1-26 仲間内(後)

 ――◆ side:空船ゾラ ◆――



「ねぇ、そんな事より。他のみんなの特殊技能ってどんなの?ゾラ先輩知ってるんでしょ?」


 年上の心配事など気にもしない直樹が続きを催促する。

 確かに話半ばで脱線しすぎたと、考えを振り払って纏う空気を変えた。


「…とはいっても、僕も詳しくは分からないんだよね。性格や想像とかいろんなものが作用しているし。簡単に分かったことだけ伝えるね。」


 一言断りを入れると、ゾラは一人一人指をさしながら説明を始める。


「洸哉くんの『剛力』は、瞬間的に強力な力を発揮する。重いものを持ち上げる、強力な攻撃力を発揮する、書いて字のごとくだね。」

「まぁそんなもんだよな。」


「実嶺さんの『勇者』は、さっき話しに上がったラッキースケベ。本来は異性に対して発揮するんだけど、僕が入れ替えたから同性に対して発揮する感じだね。発揮しちゃうとあられもない姿を周囲に見せちゃうかもしれないけど、同性だからそれ以上の問題は発生しないはずだよ。あと、おまけの様だけど運は良くなってるはず。」

「全くもって嬉しくない効果ね。」


「直樹くんの『夢見』は、他の人の夢に干渉することができる。夢の盗み見、程度は軽いかもしれないけど誘導もできるかもね。自分で発動はできないだろうけど予知夢なんてものもできるかも。あとは使い慣れれば白昼夢っていう、相手を強制的に半眠り状態にすることもできるかな?」

「わぁ、楽しそう!」


「深澄先生の『未来予知』は、これから起こる内の一つの未来を見通すことができる。これは条件付けが大変な能力だから、かなり使い慣れなければ満足に使えないと思うよ。」

「難しい。でも使いこなせれば優位にもなれるものですね。」


「隼嗣くんの『鉄壁』は、瞬間的に守る力を発揮する。物理攻撃、法魔術攻撃、どちらも弾くことができる。こちらも書いて字のごとくだね。」

「洸哉と同じだな。」


「彩峯さんの『霊能力』は、霊というより魂に作用する力かな。魂に制約を掛けたり、縛り上げたり。今回僕がやった事に似た事もできるよ。」

「…ゾラと似た事?複雑。」


「獅乃さんの『細工』は、細かい動作をするときに作用する。日常生活は元より、罠の作成解除、砲魔術の特殊操作なんてものにまで作用するよ。」

「何だか地味だねぇ。」


 一通り説明をし終えたゾラは、ふぅと息を吐いた。


「そんな感じだけど、どうかな。他に質問ある?」


 これ以上説明できるものはゾラには無いが、伝え方に不備があるかもしれないと一応の確認をする。

 すると実嶺が不満げな顔で言葉を漏らす。


「…鉄壁、守りの力よね。なんでも防げる壁。」

「持続時間とか、効果の設定とかの慣れが必要だけど。そこさえ慣れれば有用な能力だよね。」

「………。」

「あれ?もしかして実嶺さんは『鉄壁』の方が良かった?…余計な事したかな。」


 ボソリと呟いたゾラの一言に、その意味に気付いた者は無意識に視線を動かした。

 視線は実嶺の鎖骨より少し下。

 その決して大きいとは言えない胸の方へ。


「っ!?…そんな事よりこの子よ!どうやってスライムなんて出現させたの!?それもゾラくんの力なのかしら!」


 皆の視線が耐えられないとばかりに、実嶺は直樹が抱いていたスライムを取り上げて自分の前へと掲げた。

 直樹は取り上げられて悲しそうな顔をするが、他の面々は振られた話題の転換に意を唱えずに乗っかっていく。


「うん。辺り彼処から吸い集めた色々な力の塊を、後処理に困ってその形状に変えてみた。」

「…吸い集めた?色々な力の、塊?」

「吸い集めるっていえば、魔法陣だよねぇ。」

「もしかして関係あるのか?」


「そうだよ。魔法陣を使うにあたって集まったが混じった力なんだけど、そのままにしておくことも出来なくってね。持ち主に返すことも出来ない状態だし、それで仕方ないから話の間は上へと浮かせていたんだけど…皆がワァワァ騒ぐから。」

「あれだけ室内で煌々と光ってたら、誰だって気になるんじゃね?」

「すーごく眩しかったよね。」


「…つまりそのスライムは私たちの精神力が纏まって出来たもの、ということでいいのでしょうか。仕組みは分かりませんけどそういう事ですよね?」

「そうそう、そんな感じ。この子が出来る元になった人物は沢山。つまり父母が沢山いるんだね。良かったね子沢山ならぬ、親沢山だ。」

「ピィ!」

「うぉ!?鳴いたぞこいつ!」


 実嶺の手に収まったままのスライムが、ゾラの声に反応するように笛を吹いたような甲高い音で鳴いた。

 急に鳴き出した事に驚き洸哉が体を仰け反らせるが、実嶺はスライムを取り落す事なく抱え上げたままだ。


「ちなみに僕が動かしてます。」

「!?」



 ――ポテッ、ポヨン、ポヨン



 ゾラの発言で実嶺は驚愕の表情をして目を見開き、スライムを取り落とした。

 実嶺の手から落ちたスライムは何度か床を弾むと、皆の中央で動きを止める。


「「「「「「「………。」」」」」」」


 スライムに関しての重大な事実に驚き、言葉もなく固まる洸哉たち。

 しかしそこでゾラの言葉は終わらない。


「あと僕と繋がってるよ。」


「っ!そうだよな!動かしてんだもんな!」

「他に繋がってるのなら、視覚のことですか!?聴覚のことですか!?」

「嫌ぁ!愛着湧いてたのに、なんてこと聞かせんのよ!」

「ゾラ先輩すごーい。」

「ハハハ…ゾラの奴、なんでもあり過ぎだろ。」

「ゾラくんは何をやらかしても可笑しく無い、頭では分かってても動揺するねぇ。」

「…慣れることはないと思う。」


 声を荒げて取り乱す洸哉、深澄、実嶺。

 純粋に賞賛の言葉をあげる直樹。

 乾いた笑いを上げる隼嗣。

 溜息をつく獅乃、彩峯。


 何度目にもなる衝撃。

 召喚された当日とダンジョンに行った日以降からはそう多くは驚くようなことがなかっただけに、今日1日で発覚した数々の出来事に皆が疲れを見せ始めていた。


「ゾラぁ、お前の特殊技能どうなってんだよ。まじチートすぎる。」

「そういえばゾラくんの特殊技能については明確な説明がなかったよねぇ?」

「…軽いものしかなかった。」


 隼嗣、獅乃、彩峯の最もな疑問にゾラは苦笑を浮かべる。


「僕の『自由人』は、干渉する能力があるんだ。けど、僕も明確には何処までの事が出来るのか分からないよ。何かに干渉することが出来るというだけで、そう強く何が出来るというわけでもないし。今回でいうと、意思の弱った人間の精神に干渉しただけのことだしね。」

「…いや、それだけでも凄いことだっつーの。」

「ゾラくんが持ってるってだけで、既に異常なことなんだよぉ。」

「でもこれは僕に対しての特別処置みたいな意味合いもあるからね。変わり種になるのも仕方がないかな。」

「…問題?ゾラがいること自体が問題。」

「海里さん、流石に言い過ぎですよ。多少クセがあろうとも、空船くんだって同じ学友なのですから。」


 ゾラの正体を理解していない深澄が、彩峯の言動に注意をした。

 むぅと唸り声をあげて彩峯は言葉を控えるが、他の面々もゾラの事を知れば同じ事を言うはずなのにと不満げな顔をする。


「何時かは言わないといけないから今言うけど…僕はこの世界と的なもので合ってないんだ。君達と同じような行動をとることは出来ない。」

「「「「「「「??」」」」」」」


 肩を落としていたり、頭を抱えていたりした皆が、一斉に顔を上げてゾラを見つめた。

その言葉を粗食する様に受け止めて、言葉を返す。


「…体質が合ってないって、生きることが出来ないってことか?」

「そうじゃないよ。行動に制限があるんだ。」

「そういえばぁ、魔術や法術は使えないって言ったよねぇ?」

「うん、他にもレベルを上げることも困難だよ。敵を倒した時に噴き出す、経験値の様なものを一気に吸収することは出来ない。」

「…一気に吸収するとどうなるんですか?」


 洸哉、彩峯の質問を淡々と返したゾラは、深澄の質問で少し間をとって考える仕草をした。


「………………………死ぬ、かな?」


「「「「「「「っ!!」」」」」」」


 顔を顰めて呟かれたゾラの言葉に全員が息を飲む。

 皆が全員、身近にいる人間が急に死んでしまう想像をしたのだ。

 絶望感漂う空気が洸哉たちを包み込む。

 ただ一人、自身の状態を語ったゾラだけが普段と同じ空気を醸し出している。


「じゃあ。質問も一通り答え終わったみたいだし、解散でいいかな?僕も近々、外に出掛けないといけないから色々忙しいんだよね。」

「っ、ちょっと待て!ゾラ、今、なんて言った。」

「ん?だから質問も無いみたいだし、解散――」

「そっちじゃ無いよぉ?外に出かけるて言ったのぉ?」


 腰をあげかけた体制でゾラは左右の腕を洸哉と獅乃に止められた。

 他の面々もゾラが何処かに行こうとする様子を察知して、軽く腰をあげている。


「僕にだって色々と用事はあるんだよ。束縛で雁字搦めにする行為は好ましいとは言えないよ?」

「制約があるって言ったそばから危険地帯に出ようとする貴方に、とやかく言われたくはありませんね。」

「やりたくは無いけど、礼儀として必要な行動なんだよ。拾い物をしに行ったり、挨拶回りをしたり、落としものを拾いに行ったり、謝罪したり、厄介者を説教しに行ったり。」

「外に出た時に何が合ったか知らないけど、そんな用事無視しちゃいなさい!大体、私たちをここに放っておく気?」


 噛み付かんばかりに言い募る実嶺に、ゾラは上げていた腰を下ろして目を見据える。


「暫くの間はこの城にいても問題はないよ。十分な恩を売ったし、牽制もした。アイリアさんという為政者もいるし、今現在拠点として一番安全なのはこの城だよ。」

「…でもそれはゾラがとった行動。ゾラがいなければ牽制の意味がない。」

「違うよ。今回は僕だけで行動して、僕だけの力を見せつけた。つまり皆の力は見せてないから、相手にしてみれば未知数の力を持つ事になってる。同じ異世界から来た人間で合って僕よりステータスが高い人間が複数、しかも僕が他にも何か仕掛けを施しているかも知れない。これ以上の牽制になるものは無いでしょ?」

「なんか俺達に対するハードルが高くねぇか?」


 顔を青くする隼嗣に、直樹が首をかしげた。


「つまりどういう事?」

「頑張ってお勉強しようねって事だよ。」


 疑問符を浮かべていた直樹に笑みを向け、ゾラは優しく声をかける。


「…それだけ状態を整えているのなら、尚更あなたは外へ出るべきでは無いでしょうに。」

「僕だって嫌なんだけどね、放っておける事ではないんだ。僕は基礎知識を十分頭に入れ終わったし、皆はここで正しい知識をつけ直して遊んでてよ。城下までは出ても問題はないしね。」


「…!?」

「…ぇ、正しい知識を、つけ直し?」


 勉強嫌いの隼嗣の表情が強張った。

 彩峯も静かに息を詰めている。


「もしかしてぇ、嘘の知識を勉強させられたぁ?」

「完全に嘘ではないよ。思惑の乗っかった偏った知識、古い知識なんかを教え込まれた感じだね。違和感覚えなかった?自分の持つステータスに対して魔術法術の威力が低いって。」

「確かにそうね。この世界で特級のステータスを誇るはずなのに、長ったらしい呪文でソフトボール大の火の玉飛ばすだけっておかしな話よね。」

「武器での攻撃もそうだよね!剣戟飛ばせないし!」

「通常攻撃については無意識の肉体制御が発生してるせいだと思うよ。訓練次第でストッパーが外すことも出来るはず。剣戟については…どうなんだろ?」


 ゾラと直樹は見つめ合ったまま首をかしげた。

 戦闘訓練を見てもらっていたチャーリーにでも相談すべきかと考えていると、深澄が考え込みながらゾラへと話しかける。


「空船くんは、すぐにこの城を経つ訳では無いのですよね?」

「まぁ…読んで無い禁書庫と宝物庫の本もあるし、旅に出るには物資の準備も必要だからね。今日明日中に動けはしないよ?」

「旅に出るにあたって、この世界の知識や旅の知識も頭に入っているんですか?」

「何も無くブラリと外出できるほど異世界は平和じゃ無いよ?当然知識は入ってる。」


 何を言いたいのかと疑問符を浮かべてゾラが答えていくと、深澄の口角がどんどん釣り上がっていく。

 つられる様にゾラの表情が引き攣った。


「だったら旅に出るまでの間、空船くんは私達の教師になってください。」

「なっ!?ヤダよ!僕の自由読書時間が減っちゃうでしょ!?」

「減りはしませんよ。朝に座学、昼に戦闘訓練、夜に座学。空船くんが座学の一つを受け持つだけです。以前と変わりない時間配分でしょう?」

「その日常続ける気!?僕に勉強の時間はもう必要ないよ!」

「あなたは本来学生、学生は勉強が本分です。勝手な自習は許しません。」


 深澄の言い分にゾラは口を開けて固まる。


「ゾラが教師だったり学生だったり、立場がアヤフヤになっているんだが。」

「洸夜くん、シィー。そこは黙っているところだよぉ。」


 ゾラの後ろに回って洸哉と獅乃が話しているが、ゾラの耳には入っていない。

 固まったままのゾラへと深澄が近づくと、その肩にゆっくりと手を置いて言葉をかける。


「大丈夫ですよ。間々で休憩時間を、休日だって設けましょう。その間に自分のしたい事をすれば良いのです。清く正しい学生生活を送りましょうね。」


 ポンっと深澄が軽く肩を叩くと、ゾラは首をガクリと下へ下げた。



「負けたわね。」

「負けちまったなぁ。」

「ゾラ先輩、無念?」

「…勝手な行動しようとするから。」

「でもこれでゾラくんが旅に出るまでの時間稼ぎは出来たねぇ。」

「後はその間に俺たちがどれだけ知識を吸収できるかだな。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る