1-38 旅立ち前の相談
――◆ side:高円寺直輝 ◆――
「スティーヴンさん、こっちに来てるの?」
皆が唖然とした表情で固まる中、直樹は思った事をそのまま口に乗せて吐き出す。
他の皆とは違い直樹は去年の異世界転移に遭遇していない。
だからこそ今回の異世界転移には歓喜したのだが、去年も体験して
彼の存在を窺わせるゾラの言葉に直樹は疑問符を乗せて口にしたが、そこに込められているのは確認の意味が濃かった。
「…来てるよ。悲しい事に、残念な事に、腹立たしい事に、絶望的な事にね。」
答えるゾラの言葉は葛藤や苦悩がこもった非常に重々しいものである。
前々からゾラが
それほどに現状をゾラは認知したくないということなのだろうか。
直樹がそんな事を考えて首を傾げていると、ようやく他の面々が思考を働かせ始めた。
「ゾラ、お前知ってたのか?あの人が来てる事。」
「…人神様も言ってたでしょ。9人の旅路を見守ってるって。」
「あの人、と口にしているからにはゾラ殿たちの知り合いという事だろうか?」
「僕としては非常に認めがたいことだけど、言葉で表すなら知り合いとしか言えないね。本当に、非常に、嘆かわしい事に、同じ場所から来た存在だよ。」
語ることすらも嫌なのか疑問を口にする洸哉と目線を合わすことも無くゾラは言葉を返す。アイリアに対してすら言葉で牽制をかけるほどだ。
「じゃあ何で私たちに言ってくれなかったの?言っちゃ悪いけど、私達以外に他の人が巻き込まれていることなんて全く考えてなかったわよ?」
眉間にしわを寄せて言う実嶺の言葉には半眼の顔で言葉を返される。
「言えば君達がどう言う行動をとるか予測できるから伝えてないんだよ。君達がこの場に存在すると言うことは、君達が思っている以上に色々なモノが関わる事で成り立っているんだ。その自覚もなく自衛もできない存在が、フラフラと歩き回る事を看過できると思う?」
「自衛できない事も無知である事も分かっています。しかし同郷の人間が危険地帯に放置されているというのを見過ごすわけには…。」
深澄は困惑まじりに顔を伏せた。
召喚されてからどのタイミングで、ゾラがその情報を手にしたのかは分からない。だが、騒動が落ち着く以前に
その無知無謀な行動をフォローするゾラの負担は当然大きく、全滅必須だ。どう考えてもゾラの判断は正しかったとしか思えない。
「ゾラくんが私達に黙っていた理由は分かったよぉ。でも、騒動が終わってからなら話しても良かったんじゃないのぉ?」
深澄と同じく困惑を表情に乗せた面々が視線を交える中、獅乃が前に出た。
何を見たのか先ほどまで顔色悪くしていた獅乃は、視線鋭くゾラを見つめている。
「
「あー、まさか。兄貴は無茶な行動をしまくってんのか?」
今にも舌打ちが聞こえて来そうな口調でゾラが言うと、
「本当に意味がわからないんだけど、
これまでの事を思い出したのか、ゾラは額を手で押さえる。
「…ゾラ、負担強いられるってどう言う事?」
「言葉通りの意味だよ。」
ポツリとこぼすように呟いた彩峯の言葉を、ゾラは空いている方の手で宙に指で円を描いて答える。続ける言葉はなく、それで返答し終えたと言う態度だ。
「そ、空船くん?貴方まだ重要な何かを隠していませんか?」
「詮索し過ぎは嫌われるよ深澄先生。もっと相手の自由意志を尊重してあげないと。」
「詮索するのも当然の内容ですよ!?しかも今までの感じから言って、私達にも関連性ないですか!?」
「単純に君達が許容し切れない感情とか痛みを、僕が代理で引き受けてるだけの話。別に伝えておく必要性は無い話でしょ。…それより
おざなりに説明を済ませて考え事に耽るゾラ。
尋ねた深澄は頭を抑えたり、声を荒げたりと大忙しだ。
「ちょっとどう言う事なの!?代理で引き受けですって!?」
「おまっ!何勝手に皆の負担被ってんだよ!一言いえよ!」
「私達は自己犠牲なんて求めていませんよ!?」
「ちょっと皆うるさいよ。異世界拉致とか戦闘行為とか、慣れない人間がそんなストレスにすぐ対応できるわけないでしょ?ましてや争いない国から来た人間が、痛みに対する免疫があるとでも思っているのかな?どこかに分散させたりしないと異常来たす可能性があるんだから、先に手を打っておくのが普通でしょ。」
ゾラの明かした言葉に騒然と言葉を返す実嶺、洸哉、深澄。
皆に詰め寄られているのにまたも別の事に対して思案顔を見せてゾラはおざなりの説明を返した。
「…いや、だからって…特殊技能を使って?…何でそんな……。」
「…空船くんが、負担する必要性…あるのですか?」
「…普通こういうのって…神様が何とかするんじゃねぇの?」
納得し難いと言葉を濁して口ごもる面々。
一人話についていけていない直樹は、苦虫を噛み潰したような顔とはこういう表情のことなのかとのんびりと考えていた。
「こっちの神様だって部外者の人間にそこまで肩入れ出来ないんだよ。…そんな事より
口元に手をやって考え込むゾラに、アイリアが恐る恐ると声をかける。
「あの、ゾラ殿?お仕置きというのはサウマリアに対して行ったのではないのか?そちらの言う彼は離れたところにいるのだろう?」
「やだなぁ、あんなの全然お仕置きになってないじゃない。お仕置きっていうのはもっと………次はホラー系で攻めてみようかな。」
「ぁ、あんなの?私があの部屋へと辿り着いた頃にはかなり消耗していた様子だったのだが?」
軽く笑いながら言うゾラに、アイリアは頬を引きつらせた。直輝たちとは違って直接ゾラから聞いたわけではないが、他方からその時の報告は耳にしていたのだろう。
「僕だって両手塞がっている状態で、そこらに転がっているモノにちょっかい出せるほど器用じゃないんだ。あの程度でどうのって言われても困るな。………ゾンビ、は逆に喜ぶよね。とすると。」
口元に手をやって考え込んで別方向を見ていることから、本当にゾラの中では何でもないことのようだ。
悩むゾラと同じような顔をして、獅乃が口を挟む。
「ゾラくん、パニックホラー系は効果ないと思うよぉ?………じゃなくて、そのお仕置きってどうやってやるの?あの人が何処にいるかは今ひとつ分からないんだけど、結構離れたところにいるんだよねぇ?」
思わず好奇心が先だった話を先に口にしてしまった獅乃は、慌てて本題となる疑問を口にした。
だが悩みに関わる内容へ触れたお陰かゾラの食いつきはよく、獅乃へと向き直って言葉を返す。
「君達とは違って
「呪い人形とかの物理的に存在するものは嬉々として挑みかかるんじゃないかなぁ………皆にもその機能を付けてるってことは、私達にもいつでもお仕置きが出来るってことなのぉ?」
「本来は対象の危機状況を察知するためにつけた機能でね、お仕置きはそれを無理やり捻じ曲げてやっているんだ。
「ずっと幻覚だけって言うのは効果薄いかもぉ。回数多ければ慣れちゃうからぁ。………お仕置きする機能をつけるだけでも結構大変なことなんだねぇ。そうしなければいけない程の行動をとってるアノ人に戦慄が走るんだけどぉ。」
「元々酷かったけど、こっちに来てから更に酷い状態だよ。全部は知覚してないけど、把握しているだけでも外敵に無防備に突っ込んだり、崖から飛び降りたり、毒素の沼に潜ったり、意味がわからないものでは自分自身を攻撃してたかな。………たまに実像を混ぜたらいいって事かな?」
「うわぁ………じゃなくて、お前ら話す内容をひとつにまとめろよ!聞いてるコッチが混乱してくる!!」
調子に乗ってそのまま会話を続けていた獅乃は洸哉の訴えに、はたと言葉を止めた。数瞬考え込むそぶりを見せ、再び口を開く。
「定番の動きを見せたら妙な対応を見せるだろうから、結構工夫が必要かもぉ。アノ人は今どんな所にいるのぉ?」
「
「定番は屋敷とかペンションだからねぇ。天候は曇天が基本なんだけど、幾ら何でもゾラくんに天気までは操れないよねぇ?」
「僕そこまで人間離れしてないよ。一般の部類に入ってるはずなんだけど?」
「ゾラくんを一般にしたら私達は何に部類していいかわからなくなるよぉ。…でも薄暗い雰囲気づくりは無理かぁ。森限定で何かするのも効果薄いよねぇ。」
「視覚効果だけでも変化させてみる?たぶん四六時中、視野を霞みがかったように見せかけることぐらいなら出来るかも。」
「それならそこに幻覚幻聴混ぜて、偶に物理現象で物が倒れる程度で様子見して見たらどうかなぁ?」
「ちょっと待て!何でお前らそっちの話題をとった!?」
了承の言葉を返そうとしたゾラを遮って洸哉が声を荒げて割り込む。
会話を遮られてゾラと獅乃は、僅かに目を見開いて洸哉へと視線を集めた。
「ある程度、話がまとまってからツッコミを入れる洸哉くんを素直に凄いと思うよ。」
「さりげなく他の皆が口挟もうとした瞬間に、視線で止めてたよねぇ。すごい気の回しようだと思うよぉ。」
洸哉の姿をみて、頷きながら言うゾラと獅乃。
本心から感心しているという姿に洸哉は肩を落として脱力した。
「…普通に観察してんじゃねぇよ。それより話、ゾラが俺らの負担を請け負ってたっつー話の続きだ。」
力の抜けてしまった洸哉の言葉、しかしその視線には力が込められている。
恨みがましい瞳を向けられたゾラと獅乃。二人は佇まいを正す、のではなく不思議そうに首を傾げた。
「話ってもう終わってるよねぇ。ゾラくんまだ何か話してくれるのぉ?」
「話そうと思えばまだ話せるけど、詳しく話したところで理解してくれるの?」
「へ?」
「ゾラくんが負担していた内容とその理由、アノ人の状況とその対応、
「僕も
それでもまだ話が必要かと、ゾラと獅乃に視線で促された洸哉は押し黙る。
「洸哉ー頑張れー。」
「獅乃って前からあんな感じだったかしら。」
「…獅乃は最近ゾラに似てきた。」
「空船くんに影響されるとロクな事になりそうに無いのですが…。」
眉間に皺を寄せて戸惑う洸哉の後ろから、口を挟まずにいた隼嗣が応援の声をあげた。
他の面々は同調せず、ヒソヒソと獅乃の性格の変化について考察をあげている。
一歩離れた位置で皆の姿を見ていた直樹は、ふと視線を巡らせた。
席に着いて頭を抱えるアイリア、の横に控える文官。彼はこの場にいる誰よりも眉間に深い皺をつくって、皆の様子を見守っていた。
「…ある程度、話をまとめてから来ていただけないものでしょうか。」
文官の手元には書類の紙束。アイリアの座る席にも書類が山積みだが、その枚数は全くもって減っている様子はない。減らす人間が動いていないのだから当然だろう。
溜息を吐く文官の姿に、大人も大変だなぁと直樹は呑気に構えた。
ゾラに引きずられて部屋に入ったハグリルとガバリルアスは、未だに目を覚まさない。
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