1-37 はぐれた男
――◆ side:材木坂弥太郎 ◆――
—————◇—————◇—————◇—————
材木坂=弥太郎(ザイモクザカ=ヤタロウ) 20歳:男♂
レベル:1 職業:武闘家
生命力:1411/1411 精神力:1900/1900
攻撃:742
防御:710
魔法:232
素早:859
命中:713
知力:705
運 :69
特殊技能:探求者
—————◇—————◇—————◇—————
――視界が光に遮られ、僅かな浮遊感が自身を襲った後、世界は姿を変えた。
自分が好んで読む
何かの爆発による世界規模破壊という意味ではなく、異世界に転移したという意味の記述。
自身は一歩もその場を動いていないのに、身の回りの情景が変わってしまったことによるその一文。
まさか自分が二度もその文章を思い浮かべることができるとは、本当に成し得る事ができるとは思いもしなかった。
だが、今自分は、そのまさかを実現させている。
昔から自分が居るべき場所は此処ではないと、もっと別な場所が自分の居るべき場所なのだと、そう思って生きて来た。
平和すぎる世界は自分が居るべき場所ではない。武技や魔法で世界を生き抜き、モンスターが跋扈する殺伐とした世界。そういった場所こそ自分が生まれ、生きるべき世界なのだと。
そう信じ、そう願い、実現不可能だと鼻で笑われながらも今まで行動して来た。
そしてその結果を俺は今、体感して居るのだ。
「!!」
地に伏せていた体を起こし、周囲を仰ぎ見る。
自分が転がっていた場所は両親が経営する山間の宿泊所近くに建てた、自作の山小屋の中だ。素人手で建てた歪な形状、あちこちに自分が描き散らした魔法陣がその考えを証明している。
しかしその山小屋がある場所は、自分の知る場所には建っていなかった。
無理矢理ガラスをはめ込んだ窓から見える外の景色。
見覚えのある山間の風景に見えるが、空を飛ぶ生き物の姿は全く別のソレ。
同じ羽を持っているが、それは鳥類のものではなく爬虫類のもの。
空想上の生き物、ドラゴンの姿だ。
「~~~っ!!!!!」
それらを認識した弥太郎は、すぐさま立ち上がると慌てて駆け出す。
周囲を確認する事なく勢いよく山小屋の扉を叩き開くと、辺りの光景を視野一杯に映した。
目を見開く。
口角が持ち上がる。
昨年も見た景色の焼き直しに、胸一杯に空気を吸い込む。
「俺の時代!再び!!キターーーー!!!!!」
両手を天高く掲げ、此の異世界に自身の存在を知らしめる様に弥太郎は声高に叫んだ。
その声に反応する様に遠くに飛び回るドラゴンの数頭が、バッと弥太郎の方へと顔を向ける。しかし、それは一瞬のことで飛ぶ方向を変える様子はなかった。
「~~~~~~っ!!!!!」
大声を出す事で危険な生物が寄って来るかもしれないという危機感を全く抱く事なく、弥太郎はそのまま後ろへと体を倒す。そのまま足をバタバタと動かしながら、言葉にはならない声を上げ続けた。
感動、喜び、達成感。色々な激情が目紛しく湧き出し、その衝動のままに動いたが為の行動だった。
一通りその場で体をジタバタさせて、その衝動を発散させきるにはかなりの時間を要した。
いつの間にやら太陽も天高い位置へと登ってしまっている。
「…そうだ!異世界を冒険しなければ!!」
声を上げて転げ回るほどの激情は治ったものの未だに高揚感湧き上がる弥太郎は、念願だった行動を起こすために体を起こすと、再び小屋の中へと駆け戻った。
小屋の一角に置かれた道具の数々。それらは異世界に渡った時のためにと密かに用意しておいた冒険グッズだ。野営道具であるテントや保存食と水、武器に薪割り斧なんてものまである。
それらを手早くバックパックへと突っ込むと、取って返して小屋を後にした。
「まずはこの小屋を拠点として、安全を確保して地図を作らないとな。危険生物の把握と除外、現地の無害な食料の確保も急務だ!」
自分に言い聞かせる様に今後の予定を口にすると、そのまま眼前に広がる森へと突入する。
片手には薪割り斧、もう片方は自作の鉄板で作った盾を手にした。初のフィールド探索用の装備、これなら何が起きても対応できるだろう。
帰路の目印になるものを辺りの木々へとつけながら、迷いなく直進していく。
無防備にならない様に視線は常に周囲へと向け、敵対生物が向かって来ても察知できる様に心がける。
森を歩き始めてどれくらい経ったか。
陽も傾き始め、そろそろ拠点に戻ろうかと思い出した頃に漸くそれに遭遇した。
「っ!」
奥へ奥へと進み続ける弥太郎の視界の端で、茂みが揺れ動く。
いつ何が飛び出しても対応できる様に弥太郎は両手の得物を握る手に力を込めた。
一秒、二秒、体感ではその間はもっと長く感じる。
一際茂みが大きく揺れた後、ソレは顔を覗かせた。
「…来たっ!」
ゆっくりと姿を現したソレは茂みの中から出て来ると、弥太郎へ目を向けて静かに威嚇音をあげる。
長身である弥太郎の腰丈ほどの体躯、狼の様な姿、異世界特有であろう二本ある尻尾。
一匹だけで行動していたそれに遭遇した弥太郎は、その野生的な鋭い視線に怯える事なく好戦的な笑みを返した。
「…くくっ、現れたな魔物め。俺の前に現れてしまったことをあの世で後悔するんだな。この異世界より出でし、高貴なる魂を持つ勇者スティーヴンが、邪悪なる貴様らを滅ぼしてくれよう!」
宿敵と相対するようにセリフを口にして半身で
その姿は自身よりも強者に出会ってしまった者の行動、と言うよりも変人に出くわして引いてしまっている行動のように見えた。
獣に迫る弥太郎、後ろへ身を引く獣。
一進一退の動きは、片方が大きく動き出すことにより均衡は破られた。
「くらえ我が剣技!これが伝説の幕開けだぁ!!」
薪割り斧を大きく上へ振り上げ、弥太郎は獣に駆け迫る。
両者の間はそう大きくはなく、すぐさま接触する距離だ。
一歩、二歩と弥太郎が前進し、獣も
「ギャゥン、ワンッ!!」
「!?」
獣が大きく吠えた後、弥太郎の体に変化が起きる。
両手足の感覚が突然途絶え、攻撃に移ることも足を止めることもできなくなる。
何が起きたのか。
弥太郎が自分の体に目をやって確認する前に、視界に影が過った。
獣が振るった鋭い爪が顔へと振り下ろされる。
それを認識できぬままに、弥太郎の意識は、途絶えた。
「………!?」
勢いよく上半身を起こす。
周囲を見渡すとそこは、始めに弥太郎が倒れていた歪な山小屋の中だった。
森へ散策に出るために纏めていた荷物も元の位置に収まったまま、武器もあるべき場所へと収まっている。
夢か現実か、良夢なのか悪夢なのかと迷いが生じる状況。
しかし弥太郎は何の迷いも生じる事なく良夢と断じて、山小屋唯一の窓から外を仰ぎ見る。
窓から見える外の景色は、先ほどまで見ていた通りのものだ。少し違いがあるのは遠くにあるドラゴンの姿が彼方此方へと飛び回るのではなく、まるで此方の方を伺い見るようにホバリングしているところだろうか。
「…夢、ではない。………異世界だ!!」
弥太郎は一言呟くと直ぐ様立ち上がり、夢に見たのと同様に部屋の片隅にある道具や武器を纏めて小屋を出る。
扉をくぐって外へ出ると、太陽は昇ったばかりの位置にあった。先ほどの夢よりも早い時間であるらしい。
息を大きく吸い込み、眼前に広がる森へと再び挑もうと踏み出したその時、頭上より1枚の木の葉が舞い落ちた。
「………。」
足元に落ちたソレを見て、はたと足を止める。
全てを先ほどまで見た夢通りに行動すべきではないのではないか。特に夢の最後の場面は再現するわけにはいかない。
これから起こす行動について考え直し、弥太郎は進む方向を切り替えた。
向かう方向は先ほどとは真逆、山小屋裏側にある岩石地帯だ。
今度は敵対生物を探すのではない。異世界に来てからの自身の身体能力を把握し、レベル上げではなく熟練度上げを主な目的とした。
「っふ!っは!…やぁ!!」
岩石広がるその場所で駆け回り、跳び回る。体力だけではなく自身の持つ力を推し量るために拳を、脚を岩へと叩きつけた。
風のように駆け、大岩をも飛び越える。力の限り振るった手脚は、軽々と岩を叩き割った。
結果は上々、どころか自分の思っていた以上の身体能力を手にしていると言う感触である。朝から動き回っていると言うのに汗ひとつ流すことはない。
異世界特有の魔法も試したかったのだが、使い方が分からないのでこれは後回しにする他ないだろう。
「………ふむ。」
弥太郎は一つ頷くと、自分の身体能力を思う存分確かめた総仕上げとして別のことを試す事にした。
同じ岩石地帯でも少し奥まった場所、渓谷とも言い換えてもいい程に凹凸多いその場所に弥太郎は移動する。
辺りを見回して天高く聳え立つ岩々のある場所へと脚を向けると、一気に大岩を駆け上がった。登りきった大岩はそこらの森にあった樹々よりも遥か高く聳え立つものであり、そこから見える景色は思わず身を竦ませるほどのものだ。
しかし弥太郎は幼い頃より超人的な力お手に入れたらやってみたいと思っていたこと、それを実現させるためと意気込む。
天高く聳え立つ高層ビルを次から次へと跳び移る。空想上のヒーローや忍者がやるような事を弥太郎は実現させようとしていた。前の世界では身体能力が足らずに出来なかったソレを、此処では実現できると。
もちろん身体能力がいくら高かろうとも、今から弥太郎がやろうとしている行動は少しでも尻ごめば失敗するような代物だ。跳び降りればすむだけのバンジージャンプとはわけが違う。
「………………うっし!!」
弥太郎は深呼吸をして覚悟を決めると狭い足場の中で助走を付け、今いる岩場より少し低めの近くの岩へと跳び出した。
跳んだ直後から感じる浮遊感、風切り音。
数秒しかない跳躍距離を体感ではない少し長めに感じながら、弥太郎は別の岩場に飛び移る事に成功した。
「よっしゃ、っ!」
無事着地を決めたと安堵する間は僅かしかなく、直ぐ様弥太郎の体は傾く。
体制を立て直すこともできず、そのまま大岩から転げ落ちてしまった。
一度は耐えられた浮遊感。しかし今度は自分の意思で感じようとしたものではないそれに、弥太郎は肝を冷やす。
「ウリャアァ!!………とぉ!?」
このまま無抵抗に落下してたまるかと弥太郎は漫画などで見た記憶を思い出し、拳を真横にある岩へと突き立てようと振るった。
だがそう漫画通りにはいかず、叩きつけた拳は岩に擦られる様に持ち上がってしまう。一瞬で視界から外れたが、拳が盛大に削られてしまった様にも見えた。
一瞬で起こったその出来事に弥太郎は痛みを感じる暇なく落下を続ける。
そしてその体が地面へと到達する前に意識は闇へと誘われた。
「………!?」
上半身を跳ね起こす。
辺りを見回す。
三度目にもなるその景色に、弥太郎は詰めていた息を吐き出した。
弥太郎が目覚めた場所はまたもや歪な山小屋の中だ。触った記憶のある道具も最初の場所へと全て戻っている。
窓の外、遠くに姿を見せて跳んでいたドラゴンはまたもホバリングをしている。だが、その首は仲間のドラゴンの顔をチラリチラリと悩ましげに意見交換している様に見えた。
弥太郎はすぐさま立ち上がり、次は何をしようかと身支度を始める。
頭上より降り落ちた砂粒を払い落として、そう言えばと先ほどの夢について考えた。
一昼夜の間ずっと体を動かし続けていたが、腹も空かねば眠気も訪れなかったなと。息を切らすことが無かったことには直ぐ様気が付いたが、夢中になり過ぎてそういった事には意識が向かなかった。
どうやら異世界を渡った事によって自分の体は特別製になったらしい。
頬を緩めて山小屋の戸へと手を伸ばしたその時、弥太郎の意識に変化が起こった。
先ほど眠気は起きないと推測したのは外れ、急速に意識が闇へと引きずられるその感覚が起きたのだ。
何も敷かれていない木の床へと体を強く叩きつけられる感覚、鈍い痛みしか感じることのできない状態。
何度も未来視と思われる夢を見た事によって、疲労が蓄積していたのか。それによる気絶衝動が起きているのかと推測した。
しかし倒れた事を疲労蓄積と推測したのとは違い、弥太郎には別の考えも湧いて出ている。
――いい加減、大人しくしていろ。
誰かにそう言われた感覚がした。
その感覚がどこから湧いて出てくるのか。それを考えることもできず、弥太郎の意識は闇へと引きずりこまれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます