編よりも過去、主人公たちが高校入学直後の話です。
――◆ side:神近洸哉 ◆――
神近洸哉は入学式が終わってから、街中をあてもなく歩いていた。
これから毎日通う高校周辺の地理を覚えるためだ。
地図上では粗方調べて記憶済みではあるが、実際に歩いてみると色々な発見がある。
洸哉は未知の世界に迷い込んだかのように、ワクワクとした気持ちを抱きながら次の間小道へと足を向けた。
「へー、こんな店があるのか。」
高校生にはなったが、子供っぽい冒険心というのはなかなか消え失せてくれないもの。
小さな頃は好奇心の赴くままに家族でキャンプに行っては姿を眩ましていたと、洸哉は親伝手に聞いていた。何時からそれは消え失せていたのだろうか。
しかし今の洸哉は忘れていたはずの好奇心に充ち満ちていた。
まるで無かった時期を補うかのようにと。
それと同時に、不思議な事だが今日入学した高校の存在を知り、第一志望に選択した時から湧き立つ気持ちもあった。
そこに自分の求めるナニカがあると、目に見えぬ何かが訴えるような。その気持ちに後を押される形で必死に勉強し、親を説得して今日に至ったのだ。
そして今日、洸哉は忘れていたナニカを見つけることが出来るのではと何時間にもわたる探索を続けていた。
「…ん?」
いくつ目かの小道を抜けた先で、洸哉は薄暗い細道を覗き込む少年の姿を見つける。
後ろからなので背格好しか見えないが、何となく自分と同年代ではないかと推測できた。というのも、彼が自分と同じ真新しい制服を身に付けているからだ。
彼は背後から歩み寄る洸哉にも気づかない様子で、建物の間にある薄暗い細道を覗き込み続けている。
「…何やってんのお前。」
あまりにも熱心に見つめる姿に、洸哉は声をかけると同時に彼の視線の先を覗き込んだ。
わずかに屈む彼の頭越しに見えた光景は、いかにも不良という格好をした男たちに詰め寄られる少女の姿。
どうみてもカツアゲの現場である。
「何やってんのお前!?」
思わず大きな声で叫んでしまった洸哉へ少年は振り向いた。そこに浮かぶのは呆れた表情だ。
その表情に本来ならば怒らなければいけないのだが、洸哉の目に彼の顔が写ると同時に洸哉の体は硬直する。その原因は目の前の少年にあった。
サラリと揺れる滑らかな黒髪。艶やかさが見てとれるように、その髪は天使の輪を描いている。
土台となる輪郭は無駄な肉付きもなく、ほっそりとしたもの。その上に乗るのは性別を感じさせない、美しいと断じるほどに整った顔立ちだ。
洸哉より少し低めの身長であり、手足は長く細身な線を描いている。衣類に包まれているが、その陰影から肉付きの薄い華奢な体格であることが見て取れた。
その顔に浮かんでいる表情が別のものであれば、誰であろうが守ってあげたくなると思うだろう。着ているものを見れば分かることだが、男だと知ってさえも、だ。
「ぁ?何んなとこで見てんだ、テメェラ!」
洸哉が声を上げてしまったせいか、小道の先で立ち止まる此方の姿を見咎めた不良の一人が声を荒げた。
その声に洸哉は我に返り、少年に向けたままだった視線を動かす。
改めて目を向けたその光景は、手を胸元に寄せて立ち尽く少女と、その周辺を取り囲んで此方を睨んでいる不良の姿。典型的な不良に絡まれている図そのものだ。
この光景を見て直感的に声をあげてしまった手前、この後どう動くべきかと洸哉は迷う。
「声がかかったのなら仕方ない。…行くか。」
「ぁ、おいっ!」
顔を顰めて考えを巡らせていた洸哉を放って、少年は平時を思わせる足取りで前へ出た。
スタスタと歩いてくる姿に不良たちは警戒をあらわにし、洸哉も制止の声はあげたものの少年に何か考えがあるのかと静かに身構えておく。
不良との距離が数メートルまで近づいたその時、少年は腕を組んで壁に身を凭れさせて足を止めた。
何をする気だと皆が注目する。
緊張感漂う空気の中、少年は少し首を傾けた。
「…?どうしたの?続けて?」
「は?」
「続けてダメに決まってんだろ!?」
何も仕掛けることなく言った少年に不良たちは口を半開きにする。
本気で不思議だというニュアンスで口にした少年に、洸哉は反射的にツッコミを入れてしまった。
だが声を荒げてまで言われた言葉にもまだ納得できないのか、少年は観戦する気で壁に預けた身を離さずにさらに首をかしげる。
「だってこれは、そういう催し物でしょ?えらく遠回しな言葉で近くに寄れって言ったし。お客さんの姿が近すぎたとしても、続けるのが普通じゃないの?…参加型の催し物だったら僕としては困るけど。」
「催し物、イベントちがう!介入して止めるべき事案!カツアゲの犯行現場だ!!」
「…これが?」
洸哉が返した言葉に、あろうことか少年は不良たちに背を向けて洸哉の方へと顔を向けた。そのまま背後にいる不良たちを後ろ手に指し示す。
「っ、てめぇ!俺らをシカトすんじゃねぇ!」
無視される形で放置された不良たちは、後ろを向いて背後を指さす少年のその腕をつかんで引っ張った。
荒事に慣れているだろう不良の一人にそんなことをされれば、当然細身の少年の身体など引き倒されてしまうだろう。そう瞬時に考え至った洸哉は慌てて駆け寄ろうとする。
だが、行動に移す前にその足は止まった。
「っ!?」
「こんなに隙だらけなのに、手を出すべき事案とかおかしくない?見世物の間違いだよね?」
「………。」
場にいた全員が動きを止め、辺りに静寂が漂う。
少年が何をしたのか皆が理解できなかったのである。
不良の一人が少年をつかみ上げようとし、その直後なぜか回転して地に伏した。まるで少年の足下が定位置であるかのようにそこに倒れたようにしか見えなかったのだ。
少年はこれまた当然のように倒れた不良の上へと片足をのせる。
「困ったな。これが見世物でないのなら、僕は無駄に時間を浪費したことになるんだけど。本物の忍びが見れると思ってたのに。」
「…現代において、現役忍者は存在しないからな?」
呆然とした表情のまま洸哉が呟くと、少年は弾かれた様に振り向いた。
「町中でゲリラ的な見世物をやって自らの存在を知らしめ、入門者集めているんじゃないの!?」
「どこのパフォーマンス集団だよ!忍べよ!!」
目を見開いて驚きをあらわにする少年に、洸哉は噛みつくように言い返す。洸哉が嘘をついていないと察したのか、少年は身体を後退させた。
「そんな、ここで観察に費やした時間だけじゃなくて、街をブラついてた時間までも無駄だったなんて…。」
「…あー、なんて言うか、ご愁傷様?一部の観光地なら役者忍者がいるから、そっちに行くしかねぇな。」
「役者じゃダメなんだよ。本物でないと意味がない。」
「んなこと言われてもなぁ。」
両手で顔を覆って俯く少年に、洸哉は頬をかいて困惑する。
テレビでは忍者の末裔だとか言う人物はたまに登場するが、少年が審議も怪しいそんな者を求めているかは分からない。何より連絡の取り方も分からなかった。
この時、少年は再び壁へと身を預け、洸哉は少年へどうしたものかと視線を向けていた。
それによって何が起こるのかというと。
「…この野郎……かわいい顔して油断誘いやがって!この俺をコケにしやがった分、テメェを叩きのめしてヒィヒィ言わしてやらぁ!!」
「薄い本展開キタコレ!!!!」
視線を外された不良たち、何より背に乗っていた少年の足が退けられた不良への警戒は無いに等しい。
その事実にいち早く思い至ったのか、先ほど叩きのめされた不良が立ち上がりざまに少年へと殴りかかった。遠巻きにしていた他の不良たちも少女を放って動き出す。
「危ねぇ!…っ!?」
注意喚起の声と共に洸哉は足を一歩前へ踏み出した。とても間に合うとは思えない距離だが、反射的な行動だ。
だがその行動はまたも止めることになった。
「グゥッ!?っ、ガハッ!!」
「…ヒッ!?ブワハッ!!」
起き上がりざまに殴りかかった不良が腹を殴られ、そのまま少年と共に宙へ飛んだかと思えば、次の瞬間には空から落ちてくる。
その光景を目にした後続の不良は、止まりきれなかった一人のみがその下敷きとなって動きを止めた。
「………。」
一瞬の出来事に何が起こったのかと不良たちが頬を引き攣らせる。
その反応に対して何とも思わないのか少年は遅れて着地し、重なるように気絶する不良たちを観察しだした。
「ここからの派生技について話を聞きたかったんだけどな…。」
「………リアル忍者でも出来ねぇよそんな妙技。」
洸哉の言葉に巻きこまれなかった不良たちは無言で何度も頷く。漫画やゲームでしか目にしたことの無い光景を実際に見せられれば、続けて襲い掛かろうだなんて気など沸いてこないのだろう。
「………ぇ?」
「そんな顔をしても、スタントマンですら再現できねぇからな!?」
大きな瞳をさらに大きく見開いた少年は、困ったとばかりに眉をハの字にする。
保護欲を誘われるその表情に何とかしてやりたくなるが、とても解決できる内容では無い。
辺りを静寂が支配する。少し離れた大通りからの会話も聞き取れそうなほどだ。
数瞬の沈黙、それを破ったのは少年だった。
「かくなる上は、自力で解決するしか…。」
「!?」
クルリと振り向いた少年の姿に、無傷の状態でいた不良たちは後退る。不穏な空気を読み取ったのだろう。
「下克上!反撃ですね!?逆にヒィヒィ言わせちゃうのですね!?」
絡まれていた少女はこの期に及んで逃げもせず、先ほどから妙な歓声を上げている。何を言いたいのか分からないが、血走った目が非常に怖い。
「三人。最低でも三回は試せるわけだね。」
「…ヒッ!」
少年が一歩踏み出す。
不良たちが一歩後退する。
一歩前へ。
一歩後ろへ。
ジリジリと追い詰める少年。
何とか窮地を逃れようとする不良たち。
「っ、ア!?」
その駆け引きは不良たちが地面に置かれたゴミ箱を蹴飛ばしたことで終わりを告げた。壁際まで追い詰められたのである。
絶望を感じ取って動きを止めた不良たちを見咎め、少年が目を細めて笑みを浮かべた。
「観念して僕の糧に、ぃ!?」
「っ、そこまでだっ!!」
洸哉は飛び掛かろうとする少年を背後から羽交い締めにする。前方の不良たちにばかり注目していた少年の隙を突いた形だ。
「ちょっと!離してくれないかな!!」
「出来るか、んなこと!!」
少年よりわずかに高い身長を活用して、やや斜め上へと持ち上げる。
地面から浮き上がる形で羽交い締めにあう少年は、足をバタバタと動かして逃れようとする様子を見せた。
「…いまだ。逃げろっ!」
二人が攻防を繰り広げている隙を突いて、不良たちは我先にと逃走を図る。
「あっ!?ちょっと!!実験台が逃げた!!」
「実験台とか言うな!?」
倒れている仲間たちを放って逃げる姿に少年は声をあげるが、洸哉は離すものかとさらに力をこめた。
不良たちの姿が見えなくなるまではと、体制きつくなってきた姿勢を維持し続ける。
「あぁ…。格好いい少年と可愛い少年が組みつ解れつ…。なんて素敵な…!」
逃げる不良たちの肩が何度もぶつかられて転ばされたにも関わらず、絡まれていたはずの少女は爛々とした瞳で奇声を上げている。
何とも関わり合いになりたくないと思わせるその姿を意図的に無視している間に、不良たちは通りから姿を消して完全に追うことが出来なくなった。
「………もう離してもらっていいかな。」
少年は不良たちが戻ってくる気配が無いと察知すると同時に、宙でバタつかせていた足を止める。
呟くように発したその言葉は、今までとは違って理性的な響きが宿っていた。
「あ、悪い。」
有無を言わさぬその言葉に、洸哉は反射的に謝罪して少年から身を離す。
身に纏う空気すら一変させた少年の姿になんと声をかけていいものかと、洸哉は空いた手で後ろ首を搔いた。
「…ここでまさかのサドっ気な雰囲気を放つなんて、なんてことなの!?」
沈黙漂うこの空気に、不釣り合いの興奮する少女の声が混ざる。
少しだけそちらを盗み見ると、少女は鼻から血を流していた。割と本気で関わり合いになりたくない姿だ。
「…事前情報の間違い?解釈の違いかな?どこで誤差が出た。」
「………?」
地面に降ろされた少年は顎に手をやり考え事をしていたが、ある程度考えが纏まったのか小さく呟いた後洸哉へと焦点を合わせる。
「確認ではあるんだけど、こういった騒動が起きたときに駆け付けるのは警邏隊、でいいんだよね?」
「…ケイラタイ?」
「街の治安を護るために巡回してるっていう、腰に刀をさした集団らしいんだけど。」
「…警察のことか?腰に刀は一昔前の警察だけど。」
「陰陽術で魑魅魍魎を薙ぎ倒したり、空をバイクで駆けたり、五人集まってポーズをとると爆発したり、腕を十字にすると光線が出たりする?」
「何その総合的ヒーロー!?確かに治安は護ってそうだけど!?」
声を荒げて反論した洸哉を見て、少年は額に手をやってため息をついた。
「…どうもおかしいと思っていたんだ。事前情報と街並みの差が大きすぎる。」
「………今頃か?」
「勇者どもから得た情報だからか?それとも別?時代的な差異はありそうだが…まさか勇者どもの謀り?だとするのなら、ふざけるのはその言動だけにしろと…。」
「………。」
突拍子もない言葉が出てくるが、少年の表情は真剣そのもの。冗談を言っている様子はない。
隠語か何かだろうかと洸哉は聞き流すことにする。
しかし、その考えも瞬時に改めることになった。
「よし。次に顔を合わせたらあのバカ勇者どもを、縛り上げて崖から吊るか。」
「やめて差し上げろ!?」
突然少年の口から飛び出した物騒な台詞に驚き、声を荒げる。
洸哉の言葉に少年はハッとした顔をして眉間に寄った皺を消した。
「…そうだ………そうだよね。ふざけた情報を寄越しはしたけど実害はないんだ。そんなことをする必要は無い。ジョークとして通用するものを知れたんだ。これはむしろ収支的にプラスだよね。」
「なんだその突然のポジティブ思考!?」
「荒れた場を整えなくてもよく、面倒なモノの対処をしなくてもいい。関係各所に謝りに行かなくでもよく、理解を得るために駆けずり回らなくてもよい。実害なんて全くないじゃないか!」
「…えぇぇ?」
目を輝かせて言いつのる少年の顔に偽りの色はない。本気で言っているようだ。
自身の言葉を真逆の方向に切り替えた少年は、機嫌良さそうな様子は変わらず洸哉から背を向けた。
「忍者も居ないらしいし、刀を持った警邏隊もいないらしい。ということは、これ以上探索していても得るものは無くて無駄みたいだ。…仕方ない、買い物でも行くか。」
「………ちょっとまて。」
周囲の惨状をそのままに路地から出ていこうとした少年を洸哉は引き止める。
「何?」
辺りに転がる不良の残りや始めに絡まれていた少女のことは気にはなるが、それよりも気になることがあった。
「お前、見たところ俺と同じ学校で合ってるよな。しかも同じ新入生。」
「…そうだとしたら?」
「………買い物って、何を買うつもりだ?」
少年の背格好や服装、制服の下ろしたて感とその服が当人に馴染んでいない様子から入学し立てであると結論付けた。先程からの世間知らずな言動から留学生とまで判断してもよいだろう。
そこまで考え至ったからこそ洸哉は思った。先程から妙な知識を露呈しているこの少年を、このまま買い物とやらに行かせてよいものかと。
洸哉の心情を察せない少年は不愉快だと表情に表すが、此方も引くわけにはいかない。
この数刻の間でもこの様な状況を引き起こしたのだ。放っておけばどんな珍事を起こすか分かったものではない。
「何でそんなこと君に教えないといけないのかな。」
「…気にするな。俺も同じ新入生だから、ただの情報収集だ。」
「ふぅん。特出した物は無いと思うんだけど?」
「…個人的な興味ってやつだ。いいから聞かせてくれ?」
苦しい言い訳ではあるが何とか納得してくれたようだ。半眼で此方を見る少年の視線が少しだけ痛い。
足下に転がる少女が未だにハァハァと荒い息をする音を意識から除外して、洸哉は少年の言葉を待つ。
「とりあえず、制服や体操着といった物は受け取り済み。教本の類いについても今日支給された。残りはそれらを入れる袋と
「…あぁ、そうだな。」
「ついでに普段使いの服飾品なんかと日用品、食料なんて物も買っておかなきゃいけないでしょ?」
「…引っ越してきたなら結構な買い物になるな。」
危惧していたものとは違って全うな内容の買い物だったようで、洸哉は密かにホッと息を吐く。言い回しが若干おかしい気がするが、此方の言葉を覚えるときに使った教材が特殊だったのだろう。
「日持ちする携帯食料と水もあった方がいいだろうし、拠点を設けるなら防犯にも気を回さないといけない。」
「…ん?……まぁ、そうだな?」
考えすぎだったかと少年の言葉を止めようとした最中、何やら不穏な言葉が混じり始めた。一人暮らしならばそうおかしくない内容のはずだが、どういう事だろうかと続きを聞くことにする。
「此処では色々な制限があるから、殺傷能力も極限まで弱めた罠を使わざる負えない。難儀なことだよね。」
「…は?殺傷?」
「防犯といえば護身用の武器ってどこで売ってるのかな。仕込み杖とかいうのがあるって聞いたけど。無ければナイフでもいいんだけど?」
「銃刀法違反!!」
「え?」
案の定物騒なことを言い始めた少年に目を剥き、洸哉は声を荒げた。
当然のように武器を仕入れようと考えていた少年は洸哉の言葉に驚き、言葉を止める。
「刃物の所持と持ち歩きダメ!殺傷罠もダメだから!!」
「………刃物の所持、持ち歩きダメ?殺傷罠ダメ?」
詰め寄る形で言いつのった洸哉の言葉を少年は復唱する。首を傾げたままなのは、なぜそうなのかを理解できてないからだろう。
「…ふふふ……無知な美少年に詰め寄るイケメン少年。…ふふ、ふふふ。」
足下から妙な笑い声が聞こえるのを無視して、洸哉は少年の瞳を凝視する。
少年は洸哉の視線を受けても目をパチクリとさせている。
少しの間見つめ合い、洸哉は決心した。
「…よし。お前の買い物に付き合ってやる。」
「は?全くもっていらないんだけど?」
「うるさい。無知なお前をこのまま放っておけるか。ついでに一般常識というものも教えてやるから…行くぞ!」
「えぇー。」
渋る少年の腕を掴むと洸哉は強引に歩き出す。
長居をしてしまったが、早くここから立ち去るべきだろう。もしかすると警察が来るかもしれないし、それに来た警官になんと言葉を返していいのかも分からない。
「…ふふふ……教える………手取り足取り腰取り、ですね……ふふ。」
少女は此処に置いていっても大丈夫だ、たぶん。というかこれ以上関わりたくなかった。
チラリと後ろを盗み見ると、そこには洸哉の手に引かれる中性的な整った顔を持つ少年の姿。黙って立っていれば、厄介ごとに巻き込まれることこの上ないだろう。
「…女性用の防犯グッズくらいは教えてやらないとな。」
少年の常識外れな行動もあることだしと、洸哉は買い物リストの中に刃物の代わりに催涙スプレーの購入を勧めることにする。
「そういえば…俺の名前は神近洸哉ってんだけど、お前の名前は?」
今更のように洸哉が少年へと尋ねる。
念のためにあの少女からは聞き取れない場所へと移動してからなので、後々問題が起きる事はないだろう。
少年は何を不思議に思ったのか首を傾げて黙り込み、少ししてからハッと目を見開いた。
「…あ、それ知ってる。ナンパだよね。」
「ちげぇよ!?」
「嫌やわ、お兄はん…。ウチそんなアバズレなんやしまへんで?」
「態々シナ作って、おかしな断り方するのはやめてくれないか!?」
「チャウネン………チャウネン?」
「使い方わかんねぇなら言うなよ…。片言だし…。」
何故だか頑なに自身の名を言わない少年に洸哉が履かせる事が出来たのは、少年の用事を全て終わらせ二人が別れる間際。その買い物の行動でようやく少年が自身の常識不足を察してくれてからだった。
その頃には少年、空船ゾラの言動や行動に疲労し、洸哉は喜びも達成感も感じる事はなくなっていた。
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