1-19 戦いの終結、収束

 ――◆ side:空船ゾラ ◆――



「はい、言質とった!お仕事終了!じゃあ皆、撤収ー!」


「「「「………ふぁ?」」」」



 軽い口調で語られたゾラの言葉に、アイリア達が気の抜けた声を発した。


 今までの重圧感ある雰囲気が突如消え失せ、まるで人が変わったかの様に目の前の人物が陽気な声を上げれば、腑抜けた声を上げてしまうのも仕方がないのかもしれない。

 アイリア達は急激な変化に頭が対応できず、完全に動きを止めてしまった。


 硬直するアイリア達を放置して、ゾラは今まで表情を隠していた笑い面を頭部へズラしながら身を翻す。


「取り敢えず今まで使っていた客室を拠点にして環境を整えようかな。んで、王国の最高権力でこの国の御宝を取り寄せ書物の仕入れてもらって…あ!その前に禁書庫と宝物庫にある書物を見に行かなくちゃ!ふふ、国家権力を使えばどれだけのモノ書物にお目にかかれるかな。」


「待てゾラ…おいっ!!」


 含み笑いを浮かべたまま出て行こうとするゾラを洸哉は慌てて止めた。声を掛けただけでは足を止めず、咄嗟に出した手は力強くゾラの肩に食い込んでいる。


「ちょっと痛いよ洸哉くん。あんまり力込められると僕の体の変わっちゃう。自分の身体能力ステータスがどうなっているのか自覚してるのかな?」


 抗議の声を上げるわりにゾラの態度には痛がる素振りが全くない。痛いという言葉もからの言葉だからだ。


「あっと、悪い……っていう側からどこか行こうとするんじゃねぇ!!」

「ヤダ、離してよ。もう用事は済んだし、も済んだんだから後は自由行動でいいじゃない。僕はこれから禁書庫に篭って読書するという趣味と実益を兼ね備えた、非常に重要な趣味に興じるんだから邪魔しないでよね。」

「いきなり通常の書庫を飛び越えて禁書庫かよ!?」


 ハッと気付いて手を離そうとした洸哉の隙を突いて、その場から退出しようとするゾラ。

だが再び洸哉に捉えられると、矢継ぎ早に他の者から言葉を投げかけられる。


「…結局あなたの趣味に走るだけじゃない。それより事態を引っ掻き回しといて放置とかないと思う。」

「そうよ!済んだも何も、全く終結してないわよね!?黒幕を弱らせて、別の責任者?に私達の身の補償を口約束させただけじゃない!」

「せめて、あの王女様を拘束して私達にとって無害な状態にしないと安心できないよぉ?」


「なぁゾラ、天井付近にあるあの光の玉って大丈夫なのか?スンゲェ存在感が半端ねぇんだけど?」

「なんか落ちてきそうだよゾラ先輩?」


 サウマリアやアイリアの方を見て渋顔をする彩音と実嶺と獅乃。今現在も天井付近で煌々と光を発する、色々な者から集められた精神力等で出来た玉を凝視する隼嗣と直樹。唯一何も言わなかったのは深澄だけだが、その瞳はゾラに向けたまま眉を顰めていた。


「もー、あれらを僕がなんとかすればいいんでしょ?なんとか!」

「いや、お前がこれだけ引っ掻き回したんだからな!?」


 頬を膨らませて不満を募らせる姿に洸哉が思わず言葉を返すが、当のゾラはブツクサ言いながら呆けた表情のアイリア達の横を抜けてサウマリアの処まで足を進める。


なかった事にする消えてもらう方が一番楽なんだけど、約束だからね。代わりにこれを上げるよ。」


「「「「「「「は!?」」」」」」」


 何気ない仕草で自分の腕にはめられたを外したゾラは、サウマリアへとそれを装着させた。ついでにサウマリアがもともと身につけていたを交換とばかりに奪い取る。


「…あの、空船くん?そのは自分の意思では外せないはずですけど、どうして外せてるんですか?」


 驚いて自分たちに装着された隷属の黒輪と、自分の意思では外せないという事実を見比べたり確認している洸哉達。

 一人その事実を瞬時に確認した深澄が恐る恐るといった様相でゾラへと疑問の言葉をかけた。

 皆一度は装備した後に外せなくなってしまったという事に愕然とした思いをした代物だ。改めて確認する必要もなく、その事実は脳裏に刻まれている。


「えーそんな取り留めのないことはどうでもいいじゃない。出来たから出来た、それだけでしょ?…そんな事よりも、深澄先生コレ欲しい?」

「い、要りませんそんなモノ!!」


 どうでも良さげに深澄に答えるゾラ。

 続く軽い口調で深澄に問われたの所有権は、首と手を力の限り横に振る事で答えた。身の安全は図りたいが、これ以上この国に関わることは御免被りたいと言外で表す行動だ。


「そう?それじゃ、これはアイリアさんに上げようかな。」

「…へ?」

その子サウマリア王女を生かすも殺すもアイリアさん次第。放逐したところで文句も何も言わないからね。僕としては邪魔さえして来なければどうでも良いよ?」


 ゾラは大した感慨もなくハイと気軽に呆然としたままのアイリアの手に支配の白輪を握らせる。アイリアがゾラの言葉を理解したかの確認もなしに。


「じゃあ次は、と。天井のアレかぁ…どうしようかな、混じりすぎて戻すに戻せないや………いっそしておこうかな?」


 周囲の空気を気にすることなくゾラは宙に浮かべた視線をそのままに、宙で指をクルリと回した。

 ゾラが指を何度か回していると、その動きに連動する様に光の玉も渦巻き形を小さな球状に変化させていく。小さく小さく凝縮され、球が片手で握り込める程の大きさにまでなり、さらに形を調整する様に少し膨張させた後、ソレは部屋の中央へと落下してきた。



 ――ぽよんっ。



 天井高い位置から落ちてきたソレは床で何度か弾み、プルプルと体を震わせると動きを止める。


「うゎなにあれかわいぃ………違う。ちょっと何をしたのよゾラくん!」

「うぉう、突然スライムがあらわれた。」

「わぁ、まんまるのスライムだぁ!」


 部屋の中央でプルプルと鎮座するスライムをチラ見しながら実嶺が困惑混じりに声を荒げた。

 スライムという存在に一番喜びの声を上げそうだった隼嗣は、突然の状況に驚き体を反らせたまま固まっている。

 ただ一人直樹だけが自分の感情通りに動き、移動しないスライムに近寄って指でツンツンと突き始めた。


「ゾラ、ちょっと待て、ちょっと待ってくれ。色々何がどうしてそうなった。」


 どれにどういう疑問を持って頭を抱えているのか、洸哉が再度ゾラの肩を掴んで疑問の声をかける。


「やっぱりあの形状の方が良いと思ったんだけど?場に溶け込むより方が良くない?」

「いや違う、そうじゃない。そういう形状の話じゃないんだ。」


 さらに頭を抱えた洸哉の姿にゾラは首をかしげる。

 洸哉達が言ったのはこの場を何とかする事、今後の不安をなくす事。何が足りないというのか。

 ゾラは数瞬考え、すぐさま答えを口にした。


黒幕サウマリア王女の協力者の貴族は、謁見の間に置いといたよ。そいつらの館やら何なんなりを捜索すれば証拠バッチリ、事件解決だね!」

「さらに場を混乱させる情報を出すんじゃありません!」

「もぅ、これ以上僕にどうしろっていうのさー。」

「説明を!色々と説明をしなさいって言ってるんです!」



「………ぇと、あの、一番説明が欲しいのは私達なのだが……誰か、説明を…」



 ようやく僅かながらにも頭が動き始めたアイリアの言葉が、ゾラ一人に引き起こされた喧騒に紛れて消えていった。

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