1-28 やり直しの日常(昼)

 曲剣が右へ、左へと振られる。

 動きを邪魔する様に短剣が舞う。


 苛立った動きで人影が追いかける。

 捕まえようとする手を人影が躱し、逃げる。


 駆けて、振り払い、睨み付け、追撃する。

 横跳びして、しゃがみ、背け、避け続ける。


 そして人影が耐えかねた様に声を発した。


「ゾラお前!いい加減に真面目にしろ!!」

「やーだよー。」


 ゾラと洸哉は遠慮のない動作で、戯れ合う様に刃引きされた武器を振るい合う。





 ――◆ side:ガバリルアス=ダント ◆――



「彼らは対人戦の訓練をしているのか?」


 訓練場に入ってすぐの出入り口から中を覗き込んだガバリルアスは、ゾラ達の訓練風景を見て疑問を口にした。その光景は訓練をしている真面目な空気はなく、どこか遊びが入っている様に見える。

 ガバリルアスに近い位置でゾラ達の訓練風景を見ていたチャーリーが、声に反応して振り向いた。


「今は個人別の訓練中です騎士団長殿。」

「…個人別で対人戦、か?」

「いえ、ゾラ殿が個々人に合わせて用意した訓練を全て終えて休憩していた所に、洸哉殿が絡んでいる所です騎士団長殿。」

「…絡んでいて、ああなるのか?」


 ゾラ達が召喚されて此の方、ガバリルアスは彼らの戦闘訓練の様子を目にする事がなかった。彼らが戦闘している様子を見るのも、ダンジョンに同行した時の一回だけだ。

 しかしダンジョンで戦闘訓練を行ったとはいえ、対人で仲間である人間に刃引きの武器をあそこまで遠慮なく振るえるものなのだろうか。そんな疑問が頭に浮かび、首を傾げてしまう。


「そんな事より騎士団長殿、愛しのサウマリア王女様のお近くにいなくても宜しいのですか?」

「…お前、いい加減その態度をやめないか。」

「いやですよ、騎士団長殿(笑)。私は前からこういった態度だったじゃないですか(笑)。」

「…含み笑いで何を言っているんだ。」


 自分の補佐である副騎士団長がふざけた態度をとる事に、注意することは出来ても怒鳴りつけることは出来ない。この男がガバリルアスをからかう口調で居る理由は、自分がサウマリア王女の洗脳に落ちてしまった事が理由なのだから。

 溜息をついて肩を落とすガバリルアスを見て、チャーリーは含み笑いを消し去るといつもの様な態度に崩した。


「普段お固く自分を律してるくせに、変に周囲の目を気にするから付け込まれることになるんですよ。偶には女遊びもしないと。」

「しかしだな…ラウルに知られるとな…」

「そんな事ばかり気にしているから、妹さんに『孤高かつ聖人的な神聖騎士団長』とか妙な妄想押し付けられるんですよ。」

「………ラウルのあの言動を、お前も知っていたのか。」

「知らないのは団長とアイリア様ぐらいですよ。」

「………………。」


 妹ラウルが狂信的な瞳で自分を語るあの姿。ガバリルアスは先日のあの時まで全くもって知らなかった姿なのだが、行動を共にすることの多い副騎士団長もその姿は既知のものだった様だ。

 ここ数日幾度となく悩ませられる事になった頭痛の種に、思わず額に手をやって深い溜息をつく。腹の底から空気を出し切る気で吐いた溜息は、何の悩みの解決にもならない。


「それより何か用があって来たんじゃないんですか?」

「…そうだった。」


 頭を振って一旦問題を捨て置くと、ガバリルアスは手にある書類の存在を示す様に軽く前後させて紙音をさせる。


「書類、ですか?報告書?」

「あぁ。お前が書いて寄越した、奴等についての報告書だ。ここに書かれている内容について確認したい事があってな。」

「何かおかしな点でもありましたかね?」


 ガバリルアスが持ってきたのは異世界から召喚されてから今日までの、彼らが過ごした日々に関してチャーリーが纏めた報告書である。彼らの動向を知る為、これからの対応を考えるために至急提出を命じたものだ。


 馬鹿な貴族どもが幅を効かせていた時は、報告書の提出もなしに命令を下したらそのまま放置する形だった。サウマリア王女の特殊技能『洗脳』の力があったとはいえ、それを過信して情報収集を怠ったのだろう。

 そのお陰で一番警戒しなければいけない人物が無警戒状態で行動出来、ここまで速やかに貴族の思惑とサウマリア王女の暴走を頓挫させる事ができたとも言える。


 だが事態の収拾がつけば、今度は情報収集を怠った跳ね返りがガバリルアス達を直撃している現状だ。

 今改めて提出させた報告書を目にして、異世界から召喚したもの達についての情報齟齬が生じていた。


「…お前は彼らのステータスについての話は聞いているか?」

「詳細な数値は知らされてはませんが、召喚された彼らはこの国屈指のステータスを誇っていると。ゾラ殿に関しては一人だけ特殊な立ち位置であるという事だけ耳にしていますが?」

「そうだ、奴だけは他とは別。ステータスに開きがある。」


 チャーリーとの会話を続けながら、ガバリルアスは未だに戯れ合う様な戦闘訓練を続けるゾラと洸哉へと視線を向ける。




「フハハハハ!その程度で我を捕えることが出来るとでも思っているのか!」

「うおっ!?危ねぇ!……ふざけた台詞言いやがって!ぜってぇ反省させる!」


 洸哉の動きにさらに速度が増した。曲剣が鋭く動き、ゾラの動きを制そうと動く。

 対するゾラは激しさの増す洸哉の動きに臆する事なく、飄々と対応していく。避け、跳び、躱し、逸らし、あらゆる攻撃を潜り抜けていった。

 一連の放たれた攻撃を全て躱し切った後ゾラは少し距離を置いて立ち止まり、洸哉へと向き直って声を発する。

 息を切らせて動きを止めていた洸哉は、ゾラが放った言葉に視線を鋭くして地団駄を踏んだ。




 彼らの戦闘訓練の様子を目に収めるガバリルアスは眉間に深いシワを作り、片手で目を覆う。何度目になるのかわからない溜息が口から漏れた。

 何に対してガバリルアス苦悩の表情を浮かべているのかわからないのか、チャーリーがゾラ達の戯れ合う姿に頬を緩める。


「しかしゾラ殿は凄い方ですよ。」

「………何?」


 チャーリーの言葉にガバリルアスは目を覆う手を少し動かして、訝しげな視線を向けた。


「報告書にも書きましたが、彼らの居た世界は争いのない平和な場所だったそうです。事実、此方に来て始めての戦闘訓練では覚束無い手つきで武器を振るって居たもんですよ。何人か習い事といった基礎演習は行ったことはあった様ですが、とても実戦では使い物になるものではなく。今の様に自在に武器を振るえるようになるまではそれは大変なものでしたよ。」

「…そうだろうな。」


 いくら超人的なステータスを持とうとも成人して間もない子供、しかも別世界から連れてこられた者達だ。今まで目にする事もなかった戦さ場に身を置かなければいけないという事は、相当な衝撃があっただろう。

 召喚された時の状況、城に巣食っていた愚か者達の思惑に利用されようとしていた状況ならばともかく、今は無理をして戦闘訓練をする必要性はない。最低限身を守る術を身につける必要はあるだろうが、そう気を重くせずに学んで欲しいものである。

 しかし今のチャーリーの話とゾラ殿は凄いという言葉に関連性がない気がするのだが、とガバリルアスは首をかしげる。


「私たち騎士団に匹敵する…いえ、それ以上の強さを持つ彼らの中で、ゾラ殿の努力は並大抵のモノではありませんでした。他の皆さんと同じように戦闘訓練と座学をこなし、夜半過ぎに睡眠時間も削って密かに訓練を続ける。決して自分の立場に胡座をかく事なく、唯々我武者羅に努力を続ける。その姿に私達は戦慄にも似た崇拝の念を覚えたものです。」

「!?」


 目を見開いて驚いた。

 ガバリルアスが思い描いていたゾラという人物は、摩訶不思議な世界すら欺く異常な存在であると捉えていたのだ。その彼の持つ底知れぬ何かの理由が、直向きな努力の末にあったとは思いもしていなかった。


 再びガバリルアスは視線を前へと向ける。

 未だにゾラと洸哉は戦闘訓練を続けていた。戯れ合うように攻めて攻められ、笑い怒りを繰り返している。

 ゾラという人物は前にいた世界でもこのような遊びを興じていたのだろう。そしてこの世界でも、この光景を維持するための努力を人知れず行っていた。自身の、他より低いステータスに臆する事なく立ち向かう事で。

 相手が手加減をしているだろうこの戦闘訓練。

 しかし戯れ合うように対峙する彼らの姿にガバリルアスは熱いものを覚え、手で目を覆った。


 溢れ出してしまいそうな雫を無理やり押し込めているガバリルアスを気にする事なく、チャーリーは言葉を続ける。


「騎士団の皆や上のお歴々は知らない事でしょうが、私や侍女、城内警備をしていた兵士たちは知っています。召喚されてからこの方、ゾラさんの動きに凄味が増していく姿を。」

「…そうか。」


 声が震えてしまわないように、意識して返すガバリルアスの声が強張ってしまう。


「駆ける動きが早くなり、剣を振る鋭さが増していくのを。目で追うのが容易かった動きが視野に写すのも難しくなっていく光景を。音を認識することも難しくなっていく事実を。気配を知覚する事も困難になっていく現実を。」

「…そうか………?」


 必死に零れ落ちそうな水を押し留めていたガバリルアスの頭にわずかな疑問符が生まれた。


「ゾラ殿を襲撃して無効化しろと命令が下された時は、正直上の方々の正気を疑いましたよ。彼に敵対して勝てる城の兵士なんてカケラすらも存在しないというのに、敵対行動を取るつもりなのかと。自滅や消滅希望するなら其方で勝手にやってくれと皆が思ったものです。」

「…は?」


 ガバリルアスは目を覆っていた手を下ろしてチャーリーの顔を凝視する。目から込み上げていたものなど、もう何もない。


「それでも私達は国に使える身なので、どうしたものかと迷いました。親戚家族が国内にいますからね。結果的にゾラ殿本人へと相談させてもらったんですが、当の本人は気にせず襲撃して来てくれと仰りまして。ならばとお言葉に甘える形で襲撃させていただいてました。結果、物の見事にやられてしまいましたよ。」

「…おいおい、ちょっとまて。」

「しかし此処からが面白ところでしてね?何度か襲撃させていただいたんですけど、全部が全部見事に返り討ちに合うものですから皆が本気になってしまって。ゾラ殿もお優しい方ですから、返り討ちにした後にキチンと改善点を解説してくださるですよ。それからは皆、嬉々として襲撃させていただくようになって……いやぁ、私も色々と勉強になりました。」

「ちょっ、ちょっと待て!」


 その時の事を思い出しているのか口元に笑みを浮かべるチャーリーに、ガバリルアスは慌てて口を挟んだ。


「どうかしましたか?」

「どうもこうもあるか!先程からお前は誰の話をしているんだ!?」

「ゾラ殿の話ですが?」


 何が問題あるのだと、キョトンとした顔でチャーリーが答える。

 ガバリルアスは再び片腕をあげると今度は目元では無くコメカミへ、頭痛を堪えるように手を当てた。


「チャーリー副騎士団長。お前は彼らのステータスについては、耳にしていると言ったな?」

「はい。半ば言い捨てるような言伝でしたが。」

「奴については特殊な立ち位置だと聞いたのだな?」

「はい。先程から団長はステータスに開きがあるといいましたね。」


「…お前は奴と、他の召喚された者達の力関係をどう見ている。」

「それは…他の方々はこの国の達人クラス、ゾラ殿は天人にも勝るステータスを持つのではないのですか?」

「…逆だ。ゾラ殿以外の者達が天人にも勝るステータス。ゾラ殿は中堅の冒険者クラスのステータスだ。」

「………ハハハ、御冗談を。」

「………冗談ではない。」


「………………。」

「………………。」


 ガバリルアスとチャーリーは少しの間、無言で見つめ合う。

 数分後、示し合わせたように視線を別の方向へと向けた。

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