1-33 やり直しの日常(休日、朝)
――◆ side:華柳獅乃 ◆――
ゾラが再び獅乃たちと行動するようになって数日。
改めて立て直された座学や戦闘訓練の予定をこなし、数日毎に差し込む形で入れた休日の日がやって来た。
「本当に、ほんとーに、今日1日お前は王城から一歩も出ないんだな?」
「…僕がお留守番もろくにできない子供みたいに言うのはやめてくれないかな。」
獅乃の眼の前では子供の心配をする親のように、洸哉がゾラの方に手を置いて疑り深く声を掛けている。
折角の休日なのだから普段できない事をしようと皆で話し合い、それならばと全員一致で王城のすぐ側にある城下町へと繰り出すことになった。だが全員とは言ってもゾラ以外である。
「ハグリルさんが一緒っつーから大丈夫だと思う、思いたい、が…絶対に一人で、勝手に、俺達に何も言わずに姿くらますんじゃねぇぞ!」
「大丈夫だって言ってるでしょ。僕は一度決めたことはちゃんと守るよ。…不可抗力で何事か起きない限り。」
しつこく言い募る洸哉の言葉に、呆れたと溜息をつくゾラ。
王城外に出た事があるゾラは、今のところ外出の必要性がないと獅乃たちと外出する事を拒否した。今日は1日禁書庫にこもるのだと言って。
ここ数日ゾラの行動を妨害していた獅乃たちは、多少の罪悪感もあって無理やり自分達に同行させることは出来ないと諦めた。
鬱憤を溜め込ませ過ぎて彼を怒らせる事を恐れたという理由もあるが、ゾラが本気になれば獅乃たちの側から姿をくらまし、発覚を数日送らせる事まで可能だろうと思い至ったのである。
「…分かってる。ゾラが普段の言動とは違って、根本は生真面目なやつだって分かってるんだが…何故か嫌な予感がするんだよ。」
言葉では口にするが、どうにも納得できていない顔で洸哉は眉間にしわを寄せた。
「…もぅ、そんなに心配ならコレを貸してあげるから。」
「ぃて!………何だよ、仮面?」
洸哉はゾラから顔面に叩きつけられる様に渡されたモノを手に取ると、訝しげに何度か裏返してその正体を知る。
そこにはサウマリア王女と退治した時にゾラの顔を覆っていた、祭りで使う様な笑い面があった。
「そこには僕のありがたぁい
「ジュって何だ!?呪文か!?呪詛か!?何込めやがったんだ!?」
首を横へと振りながら言うゾラの言葉に、洸哉がギョッと驚いて声を荒げる。
「もー。まだ足りないっていうの?だったらコレも持って行っていいからそれで満足しなさい、卑しん坊め!」
「ムガッ!っ、俺がワガママ言ってるみたいに言うのはヤメロ!?」
しかしゾラは取り合う事なく、続けて洸哉の顔面に自身の頭に乗せたままだったスライムを叩きつけた。
顔に張り付くスライムを洸哉が乱暴に剥ぎ取って再び前を向くと、直ぐ傍にいたはずのゾラが離れた所に移動している。
「外に行って何か困ったことが起きたら、ソレを掲げて僕を呼んでみるといいよ。それを合図に問題事はどうにかす…なるだろうからさ。」
「はぁ!?どう言うことだよ!!」
ゾラのいる奥手の場所からハグリルの姿が見えた。遠目に見えるハグリルは興奮冷めやまぬ様子でゾラを急かしている。
「田舎から出てきたばかりのお上りさんみたいな行動は慎むんだよー。」
ハグリルの急かす声に導かれる様に、ゾラは洸哉へと言葉を投げかけて歩いて行ってしまった。おそらく二人はそのまま禁書庫へと向かうのだろう。
「………どういう…意味なんだよ。」
意気揚々とこの場を去る二人の後ろ姿を寂しげな表情で洸哉は見送る。
「あまり深く考えない方がいいんじゃないかなぁ、ゾラくんだしぃ?」
いかにも拗ねてますといった態度をとる洸哉に、獅乃は苦笑して声をかけた。洸哉の口からはゾラが立ち去る前に口にした言葉を気にしている様子だったが、気に掛けているものは違う所にあると言う事を看破していたからこそ口にした言葉だ。
「ぅおーい!洸哉に獅乃、早く行こうぜ!昼メシ外で食うんだろ?いい加減、城を出ねぇと食いっぱぐれるぞー!」
眉間にしわを寄せて黙り込んでしまった洸哉に獅乃が困り果てていると、ゾラが立ち去った方向とは別の方から隼嗣の声が響いてくる。
軽度の早朝訓練をした後、各自外出準備のために一時的に別行動の時間をとっていた。その暇を使ってゾラと顔を合わせていたのだ。
洸哉があまりにもゾラを気にするので獅乃も同行して様子を見ていたのだが、思っていたより時間が経っていたらしい。獅乃たち以外は準備も済み、皆の集まっていた。
隼嗣の急かす様子に獅乃はため息をつく。
「ごめんねぇ、私たちもすぐに準備するからぁ。」
獅乃は未だゾラが立ち去った方向を向いたままでいる洸哉の襟を掴むと、にこやかに集まっている皆の方へと引き摺って歩き出した。
「………へぇ。」
城の外に広がる街の景色は、まるで国外旅行誌に載る一枚絵の様相だった。
白石でできた角ばった形の建物の数々。街の中心にある城が尖った様相なのに遠慮してなのか、皆一様に似た様な四角い形をしていた。
街の中心に王城、その周辺に建物の周囲に少し装飾を施した富裕層、その外周に一般市民層といった街づくりがされている。
人間が住む街であり王城もある首都の此処は、大きめな部類に入るため街の端から端へと徒歩で歩こうとすれば丸一日以上はかかるだろう。あちらこちらを観光しようと思えば、当然それ以上の時間がかかる。
そんな大都市を獅乃たちは馬車ではなく徒歩で練り歩いていた。
「おぉ!やっぱ、コッチの方が賑わってんな!」
辺りの喧騒を耳に、隼嗣の納得気な声。
城を出てすぐの所謂貴族街をお上りさんの様に周囲に視線を飛ばしながら通り過ぎ、今は市民街の方へと出ている。
獅乃たちには、召喚したファスワン王国から謝罪金として一定額の資金を渡されていた。此処までの道中でもその資金で買い物できるだけの店々が建ち並んでいたのだが、今後のことを考えた獅乃たちは贅沢することを避け、市民街の方で買い物をしようと言うことになったのだ。
「珍しい建物は多いいけど、異世界な感じしないね。」
「私は妙な人種ばかりが溢れてなくてホッとしたわ。」
此処までの道のり、王城の中でも外見が同じ人族しか見かけない事に直樹は不満気に、実嶺は安心したため息を漏らす。
肌色が違い、耳手足が長く、妙な感覚器を持つ生物が身近に存在しないと言うことは安心できる材料だろうか。この世界全体がこういった世界構成ならば、人外への対抗手段を考えておく必要はないのかもしれない。
この間、見た目で危険度を図るなとはゾラに注意された。だからこそ今の考える暇がある状態の時に色々と観察と想定をしておかなければならないのだ。
誰に言うでもなく、獅乃は一人思考を巡らせた。
異世界の街並みに落胆したり高揚したりする者。ファンタジー嫌いで顔をしかめる者。何やら思案気な者。
そんな異世界組を視界に納めている中、獅乃はハタと思考を逸らした。
そう言えば、それなりに疑り深い
獅乃は情報と状況証拠でその正体に辿り着いて直接ゾラに問い詰めた形だが、彩峯の場合は違う。獅乃が集めたそれらが外へ出てくる前の状態で行き当たっていた。
日々ゾラの動向を注意深く
少し天然なところはあるが、ちょっとの事では踏み込む事はないだろう彼女はそれほどに確信的な何かを掴んだのだろうか。
そこまで考え至った獅乃は、チラリと当の本人の姿へ視線を向けた。
「………。」
彩峯は先頭を歩く洸哉たちの方を見るでもなく、心配気な瞳で別の方へ視線をやっていた。
「…彩峯ちゃん、ちょっといいかなぁ。」
「…? なに?」
それとなく獅乃は横へと並び立ち、驚かせない様に彩峯へと話しかける。
可愛らしく小首を傾げて返事をする彩峯の姿に、獅乃は頬を緩ませた。
「何と無く聞きそびれてたんだけどぉ、彩峯ちゃんはどうやってゾラくんの正体に辿り着いたのぉ?」
問いかけた瞬間、彩峯は眉間にしわを寄せて口をへの字に曲げる。
視線を彷徨わせて会話を無かった事にしようとする動きを見せるが、途中で考えを変えたのか嫌そうに口を開いた。
「………コッチに来た時。」
「来た時ぃ?」
「………ゾラ………………青白かった。」
複雑そうに小声で話す彩峯に獅乃は困惑を浮かべる。
「召喚された直後なら皆も私も体調不良を訴えてたし、顔色が悪いのもおかしくないんじゃないのぉ?」
「………違う、顔色だけじゃない………全身。」
確認の意味も込めて出した疑問を、彩峯は首を振って否定した。
ならばどういう事か。
獅乃は色々と仮定を頭の中で思い浮かべ、一つ引っかかる言葉があった事に思い至った。ゾラが獅乃と対峙していた時、彼は最後に洸哉たちへの言葉で人外であると口にしてはいなかったか。
「ゾラくんは元々、私達とは肌の色が違う種族ってことぉ?」
頭の中に留めておけずに獅乃の口から漏れた疑問に、彩峯の口は山形に尖った。彩峯も何故ゾラがそのような状態だったか分からず、答える言葉が見つからないのだろう。
一応のところ会話の中では確認はできているのだが、実際にそれらしい決定的な場面を目視できていないので獅乃としてはゾラの正体については半信半疑なところがある。もし仮に彩峯が見たという現場を獅乃が見ることが出来れば、その正体について否が応にも納得せざる負えなくなるだろうか。
「…そんな事より獅乃。最近、深澄先生の様子がおかしい。」
これ以上のゾラについての考察は続けたくないのか、彩峯が話題を転換させる。
話題の中心は先程まで彩峯が視線を向けていた深澄。彼女は周囲へ意識を向けていないのか、怪しい足取りで獅乃たちの側を歩いていた。
これ以上ゾラ本人のいない場所で考察を進めていても仕方がないと、獅乃は話題の転換に乗る事にする。
「最近思い悩んでることは知っていたけどぉ。今日は殊更、重症だねぇ。」
彼女がこういった様子を見せる様になったのは、深澄が教師としてゾラに対話しようと持ち掛けたあの日からである。
表に出さない様に立ち振る舞っているので周囲をよく見ている者でないと気づけないだろうが、今日は隠す気もないのかといった状態だ。ゾラと別行動をとっている事が原因だろうか。
ゾラへと不注意に挑みかかって注意されてからは獅乃も往来の冷静さを取り戻し、周囲の環境や人間観察などを行うように努めている。そして今までは何でもない様に流して来てしまった物事に関しても、考えを巡らせていた。
その中で判明した、自分達はゾラに自分達が思っていたよりも多く助けられていたという事。
ゾラは目立った行動とる事はなく、さりげない言葉で自分達の危うい言動を制していた。これはあの騒動の時にある程度周知されたが、ゾラはそれ以上の事もしていたのである。
皆の言動にのみの口出しでは無く、精神的に不安定になりかねない場合にも行われていた。その行動は深澄に対してのものが多く、彼女が特に不安定になりやすい立場だったという事だ。
新任の教師が見知らぬ場所に生徒と共に突然召喚され、唯一の大人であり教師であるという立場でいなければいけない。相当なプレッシャーがあった事だろう。それは召喚直後の危険顧みない感情露わに荒ぶる行動が証明している。
騒動収まる前の閑居の中、あの状態の深澄が今現在まで傷一つなく生きているという事は、裏でゾラが何事かの手を回していたのだろう。それほどに彼女は危うい状態だった。
騒動の最中は生徒の為と身の危険に繋がる行動が多かったが、事態が収まれば今度は精神的に危うくなる。ゾラが深澄の教師としての立ち位置を奪ってしまったのだ。
知識、経験、生徒の中心と慣れる要素がなくなってしまった彼女は、あの夜ゾラと自分の立ち位置を取り戻そうと行動を起こした。ゾラの持つ知識経験全てを得て、おそらく彼の隠した物事も大人としての立場で暴くというやり方で。
獅乃はなぜ今、深澄がこうまで肩をすぼめているのかを察している。
想像するに、あの夜深澄がゾラに言った事、言われた事は獅乃の考える通りだろう。だからこそ深澄はあの夜以来、教師としての硬い姿を見せていない。
「………華柳さん、少し…私とお話ししていただけますか?」
教師としての立ち位置に悩む深澄に今の自分が何が出来るのかと考えている隙に、当の思い悩む人間が躊躇うように獅乃へと声をかけて来た。
あまりにも張りのない下手に出る声かけに、獅乃は僅かに目を見開いてから向き直る。
「なんですかぁ深澄先生ぇ?」
「少し貴女にお聞きしたいと思いまして…。」
視線を僅かに下へとさげる深澄に、獅乃は訝しげな表情をした。
「…なんで私なんですかぁ?」
「今いる中で、貴女が一番冷静に物事を見れていると思ったからです。」
「…自分では、そう出来ている自信があまり無いですけどぉ。」
苦笑を浮かべる獅乃に、同じく深澄も苦い笑みを浮かべる。
お互い自分達以上に冷静に物事を取り纏めている人物を知るだけに、そこに浮かぶ思いは同じものだ。
小さく頭を振って、深澄は口を開いた。
「…貴女に聞きたいのは、皆さんが教師であり年上の私にどういった姿を求めるのか、という事なんです。」
深澄の言葉に獅乃は隠す事なく驚いてみせる。表面上はすぐさま落ち着いて見せるが、内心の動揺はなかなか治らない。
「ゾラくんは、その答えを、口にしなかったんですか?」
獅乃が改めて観察し直したゾラという人物は、一度行動を決めれば最後まで一人で終わらせてしまう性格だ。深澄が落ち込んだ様子を見せるのも、今彼女が在るべき姿をゾラに突きつけられたが為だと思っていた。
「…知っていたのですね。」
「………何と無く、ですけど。」
自身の臍の下で組んだ手に視線を向けて深澄が言葉をこぼす。
「彼には…今まで私がとっていた行動は間違ったものだと、教育者としてはあってはならない行動だと言われました。自分の思う通りに動くコマを作るようなものなのだと。」
「………そう、ですかぁ。」
目を伏せて言葉を口にする深澄には悪いが、ゾラに言われたという内容は獅乃も思っていた事だ。
向こうの世界にいた時も、無意識のものかもしれないが深澄は生徒である自分達を管理しようとする言動が多かった。
昔の映画でみる軍隊育成のようなものかとも思ったが、思い返せばあれはゲームをしているかの様なやり方だ。彼女は教師というプレイヤーとして、生徒というキャラを一方的に育成しようとする動きを見せていた。
それを獅乃が理解したのはいつだったか。それから獅乃は深澄という人物を尊重すべき教師という目で見る事はなくなっていた。
新任教師であるから、いつか考えを改めるだろうとは静観はしていたが。
「空船くんのおかげで自分の間違いに気づけました。いえ、向こうでも再三注意を受けて直そうとはしていたのですが、改めて思い出せました。そしてこの世界にいる以上、早急に行動を改めなければいけないという事も思い知らされた。」
「………。」
「だからこそ、聞かせてください。私が貴女たちの教師である為に、在るべき姿というのはどういったものですか?どういうものを望みますか?」
深澄は泣きそうな顔で獅乃を見つめる。
いつの間にやら二人の足は止まっていた。
他の面々は気付かず、先へと行ってしまっている。
今この場にいる同郷の人間は、獅乃と深澄だけだった。
彩峯は少し前を歩いている。偶にこちらの様子を心配そうに見ているが、獅乃と深澄が真面目な顔で向かい合っている様子に近づくのを躊躇っている様子だ。
他の面々が離れている今ならば、何時もの間延びした口調をなくしても問題ないだろう。
「私は、教師としての本来あるべき姿が如何であるかはわかりません。」
「………。」
真面目な顔で言い捨てた獅乃の言葉に、深澄は残念そうに顔を伏せる。
おそらく時間を取らせた事を謝罪しようとしたのだろう深澄の言葉に被せる様に、獅乃は続けて言葉を紡ぐ。
「…ですが、今この世界において、貴女に教師としての姿を求めるのであれば。」
「…っ。」
息を飲んで獅乃を見つめる姿を真っ直ぐに捉えて言葉を続けた。
「…私は、常に上にいて皆の行く先を傲慢に決める存在ではなく、共に考えて意見をくれる存在であってほしいです。世界は違えど人生の先輩なのですから、自分達とは違う感覚で別の考えを持っているはずですので。」
「…華柳さん。」
震える唇で獅乃の名を呼ぶ深澄に、真面目な雰囲気を霧散させて柔らかい笑みを意識して浮かべる。
獅乃の浮かべる笑みを見て深澄も表情を崩し、ありがとうと感謝の言葉と共に一礼した。
持論に基づいた答えではあるが、深澄が納得できる内容を返せたのだろうか。獅乃はどういった表情を返していいのか逡巡して、苦笑を浮かべた。
「…獅乃、深澄先生。」
深刻な話が終わった事を察したのか、彩峯が二人の元へと駆けてくる。
「彩峯ちゃん?」
「海莉さん?」
安堵の表情ではなく、迷いの見える表情を浮かべる彩峯の姿に獅乃と深澄は疑問符を浮かべた。
そう時間をおかずに二人の元まで走りよった彩峯は、数瞬だけ動きを止めて迷いながら口を開く。
「…洸哉たちが、絡まれてる。」
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