1-21 相互理解

 ――◆ side:空船ゾラ ◆――



 少しの時間をかけて、場も静まった。


 先ほどまで興奮してゾラを掴みかかっていた洸哉も、今は席に着いて頭を抱えて沈み込んでいる。時間をかけてもゾラから反省の言葉を引き出せなかった洸哉の心が折れたのだ。

 ゾラの周囲でポヨポヨと動き回るスライムだけが、周りの空気をものともしている様子がない。


 反省の言葉は出て来なかったがその代わりに聞かされた、ゾラのされた屈辱的な事の内容。英雄だの、悪の総帥だの、謎の教皇だの、悪徳商人だのに気がついたら痛い名前と共にされていたという話は、当然の様に洸哉たちには創作話だと一蹴された。

 ゾラが遠い目で語った事に、気も留めず。


 洸哉が頭を抱え込んでからは、これ以上お互いに可笑しな行き違いがあってはいけないと自己紹介をし合うことになった。

 アイリア達は洸哉たちが異世界から来た者達だということは件の事で知っていたが、洸哉たちの幼く見える姿とは違いファスワン王国でいう成人である15歳を超えているという事に驚き。

 対して洸哉たちはガバリルアス騎士団長とサウマリア王女の事は知っていたが、騎士姿のアイリアが第一王女である事、ラウルがガバリルアス騎士団長の妹であるという事に驚いた。


「…そしてガバリルアス騎士団長が、まさかのロリコンという衝撃の話も」

「空船くん、少し黙っていただけます?」


 未だに部屋の中央で放置されたまま頭越しに会話をされる状態に、ゾラが茶々を入れると間髪入れずに深澄に注意される。


「ひどい!僕はちゃんと、この情報を仕入れた上で活用しただけなのに!!」

「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」


 両手で顔を覆って泣き真似をしながらゾラが言うと、ギョッとした顔でガバリルアス騎士団長へと視線が向けられた。


「違う、違うぞ!私にそんな性癖など無い!!」

「…兄様、信じて、いいのですね?本当に良いのですね?」

「ああ大丈夫だとも。私は正真正銘、真っ当な性癖だ。」


「ちなみに情報では、サウマリア王女に対して欲望に滾った目で見ていたり、密かにクンカクンカハァハァしているといった内容だったよ?」

「兄様?」

「…貴様は私に何か恨みでもあるのか!?」


 半ば必死に妹のラウルに弁明するガバリルアス騎士団長にゾラが更に言葉を重ねる。

 ゾラの言葉にガバリルアス騎士団長の言葉を聞き入れようとしたラウルの気持ちが一気に疑惑の目に戻った。焦ったガバリルアス騎士団長はゾラへと声を荒げる。


「なにさ、この城内にそんな噂が流れていたって話じゃ無いか。それに僕を敵視してるけど、この噂を流したのはそっちの王女だよ?」

「!?」

「!?…さ、サウマリア?」


 ガバリルアス騎士団長とアイリアの視線がその足元に座るサウマリアへと向いた。

 この場を設けたものの件の黒幕であり王族であるサウマリアに対しての処遇に困り、しかし事情を聴取らなければならないとこの場に同行させている。

だが皆と同じ様に席に着かせるというのも可笑しな話だと少し離れた床へと直接座らせているのだが、サウマリアの浮かべている表情は反省とも屈辱とも違う。その表情はいわば、拗ねた子供の顔だ。


「…あまりにもガバリルアス騎士団長の洗脳に対する抵抗力が強いので、精神的に弱らせようと噂を流しました。元々浮ついた話が全くなかったものですから、あっという間に噂が広まりましたわ。」

「なっ!?女っ気が無いからといって――」

「サウマリア、何故ガバリルアス騎士団長に洗脳術をかけようとなんてしたのだ?」


 ガバリルアス騎士団長の反論の声に被せる様に、アイリアがサウマリアに問いかける。

 言葉を潰されたガバリルアスは会話を止める訳にもいかず渋々反論の言葉を引っ込めた。不満げな顔は全く隠していない。そしてその不満げな顔をラウルが疑わしげに見つめていた。


「だって…ガバリルアス騎士団長は私の相談を真面目に聞いてはくれなかったのですもの。ターコイズ伯爵が話すお姉様の暗殺の話も、他国進軍のキナ臭い話も、話の真偽を明らかにしたかったのに何処を見ているのか真面目に取り合ってはくれず。お父様はお忙しそうにしていらっしゃって、私との時間も作れない様で…そうこうしているうちに、お姉様の形見の品が出てきますし…」


 むすりと口を尖らせていうサウマリアに同情的な視線を向けかける洸哉たち。

 しかしそれも続けてかけられたゾラの疑問、その返答によってすぐさま引っ込んだ。


「でも形見が出て来たからって、なんで次にやる事が異世界召喚なのかな?普通、酷くても死者蘇生の方とかに手を出すよね?」



「何を言っていますの!お姉様が他者と同じ様に単純な死を迎える訳がないでしょう!お姉様が死んだという話は、何も知らぬ他者による勘違いから来たもの!単にその身体が不要な物となり、さらに高みへと登られる為に身体を捨て去る儀式を見たものが勘違いしてお姉様の死亡が伝えられたのです!私は高みへと登られたお姉様が帰還する道を作るべく、妨害をする者を全て無効化して此度の儀式を行いました!全ては私とお姉様が共に在る為に!!」



 その場にいたゾラ以外の者は皆、絶句した。

 今まで殊勝な態度でいたサウマリアが瞳に狂信的な色を湛えて撒き散らしたその言葉に、皆が言葉を無くしたのだ。


 そして高みに登っていたと思われていたお姉様、アイリアは。


「私の妹はか弱く淑やかな、普通の王女だったはずなのだが…」

「サウマリア様は昔からこうでしたよ?」

「!?」


 思わず呟いた言葉に返された、ラウルの言葉で二度驚いていた。


「…しかし不要な身体を捨ててさらに高みへ、ですか。兄様もそうすればきっと。」

「!?」


 驚き固まるアイリアに構わず続けて呟いたラウルの言葉は、同じく固まっていたガバリルアス騎士団長に衝撃を与える。


「…シスコン姉妹、ブラコン兄妹、マジパネェ。」


 驚きの中ようやく絞り出された隼嗣の言葉は、洸哉たち全員の胸中と完全に一致していた。





「コホン。どうやら王女様方の心境穏やかではない様ですので、空船くんにこの国に関して知り得たことを語ってもらっても宜しいですか?」


 少し間を置いてようやく硬直も溶けたが、居た堪れない空気の残るこの場を仕切り直すべく、深澄が咳払いひとつして話の進行をする。穏やかな口調とは違って、その瞳にはゾラへ真面目に話をする様に圧力をかけていた。


 皆が固まる中ひとり我関せずと中で指をクルリクルリと回していたゾラは、溜息をついて話し始めた。


「まず始めに僕達が召喚されたあの時、この国は国家転覆…いや、国家乗っ取りの最終段階だったんだ。」

「「「「「「「!?」」」」」」」


 出だしからの衝撃の内容に洸哉たちは目を見開く。


「僕達の召喚には二つの思惑が関わっている。一つはそこにいるサウマリア王女によるお姉様御帰還の儀式執行。もう一つはターコイズ伯爵率いる貴族達による王国王家の乗っ取り。貴族達の計画では、異世界召喚の儀式をしたあの時サウマリア王女は儀式失敗によって死亡し、王家筋が途切れる筈だったんだよ。」


 ゾラの語る話に彩峯が疑問を投じた。


「…王家筋が途切れる?他の親類や世継ぎ候補は?」

「元々今の国王の血筋は先細り状態だったからね。国王には兄弟もなし、流行病で王妃さえもいない。その状況で3人しかいない王女が暗殺や事故、儀式失敗によって死去となれば、あとは計画を目論んだ者の思惑通りだ。」

「その後は薬によって国王の意思を失くして傀儡にするか、遺言を書かせて自分達に優位な内容を書かせるか…って感じぃ?」


 獅乃が訝しげな顔で予想を口にすると、隼嗣がフムフムと顔を上下させる。

 隼嗣の場合は現状を理解しての仕草ではなく、幾つかのラノベに出てくる話を思い返して自身の状況に投影しているのだろう。


「でも、そんなお貴族さま達の思惑とは違って俺達が召喚されちまったんだな。」

「あの魔法陣が設置されてからこの方、儀式が成功した実例はない。だから儀式行使で死ぬ筈だったサウマリア王女が生き永らえてしまい、さらに儀式成功で召喚されてしまった僕達を見てターコイズ伯爵は焦った。せっかく最終段階まで行った計画が頓挫してしまう、と。でもそれは直ぐに計画を修正する事で問題は無くなった。」

「修正された計画ってどんなの?」


 話の理解半ば状態で直樹が、取り敢えずと興味本位でゾラへとたずねた。


「召喚された僕達はこの世界では殊更超人的なステータスがあり、そして洗脳術を使えるサウマリア王女がまだ存命。この二点を使って修正された計画。現国王を使うのではなくサウマリア王女を上にあげて女王にして傀儡化、そして召喚された僕達は自分達の武力として道具化するという計画だよ。」


「…でもその計画も直ぐに頓挫した。………他ならぬ空船くんのおかげですよね?」

「確かに僕が色々妨害したものもあるけど、それはあくまでもこの世界の者ではない僕達に降りかかるものだけだよ。それ以外のモノは何もしてない。だから計画は遅々と遂行されていた。まあ、結局は頓挫したんだけど。」


 深澄が神妙に言葉を漏らす。

 その話は洸哉たちがあずかり知らぬものだ。皆、驚きの表情をしている。

 深澄は何故今までこの事を忘れていたのかと、頭を抱え込んでしまった。ゾラが意図的にだけなので、そう思い悩む必要はないのだが。


「…その計画が頓挫したのは、ソッチのが原因かしら。仲間割れ、とでもいうの?」


 実嶺が床に腰を下ろすサウマリア王女を顎で示す。名前をいうのも嫌なぐらい嫌っているようだ。


「元々違う思惑で動いていたんだ。何処かでどちらかの計画が頓挫するのは当たり前だよ。サウマリア王女の思惑と計画の概要はある程度、察してるんじゃないかな?」

「思惑は暗殺された筈だったアイリアお姉様の別世界からの召喚。その為に色々なモノを利用して場を整える事を計画していた感じか?」


 理解し難いと顔を顰めて答えた洸哉に、ゾラは肯定する仕草を取って宙で指をクルリと回す。


「貴族達の思惑とは違って、サウマリア王女が最初の異世界召喚を行ったのは本命の召喚に使用する燃料を持つを得る為だったんだ。元々、異世界から召喚した何かが膨大なエネルギーステータスを持って現れるという情報を持っていたんだろうね。僕達のステータスプレートを確認して回った時も口にしてたし。召喚が成功すれば、現れた何かを傀儡化し、よりエネルギー量が増すように教育。それすらも終われば、後は小煩く邪魔をする者達を全ては洗脳術で黙らせて本命のお姉様召喚を実行、ってとこまでがサウマリア王女の計画かな?」


「…では、空船くんが行っていた妨害は主にサウマリア王女側に対するものだったという事ですか。」

「結果的にそういう事だね。貴族達側からすれば王国王家乗っ取り第一、僕達の事はあわよくば。サウマリア王女側からすれば召喚の際のエネルギー目的で僕達を狙い撃ちって事だから。…最終的にサウマリア王女が痺れを切らせて強攻策に出て返り討ち、この現状に至ったって感じかな。」


 全てを語り終えたゾラは、やれやれと肩を諌めて話を締めた。

 話を聞き終えた洸哉たちは、眉間に皺を寄せているものの納得いった表情をする。



 再び訪れた静寂に、今まで聞き役に徹していたアイリアが口を開いた。


「では我々と顔を合わせたあの時、計画を知ったゾラ殿は皆を守る為に一人城外へ出て協力者を得ようとしていたという事なのだな?」




「え?禁書庫に入り浸っている暇がなかったから、城下の民間向けの書庫探索に出ただけだけど?」




「いやそこは、もう少し言い方なんとかならねぇのか!?」


 洸哉は机に手を打ち付けてゾラへと声を荒げた。

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