1ー18 戦いの後の駆引き(後)
――◆ side:アイリア=デジア=ファスワン ◆――
代々受け継がれているこの魔法陣は全容こそ解明されていないが、その大凡の効果と発動条件と必要なモノは判明している。
効果はこの世界とは別の場所にある何かの召喚。発動条件はこの王国筋の人間。必要なモノは魔法陣が発動中の燃料、生物がもつ生命力と精神力。
過去に傾国の王女と、王国上位の魔法師数人で発動させた時は、何かの身体の一部しか召喚されなかったという。その必要燃料の量が異常なまでに多い為に、禁忌として何代も前にこの場を封印された。
それが既に召喚は成され、これだけの人数が召喚されているという事。
その意味は――。
「…サウマリア……お前は、どれだけの、人間を………人を、犠牲にした。」
震える声でアイリアが問いかければ、少年に殺意のこもった視線を向けていたサウマリアが笑みを浮かべて答える。
「安心してくださいお姉様。使ったのは獣人の奴隷です。お姉様に仕える民に手を出すわけが御座いませんでしょう?」
「…獣人の、奴隷?」
種族は違えど、同じ人族。
その命をお使い潰すということは罪であるのに、サウマリアは臆する事なく語り続ける。
「えぇ、そうです。バカな貴族が取り寄せてくださいましたの。まぁ、
「「「「「「「っ!?」」」」」」」
クスクスと笑い声とともに語られたその内容に、今まで静観に徹していた少年の仲間達が驚愕に目を剥いた。
その中で少年だけが驚く反応も示さない事から、彼だけはその話を知っていたのだろう。
「フフッ、お前達は本当に愚か者ね。帰れると信じて自分を鍛え、召喚された復讐に私にこの様な事を。全てが無駄な事なのに!お前達は唯使われるだけの、道具になっていればよろしかったのですわ!!」
愉悦の混じったその顔で、サウマリアは声をあげた。今更自分に手をあげても無駄だと、自分こそが勝者なのだと。
しかしその喜びも一瞬の間だけだった。
「………ぷっ、くくっ。」
その空気を一瞬にして変えたのは、一人冷静だった少年の吹き出す声。
「…何がおかしいのです。」
「何がおかしい?お前の語る全てさ。我々には元の世界に帰る術があるし、此処とは異なる世界は何の犠牲もなく存在している。勝手にお前の妄言を語られては困るな。」
「っ!?お前こそ戯言を!何の証拠があって、その様な事を口に出来るのですか!!」
「あぁ、お前は会うことすら出来ないから知らないだろうな。我々の事はこの世界の上位の者が守護してくれている。その関係で色々な事を教えてくれるのさ。愚か者のした行いの謝罪としてね。」
少年は両手を広げて天を仰ぐ。自らが神に守護されたものなのだと見せつける様に。
「ふざけるな!お前の様なものに神の加護があるわけがないでしょう!」
サウマリアが吼えると同時に何処からともなく複数の人影が現れ、少年を取り囲んだ。
「少年!!」
誰もが反応が出来ぬまま、少年を取り囲む人影達は一斉に動き出した。
人影達の手にある得物を、取り囲む中央へと向けて振るわれる。
その囲いが解かれたのは全ての得物が振るわれた後のことだ。
「っ!?」
目隠しの無くなったその場所には、切り刻まれ得物を突き立てられた人の姿があった。得物が多数突き刺さるソレは、立っている事もままならないのかグラリと身を揺らす。
ソレをみて表情を急変させたのは、サウマリアだった。
「…何故、です?何故ですかお姉様!?」
人影達に隠されたその場所には少年が立っていたはずであり、急に現れた事から誰もが庇い立てすることなど出来なかったはずである。
だからこそのサウマリアの疑問の声。
一体どうして、その場所にアイリアの姿があるのかと。
突き刺さる得物もそのままに虚ろな表情で身体を傾けるアイリアの姿を、少し離れたところからアイリアは目にしていた。
皆が呆然とする中、数度手を叩く音が静かな空間に鳴り響く。
「いやぁ、面白い様に思い通りの行動をとるものだ。第三王女には喜劇の才能でもあるんじゃないか?」
「…ぇ?」
無意識に涙すら流して乾いた声を漏らすサウマリアの姿に、いつの間にやられその側に移動していた少年はククッと笑いを漏らす。
「…なに、が?」
混乱するまま溢したアイリアの声と同時に人影達はグラリと身体を倒れさせ、中央にいたアイリアと思わしき人の姿はパシャリと身を崩れさせた。
ソレが立っていた場所に残るのは、ソレをかたどっていたと思われるだけの量の水と、突き刺さっていた得物が地面へと落ちる光景だけ。
「何もおかしい事はない。ただ回りを彷徨く影を騙し討ちしてやっただけだ。最高の皮肉を込めた上で。………だが次は本物が、ああなるかもしれないな?」
少年の口から溢されたその笑いを含んだ最後の言葉は、近くに転がり落ちてきた得物を拾い上げるためにしゃがみこんだ瞬間だった為に、すぐ側で横たわるサウマリアの耳にしか入らなかった。
「……ぅ…ぁ。」
アイリア達には聞こえなかったその言葉がトドメになったのか、サウマリアの心は完全に折られてしまったようだ。
土色の顔から表情が抜け落ち、力なのはいらない身体をガクガクと震わせた。
目を見開き、声を上げなくなったサウマリアの姿に少年は満足そうな声を上げる。
「くくっ、不様なものだ。だが、我々が味わった苦しみはこんなものでは無い。まだまだお前には苦しみを味わって貰わなければな。」
クルリクルリと手の中で回していた長細い得物を逆手に持ち替えて、少年はサウマリアへと突き立てんとばかりに腕を振り上げる。
「………ぁ!」
その仕草をみてアイリアは焦り、慌てて声をあげた。
「まっ、待ってくれ!」
制止の声に振り下ろそうとした手をピタリと止めて、少年はアイリアへと顔を向ける。
「…何かなアイリアさん。まさかとは思うけど…見逃せ、とか言う気じゃ無いよね?」
ただ佇むだけの少年の姿から威圧感が増して行く。
笑い面に隠されている少年の視線が、アイリアの身体を突き刺し縛り付ける。
「…見逃してくれとは言わない。しかしその娘はこの世界の人間であり、ファスワン王国の王族の一人。どうかそれの始末は私、いや私達に裁かせてもらえないだろか。」
震える声を抑えながら、どうか少年に自分の誠意が伝わる様にと意思を込めた目で訴えかけた。
「はぁ?うちの問題だから手を出すなとか…それでコレが我々にこの世界の部外者にやった事を忘れて、泣き寝入りしろとでも?」
振り上げていた腕は下げてくれたものの、少年は未だに床に突っ伏すサウマリアの身体を踏みつける。どれだけの力が込められているのか、サウマリアの口から呻き声が漏れ出ていた。
「王族故に極刑は難しいが、貴殿らが納得する様な罪を負わせる事は約束する。だから、どうか…どうか、お願いだ……」
真摯に訴えかけるアイリアの思いとは裏腹に、少年の踏みつける力が強くなる。サウマリアの呻き声が一層強く高まった。
少年はそんなサウマリアの姿を尻目に淡々と言葉を紡ぐ。
「我々を元いた世界から拉致しておいて、戦闘経験もない人間に戦闘を強いる。与えられる知識は最低限の、偏ったものだけ。かと思えば食事に毒を盛り、眠っているところに毒の香を焚く。終いには強制的に隷属させる道具まで持ち出してくる。…身も知りもしない世界でそんな環境で過ごさなければいけなかった我々は、毎日戦々恐々とした日々を送らなければならなかった。」
「……ぇ?」
「そんな我々に、これまでの事はうちの奴がやった事なんで忘れて下さい?バカにしてるのか?我々はすぐにでも元の世界に帰りたいのに帰る事も出来ないんだぞ?」
「………。」
少年の口から語られるこれまでの少年らが味わった物事に、アイリアの身が縮まる。申し訳ないと言う言葉では表せられない思いが駆け巡る。
言葉にできない代わりにアイリアは深々と頭を下げた。
視界の隅に一瞬映った少年の仲間が、眉を顰めたり首を傾げているのが見える。恐らくアイリアの言葉に納得していないのだろう。
「すまない!これまでの事を許してくれとは言わない、言える筈もない!私達に出来る償いはさせてもらう!だから、どうか、お願いします!!」
「…お、ねえ、さま。」
虚ろな瞳で呻き声を上げていたサウマリアの目が何時しか、アイリアの頭を下げる姿を見ていた。
「…償い……償いねぇ。それは一体何をしてくれると言うのかなぁ?」
下げた視界に映る、少年の足先がアイリアの方を向く。
何かを突きつけられている気がする。先ほど手にしていた得物だろう。
問いかけられているその言葉は、試されているかの様だ。
――ピッ
「貴殿らの身元の証明、拠点の提供、貴殿らが国に帰れるその時まで我らがその身を護ることを約束する。そして、貴殿らを王族と同等の地位を授与。勿論これに我が国の何者も、貴殿らに命令強制する権利や干渉する権利はない。」
「いずれ元の世界に帰る我々に地位なんてものは必要ないけど、衣食住は当然の事として用意してもらわないと困るなぁ…それで?まさか其れだけで償いをしましたぁとか言わないよね?」
視界に映る少年の足が動く。
サウマリアの上から足を退けた様だ。
少年の仲間たちが、小さく声を上げているのが耳に入る。
――ピッ
「私達には貴殿らが過ごしてきた異世界の事は分からない。なので私達に可能な限り、ファスワン王国全権力を使ってでも貴殿らの要望に応えると誓う。」
「へぇ?思い切ったものだ。だけど其れは、アイリアさんの独断によるもの。何の実行力もないでしょ?我々を納得させる為だけに口にしてるだけだよねぇ。」
痛いところを突かれ、アイリアは思わず息を詰める。
確かに今この場には第一王女であるアイリア、騎士団長のガバリルアス、女性騎士団長のラウル、第三王女であり今件の罪人であるサウマリアと、召喚された少年たちしかいない。
アイリアが今まで口にした内容を否定すれば、すぐにでも無かったことになる。アイリアがそうしなくとも、更に上の決定権がある人間が拒否すれば無かったことになるのだ。
少年の笑いを含む試すような問答が、会話の間あいだで鳴る妙な音がアイリアを追い詰めて行く。
――ピッ
「…今この場では誓うと言う言葉を口にする事しか出来ない。今件によって我が父、ファスワン国王がどの様な状態かもまだ分かっていない。だが、この誓いを破る事は絶対にしない。このファスワン王国第一王女アイリア=デジア=ファスワンの名において、この誓いを絶対のものとする!」
少年が倒れ伏すサウマリアから離れ、アイリアの方へと足を進めるのを視界が捉えた。
頭を下げるアイリアの丁度正面、数歩手前で足を止めると最後通告を匂わせる様に言葉を口にする。
「なら、仮にその誓いが守られなかったら…どうする?」
数歩前に立つ少年の手には細長く角ばった得物が。
対するアイリアは頭を下げてすぐには動けない。
この答えが少年の気にいるものでなければ、すぐにでも少年はその得物をアイリアへと振るうだろう。
しかし、この答えはもう既に決めている。
――ピッ
「もし誓いを守れなかったならばこの身、どう扱ってもらっても構わない。閨を共にするでも、亡き者にするでもどちらでも。国すら憎いと言うのならば、我が手、我が身を使ってもらっても構わない。それだけの権利が貴殿らにはある。」
「「アイリア様!?」」
「姉様!?」
ガバリルアス騎士団長とラウル、サウマリアまでも驚きの声を上げる。しかしアイリアの覚悟は揺るがない。
少年はこの答えで満足してくれただろうか。それを知る為にアイリアは下げていた頭を上げて、少年の顔を視界に収めた。
少年はゆっくりとアイリアに突きつけていた得物を引き戻す。
天井高くから降り注ぐ光が全てを断罪する様に煌々と光る中、アイリアの言葉に対する返答を口にした。
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