1-23 事実説明(後)

 ――◆ side:空船ゾラ ◆――



「ほんと、お前が演技とかするとロクな事になんねぇな。」

「ひどい!僕は何時も良かれと思ってやっているのに!」

「…良かれと思って、登校路にウロつく不良をヤーさんの如く震え上がらせたり、学校門前に張り付く宗教勧誘者を別の新宗派に改宗させたりするんですか?」

「僕としては会心の出来だと思ったね。主演男優賞も待った無しって感じだよ。」

「何を誇ってるんですか、まったく!」


 我慢ならないと深澄が胡乱な目で元の世界でゾラがやった行いを混ぜて問いかければ、ゾラは胸を張って反省の色無く答えた。

 要注意人物としてゾラを見ていただけに、深澄としては少しくらい反省の色を見せて欲しかった。


「………演技、だったのか?あれが?」


 ガバリルアス騎士団長が噛みしめる様に、受け入れ難い様に呟く。

 今まで警戒していたガバリルアス騎士団長の顰めっ面に、何処と無く満足気な表情で隼嗣がケラケラと笑い声をあげた。


「そうっすよ。ゾラの演技力って半端ねぇんすよ。それなりに付き合いがある俺達でも、こいつの話に違和感がねぇと気づけねぇんだよな。」

「僕的には言質とか確約さえ取れれば、演技とかしなくても良かったんだけどね。王女様が僕に気付いて攻撃して来なけりゃ、アイリアさんが何かしらの確約くれたと思うし?」


 何気ない様な動きであの時の拾い上げた様に黒い棒状の物を取り出してみせる。

 アイリア達にはソレが何かは分からないだろうが、洸哉たちには見たことのある代物だ。


「レコーダーなんて物、持ってきてたんだねぇ。」

「普通そんなもん持ちあるかねぇんじゃないか?」


「何を言うの。常日頃から持ち歩いておかないと、誰かの貴重な会話を記録できな……人の黒歴史を録音できないでしょ?」

「言い直した内容可笑しくねぇか!?」


 獅乃と隼嗣が感心する様に呟くその様を見て、ゾラは当然と言う顔で話す。だがその言い直した内容に、洸哉が驚き口を挟んだ。


「僕がどう言う理由でコレを持ち歩いていようがどうでもいいでしょ。それよりアイリアさん達には、さっき僕に…僕達に誓った事はきっちり履行してもらうからね。」


 ゾラは顔をツイッと逸らしたまま、レコーダーを再生させる。

 そこから流れてくる内容は、召喚の間でゾラと対面していた時にアイリアが発言した内容だ。

 アイリア達はレコーダーから流れてくる自分と同じ声、全く同じ発言した内容に目を丸くするも、すぐ様姿勢を正す。


「勿論だ。私は一度誓ったものを簡単に反故する事はしない。我が妹がやった事とはいえ、必ずや皆への償い、これからの生活での補償、要望にも答えると改めて誓おう。」

「うんうん、そうこなくちゃ。勿論アイリアさんが誓った内容も書面化してもらえるよね?」


「今すぐとは無理だが、事態沈静化し次第すぐにでも。ついては、これからの事を考えるためにも召喚されてからこれまでのゾラ殿達の状況を――」

「ちょっと待った。」


 話がまとまり出したと思った瞬間に話を止めたゾラに、アイリアは疑問符を浮かべて動きを止める。

 何かまずい事を口にしただろうかと自身の両サイドに目をやるが、視線の先にいるラウルとガバリルアスも分からないと首を傾げた。


「…空船くん、何かおかしな事でもありましたか?」


 洸哉たちにしても同じ疑問を浮かべていたので、代表して深澄が声をかける。

 制止の声をかけた当の本人は、両手の平を上にあげてやれやれと首を横に振った。同時に直樹が抱えるスライムも同じ様に震える。


「僕的にもう限界。これ以上あれを説明、これを説明って、説明回はもうお腹いっぱいって感じなんだけど。もうやめにしない?」

「そんな事言ってもゾラくん以外誰にも説明できないよぉ?全体を把握できているのはゾラくんだけなんだからぁ。」

「でも、今までの皆の生活は別の人でも説明できる事でしょ?僕じゃなくてもいいはず。」

「…もっともな言い方をするけど、単にゾラが説明するのを面倒になっただけ。」


 呆れた顔で獅乃と彩峯が言うと、ゾラは呻き声を上げて立ち上がる。


「こういう時は、問題を解決する魔法の言葉!バル――」

「!? ダメだゾラ!たぶんその言葉は色んな所に問題を起こす!」


 聞き覚えのある言葉がゾラの口から出てきた事に、隼嗣が慌てて声を上げた。

 だが、隼嗣の制止の言葉を無視してゾラはその言葉を言い切る。


「――サン!」

「害虫問題を解決するヤツかょ………って何だ!?」


 わずかな溜めの時間の後にゾラの口から言われた言葉に洸哉は言葉を荒げ、全身脱力させる、がその時。



 ――バァァァァン!!!



 呆れて机の上に顔を伏せかけたその時、間髪入れずに勢い良く洸哉たちの背後にある扉が開かれた。



「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」



 ゾラ以外の人間が驚き固まる中、扉を開けて入ってきた人物はスタスタと室内を歩き、部屋の一角でその動きを止める。

 そしてそこに置かれている箱を手に持ち上げると勢い良くガバリルアス騎士団長の方へと振り向いて。



「親方!こんな所に法魔石が!!」



「だ、誰が親方だ!?」

「何しているんですか、チャーリーさん!?」


 どこかの名台詞の様なニュアンスで言葉を口にしたチャーリー副騎士団長に、ガバリルアス騎士団長と深澄は声をあげた。


「っ!?………ぁ、れ?自分は何故、ここに?」


 何処か誇らしげに箱を抱えていたチャーリー副騎士団長は、二人の声にビクリと反応して体を硬直させる。

 入室時は虚ろな表情をしていたので、声に反応して正気を取り戻したのだろう。戸惑った表情で目を見開いている。


「ゾラ!今度は何やったんだ!」

「何ってもしもの時の隠しダネを一つ公開しただけだよ?備えあれば憂いなしってね。」


 不敵な笑みを浮かべて答えるゾラに、皆あんぐりと口を開けて固まる。

 隠しダネというのはゾラの言葉で部屋に突撃してきたチャーリー副騎士団長の事なのか、その手に持ち上げられた上蓋に模様の書かれた法魔石の詰まった箱の事なのか。


「…なぜ彼をココに?」

「チャーリーさんは僕達の技術指南役であり、監視役だからね。僕達が召喚されてからの行動は彼が一番把握してるでしょ?だから呼んだんだよ。」


 当然だとばかりに胸を張っていうゾラの顔を見てその隠れた役割を知る者、知らない者も驚愕の表情をする。質問したアイリアもその様な役割を持つものがいた事に驚いていた。


「…ゾラ殿、あなたは――」

「じゃあ代わりの説明役も来た事で、僕のお役目不要だね。僕はもう行くから、後は事後処理が一通り終わってから僕達に対する補償云々を話し合う事にしよっか。という訳で、解散!」


 それ以上の事は話させるものかと、ゾラが矢継ぎ早に話して席を立つ。

 そのまま流れる様に円陣に囲まれた机を飛び越え、開かれたままの扉を出ようと。



 ――ガシッ



「はい、ちょっとストップぅ。」

「…行かせない。」

「私達に何の説明もなくそのまま自由にさせると思いますか、空船くん?」


 扉の外へと出ようとする寸前でゾラの左右を獅乃と彩峯が、正面に深澄が立ち塞がった。


「え、やだ、ちょっと。もう説明回はやだってば。終わりだってば。」

「終われるわけあるか!お前が俺達にも説明なく一人でアレコレするから、コッチは色々と置いてきぼり状態なんだよ!」


 止める動きに出遅れてしまった洸哉が動き、ゾラの近くへ移動して睨みを効かせる。深澄がその動きを確認すると場所を代わり、アイリア達の方へと目を向けた。


「申し訳有りませんが取り敢えずの状況確認が済んだという事で、私達は一旦この場を失礼させていただきます。この子が言った様に以降の話は今件の事後処理が一先ず落ち着いてから、という事にさせていただけますか?私達の方でも少し話し合いが必要ですので。」

「…あぁ、我々も早急に話を聞かなければ行けなかったとはいえ、色々と放置したままだからな。貴殿の言い分に否応無い。」


「ではそういう事にさせていただきます。…今まで私達が滞在していた部屋を使わせて頂いても?」

「本来であればもっと上等な客室を提供したいところだがこの事態、未だに混乱は収まっていない。申し訳ないがそうして貰えるか?」

「お気遣いありがとう御座います。では、失礼致します。」


 まだ動揺したままのアイリアを気遣う事なく、深澄は矢継ぎ早に話をまとめると一つ礼をして部屋を後にした。

 続く様に頭をポリポリ掻きながら隼嗣、スライムを胸に抱いたまま直樹、大人しく抱かれているスライムを見ながら実嶺。その後にゾラを監視する様に目を向けながら洸哉が、逃すものかと片側ずつゾラの腕を掴みながら獅乃と彩峯が、その中央に嫌々引き摺られる様にゾラが続く。




 洸哉たちが部屋を出ると同時に扉が閉められ、部屋が静寂に満ちた。


「…えっと、自分は彼らが召喚されてからこれまでの状況を話すために呼ばれた、のでしょうか。」

「…ああ。それによっては此れからやらなければいけない事や、要望の推測もできたはずだからな。場合によっては彼らの性格や行動理念も把握できたはずなんだが。」

「…アイリア様、現段階では彼らが敵対行動をする気配はない様です。今は事態の収拾に移る方が先決かと。サウマリア様の処遇も決まっておりませんから。」

「…ゾラ様に謁見の間に捨て置かれたという、協力者の貴族への尋問や家探しの方も進めませんと。」


 動きを止めてしまった頭を無理やり動かして、アイリア達が言葉を漏らす。

 事件の黒幕とも言えるサウマリアを捉えただけで、事態の収拾に国の上位に位置するアイリア達が動かず騎士兵士たちに任せていたのは、偏にゾラ達の動きが読めなかったためだ。

 彼等の考えによっては収拾の付け方も変わり、無駄に終わってしまうこともあるのだから。特にゾラの力を知り、話を聞いた事によってその危惧は強くなる。


「………どうしたものか。」



 頭を抱えたアイリアの耳に、微かに扉の開く音が届く。

 顔をあげればそこには、先ほど連行される様に連れていかれたゾラが顔を覗かせていた。


「言い忘れていたんだけど、協力者貴族への家探しの時に無駄に戦力を投入しなくてもいいよ。彼等が雇った人間は家探しの時には皆、示し合わせた様に休暇に入るから。」


 じゃあ伝えたからね、とゾラは言うと手をヒラヒラと振って再び部屋から退出する。


「「「「……………。」」」」


 再び満ちた静寂に、アイリア達が頭を抱えた。



「…私なんかより彼奴の方がよっぽど危険分子ですわ。」


 サウマリアの呟く声に誰も否定できず、だが言葉を返すことも出来ずに無言を貫くことしかできなかった。

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