1-34 やり直しの日常(休日、昼)
――◆ side:神近洸哉 ◆――
洸哉は先導する様に、街並みを横目にしながら皆の一番前を歩いていた。
足取りは早すぎず遅すぎず、元の世界での経験を糧に周りを不快にさせない様に。周囲の人の流れに逆らわず、邪魔になる様な場所で立ち止まらない様に気をつける。卑屈に背を丸めたり、前も見ずに辺りをキョロキョロと視線を散らす行為も目立つ要因になってしまうので、自分だけでなく他の者もやらない様に注意を払う事を忘れていない。
城の門を出てすぐは周囲の情景に唖然としてしまっていたので、あまり気が回らなかったのだが今ではキチンとやれているはずだ。
何時もの相手を化かす様な事を口にするゾラだが、その言動の中には意味があってのものが多数混ざっている事を洸哉は知っている。
だから城を出る前にゾラが口にした言葉は、目立つ行動は慎めという裏を読む必要がない程に真っ直ぐな意味ある言葉は、この世界において心に留めておかなければいけないゾラからの忠告であるはずだ。
ゾラに押しつける様に貸し出された笑い面とスライムがその深刻さを表している、のだろう、たぶん。
しかし、キチンと心がけてここまでの道中を先導してきたからこそ思う。
自分はどこで失敗したのか、という事を。
「………ドウシテコウナッタ。」
心の中で留めて置けなかった言葉は、洸哉の口から堅い声音が溢れ出た。
洸哉を先頭にして、背後には実嶺と直樹。少し間を開けて後方には彩峯と獅乃がいる。好奇心が勝ったのか、フラフラと洸哉たちから外れた方向へ行こうとしている隼嗣を、深澄が見咎めて腕を掴んでいた。
「おいテメェ!何余所見してやがんだ!ぶちのめすぞ!」
視線を他所にやって現実逃避をしていた洸哉に荒々しい声がかかる。
声に導かれるように視線を前に戻すと、洸哉の行くてを邪魔する様にガラの悪い男が道を塞いでいた。
思い返しても分からない。
洸哉がどこまで記憶を遡っても、絡まれる理由が全く持ってないのだが。
洸哉たちが今から向かおうと思っていた場所は、冒険者ギルドだ。
ゾラだけ登録を済ませてしまっているという事で、洸哉たちも同様に登録しておこうと向かっていた。いつゾラが出立しても直ぐ様対応できる様に、何処でも使える身分証を手にしておこうという話になっていたのだ。
冒険者ギルドにはよくある物語と同様、荒くれ者が多いと聞く。自国他国色々な人間が集まる場所であり、荒事から何からこなす人間が多ければそういったものが多くなるのも仕方がないのだろう。
しかし洸哉たちはまだ、その建物の近くにも到達できていない。
元の世界とこちらの世界、二つの国を知るゾラからも其処まで治安の悪い街ではないと聞いている。
それを考えれば、こんな所で絡まれる事はないと思うのだが。
「…(絡まれた理由は、なんだ?)」
洸哉が顔を顰めて考え込んでいると、ガンつける様にガラの悪い男が顔を近づけてきた。
「余所見してんじゃねぇってんだろぅがよぉ!!」
「…うっ!」
相手の顔が近づいてきた事で、絡まれた理由の一つが発覚する。
今まで直ぐそばにある串焼屋から漂う香ばしい匂いで気が付かなかったが、男からは酒気の匂いがこれでもかと漂っているのだ。
反射的に洸哉は嫌悪感を表情に出して、片手で口を覆った。
「んだテメェ!整った顔の奴は不細工な顔を受け付けねぇとでもいう気かぁ!?」
体を揺らして更に洸哉に詰め寄る男。
その勢いに洸哉は後ずさった。
周囲を歩く人間が迷惑そうに顔を歪めて避けて通る。
いつの間にか洸哉たちの周りには、円を描くように無人の空間ができていた。
「おーい、ザンシ!フラレ男がこれ以上残念な姿晒すんじゃねぇよ!」
「ぶははっ!女にフラれ、金は全額スって、今度は顔面勝ち目のねぇ野郎に喧嘩売ってやがる!負けんのは実力勝負だけで終わらせとけよぉ!」
「女に最強の男になるとか言い放ってたんだろ?今から実行する気なんじゃね?最強の負け犬男によ!」
「最強は最強でも一番下ってか!そりゃスゲェ!」
近くの酒場から囃し立てる声がする。
ザンシというのは目の前の酔っ払いのことだろうか。散々な物言いだが、囃し立てる男達も顔を赤くしているところをみるに、一緒に酒を呑んでいた仲間なのだろう。
ザンシはガハハと笑い声をあげる呑み仲間達に一言怒鳴り返すと、勢いをなくして俯いてしまった。
頭を下げて俯向く口元からは、何やらボソボソと呟く声が聞こえる。
「………なんでだ…なんでだよ。…俺は大会で優勝して…なんでガキに負けねくちゃならねぇ。…女からは爆笑されっし…くそっ。…賭場じゃあの野郎が…何であんなとこまで。…フザケンナよ!」
不穏な雰囲気を放つザンシに、洸哉はこの場を密かに立ち去ろうかと迷った。
同じ思いなのか実嶺が洸哉の服の袖を引いている。
洸哉が視線を合わせてこの場を去ろうと背後に合図を送る前に、ザンシが動き出した。
「…ガキだ、ガキが悪い。俺の前に立ち塞がるガキが悪りぃんだ。特にテメェみてぇな、俺を見下してるガキが悪りぃ!」
「!?」
ザンシが腰に差していた剣に手をかける。
そしてそのまま一気に鞘から引き抜いた。
迷惑そうに洸哉たちを避けて歩いていた人垣が、ただならぬ様子に一気に周囲一帯から引いていく。
「…ちょ、ちょっと!?」
袖を引く実嶺の力が強まる。
しかし今、洸哉が動けばザンシが斬りかかってくる可能性があった。迂闊には動けない。
城の外はいえ城下町を歩くだけという事だったので、洸哉たちは護身用になる武器さえ持ってきていない。そんな物が必要ない世界から来たとはいえ、異世界に対する危機感が全く足りていなかった。
これでは問題だらけのお国騒動の最中に、単身であちこち動き回ったゾラを意見できる筋合いはない。少なくともゾラは辺りに注意を払って行動していた。自身の身の安全を考慮した上で、結果的に騒動を収めたのだから。
自身の迂闊さに洸哉が唇を噛み締めて反省していると、ふと頭の上に乗ったままだったモノが存在感を漂わせた気がした。
洸哉の頭の上にあるのは、ゾラから貸し出された笑い面とそれを被ったスライムだ。
洸哉たちのステータスが幾ら常人よりも高いといっても、精神は武器を手にする事ない国に生まれ育った人間だ。無手で真剣相手に挑みかかれる無謀さを持つわけがない。ダンジョンに挑めたのも何事かあった時の備えがあると、安心感があったが故だ。
「…(そう言えばあの時、周囲には敵に回りかねない騎士が多くいた中でなぜ戦闘訓練なんかに集中出来たんだ?)」
この状況の最中に要らぬ考えが頭を過るが、意識的にそれを除外してゆっくり頭の上のスライムを手に収める。
「…洸哉くん、何する気?」
グイグイと袖を引っ張って逃げようと意思表示している実嶺を無視して、洸哉はスライムへと視線を動かした。
出がけにゾラが言った言葉を思い返す。
――外に行って何か困ったことが起きたら、ソレを掲げて僕の名を呼んでみるといい。それを合図に問題事はどうにかなるだろうから。
恐らく王城でゾラが色々やった様な事がまた起きるのだろう。ゾラは一人で城下に降りていた事があるから、ここでも何かしらの下準備がされていたという事なのだろうか。
ゾラのやった事で洸哉は散々な思いをしたが、今ここで一番身の安全を保障して問題事を解決できる手はきっとコレだ。たとえこの場にいる人間に多大なる影響と迷惑をかける事になったとしても。
仮に問題が解決しなくとも多少の時間は稼げるだろうと、脳内で別プランを立てて保険をかけながら、洸哉は笑い面をつけたスライムを前に掲げる。
そして、ゾラの言った名前を呼ぼうと息を吸い込んだ。
「貴様は我らが『笑撃爆烈盗賊王の洸哉』とその仲間達だと知って、狼藉を図るつもりか!!」
「!?」
辺りに静寂が広がった。
周囲を取り囲む民衆の歩みが止まる。
正面に立つザンキも動き出す様子を見せず、固まった。
声を荒げた洸哉は、目を見開いて彫像の様に動きを止める。
一瞬の後に直ぐ動くことを思い出した実嶺は静かに腕を下げ、る前に正面を向いたままの洸哉に腕を掴まれて固まった。
洸哉が油の切れかかった機械の様にギギギと音が聞こえて来そうな動きで首を回し、実嶺へと助けを求める目を向ける。
イヤイヤと首を横に降る実嶺、その下には目を輝かせて洸哉を見上げる直樹。
無言で洸哉と実嶺が会話を続け、笑い面を被るスライムが洸哉の手で震えだした頃、周囲が動きだした。
「…ヤベェよ!アイツなんて事してくれたんだ!」
「ヤラレちまう!早く逃げねぇと!俺たちまでもヤられる!」
「顔が!腹が!ケツがやべぇ!!」
「ぉ、俺は関係ねぇぞ!ちゃんと止めたからな!」
「チョットあんた!早く謝ったちゃいなさい!謝ったほうがマシだって聞いたわよ!」
「後片付け誰がすると思ってんだ!早く謝っちまえ!」
先ほどまで酒気を漂わせて囃し立てていたザンキの飲み仲間達は怯え震え、責任転換する。
町の住人は被害を減らそうと躍起になって謝罪を進めている。
先程まで洸哉に斬りかかろうと剣を構えていたザンキは、土下座の姿勢に入っていた。
「………何よ、何やったっていうのよ!」
「洸哉先輩すごーい。」
「ぉ、俺なんもやってねぇし、やってねぇし!」
辛うじて掌に乗っかっていたスライムが、洸哉の叫びと共に地面に落ちる。
狼狽え、混乱し、助けを求める様に後方にいる仲間達へと視線を向けた。
「………!?」
視線の先で一人、駆け出す人間が映る。
逃げる人影を追いかける様にまた一人、駆け出す姿。
「………!!」
誘われる様に洸哉たちも足を動かし始めた。
遥か前方に二つの人影、洸哉の後方に実嶺たちが走る。
普段のおっとりとした雰囲気をどこに忘れてしまったのかという程の速さで街中をかける先頭の人影。特出したステータスがその速さを出させているのだろうか。
真っ先に動きだした一人目の人影は、直ぐに見失ってしまった。
しかし二人目の人影は駆け出すのが遅く、一人目ほど走るスピードが出ていない。距離はあるが洸哉たちが見失う事はないだろう。
だが二人目を見失ってしまった所で問題はなかった。洸哉たちが戻る場所は同じ場所だ。
それにこれから行くであろう場所にも検討はついている。
だから焦らなくて良い、奴らに逃げ場所などない。
「お前らだけ無関係、気取らせねぇからな!そしてゾラはぶん殴る!」
洸哉は口元に笑みを貼り付けて、呟いた。
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