1-22 事実説明(前)
――◆ side:空船ゾラ ◆――
「分かっちゃいるけど、もうちょっと取り繕うとかねぇのか…」
「…洸哉、無茶言わない。ゾラ相手に気の利いた言葉を求めるだけ無駄。」
がくりと肩を落とす洸哉に、彩峯は淡々とした声音で言葉をこぼす。
「ぇ、いや、あの?本当にそれだけなのかゾラ殿?私用で城下に降りて偶々我々に会い、こちらの計画を知ったのだとしても、貴殿にご教授頂いた
「あぁアレね。元々何かあった時用に下準備だけはしておいた奴を、流用しただけだよ。」
困惑しながらもゾラへと下手に出るアイリアに、気にしない気にしないと手を横に振ってゾラは答えた。
「暗号?下準備って何したのぉ?」
そのまま詳しい話もなしに話し終えようとするゾラに、獅乃は間延びした口調で探るような視線を向ける。
獅乃の視線で思い悩んだかの間を置いて、ゾラは宙で指をクルリクルリと回してむぅと唸った。
「言葉の通りだよ。不測の事態というのは常にあるものだからね。そのための仕組みと
「…それはどういう状況下で使う仕組み?そしてどういったもの?」
獅乃と彩峯の探るような視線を受けて、ゾラは尋問されているようだと苦笑を浮かべる。
「仕組みとしてはサウマリア王女が洗脳の類を使えるようだったから、それが大規模に展開された時に洸哉君たちが無事に過ごせるようにするためのもの。それを向こうの世界で聞いたことのある言葉を使って2パターン用意してた。」
「2パターン…1つはアイリア様が助けに来た時のアレよね?」
「騎士のおじちゃん達が騒ぎ出して、王女のお姉ちゃんに殴り倒されてたやつ?」
実嶺と直樹はゾラの説明に言葉を返すが、その視線は違う方を向いていた。
いつの間にやらゾラの足元を動き回ることから机に飛び乗る動きを取っていたスライムを直樹が捕まえて、自分の手元に置く。それを興味深そうに実嶺が見つめ、触りたそうにウズウズと身を動かしていた。
他の面々はそちらへは意識を向けず、ゾラとの話を続ける。
「ゾラ、様。アレは一体どういったものだったのですか?登城時のソレもですが、ちょっと仕組んでおいたと言うには途轍も無いモノだったのですが…」
その時のことを思い出しているのか、視線を彷徨わせたり顔色を青ざめさせるラウル。
登城時の様子を知らない洸哉たちは、一体何をやったんだと顔を引きつらせた。
「んー。登城時に使用を指示したのが1つ目。洗脳状態の人間をこちらの支配下に置くやつ、言わば洗脳返し?こっちはほぼ確実に動作するし、城内で何かするなら適切なやつだね。洸哉くん達が見たのは2つ目、洗脳解除。一人を基軸として、周囲の洗脳状態にある人間を通常状態に戻すやつ。基軸になる人間には特別仕込まなければ行けないから、確実性があまり無いものだよ。」
「いえいえ、それでも洗脳返しとか言うアレはないです!有り得ないです!恐怖体験です!」
さらに身体を震わせて叫ぶラウル。
その姿にアイリアは同情めいた視線を、ガバリルアス騎士団長は困惑と心配の混じった視線を向けた。
「なんだか聞けば聞くほどとんでもない内容が出て来るねぇ。」
「…ゾラだからと言うだけで納得できてしまうのが怖い。」
獅乃と彩峯は思わず顔を見合わせる。洸哉たちも色々と言いたい事はあったが、今はアイリア王女との話の方が先だろうと口をつぐんだ。
登城時の出来事を思い出して震え上がるラウルは、その時の混乱具合が再発した様に声を上げる。
「ゾラ様がもしもの時用に備えたという洗脳返しだの解除だのは、サウマリア様の持つ特殊技能と似ている様で違います!アレはもっとヤバいものですよ!一体どんな能力を使えばあんな事が出来るんですか!」
「ん?こういうその人特有の能力って、普通秘匿するものじゃないの?簡単に明かすものじゃないよね?」
ゾラとしてもそう多くはこの世界の常識を知る事は出来ていない。だが特殊技能などというものは性質上、そう安易に露見することを良しとしないモノであるのは察する事が出来る。ソレを持つ者の切り札となりうるのだから。
だからこそゾラは疑問を口にしたのだが、その考えは常識としてこの世界にあったのか目に見えるほどにラウルが狼狽えた。
「ふぇ!?あっ、やっ、そのっ!」
「って言うか、特殊技能とかの情報って完全に個人情報だよね。氏名、住所、交友関係、カード番号にも等しい重要な情報の一つにもなる。僕のことを付け狙っていた事からも考えられるんだけど…もしかして本当に僕のストーカー?ちょっと本当にやめてくれないかな。」
「ち、違います!私はそのストーカーとか言うのでは無いです!兄様命です!他には何も必要ありません!」
心底迷惑だという顔でゾラが苦言をこぼすと、狼狽えながらも根っからのブラコン発言を口にする。
ラウルの発言を聞いた面々は苦笑いを浮かべ、この数時間で妹の変な思想を何度も耳にする事になったガバリルアス騎士団長は静かに頭を抱えた。
「ぁ。後、あの時の発言を僕は許してないから。」
「書物は何物にも得難い至極の宝物です!例え神であっても其れを貶める行いは許されません!そして本当に申し訳御座いませんでした!!」
ついでの様に付け加えられたゾラの一言に、ラウルは一際ビクンッと体を震わせて上体を前へ下げる。勢いを付け過ぎて机に鈍い音を立てながら、ラウルは狼狽え具合がスッパリ消えた声で謝罪を口にした。
その姿に洸哉たちは苦笑を超えて、顔を引攣らせる。
二人の間に何があったのかは、ラウルの言動とゾラの性格を少なからず知っているだけに、洸哉たちには推測することも難しくはなかった。
アイリアは場の空気を変えるために一つ咳払いをすると、別の話題を口にする。
「しかしゾラ殿。アレだけの準備が済んでいたという事は、本来我々に合わずとも此度の件は貴殿のみでも解決されていた、という事だろうか。」
「あはは、ないない。アレはあくまでも何かあった時用だよ。何も無ければそのまま、もしくは少し上にクギを刺す程度で済ませて普通に過ごしていたよ。」
実際サウマリアが洸哉たちに何かしようとしなければ、城内の人間が洗脳されようがゾラは何もしなかった。
洸哉たちに何も無ければとそれでいい。度が過ぎれば何かしようとした者を軽く注意しただけの事。しかし手を出して来たので厳重注意をして言質を取り、今後何も問題が起きないようにしただけだ。
「だがゾラ殿等、召喚された貴殿らはこれまで不当な扱いを受けていたのではないのか?何も無ければというが、すでに色々と…」
「?………あぁ!あの場で話した事は実際には起きていないよ。仮定であり未遂、もしもの話をしただけだよ。実際、僕たちは
アイリア達に話した内容は、あくまで交渉の場に乗せるために話した言葉だ。
元いた世界から拉致したというのは事実。戦闘や偏ってはいても最低限の知識を得る事はこの場において必要な事で、洸哉たちへの異世界体験としてはあってもいいもの。
食事の毒や毒の香は未遂で終わらせたし、隷属の黒輪が作用するのは軽いもののみ効力がある様に制限してある。異世界生活に対する不安も取り除き、何が起きても問題ないように既に対応対策済みだ
「でもあの時、強烈に怒っていましたよね?雰囲気や口調が変わるほどに。」
「んー?そこの王女様がやった事に怒る要素とかあった?子供の癇癪程度でしょ?」
「イヤイヤ!子供の癇癪で済ませられるんですか!?ゾラ様達にかなりの害を成そうとしていましたよ!?」
「どこ等へんが?」
「え?」
「え?」
ラウルとアイリアは最初からゾラ達がどの様な目にあっていたかは知らないが、少なくとも洸哉たちは救出時には青白い顔で危うい状態になっていたのを目にしている。
その後、ゾラとサウマリアが対峙し、その攻防の様子も間近で見ていた。それ等のことを鑑みての言葉だ。
ゾラとしてはサウマリアが、大好きな姉が何処かに行ってしまったと癇癪を起こし、周りに当たり散らしていたという認識しかない。事実、多少の面倒ごとはあれど今まで平穏に過ごし、今回の騒動でも自分達は傷一つなく無事なのだから怒る要素など皆無ではないかと思っての言葉。
むしろ洸哉たちが異世界というものを体感できて良かったのではないかと思っていた。
方や呆然とした顔、方や本気で不思議な顔で首をかしげる二人。
なんとも言えない空気の中、洸哉が溜息をつく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます