1-29 やり直しの日常(昼すぎ)
「…ゾ……ゾラ………いい、加減に…」
荒い息を吐く洸哉が、膝に手をついて中腰姿勢のまま言葉を発した。
その正面に少し距離を開けて立つゾラは、息も切らす事なく涼しい顔をして不敵な笑みを浮かべている。
「フフフ。僕のこの必殺技を受けても、まだそんな口を聞けるのかな?」
「…な、にを?」
「行け!モンスター球!!」
「………ばっ!?それはっ!!」
ゾラは洸哉との攻防戦の間も頭の上に鎮座していたスライムを手に取ると、勢いよく洸哉へと投げつけた。
球体状に纏まった形をとるスライムは洸哉の顔面へと向かうと、乾いた音を立てて上下に開く、事はなかった。
――ビチャンッ!!!
「~~~~~~~~~っ!!!????」
豪速球でぶつけられたスライムは水音をさせて弾けると、洸哉の顔面へと取り付いて纏わりつく。
纏わり付かれた洸哉は満足に声を上げることも出来ず、必死に顔面にへばり付くスライムを引き剥がすことしか出来なかった。
しかし水気のあるゲル状のスライムを掴むことができず、洸哉の体から次第に力が抜け落ちていく。
そして、洸哉の体が地へと崩れ落ちた。
満足気な表情でその光景を眺めたゾラは、スライムに戻るように命令を下す。
「ゾラ先輩ー!僕も混ぜてー!!」
声に反応してゾラが振り返ると。同時に矢が数本射てから追いかけるように短剣を片手にした直樹が勢いよく飛び込んで来た。
「おや、元気いいねぇ直樹くん。」
ゾラは慌てず眼前に迫っていた矢を手で叩き落として、手を突き出した形で飛び出す直樹の腕を取る。そのままクルリと回転させるように捻ると直樹の体が宙に舞った。
「わっ!?………やられちゃったぁ。」
「残念だったね。」
痛くないようにゆっくりとゾラの手で地へと降ろされた直樹は、さほど落ち込んだ様子もなく明るく言葉を発する。
続けて何事かを発しようとする前に、他方面から大声が発せられた。
「直樹!何をしてるの、危ないでしょ!こういう事は遊びで済まないのよ!?」
――◆ side:チャーリー=グレー ◆――
離れた所で彼らの様子を眺めるガバリルアスとチャーリー。
やはりゾラがあの中で最弱であるという話は冗談なのではないのかとチャーリーは視線を横へと向けるが、向けた視線の先にいるガバリルアスは愕然とした顔で固まっていた。
性格的にもガバリルアスは余り冗談を口にしないので、今し方の言葉を疑う理由は無い。だが、無条件に信じるのもどうかとチャーリーは和気藹々と集まる彼らへと声をかけることにした。
「皆さん、少し良いですか。今後の訓練内容を考えるために、皆さんのステータスプレートを見せていただきたいのですが。」
皆が会話や訓練をする手を止めてチャーリーへと振り返ると、言われた内容に納得して常に身につけているステータスプレートを取り出して見せた。
先程からゾラに倒された洸哉もヨロヨロと立ち上がって、皆へと続く。
一人難色を示したのはゾラだ。
歩み寄る様子も見せず頬をかく姿に、獅乃は疑問を投げた。
「ゾラくん?どうかしたのぉ?」
ゾラは困惑に顔を歪めて、珍しく歯切れの悪い言葉を発する。
「えぇっと…僕ってば、この前の事で少しレベルが下がってるんだよね。あんまり見られたくないって言うか、ね?」
笑って言葉を濁すゾラに、深澄は目を剥いて声をあげた。
「なっ!?貴方やっぱり一人で無茶をしていたんじゃ無いですか!!」
「そんなに怒鳴らないでよ。何事もリスクなしにリターンは望めないんだよ?必要経費ってやつだよね。」
仕方がない事だからと笑みを浮かべて言うが、後ろめたさは感じているのかジリジリと足を後ろへと下げていっている。
その態度に苛立ちを覚え、深澄がゾラを追うように前へ出る。
洸哉たちも無言で顔を見合わせると、静かに移動を始めた。
「何を馬鹿な事を言ってしているんですか!隠してないで貴方のステータスプレートを見せなさい!!」
「イヤン。力尽くでも僕の全部を知ろうだなんて、深澄先生ってば大胆だなぁ。」
ワザとらしく体をくねらせて、ゾラは深澄の言葉を拒否する。 その態度がさらに深澄を苛立たせた。
「巫山戯てないで!み、せ、な、さ、いっ!」
「やだってば、ぁ?」
深澄が追い詰め、ゾラが下がるを何度か繰り返し、密かにゾラの周囲を洸哉たちが取り囲んだ瞬間ゾラの体が疑問の声と同時に僅かに膝を折る。
その隙を逃す事なく、洸夜たちはゾラの体を取り押さえた。
「ゾラくぅん、大人しくしててねぇ?」
「…嘘ヤダ、みんなして僕が嫌がる事をしようっていうの?集団リンチ反対!」
「人聞きの悪い事を言うんじゃ無い!深澄先生、今のうちに早く!」
「やぁん、人の体を弄るなんてぇ。深澄先生ってば、へ、ん、た、い。……っ!」
「気持ちの悪いことを言わないで下さい!」
全員でゾラの体を拘束し、深澄がゾラの衣服を弄ってステータスプレートを探す。
「いったい何処に…?………ぁ、ありました!」
先程までは人を苛立たせる言動をとって抵抗を見せていたゾラが、宙で指をクルリと回す何時もの行動をとって大人しくしていた為、そう困る事なく目的の物を探し出すことが出来た。
「僕をこんなに乱れさせるなんて………皆で初めての共同作業がこれって、ちょっと外聞的にどうなのかな?」
「私にはゾラ殿の言動の方が問題あるように思えるのですが…」
皆とは少し離れた位置で乱れた衣服を整えながら首をかしげるゾラに、一連の流れを傍観していたチャーリーが苦言を口にする。
口をへの字に曲げてそっぽ向くゾラにチャーリーは苦笑を浮かべると、取り上げたステータスプレートを手に集まる洸夜たちの方へと足を向けた。
そのまま、せっかく奪ったステータスプレートをゾラに取り戻されないように円陣を組む洸夜たちの手元を上から覗き込む。
「…………レベル、1?」
漏らした言葉は誰が口にしたものか。そんな事を考えることもなく、場に沈黙が広がった。
「…空船くん……私達とダンジョンから帰ってきた時、レベル5はあったはずですよね?」
「んー。」
「…私達と別行動していた期間がある。その間に一つ二つ上がっていてもおかしくは無い。」
「んー?」
「ゾラの説明じゃあ、弱っている時にレベルの元になるもんが漏れ出るんだよな?」
「この前の騒動…私達が上階の召喚の間に着いた時、何処ぞの王女様が倒れていたわね。」
「んぅー。」
「ゾラくんが疲れた様子を全く見せないから分からないんだけどぉ、下がる理由を探すとそこぐらいしか無いよねぇ。」
「んんー。」
「ねぇゾラ先輩。なんで生命力や精神力が減ってるの?さっき魔法も使ってなかったし、怪我もしてなかったよね?」
「直樹くん、人にはたまに突拍子も無い行動を取りたくなることもあるんだよ。あ、なんか生命力や精神力の数値を減らしたいな。そんな気分になって思わず体力削ちゃったりして、ね?」
「んなわけあるか!?直樹にだけ変な答えを返してんじゃねぇよ!!」
「いたいっ!突然の暴力に僕泣きそう!」
「当然のように防いでおいて泣きそうも何もあるか!」
頬を膨らませて洸哉に叩かれた頭をゾラはさする。
恨めがましい目を向けるゾラに洸哉が更に言い募ろうとする前に、別方向からゾラの肩は掴みあげられた。
「空船くん?そういえばあの時の事を聞くの忘れていましたね。貴方はあの時、私達が辿り着く前に、サウマリア王女のいる召喚の間で、何をしていたのですか?」
ゾラの肩を掴んだまま、深澄は笑顔を浮かべて顔を寄せる。穏やかに笑うその姿とは裏腹に、掴んだ肩は深澄の指で僅かに形が歪んでいるようにも見えた。
痛みに悲鳴をあげることも無く、ゾラは深澄へと笑みを返して口を開く。
「やだなぁ、僕は皆の後ろについてあの部屋に入ったんだよ?何かしていたとか、意味の分からない質問しないでよ。」
「何もしていないのであれば、弱って倒れているサウマリア王女があんなに憎しみ滾った顔で貴方に魔法を放つわけないでしょう?」
「本当の事なのにー。」
「仮に本当のことでも、貴方のことだから入り直しただけなのではないですか?」
ゾラと深澄は笑顔で睨み合う。
少しの間を置いて、ゾラは肩を掴まれたそのままの状態で胸を張った。
「互いの持つ力全てを賭けてチキンレースをしたけど、それが何か!?」
「~~っ、貴方という人は!何を胸張って言い張っているんですか!!」
相変わらずのふざけた態度に、深澄は溢れ出る衝動を抑えることも出来ずに手に持つゾラの肩を前後へと揺りうごかす。
「大丈夫だよ!近年の情勢では情操教育の観点に気遣って、体力ゼロになっても死亡ではなく戦闘不能状態に陥るだけという表現をとってるから!」
「それの何処に安心を覚えろというのです!?」
「互いが持つ法魔力を賭け金に、魔法陣を使ってのチキンレース。どちらが最後まで立っていられるのか、ハラハラドキドキ手に汗握る熱き戦い。…手に武器をとって殺し合うよりよっぽど平和的、スポーツ魂溢れる健全な戦いじゃない?血は一滴も流れないよ?」
「そういう話ではありませんよ!?」
かなりの勢いで揺さぶられているのだが、ゾラは笑みを消すこと無く本人は説得であろう言葉を口にした。
深澄の感情荒ぶる姿に、逆に冷静さを取り戻した洸哉は深い深いため息を吐く。
「どんだけ無鉄砲な行動取ってんだよ、お前は………。」
「ゾラくんに関してはあんまり肩肘張らず、気楽に構えていた方が楽だよぉ?」
「…多分これからもっと苦労する。」
両側に立った獅乃と彩峯の言葉に洸哉は言い知れぬ不安を掻き立てられて肩を落とした。
ゾラはそのうち用事を済ます為に城を出る。その時着いて行く行かない何方にせよ、また何かしらの気苦労を負うことになるだろう。
静かに肩に置かれた手に同情の気配を感じて、洸哉の口からまた溜息が漏れた。
肩をポンポンと軽く叩かれる。
渡されたステータスプレートに浮かぶ数字を見たまま固まっていたチャーリーは、その僅かな振動でようやく顔を上げた。
「…やはりステータスに変わりはないか。」
「………団長、これはどういう事なんですか?」
「どういう事も、ありのまま。奴に何の偽りもない。」
「…偽装もされていない、と?」
ガバリルアスは苦い表情を浮かべて肯定する。
表情を硬ばらせるチャーリーに、ガバリルアスは続けて言葉を口にした。
「奴はそれより少しレベルを上げただけの状態で、王国上位のステータスを誇る王族の一人であるサウマリア王女と勝負をして圧勝した。」
「………圧勝ですか?」
ステータスの低さを知らない状態で今の話を耳にしていたら当然のことだと言えたが、知ってしまった今となればどうしても疑問が浮かんでしまう。
困惑するチャーリーの気持ちを察しつつ、ガバリルアスは首を縦に振った。
「勝負内容は奥の間にある魔法陣を用いた、我慢比べ。互いの生命力を魔法陣に喰わせあって、最後まで立っていた方が勝ちというモノだ。」
「…このステータスでサウマリア王女に勝てるわけがない。」
「しかし現実、奴は勝った。だからこそ今こうしていられる。…信じられない話だが奴はその勝負、顔面蒼白で倒れるサウマリア王女の前で顔色ひとつ変えること無く当然と立っていたらしい。」
「…………………。」
「サウマリア王女の超常的に高い生命力と、奴の持つ全生命力。レベルを初期にまで落としてしまう程搾り取ったところで、その絶対的な差は埋められる事はないのだがな。」
――もはや奴を、我々と同じ人族と同様の存在と考えるのはやめた方がいいかも知れん。
ガバリルアスのこぼしたその言葉に、チャーリーは乾いた笑い声をあげることしか出来なかった。
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