1-31 やり直しの日常(夜半)

 ――◆ side:鳴宮隼嗣 ◆――



「それでは改めまして、本日最後の座学を始めたいと思います。ゾラ様と監修の元、今回の座学内容は『法魔術』についてです。」


 席に着く皆の前でハグリルは、今日までのオドオドした様子もなく声高々に口を開いた。

 先ほどまで夢中で読んでいた書物と書類はすでにゾラへと返却され、ハグリルの手には別の書物が置かれている。座学を教えるのために用意したものなのだろう。


「おっ?ようやく本物の魔法についての授業って訳か!」


 合いの手の様に口を挟んだ隼嗣の言葉にハグリルは苦笑を浮かべる。


「…今まで皆様に教えていた知識も嘘のモノではなく、昔の人が持っていた知識なのですけどね。」

「でも古い知識を先に耳に入れておいたから、基礎となる部分は大まかに理解出来ていると思うよ?新旧の知識を織り交ぜてやり直してあげれば、今からの講義も理解も早いんじゃ無いかな。」


 ゾラの言葉にハグリルがナルホドと納得した顔をすると、咳払いをして仕切り直した。


「ではまず始めに、今口にした単語から。皆様には魔術と法術というのは全く別物であると説明していましたが、それは過去の考え方。今は二つを併せ持った『法魔術』と呼ばれ、力の源が同じものであるとされています。」

「今までの説明だと両者は両極端の力の在り方。攻守みたいに両極端の力関係だから、どちらか片方もしくはどちらも使えないって事だったわよね。」


 熱心に講義を聞きいる実嶺が思い出しながら口にする。

 ファンタジー物が苦手ではあるがステータスプレートにある自身の職業が魔術師である所為か、至って真面目に話を聞き入っているようだ。


「昔は魔術師や法術師などの職業を持つ者のみが、それらの力を使うことが出来ました。その時の時代は力を使える選ばれし者とそうで無い者、上と下に分けられ虐げられる者が多かったと聞きます。」

「…選民思想。そんな時代もあったんだねぇ。」


 表情を渋いものへ変えて獅乃が苦言を口にした。

 講義の内容を口にするハグリルの表情も同じ様なものが浮かんでいる。


「しかしある時、フラリと現れた一人の旅人が両極端であったはずの魔術と法術の力を軽々と使いこなしたのです。凝り固まった思想を持っていた当時の人達はたいそう驚いたそうです。」

「今までの常識を簡単に覆されれば、そうなるでしょうね。」

「現れた旅人は山奥に住む、他所とはあまり交流のない村の出の者でした。だから彼は知らなかったそうです、何故こんな簡単なことを限れた人間しかやらないのか、と。彼のいた村ではどの様な職業を持っていようが、一定値以上のステータスさえ持って入れば使っていた力なのだから当然の疑問でしょう。」

「…閉鎖的な村であったが為の弊害、か。情報の広がりにくい場所ならそういう事が結構ありそうだな。」


 当時の状況を想像して、深澄と洸哉が悩ましげな表情を浮かべた。


「それからは虐げられていた者達の反逆、内乱………いえ、この辺の話は端折りましょう。ともかく新たな魔術法術についての情報が各地から集められ、正しい力の在り方についてを再確認と検証がされ直しました。」

「そうして現代では殆どの人間が使える力として存在して、『法魔術』と名を変えて身近なものへと変化したんだよ。未だに過去の名残として、魔術や法術といった呼び方をする人もいるけどね。」


 ハグリルの言葉を引き継ぐ形でゾラが話を締める。

 突然口を挟んだのは、ハグリルがその検証内容を口にする雰囲気を察したからだろうか。


「その話で言うと…もしかして俺達も魔法、法魔術が使えるのか!?」

「えっ?ホント!?僕、魔法使えるの!?」


 笑みを浮かべて隼嗣が勢いよく言葉を発し、直樹が続く様に喜色満面な笑みを浮かべて立ち上がった。

 興奮冷めやまぬといった動きで喜びを表現する二人に、ハグリルは困った顔でゾラの表情を盗み見ながら口にする。


「皆様のステータス値で言うならば、当然使える事でしょう。…しかしゾラ様という例もありますので、確実に使えるとは言えないところですね。」


 その言葉で隼嗣等直樹はハッとした表情をしてゾラの顔を目で見て伺う。

 皆の視線集まるゾラは大して何か思う様子もなく、首を傾げて口を開いた。


「んと、僕は例外中の例外と捉えてもらって構わないよ。僕みたいなのは極めて稀だからね。」


 アハハと笑っていうゾラの言葉に、訳知り顔で獅乃は首を何度か縦に振る。

 その隣に座る彩峯はいつからか顔を強張らせたままだ。


「…むしろゾラくんの方が正常な状態で、この世界に適応してしまっている私達の方が例外、とかじゃない?」

「…たらればの話をしても仕方ないし、今の状態を受け入れるしかないんじゃないか?」


 何とも言い難い顔をして実嶺と洸哉が顔を合わせる。

 仮定の話を続けていても状況は変わるわけでは無いので、議論をしても無駄な事だ。


「…話を戻しましょう。『法魔術』とは世界から、正しくは世界を構成する神々から現実へと影響を与える力を借り受けて行使される力です。人神、魔神、獣神、邪神、色々な神がいる中でそれぞれから力を借り受ける事で現象を起こす事ができるとされています。ステータス値で『法魔術』の行使に影響を与えるのは『魔法』『知力』『精神力』ですね。」

「知力が関係してくるんですか?アレはその人の頭の良さを表した数値だと思っていたのですが。」


 深澄の疑問にハグリルが首を振る。


「知力の数値に頭の良さは関係ありません。仮に関係しているのであれば、ゾラ様本人と彼の持つ知力のステータス値が一致していないではありませんか。」


 元いた世界での行動と今回暗躍して情報を得たり問題解決に走り回った事を考えると、ゾラの頭の良さは異世界組で上位レベルのものだ。普段の言動がアレなので、そんな印象がすぐに掻き消えてしまうが。


「ん?皆のその表情はどう言った気持ちを表したものなのかな?」

「………。」


 眉をハの字にして互いの顔を見やる皆の姿に、ゾラは頬を膨らませた。

 ハグリルはゾラと他の面々のやり取りに頬を緩める。


「法魔術を行使する時に、『知力』は行使速度に、『魔法』はその威力に関係してきます。『精神力』はどれだけ法魔術を使えるかですね。法魔術の影響規模を絞り込んで行使すれば、精神力がある分だけ多くの数を行使することも可能です。逆に規模を大きくすれば行使する数も減ります。」

「今までは『精神力』に依存するとしか聞いてなかったから意外ね。でも、その割に私の法魔術は威力が妙に低かったけど?」


 首を傾げて言う実嶺の言葉に皆は同意するように頷いた。

 これまで実嶺は普段の戦闘訓練とダンジョンでの戦闘訓練の時に、皆の前で法魔術を何度も使って見せている。その威力は膨大なステータス値を誇ると言われているにしては、確かにショボいとしか言えない代物だった。


「それは私が皆様にお教えした法魔術は下位のものであり、その行使する方法も昔のものであるからです。旧式の方法であるが為に、非常に面倒な手順を負うものでしたでしょう?」

「………それは…まぁ、そうね。」


 そうハグリルに言われてしまうと実嶺は反論できない。


「法魔術には三段階の階位があり、其々で行使するために使う言葉が違います。下位から『祈る』、『願う』、『請う』があり、それらを呪文先頭に付けて唱えることで行使できる最大威力が変化します。」

「行使者本人のステータス値や職業によっても威力の上限下限が変わる他、言葉によっての威力調節が出来る。他にも熟練者は三段階の階位の中で、更に調節が出来る人もいるんだよ。この調節については言葉じりを変えるんじゃなく、感覚による調整によるものだね。」


「自分が法魔術のどの階位まで使えるかは、どうやって分かるのぉ?」

「実際に唱えてみた時の発動の有無、発動した時の疲労度などを使えるかの目安にされています。」

「この辺は感覚的な話になるから、僕には分からない情報なんだよね。」


 ハグリルの話に追記するようにゾラが言葉を続けるが、獅乃の疑問に答える事ができない。この世界特有の法魔術が使えないゾラには、知識は集められるが感覚的に語られる物事に対して何も言えることはないのだろう。


「あり?職業とか関係なく法魔術は使えるんだよな?それでも職業は威力に関係してくんのか?」

「威力はもとより、法魔術の使い方にも職業は関係してきます。本職とされる『魔術師』などは中遠距離の攻撃系統のもの、『法術師』は近距離の補助系統のものに特化しています。他の職業でも近距離の攻撃系統など、その行使方法は様々ですね。」

「個々人の持つ職業というものは、その人に対する何かしらの補助的な役割を持っているんだ。法魔術に限定していうと、その人がイメージしやすい使い勝手の良いものを効率よく使う為に付けられるものだね。」


 ほえぇという気の抜けた声を出して納得する様子を見せる隼嗣とは別に、直樹が不満げな声をあげる。


「それじゃあドーンとバーンと攻撃魔法使ったり、ポワーンと周囲全員の怪我を直せたりしないのー?僕の『弓師』ってどう見ても法魔術を使うイメージないんだけど。」

「ステータス値と違って職業というものは後天的に得るものであり、その人の行動と覚悟によって変更する事ができます。昔は与えられるままその職業を全うする受動的に生き方が多かったのですが、与えられたものとは別の職業を求めて行動を起こした者によって職業を変更させる事が可能である事が確認されました。それでも職業変更は相当な覚悟が必要な行動ですが。」

「え!?じゃあ僕の職業も変える事ができるの!?」

「それは…。」


 目を輝かせる直樹にハグリルは苦笑を浮かべて、ゾラへと伺うように視線を向ける。

 ハグリルの語る知識はこの世界に生きる現地人由来のものが大半なので、それが異世界人である直樹にたちにも適用されるのかを尋ねたいのだろう。

 すぐさま返事を返さずに視線を投げたのは正解だったのか、ゾラは眉をハの字にして苦笑を浮かべた。


「…申し訳ないけど、異世界から来た僕達は職業を変更することは出来ないんだ。」

「えー、なんでぇー。」

「僕達に与えられたステータスはこの世界の法則とは違ったモノなんだよ。別な法則世界の中で生きて来た僕達のために、其々が不得意な分野を補うように職業が振り分けられている。不得意なものを補う為だから、勝手な変更が起きないように固定されているんだよ。そして合わせるように、この世界に滞在する間は何の不自由もないようにと現地人よりも有り得ないくらいに高いステータス数値が設定されている。」

「うぇ!?俺たちのステータスって、そういう理由で高かったのか!?」


 漫画やラノベをよく読む隼嗣は、完全に異世界人補正で超人的なステータスを得たのだと思っていただけに驚きの声をあげる。


「設定してくれた神様はこの世界に体が適応できない可能性を考慮してそうしてくれたんだけど、蓋を開ければ適応できちゃってレベルもガンガン上がっちゃったものだから…今頃冷や汗かいていることだろうね。」


 そういうとゾラは神様に申し訳ないと、顔で肩を諌めた。

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