1-25 仲間内(前)

 ――◆ side:空船ゾラ ◆――



「さて。空船くん、私達とも色々とお話ししましょうか。」


 騒動が起きる前に洸哉たちが過ごしていた部屋。

 普段過ごしていた部屋の一室に、ゾラ達は車座になって集まった。


 車座になった部屋奥側にいるのはゾラ、その正面に位置するところには深澄が。ゾラの横には獅乃と洸哉が逃亡を防ぐかの様に座っている。


「………何を話せば良いのかな。」


 口をへの字にして黙るゾラは、隣に座る洸哉に肘で突かれてやっと口を開いた。


「まずは一つ。何時から此処のお国事情を知っていたんですか?」

「…元々、召喚された状況から雲行きが怪しかった。だからどの辺に問題が生じているのか城内を日常的に調査、ダンジョン行きで外へと出た時に観察、皆から外れた時に確証を得る様に動いてた。はっきりと自体を確定させたのは皆と一度合流してからだよ。」

「アイリア王女達と会った時には情報を全て集め終わってたんじゃなかったの?」

「情報が集まったと言っても、その中には真実から眉唾な情報や噂までゴチャ混ぜだよ?その中から確定情報を取捨選択しなければいけない。色々と順序があるんだよ。」


 深澄の質問にゾラが渋々と答えると、合間に実嶺が疑問を投じる。

 呆れた様に溜息をついて疑問に答えたゾラに、普段のフザケタ姿しか目にした事のない実嶺は僅かにイラついた。

 実嶺のイラつきを視界に収めながら、深澄が続けて質問する。


「では次に、何故あなたは一人でこの問題を対応しようとしたのですか。召喚された我々8人全員で対応するべきだったでしょう?」

「…深澄先生、それ本気で言ってるの?あの状態で、みんなで?冗談でしょ?」


 ゾラの最もな返答に深澄は眉を潜めた。

 現状とりあえず落ち着いた状況の中で考えると、深澄も自分の言った言葉は無茶なものだというのは分かっているのだ。


 こちらの世界では成人しているとされているが元居た深澄たちの世界では皆、戦いもない平和な国で暮らして居た。しかも大半が学生、深澄だけ唯一の大人であり教師ではあるが年齢職業なんて関係ないのだ。

 物語上に存在した世界に高揚し、困惑し、混乱しきっていた者達が手を合わせたところで、もっと安全に事が解決できたとは言えないだろう。


「しかし貴方一人で対応するには荷が重かったはず。何とか綺麗に物事が収まったから良かったものの、一歩間違えれば全滅だったんですよ?」

「僕は皆が生きるか死ぬかを言ってるんじゃないよ。あの状況で、皆が動いたとして、物事がそれらしく収める事ができるか、それを言ってるんだよ。申し訳ないけど僕には騒動が大きくなって収拾がつかなくなる先しか見えなかった。」


 教師然とした大人としての、生徒に、子供に対して注意する言葉が一蹴される。ゾラの言葉は一部楽観視が過ぎる気もするが、最もな内容だ。

 しかし、そこで口を閉ざすのは深澄の教師としての矜持が許さない。


「生徒が一人で危ない綱を渡ろうとするのは、教師として許すことは出来ません。」


 キッと睨みつける様な深澄の視線に、ゾラは溜息をついた。


「深澄先生。この世界にいる限りにおいて、教師も生徒もないんだよ。分別の分からない無知な子供なら分かる。何を引き起こすか予測つかないから、色々補佐してあげる必要があるからね。でも物事に分別のつく、自衛手段を持つものは別だ。年若く見えようとも事ができるからね。過保護にしていても無意味なんだよ。行き過ぎれば共倒れになる可能性も発生する。」


「しかし貴方はまだ子供です!そして私は大人!それなのに――」

「もっとも!…最もな話、今回の場合に対しては僕一人で動く事が最適だったと言えた。唯一の召喚された中で侮られてたから、僕だけが一番監視の目が緩かったんだよ。だから此処まで自由に動き回れた。ここで大人子供の問題を出すと効率よく動ける子供の僕は動くことが出来ず、大人の深澄先生しか動けなくなったと思うんだけど?」


「…っ!」


 言葉を遮ってまで言われたゾラの言葉に、深澄は反論できずに口を閉ざす。効率的に物事を考えるとゾラのやった行動は最も被害が少なく、成功率が高いという事を瞬時に理解したのだ。

 そしてゾラは深澄が此処まで言い募っているのは行動についての批判ではなく、年上であり大人であり教師である深澄が頼られなかったという事に対しての嫉妬のような感情だという事も察していた。

 唇を噛み締めて俯向く深澄に、ゾラは首を横に振る。



「まるでお父さんとお母さんの会話だね、お姉ちゃん。」

「…私はゾラくんが親とか御免被るわよ?」


 静まり返ってしまった空間に、感心する直樹の純粋な声音と心底嫌そうな実嶺の言葉が響いた。

 嫌な空気が漂う場を何とかしようと、隼嗣が頭を掻きながら声をあげる。


「あー、ゾラ?お前がした準備してたっつーか、アイリアさん達に教えたっていう暗号?アレってどうやったんだ?」

「ん?アレはちょっとした僕のを使っただけだよ。」

「…特殊技能の事?」


 訝しげに呟く彩峯。

 その言葉にゾラは笑みを返す。


「元々サウマリア王女は自身が接触する人間全員に、自分を崇拝する様に軽い洗脳をかけてたんだ。接触頻度で程度の大小はあっても全員にかけられてるものだから、それに対して僕は暗号キーワード一つでその崇拝する対象を替えれる様にしたんだよ。ガバリルアス騎士団長の方はその発展系だね。」

「は、発展系でアレってどうやったらああなるんだよ!」

「ガバリルアス騎士団長にとって最も衝撃のある言葉を暗号キーワードに選んで、崇拝対象の削除と意思を戻らせる。そしてその時発する言葉によって今度は周囲にいる洗脳状態の人間に、発した言葉に対して考えさせる事によって正気を取り戻させるっていう仕組みだよ。」


 ちなみにロリコン疑惑については、ガバリルアス騎士団長の他にも複数の上位貴族の人間が疑義にかけられていた。

 役職的にそう言った性癖を持つ者がいるという噂も多く、幼いサウマリアの近くに頻繁にいるという状況を利用して流された噂なのだろう。


 話を振った隼嗣、彩峯、洸哉、その他の人間もゾラの話に唖然とする。


「ゾラの特殊技能マジパネェ。」

「誰だよこいつに『自由人』とかいう危険な技能与えたやつ。」

「ひどい言い草だね。その代わり僕は現象を起こさせる様な、法術も魔術も使えないんだけど?」

「え?ゾラ先輩、魔法使えないの?」

「あら、飛び道具みたいな術を使えないだけマシなのかしら。」


「分からないよぉ?ゾラくんって隠し事多いからねぇ。」

「僕みたいに嘘をつかない真っ当な存在を、そんな目で見るのはやめてくれないかな。」

「嘘をつかないっていう人間が一番信用できないんだけどぉ?」

「全く、とは言ってない。僕ってばクリーンなイメージを大事にしているからね。」

「いい?彩峯ちゃん。こういう事をいう人間もいるから、相手の発言一つ一つに対してもしっかり裏を見定めないといけないんだよぉ?」

「…その事に対しては、さっきの事で骨身に沁みてる。」


 ゾラの持つチカラに対しての考察やら、他のことに対する反省やらをする面々。

 その中で隼嗣はふと考えを巡らせる。


「なぁ、ゾラはそんだけ特殊技能を使いこなしてるんだけど、俺ら何で使えねぇの?」


 隼嗣の言葉に皆が動きを止めて互いを見渡し、ゾラへと視線を集めた。

 この中で回答を持っていそうなのが、ゾラだけであるという理由だ。

 皆の視線が集まる中ゾラは視線を余所にやると、宙で指をクルリと回してから口を開いた。


「使えないわけじゃないよ。使い方が成ってないだけで、一部はもう機能してる。自動発動と自己発動があるからね。その差もあって使えないと思ったんじゃないかな?」

「何だそりゃ。」

「特殊技能っていうのは元々この世界に生きる人間の資質に依存したものが与えられる。僕達に対しては資質関係なしに、常日頃意識している物事に対して付与されたんだ。つまり意識しているその瞬間にこそ、特殊技能が発動しやすくなるものだって事。」


 ゾラの言葉に彩峯の体が跳ねる。彩峯が何故そうまで反応したのかを知る獅乃は、静かに親友の肩に手を伸ばした。

 二人の反応に気付かず隼嗣と洸哉はゾラの言葉に首を傾げる。


「日頃意識しているって、『鉄壁』とか俺意識してねぇんだけど?」

「俺も『剛力』とか意識してないな。」

「そりゃあ僕が入れ替えたものもあるからね。」

「「「「「「「!?」」」」」」」


 ゾラ以外の者が皆、驚き固まった。

 何気ない口調でとんでもない事を言った本人はニッコリと笑みを浮かべている。


「一つとんでもない特殊技能が発芽していたから入れ替えといたんだけど、本人に不名誉そうなモノもついでに入れ替えといた。…言っとくけどどれが誰のだったとか聞いちゃダメだよ。マナー違反だからね。セクハラ、ダメ、絶対。」

「イヤイヤイヤ、違う違う!俺らそこに驚いてんじゃねぇよ!何軽く人の特殊技能を入れ替えたりしてんだよ!」

「召喚直後の不安定な頃にチョイッ、とやってみただけだけど?」

「心底不思議そうな顔で衝撃的な事を口にするな!?」

「何でもアリですか!貴方は!!」

「ゾラくんの存在自体が摩訶不思議なのに、おかしな事しないでよ!?」

「皆のことを思ってやったのに、そこまで言われるなんて心外だ。」


 声を荒げる洸哉、深澄、実嶺の姿に、ゾラは頬を膨らました。

 衝撃のあまり声をあげ損ねた隼嗣が、恐る恐る挙手をしながら疑問を投じる。


「…なぁ。実嶺が持つ『勇者』って多分、俺が持ってたやつだと思うんだけど。そいつを使いこなせる奴が持ってたら今回の事件、さっさと終わってたんじゃねぇの?」


 その言葉に何人かがハッとした顔をするが、一人ゾラだけが手を横に振って否定する。


「ナイナイ、勇者覚醒とんでもパワーで事件解決円満劇とか出来るわけないでしょ?そもそもの話、その特殊技能『勇者』は強靭なチカラを発するような機能は無いから。」

「えぇ?でも勇者なんでしょぉ?」

「この特殊技能『勇者』は、良くある男子中高生が仲間内で使う言葉であったり、ラブコメ出ててくるようなものだよ。」

「…どう言う事?」


 彩峯は今の説明では理解出来なかったようだが、中には分かったものもいた。


「…何となくわかりました。所謂、ラッキースケベというやつですね。」

「マジかよ、イラネェ。実嶺が預かってくれてマジ助かるわ。」

「いやそこはお前、謝っとけよ。」


 その手の漫画や小説を読んだ事があるのか、深澄と隼嗣と洸哉がそれぞれ反応を示す。獅乃も知識はあるのか言葉にしないものの苦笑を浮かべていた。


「はぁ?何、どういう事なの?」


 訳あり特殊技能の持ち主になってしまった実嶺が、眉根を寄せて説明を求める。


「あー、実嶺はもう異性とドッキリハプニングは発生させてたりすんのか?」

「はぁ!?」

「異性とっていうと無いんだけどぉ…最近よく躓いて女性にぶつかりに行ってることあるねぇ。」

「ちょっと!」

「…お風呂場や着替えとかの騒動は無いとみて良いでしょうね。」

「何!」

「同性だから何の問題もない、はずぅ?」

「…なによ。」

「僕としてはそうなる様に仕向けたんだから、問題が起こってもらっては困るよ。」

「………。」


 持ち主を放置して隼嗣と獅乃と深澄が会話。特殊技能入れ替えを行なったゾラは、むしろこんな所で問題が発覚しては困ると行った所存だ。

 放置されていた実嶺は会話の内容と、他者伯父から漏れ聞いた情報を記憶から引っ張り出して、自身の持つ特殊技能について何となく察した。荒げていた声も鳴りを潜め、呆然とした顔をしている。


「お前がとんでもない特殊技能って言ったやつって、もしかして『勇者』の事か?」

「そうだよ。まだ義務教育も終わってない子がいるのに、R指定のついた映像現場見せるのはダメでしょ。直樹くんの『夢見』も入れ替えようかと迷うぐらいだったのに。」

「…ちなみにその『夢見』の方の能力はどんなだ?」

「人の夢に介入する事できます。」

「「「「「「………。」」」」」」


 『勇者』が視覚的、教育に悪いのは誰にでも分かる。

 ならば『夢見』で人の夢に介入する事で教育に悪いとされることとは。と、皆が考え始めてすぐ深澄が声を荒げた。


「空船くん!今からでも特殊技能を入れ替えることは出来ますか!?」

「残念ながら、もう無理なんだよね。始めに付与された不安定な時にしか出来ないみたいで、今は固定化されちゃって。今後は当人周囲の人間で努力するしかないかな。」

「……!!?」


 ゾラの言葉に深澄が頭を抱え込んだ。

 ゾラと深澄のやりとりで、遅れて洸哉と隼嗣と実嶺が顔色を変えた。


「…努力、努力でどうにかなるもんか?」

「コチトラ青春真っ盛りの青少年だぞ?夢なんか自制聞くわきゃねぇだろ。」

「無茶でも何でもやって貰わないと困るわ。直樹の教育のためにも。」


 赤色やら青色やら顔色を変える姿に、直樹は首をかしげる。


「私としてはぁ、ゾラくんがそういうことにも手を回していた事に驚きなんだけどぉ。」

「…驚き。」

「あのね、僕だって色々と配慮するんだよ?こっちでの生き方に関しても、向こうの教育観念に関してもね。折り合いつけるべき所を考えとかないと、後々困るでしょ。」

「…何故それを、あちらの世界でも発揮できなかったんですか。おかげで我々教師がどれほど胃を痛めたか。」

「それは無知無邪気故の行動なので、仕方がなかったとしか言えないね。」


 唸り声を上げる一角、溜息を上げる一角、カラカラと笑うゾラの姿を目にして直樹は考えた。そしてその疑問を口にする。



「異世界は殺伐とした世界だから、エロもグロも普通にあるよね?」



 疑問を口にした直樹以外の全員がピシリと固まった。

 ギギギと油の切れた人形の様に、実嶺が純粋無垢な弟の顔を見て声を発する。


「直樹、どうしてそう言った事を考えたのかしら?」

「おじいちゃんの部屋に色々本があったし、お話もしてくれたよ?」


 直樹の返答に実嶺を含めた三人の空気が一気に冷たくなった。


「…実嶺さん、そのお祖父さんを教育的指導しに行ってもいいかな?」

「…私も父と話し合って、教育的指導をしてもらおうと思ってたから良いわよ?」

「…高円寺さん、私も一教師として同行してもよろしいですか?」


 暗い声音を発し始めた三人の驚き、洸哉がおずおずと口を挟む。


「実嶺、ゾラ、深澄先生。別に直樹がそういった知識を持っていても問題ないんじゃないか?もう中学生だし。ほら、あるだろ?」


 なぁと援護を求める様に洸哉が視線を向けると、その先にいる隼嗣もウンウンと首を縦に振った。

 しかし三人の雰囲気は変わらぬまま、どころか分かっていないとゾラが首を横へ振る。


「違うよ洸哉くん。保健体育程度な内容なら別に年齢的に問題はないんだ。」

「問題はどういった物を見せて、聞かせているかよね?」

「内容によっては赤児にエロ本を見せているより酷いかもしれません。状況によっては、強く指導すべきかも。」

「大人が持ってるその手の本って、エロもグロも強烈だからねぇ。それが年配になる程に、ねぇ。」


 最後に付け加えられた獅乃の言葉に、ようやく洸哉と隼嗣はことの深刻さを察した。

 密かに彩峯は、何故獅乃がその強烈さを知る様に語るのかと首をかしげる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る