1-36 やり直しの日常(休日、夜)

 ――◆ side:空船ゾラ ◆――



 何故だか動きを止めた洸哉たちを置いて、ゾラは動く。


 壁際で寝転がっていたハグリルを回収して、書庫を出て足早に歩き出した。

 交渉する時に彼がいた方が都合がいいかもしれない。気を失ったままだが、禁書を読むにあたっての精神疲労による気絶なのでその内目も覚めるだろう。


 城の廊下をハグリル片手に引きずりながら歩いている途中で、ばったりとガバリルアス騎士団長に出くわす。


「…ゾラ殿!?なにをして、っ!?」


 丁度いいと無駄な時間を省いて、これから行こうとしている先に同行してもらうことにした。

 行き先が人の出入りが多い場所のため、気絶した人間を引きずって歩くゾラの姿は従者たちの注目を多く集めてしまう。ゾラを見て驚いて道を譲る者もいれば、何処かへと慌てて走り去っていく者もいた。


 騒がしくなり出した城内を探るように、全身の感覚器をさせて行き先の状況を聞き取る。

 一つ目の行き先は、部屋の主がまだ眠ったままなので行っても無駄。他とは違って少し長い期間、洗脳状態だったのですぐに万全の状態というわけにはいかないのだろう。

 二つ目の行き先の方には、複数の人間が集まって何某かの話し合いが行われている。侍女たちもそちらの方へと駆けて行った様だ。

 行くとしたら後者の方がいいだろう。


 すぐさま行き先を決めたゾラは、宙で指をクルリクルリと回しながら最短距離を歩き出す。

 この前の騒動が効果を発揮しているのか行く手を邪魔する者は誰もいなかった。





「「「!?」」」


 そう労力を使う事もなく辿り着くことのできた部屋の扉を壊す勢いで蹴り開くと、中で報告を受けていた三人が目を見開いてゾラへと視線を向ける。

 部屋の手前から報告に向かった侍女、高位の服を着た文官、奥の机に座るアイリアの姿。本来ならば此処は国王が執務をするための場所だが、その国王自体が昏睡状態のため代理として第一王女のアイリアが使用している部屋だ。


「ゾラ、殿?如何されたのだ?その二人は――」

「今日から三日後に此処を出る事にしたから、その準備をお願いしていいかな。」


 ゾラは部屋へと押し入ると、恐る恐る尋ねたアイリアを無視して言葉を被せる様に宣言した。


「み、三日後!?突然すぎやしないだろうか!」


 動揺を隠せないままアイリアが狼狽え、邪魔にならない様にと脇へと控えた文官と侍女も驚きを露わにする。

 アイリアの動きを手で制し、ゾラは連れて来た二人から手を離した。


「旅道具はそう多くなくていい。移動用の馬などの小回りが効く乗り物、携帯用の食料、防具は手持ちでいいから投擲用武器を少し、後は野営道具を融通してほしい。旅先案内人に最低限自衛のできる人間を一人、出来ればハグリルさん並みの知識量を持った人を紹介してもらえると嬉しいかな。」


 矢継ぎ早に指示を出すゾラにアイリアが絶句する。

 有無を言わさぬゾラの言葉に、このままではアイリアが反論もなしに押し通されてしまうと控えていた文官が前に出た。


「…僭越ながら口を挟ませていただきます。そんな短期間に旅の支度など不可能です。まだ件の誓約書すら作成が終わっておりませんし。」


 文官の口にした言葉はゾラの予想範囲内だ。

数瞬の間も無く応えを口にする。


「一人二人分ならそう難しい話じゃないでしょ?城の備蓄、備品で事足りるはずだ。勿論その分の金額は支払う。城下に出た時に得た分があるからね。…誓約書に関しては出来次第、深澄先生にでもサインして貰えばいいよ。何なら僕の名前で代筆してもらってもいい。」

「まさか、貴殿一人で行くつもりか!?」


 机に手を叩きつけながら立ち上がったアイリアは動揺のままに声を荒げた。

 煩わしいとばかりに眉を寄せてゾラは首を振る。


「移動速度を一定に保つには人数、物資が少ない方がいい。基本的に現地調達で人や物を賄って動こうとすると、僕ともう一人ぐらいが最適数だ。旅慣れない彼らが一緒では動きが鈍くなる。急ぎの旅に、自衛も野営も出来ない彼らを置いて行くのは必然でしょ?」

「しかし、貴殿の仲間だろう?彼らを放って行くなど…。」

「この場所での安全は確保してある。仮にアイリアさん達が敵対行動に移っても、それを無効化する程度のモノはもう既に仕掛け終わっているんだよ。」

「………っ!」


 だから問題ないと鋭い視線と共に言い切られてしまうと、アイリア達も押し黙るしかなかった。

 その時、ゾラを追いかける様に複数の足音がアイリアの執務室へとやってくる。


「ゾラ、お前いきなり如何したんだよ!」

「三日後に旅に出るって本気ですか!?唐突すぎます!!」

「もう少し後にしても良いんじゃないかしら。まだ勉強会も途中でしょ?」

「僕まだ旅に出れるほどの勉強できてないよー?」


 開け広げられた扉を潜って部屋に入って早々、洸夜たちはゾラへと詰め寄った。

 後から後からと告げられる言葉にゾラは笑顔を返すと、切り捨てるように云い捨てる。


「心配しなくて大丈夫だよ。皆は今後もこの城で、ハグリルさんの授業を受けて待っていてくれたら良いんだ。ある程度の知識がつけ終わる頃には僕も帰ってくる。何の問題もないよ。」

「なっ!?」


 これは決定事項だと言外に込められ、洸夜たちは言葉を詰まらせた。


「…そんな短期間で出立するのは決定事項?その二人を連れて来たのも迅速に話を進める為?」

「そうだよ。ガバリルアス騎士団長は色々決定権を持っているし、ハグリルさんは旅に必要な道具の知識と同行者の知り合いを紹介して貰えないかと思ってね。この場に揃って貰えば、大体の決め事が終わらせることができる。」


 彩峯の言葉に、ゾラはこれまでと同じで意見を変えるつもりはないと匂わせる。既に以前、単独で行動すると告げてあるので問答の必要もないはずだ。

 しかしそれが分かっていても反論する者はいる。


「いつかは城から出立するとは言っていたけどぉ、それって本当に行かなきゃならないものなのぉ?ゾラくんが動かなければいけない必要性があるのかなぁ?」

「…残念ながら、他でもない僕が動かなければいけないんだよ。代理を立てることは出来ない。」

「急いで予定を変えなければいけないほどにぃ?」

「状況が変わったんだ。予想していたよりも悪い方向に、ね。」

「だから私達を放って行くのかなぁ?」

「僕は最短ルートで最速迅速に事を終わらせたいんだ。ただでさえ嫌な用事なんだよ。…許されるなら身近には置いておきたくないものだしね。」


 心底嫌だという気持ちのこもった重たい溜息がゾラの口から吐き出された。

 それは聞いている獅乃も思わず、対立する気持ちを緩めてしまう。しかし同情に傾きそうな気持ちを首振って振り払い、獅乃は下がり掛かった口元を無理矢理あげて追求の言葉を投げる事にした。


「いいのかなぁ。私達をゾラくんの目の届かない場所に置いていってぇ。何が起こるかわからないよぉ?」

「前にも言った通り、君達の安全は確保している。多少周りで荒事が起きたところで、困る事態には陥らないよ。」


「それは、って話でしょ?もしかしたら私達が起こすかもしれないよねぇ?」

「…問題を起こしかねない行動については、事前に注意喚起が起こるようにしてある。」

「あぁ、やっぱり私達にも何か仕込んでたんだぁ。」

「………。」


 ゾラの言葉に獅乃は青い顔のまま確信めいた笑みを浮かべるが、聞いている他の面々は目を剥いて驚く。

 城下での一件で何某かされる可能性は察していたが、既に仕込まれていたとは思わなかったのだ。

 周囲の感情には気を回す事なく、獅乃はさらに追求の手を強める。


「ゾラくんは基本的に私達の自由意志を奪う気はないよねぇ。私達にも仕込んでいた注意喚起、それだけで私達が本当に行動を止めると思うぅ?」

「…止まってもらわないと困るな。」


「元の世界とは違うこの風変わりな世界で、少し羽目を外したくなっちゃうかもねぇ。欲望のままにぃ。」

「…無謀だ。自殺願望でもあるの?」


「私達には神様から与えられた強力なステータスがあるんだよぉ?それを使ってチートっていう事ができるよねぇ。武力チートって言うのかなぁ。」

「…君達より圧倒的に低いステータスの僕にも勝てないのに、何ができると言うのかな。言っておくけど、君達はこの城の末端騎士一人にも苦戦を強いられるんだよ?」


「それなら武力チートが無理でも、知識チートがあるよぉ?この世界にはない向こうの知識、それを使って色んな革命を起こすのぉ。…ゾラくん、この手の話は嫌いだよね?」



「……………それは君達僕と敵対する意思がある、って事かな?」



 最後の問いかけをした時にゾラの発した声音に、獅乃は体を強張らせた。同時に向けたゾラの意刺すような視線は、まるで抜き身の刃物を突きつけているかのように鋭いものだ。

 だが獅乃はゾラの視線に屈さない様に自身の目を鋭くさせると、相対する様に視線に力を込めて挑発的な笑みを浮かべる。


「…ゾラくんが私達を置いていけば、起こるかもしれないって言う可能性の話をしているんだよ、今はぁ。その意思の有無関係なしに、別世界の知識が漏れ出てしまう可能性はあるでしょぉ?ゾラくんの仕込みだけで、本当に大丈夫だと言えるのかなぁ?」

「………。」


 ゾラは押し黙った。

 頬をヒクつかせながらも未だ挑発的な笑みを浮かべ続ける獅乃を観察する様にじっと見つめ、そして視線を他の面々へと流し見る。

 不安気な顔、祈る様な顔、気持ち同じく力強い視線を向ける顔。


 それらを一通り見渡したゾラは、溜息をついて決断した。


「アイリアさん、さっきの話に少し変更を加えて良いかな。」

「…なんだ、ろうか。」

「移動用の乗り物を全員乗れる規模の馬車に。旅道具と消耗系の武器は下で揃えてくるから、もし馴染みの店で良い所があるなら紹介状を貰ってもいいかな。食料はこっちで大量購入すると問題が起こりそうだから、国からの要請という形で用意して貰いたい。案内人一人を紹介って言ったけど、それも案内人兼護衛として最低三人ぐらい適任者がいないか探してくれないかな。」

「「「「「「「!?」」」」」」」


 獅乃への返答なしに告げられた明らかに団体旅前提とした要求への変更に、ゾラ以外の面々は声にはならぬ様子で驚き喜ぶ。

 沸き立つ皆の中で唯一冷静にゾラの要求を精査した文官が、静々と前へ出て難しい顔をした。


「…ゾラ様。それらの要求に三日という期間ではあまりにも時間が足り得ません。どうか期間の再考を。」


 獅乃の言葉にゾラが折れた事で異様な緊張感漂う空気は霧散したが、交渉ごとを続けなければいけない彼は緊張感持って頭を下げて乞う。

 対するゾラの返答は間を置かずに返された。


「ん。じゃあ、一週間でどうかな?」

「…それでも短すぎます。」

「遠征訓練用の中古荷馬車を一台、最初の数日は何人か外を歩いて移動するとして荷物は荷馬車の七割程度に収まる様に詰めればいい。食料は貴族の馬鹿が行う予定だった、どこぞの国への進軍用に買い集めた軍事食を充てれば問題ないでしょ。残りはその手続きと、同行者の選別に費やせば…まぁギリギリ間に合うんじゃない?」

「………全て計算の上でしたか。」

「僕だって馬鹿じゃない。無茶を押し付けている自覚もあるよ。」


 苦笑を浮かべるがゾラに、肯定の意味合いの礼をする文官。

 二人のやり取りを終えた姿を見て、漸くアイリアが額に手を当て天を仰いだ。そしてアイリアはそのままの体勢で一つ息を吐くと、椅子の背をギシリと言わせて手の隙間からゾラへと視線を向ける。


「…ゾラ殿。同行者の8人に対して護衛が最低3人というのは、些か少なすぎるのではないだろうか。それに荷馬車の七割方に荷を積んで、数日荷馬車に乗らずに旅路を行くというのは…。」


 眉間に皺を寄せて言うアイリアに、ゾラは首を横へと振って答える。


「一種の荒療治のつもりだから、変則的な内容でいいんだよ。皆には少し、危機感というものがなさすぎる。始めは信用できる護衛少数と旅の過酷さを体感してもらって、その後に必要ならば道中の街で護衛を増やす気でいるんだよ。」

「しかし首都近辺とは言えども、城壁外は絶対安全とは言い切れないのだぞ?皆が皆、ゾラ殿の様に心構えが出来ているわけではない。」


「予定としては出立に時間をかけない代わりに、旅道中に実体験型の勉強をしてもらおうと思ってる。少し大回りに動く様にして、基本的に野宿を避けて町や村に止まる様にするとかしてね。」

「だがそれでも疲労は溜まるだろう?始めの段階からそれでは、旅慣れぬ君達が道中無事に過ごせるとは思えない。」

「だからこそ出立直後に厳し目にするんだよ。慣れた頃に外部の人間を増やせば敵味方、警戒すべき対象分別も植えつけられているはずだ。」


 アイリアとゾラの話に置いていかれた洸哉たちは、互いに視線を合わせ始めた。

 自分たちの旅路に関係する事もであるのだから口を挟みたいのだが内容が尤もなものであり、語れる内容も元の世界のアウトドアを見本とした知識しか持ち合わせないから何も意見することができない。

 仕方なく二人の結論が出るのを全員して待つことにした、のだが次の言葉でその意思を曲げることになった。


「ゾラ殿が皆の事をきちんと考えていることはよく分かった。しかしそこまで完璧な計画を立てて、ゾラ殿は何処に何しに行こうとしているのだ?」


 アイリアの疑問の声に洸哉たちは動きを止め、ゾラへと視線を向けて固定する。

 視線集まる中でゾラは口をへの字に曲げて答えた。


「行き先は魔族領セカツ帝国、国境を越えてすぐにある山。今は封印措置のされているそこへ、少しばかり拾い物をしに行く。」

「魔族領!?人間領の中での旅路ではないのか!?」

「…ちょっとワケありなんだよ。心底嫌なことに、関わりたくないほどに嫌なんだけど、是が非にでも行かなくちゃならないんだ。」


 口を広げて驚くアイリア。

 手で目元を覆って俯向くゾラ。

 深い溜息をつくゾラへと、おずおずと挙手をして獅乃が代表して前へ出る。


「ねぇゾラくん。前から拾い物だの落し物だのと、それ自体の単語が出てきてないんだけどぉ…いったい何を、拾いに行こうとしてるのかなぁ?」


 何か嫌な予感でも感じたのか、唯でさえ青い顔をさらに歪めて問いかける獅乃の姿を横目に見ながらゾラは答える。

 心底嫌で、言葉にするのすらも拒否したいと顔に表しながら。



材木坂 弥太郎ザイモクザカ ヤタロウ。君達がスティーブンと呼ばされてるアレ。僕達と一緒にこっちに来たアレ落とし者を回収しに行く。」




「「「「「「「はぁ!?」」」」」」」

「「「!?」」」


 ゾラの言葉に洸哉たちもアイリアたちも揃って驚きの声をあげた。

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