1-20 状況確認
――◆ side;空船ゾラ ◆――
場所は移って、場内の食堂の一室。
洸哉たちが普段食事をとっている場所だ。
会議室等の場所ではなくこの場所が選ばれたのは、単に皆がこの場所周囲の構造を知っているからである。
その見慣れた室内にある長机や椅子を円陣に囲んで、アイリア達と洸哉たちは席についていた。
長机の円陣を防波堤の様に模し、その中央に置かれているのは今回の件の要注意人物だ。
「…解せぬ。」
口をへの字に曲げて円陣の中央に置かれた人物、ゾラは呟いた。
その足元には半透明のスライムが一体、ポヨポヨとしている。
「何が解せぬ、だ!お前がこうなる原因を作ったんだろうが!!」
長机を叩いて洸哉が声を荒げた。
食堂の中央で円陣に組まれた長机の奥手に座るのはアイリア、ラウル、ガバリルアスと、その足元には件の黒幕であるサウマリアが。食堂の入り口側に座るのは洸哉たち、召喚された者達だ。
その中央に椅子一つ置かれ、そこにゾラがむすりとした顔で座っている。
この公開裁判の様な有様になったのはひとえに、ゾラが逃走を図ったからである。その理由は一貫して、面倒ごとも済んだから禁書庫にこもる、というもの。
言い聞かせても捕らえてもスルリと逃げ出そうとするゾラに、洸哉たちがキレてこの状態となった。何の説明もなしに放置されてたまるかと。
入り口側に洸哉たちが座っているのも、ゾラが逃げ出そうとするのを押しとどめるためだ。
「場も整った事だし、説明して貰えますか空船くん。」
「うえぇ?どっから説明すればいいのぉ?」
「…全部、最初から話してもらわないと困る。」
顔に浮かぶ疲れが隠せない様子で深澄が問いかける。
疲労を隠せないのも仕方がない。もう空も明るく、日が昇っているのだ。
あの騒動後、寝ずにこの場を開いているのだが皆の顔には疲労の色はあれど眠気などの気配はない。眠気がくる状況ではないということでもあるのだろう。
いかにも面倒臭そうな顔をするゾラに、彩峯は眉を顰める。
それを目にゾラは順々に他の者を見渡すと溜息ひとつ、宙で指をクルリと回すと口を開いた。
「僕が生まれたのは小国の国境隅にある小さな街でね、その中ではそれなりに裕福な家に生まれたんだ。衣食住が万全に整った家、でも僕自身は万全な状態ではなかった。生まれながら特殊な病を患っていた。その病は魔力を異常なまでに溜め込んでしまうもの、人体の許容を超えた量を蓄積してしまうものだったんだ。通常なら人体に必要な分、その人がもつ器の分だけしか蓄積されないものが許容以上の量を取り込めばどうなるか。赤ん坊の時は軽い熱だけで済んだのを成長するごとに全身が拒否反応を起こし、高熱を発し引きつけ痙攣、終いには常に全身が激痛を引き起こす様になる。それが何年も続いた。だけどある時、僕は思ったんだ。体が魔力を溜め込もうとするなら、僕自身が魔力を発散させて仕舞えばこの拒否反応は消えるんじゃないか、って。それから僕は魔力というものの扱いを独学で覚えた。言語ワードを解析して効率化、魔法陣に対しての解析と実用化。そうして日常的に起こる拒否反応を発生させない程度まで消耗させる魔法陣を作り上げた頃、僕はいつの間にか大陸一の最年少魔法師になっていたんだ。」
「いや、ちょっとまて!何の話をしてるんだお前は!!」
淡々とした口調で話すゾラの様子に中々口を挟めず、話が途切れた合間に洸哉は慌てて口を出す。対面に座るアイリア達の顔を見ればポカンとした表情で、間抜けにも口を開いている。
「いや、洸哉。待つのはお前だ。」
「隼嗣?」
珍しく真面目な顔をする隼嗣に洸哉は戸惑い言葉を止めた。
今のゾラの話に何か重要なものでもあったのだろうか。
洸哉が続けて問いかけようとした言葉を遮る様に、隼嗣がゾラへと視線を投じて続きを促した。
「最年少魔法師になった僕は所属する国へと召還され、軍への所属を言い渡された。国としてはなぜ僕がそこまでの力を手に入れたかなんて関係ない。ただ強力な手札を手に入れたかっただけだ、僕に拒否権なんて存在しない。でも、この話は僕にとっても有意義なものだった。だって僕の病は完治したわけではなく、蓄積と消耗で釣り合いをとっていただけのものだったんだから。それからは魔力の蓄積を続ける状態を、戦場で魔力を消耗し続ける。戦場の功績で得られた金銭と権力で病の治療法を探し出し、研究する。そうこうして、やっとの事で長年苦しめられた病は根治させることが出来たんだ。」
洸哉は首を傾げる。
どう考えてもゾラの話は今回の話に関連性がない。全くと言っていいほどにない。
視線を対面で困惑の表情を浮かべるアイリア達でなく、同じ召喚者の仲間に投じると洸哉と同じく首を傾げているものがいた。
「なぁ、隼嗣?」
「しっ!今いいところなんだから黙ってろよ!」
意味有り気に、ゾラの話を制止しようとした洸哉を止めた隼嗣を見るとその顔には高揚感が浮かんでいた。確か発売待ち遠しいゲームを購入できた時とかこんな顔をしていなかったか、と洸哉が考えている間もゾラの話は続く。
「でも幾ら病が治ったからと僕の軍所属は取り消されない。病根治のために功績を上げすぎたからね。仕方なしに軍に従属を続けていたけど、そんなある日。僕を産み育ててくれた両親が亡くなった。死因は聞かなかったけど、長く生きた方だったよ。そして両親が亡くなったことで僕の足枷は消えた。国に仕えていなければいけない理由がなくなったんだ。一人っ子だったし、病のせいで知り合いもいなかったから正真正銘、自由の身。軍属は僕の意思一つで消し去る事も容易。僕はすぐさま動いた。国からの追っ手はすぐに来たよ。今まで支えていた国、敵国として幾度と交えた国々、そこら中から大陸一の脅威となった僕一人に対して軍隊がね。」
「なぁ!やっぱりこの話関係なくねぇか!?」
「ちょっと洸哉先輩!静かにして!!」
「そうだよぉ、続きが気になるんだからぁ。」
長く話を聞いていたがどう考えてもこのまま聞いていても意味がないのではと、洸哉が賛同を求めるように立ち上がって周りに同意を求めると即座に直樹と獅乃から止めの言葉を返された。
「ねぇゾラくん?その話、今必要?関係ある話なの?」
「全く関係ないけど?」
「うぉい!!」
釈然としない顔で席に着いた洸哉の代わりに、実嶺が深妙な声でゾラへと問いかけるとあっさりとした回答。洸哉の時は散々無視されたため、納得行かずに妙な声を上げてしまった。
憮然として顔をする洸哉を横目に深澄はゾラへと問いかける。
「はぁ、やはりですか。………ちなみにその話の続き。いえ、結末は?」
「喧嘩両成敗って事で、全部の国を存続できなくした感じだね。」
「わぁ、最終的にトンデモ展開だぁ。」
「両成敗どころじゃなく、全成敗の結末だな。」
「努力系の成り上がり物語だね!」
溜息をついていたが、深澄のその顔に何処と無く期待の色があったことを問いかけられたゾラはしっかりと目撃していた。
ちなみに深澄の横手に座っている洸哉たちはその表情に気付いていない。
「…説明して欲しかった物事にその話は必要ない。」
「話してほしいって言ったから最初から話したのに、理不尽だなぁ。」
「いや、創作話を話せとは誰も言ってないから!」
頬を膨らませて不満を露わにするが、ゾラにも今求められている話では無いのは分かって話している。ただ何処まで説明すればいいのか、落とし所を探るために無駄な話をしているだけだ。
「…じゃあどうしろっていうのさ………あ、もう解散する?禁書庫いっていい?」
「何でそうなる!?説明を面倒くさがるなよ!!」
いま話さなければいけない事、後々話す事、話す必要が無い事、今現在起きている厄介ごとを考えているうちに色々と面倒になり、話さなくても良くならないかという気持ちがゾラの口から漏れた。適当な話をしていれば有耶無耶にできないかと思い出した話を口にしたのだが、そうは問屋が許さないらしい。
洸哉は呆れた声をあげるが、特に何処かの誰かが引き起こしている件のせいで考えがまとまらないのだ。
ゾラが溜息をついて視線を宙に投げていると、今まで会話に入って来なかったアイリアがおずおずと手を挙げた。
「…すまない、少し良いだろうか洸哉殿?」
「「ん?」」
ゾラと洸哉が同時に疑問の声を上げるが、其々浮かんだ疑問は少し異なるものだ。
「えと、なんでそいつを見て俺の名前を?」
「いくら僕に好意を抱いているからって、相手の名前を間違えるのは失礼だと思うよ?」
「え?」
「「え?」」
洸哉とゾラが二人して首を傾げながら問うと、問いかけられたアイリアもまた疑問の声を上げる。それを聞いてさらに洸哉とゾラは顔を見合わせた。
その場にいる誰もが疑問符を浮かべて首を傾げる中、アイリアの横に腰掛けていたラウルが恐る恐ると声を発する。
「あの、そちらの少年は…『笑撃爆烈盗賊王の洸哉』という名で武術大会に出場、優勝したのですが、彼は洸哉という名前ではなかったのでしょうか。」
「はぁ!?」
ラウルの言葉に衝撃を受けて驚き固まる洸哉。
その周りでは笑撃?盗賊王?とボソリと呟く声でやら、何かを堪える声でやら言葉を漏らしている。
「………ぁ。」
口を半開きにして固まる洸哉から遅れる事、数秒。やっと何の話か思い当たったゾラがポツリと声を漏らした。
その声に反応して洸哉が油の切れた人形の様な動きで、ゾラの方へと首を向ける。
「ゾラ?お前が犯人なのか?ん?どうなんだ?」
「おや、洸哉君。世のイケメン顔負けの輝かしいばかりの笑顔だね。惚れ惚れしちゃうよ。」
「おいおい、ちゃんと会話しようぜ?俺はお前を信じたいんだよ、な?正直に言えよ?」
「やだなぁ。まるで僕が厨二全開の大会出場者達のラウンドネームの中に混じりたく無いからって、身代わりに友の名を面白おかしく使ったみたいに言わないでよ。失礼だよ?」
「そうだよな、お前は友に対してそんな事をしないよな?………で、実際どうなんだ?どういう気で人の名前を使ったんだ?」
「大会が終わってからも変な二つ名のついた名前を街中で聞きたくなかった!どうせ偽名を買うなら楽しいことが起これば良いと思った!そんな僕には後悔なんて言葉は存在しないよ!」
「お前は威張り腐って何てことしてくれたんだ!!」
怒鳴った勢いのまま洸哉は机を飛び越えてゾラへと摑みかかった。
襟首を掴んでゾラの体をガクガクと前後に動かすが、当の相手は全く反省の色が見えない。
その事でさらに洸哉の怒りは過熱するのだが、何をどうやってもゾラが反省することはなかった。
「僕なんてもっと屈辱的な事をされた事あるんだよ?この程度、どうって事ない問題だよね。」
「だからって俺に、変な浮世名をつけて世間に流すんじゃねぇ!」
「…あなた達、いい加減にしなさい。話が進まないでしょうが。」
深澄が一人頭を抱えて呟く声が、ゾラと洸哉の声にかき消されていった。
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