1-32 先達と後進
――◆ side:真藤深澄 ◆――
「空船くん、就寝前に少しだけ先生とお話しましょうか。」
本日1日の予定も全てこなして夕食も風呂も済ませた異世界組は、後はもう部屋に戻って寝るだけだと皆で固まって移動していた。
その最中に最後尾を歩いていたゾラを深澄は呼び止めた。
「何かな深澄先生?………はっ!教師ともあろう人が一生徒に手を出そうと!?ダメだよそんなの、異世界にいても向こうのルールはちゃんと守らないと!」
「何を馬鹿な事を言っているんですか!そんな事をする訳ないでしょう!?」
両腕で自身の体を抱きしめて後ずさるゾラに、深澄は怒鳴り返す。ゾラを呼び止めた時に浮かべていた、大人としての威厳がこもった笑みも今の一瞬で跡形もなく吹き飛んでしまっている。
「ゾラ…っ?」
これから深澄がゾラを問いただそうとしている事を察しているのか、彩峯が口を挟むように前へ出た。しかしその動きは近くにいた獅乃が止めてしまう。
何故止めるのかと彩峯が獅乃へと顔を向けると、獅乃は無言で彩峯の腕を引いた。そのまま互いの視線で何かを交わし合うと、二人は黙って身を引く。
交わしていた視線は前へと向けられ、ゾラと深澄を見ては何事かを考えているようだった。
横目で彩峯と獅乃の動きを確認しながら、深澄は額に手を当てて溜息を漏らす。
「おふざけは要りません。私は貴方ときちんとお話しなければいけません。分かりますね?」
「………。」
しっかりと相手の目を捉えて深澄が言葉を掛けると、ゾラは軽薄な笑みを消して神妙に頷いた。
深澄はゾラへと頷き返し、ゾラを伴って来た道を戻る。
ゾラは他の面々に視線を投じていたが、それはどう言った意味合いのものなのだろうか。
ゾラの真意は未だに読み辛いが、獅乃と彩峯が交す視線の意味はこの後の先達者から後進者に対するの話への不安であると深澄は解釈した。
「…さて、この場所ならば大丈夫でしょう。」
一言口にして、深澄は背後へと振り返る。
そこには大人しく深澄の後に続いていたゾラの姿。彼は眉間に皺を寄せて無言で立っていた。
移動して来た場所はいつも使っている訓練場、その中央である。この場所であれば他の誰かに立ち聞きされても直ぐに気がつく事ができるだろう。
「………。」
移動中も今もゾラは難しい顔で無言を貫いている。
いつも飄々とした態度でいる彼が放つ珍しい雰囲気に、何故か深澄の体は緊張で強張った。
「コホン。貴方だけをここにお連れしたのは、私が貴方に尋ねなければいけない事があるからです。…空船くん、貴方は皆に隠し事をしていますね?」
「…何の事?」
少しの沈黙の後、ゾラは深澄へと視線を向けて言葉を発する。
先程は仕方がないと引いたように見せていたが、深澄は彼の隠し事をそのままにはして置けないと思い行動した。どれだけ皆に隠そうとしても、放置しては置けなかった。
深澄は意識して鋭い視線をゾラへと向けて、言葉をぶつける。
「隠しても無駄です。貴方は最後の座学の時間、ハグリルさんとの接点について明らかに言葉を濁したでしょう?その事を聞いているのですよ。」
「何故それを貴方に話さなければいけないのかな?」
「…貴方が私の生徒であり、私が貴方の教師だからです。」
「教師だからと言って、生徒が隠そうとする物事を何もかも暴くの?」
「教師は生徒の事を全て把握しておかなければいけません。生徒の間違った判断を正してあげなければならないのですから。」
「…ここは異世界、向こうの関係性なんて合ってない様なものだよ。」
「どの様な場所であろうとも!…いえ、異世界であるからこそ教師である私が生徒の物事を判断してあげなければならないのです!」
教師と生徒の会話。
僅か数年とはいえ社会に出た
しかしゾラとの会話は深澄の体を強張らせる何かを漂わせていた。
深澄は知らぬうちに流れる冷や汗を意識の外へとやって、ゾラを見据える。
そう間をおかずにゾラは溜息をこぼした。
「…貴方はなぜ相手が隠し事をしたのかを、きちんと考えるべきだ。例え相手が年下であろうとも、思い遣りと誠実さを相手に見せないと信用は得られない。ましてや、我を押し付ける教育者なんてもってのほかだ。」
「っ!!」
呆れたとばかりに首を横に降るゾラに、深澄は眉尻を釣り上げる。
直ぐ様言い返してやろうかと口を開いたが、その言葉がゾラへと向けられることはなかった。相手の空気がそうはさせなかったのだ。
まるでゾラが自身よりも人生経験遥かに上であるかの様な、いくつも修羅を潜り抜けた猛者の様な、そんな風格を発して深澄の姿を見据えていた。
「いいかい?若者を育成する時に一番してはいけない事は、我を押し付ける事だ。持論を押し付けて、暴力を振るう。命令を押し付けて、自己意志を奪う。行動を調べ上げ、動きを管理する。どれも相手にストレスを与える行為であり、若者の自我をなくす最もやってはいけない行いだ。」
「私はそんな事をしようだなんて思っていません!人生経験少ない子供達の代わりに、教師であり大人である私が判断してあげるべきだと考えているだけです!」
「それが我を押し付けているという事なんだよ。軍隊を作り上げるのであればそれでいいかもしれない。アレは自分の意志通りに動く駒を造る、そういう育成方法だからね。でも今君がしなければいけない事は、そうではないだろう?」
「………貴方に、何が分かるというのですか。」
苦虫を噛み潰したような顔で深澄が声を発した。
そこには
「…僕は貴方が
「っ!」
自身の無意識の行動を言葉で指摘され、深澄は息を詰める。
そんな深澄の反応に構わずゾラは話を続けた。
「僕の隠し事を暴こうと、他の皆から引き離してこの場所に連れてきた行動は評価しよう。隠し事の内容が他の子の耳に入れてはいけないものだと判断できた。周囲の環境が改善した事でそれくらいの思考は戻って来たのだという事で、今回は特別に僕が折れてあげるよ。」
「………。」
唇を噛み締めて、深澄はゾラの目をじっと見つめる。
深澄の目には目の前にいる少年が、すでに生徒としては見えていなかった。
目の前にいる存在は深澄と同じ立場を経験した、何かであると感じたのだ。
「ハグリルさんと意識共有したのは、僕が君達と別行動をとったあの日だ。ダンジョンから帰った後、何事かを企むサウマリアに呼び出された。突っぱねるのも面倒だと思い、誘いに乗って彼女と共に城場外にある研究施設へと向かった。監視と護衛役にガバリルアスと、研究要員の追加と僕への楔としてのハグリルさんと一緒にね。」
「………研究施設、ですか?」
「王城の管理を秘密裏に掌握した貴族たちが建て、管理していた施設だ。人体改造による強力で従順な駒の作成を主としている。貧弱なステータスではあるが異世界から召喚された僕と、各地から集めた多くの知識をもつハグリルさんを使えば此れ迄よりも良いモノが出来るとでも思ったんだろう。」
「なっ!?」
驚愕に目を見開く深澄を無視してゾラは話を続ける。
「その存在理由の通り、施設内にはとても表には出せない夥しくも悍しい
「………………。」
淡々とその内容を話すゾラに深澄は言葉もなく固まった。なぜこの様な吐き気を催す話をなんでもない様に話せるのか、それらを目の当たりにしていたはずの少年が如何してそう在れるのかと。
もはや深澄の中でゾラという存在が、自分が管理してやらねばならぬ
「まぁそんなモノが溢れかえる場所に詰め込まれた僕とハグリルさんは互いの目的が一致したこともあって、共に頭の狂った研究者たちをあの場で片付けた。中の掃除も一緒にね。………これが僕とハグリルの間に交友ができた経緯、そして隠した内容だ。なぜ隠したかは理解できたかい?」
「………こんな事……あの子達の前では話せない、話してはいけません。」
尋ねられた言葉に深澄はなんとか声を発して答える。
僅かに首を横に振った衝撃で、目の端に溜まった水が流れ落ちた。
「さて、僕は貴方に隠し事を開示してあげたわけなんだけど。代わりに貴方にも問いかけようか。」
「…何を、ですか?」
「貴方は貴方が思い描いていた教師として、目の前の生徒が見て行動したことに関して、どう判断する?」
「…っ!?」
まるで頭を殴られたかの様な衝撃。
元いた世界とは違う環境で起こる出来事。それをたかだか年齢が少し離れているだけの同じ異世界から来た人間が判断できるはずがなかった。
深澄が思ってしまった事をまるで読み取ったかの様にゾラは言葉を続ける。
「貴方が思い描いていた教師と生徒が精々通用するのは向こうの世界だけ、
「………。」
その事も向こうの先輩教師に口酸っぱく言われていた。新任だから肩肘貼るのは仕方がないがと、再三にわたって注意されていたのだ。
向こうにいた頃は直そうと頑張っていたのだが、此方に召喚されてからは頭から抜け落ちていた。
「今君がどういう立場で、どう言った行動を取るべきなのか。もう一度ちゃんと考えてみるといい。考える期間はあるからね。僕がここから離れる時まで…は少しの短すぎるから、拾い物をして戻って来るまでの課題にすればいいよ。考えが纏まる迄は僕がフォローしてあげるから。」
肩を落とす深澄に、ゾラは何時もの雰囲気で安心させる様にいうと踵を返して立ち去っていった。
「………。」
深澄は暫し、その場でゾラの後ろ姿を見つめる。
衝撃を受けた。
この世界は元の世界ほど優しい姿をしていないと。
思い出した。
自分の思い描いていた教師像は間違ったものであった事を。
ゾラに出された課題を、これから深澄は真剣に見つめ合わねばいけない。
だが、今は突きつけられた自分の間違いを受け入れて反省しなければいけないだろう。
だから他の事を考えている暇があれば、そちらを優先すべきだ。
せっかく彼が自分に間違いを突きつけてくれたのだから。
だけれど、その前に呟かずにはいられなかった。
「………空船くん、そちらは書庫の方角ですよ。」
ゾラは立ちすくむ深澄を置いて、洸哉たちのいる部屋に戻るのではなく、真逆の方向である禁書庫のある方へと歩き去っていった。
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