1-17 戦いの後の駆引き(前)
――◆ side:アイリア=デジア=ファスワン ◆――
「大変申し訳ございませんでした。全ては私が愚かだったが故のことで御座います。皆々様には多大なるご迷惑をお掛けしたことを猛省し、今後は皆様に誠心誠意仕えさせて頂きたく思います。本当に大変申しわけございませんでした。」
天井から煌々と光照らされる召喚の間の中央で、土下座をするドレス姿の少女。
頭を下げたままで顔を見ることは出来ないが、それがファスワン王国第三王女サウマリアであるとアイリアには分かった。
「………!」
何故こんな事を企てたのか、如何してそんな事をしているのか、そんな言葉をサウマリアへぶつけたかったのだが、アイリアの体は言う事を聞いてはくれずパクパクと口を動かすだけに終わる。
何故だか声を発する事も前へ進む事もが出来ないアイリアの代わりに、追い付いてきたガバリルアス騎士団長が声を上げた。
「そんな事で誠意が伝わると思っているのか!もっと大きな声でやり直せ!!」
「!?」
追い付いてきた直後におかしな指摘を始めたガバリルアス騎士団長に驚き、アイリアが唯一動く首を動かして振り返ると声を荒げた当の本人は驚愕の表情で首を横へと振っている。
どうやらガバリルアス騎士団長の意思で口にした言葉ではないようだ。
視線でどういう事かと会話していると、今まで頭を下げていたサウマリアが勢いよく顔を上げる。
「ッ!こちらが下手に出ていれば、どこまで私をコケにすれば気がすむのです!赦す気も生かす気もないのならば、さっさと――!?」
頭を振り上げたサウマリアが声にはせずに口元を動かした。
なぜ貴女が其方から参られるのですか、と。
三者三様驚愕の顔で固まる中、背後では真っ先に飛び出して行ったアイリアを追いかける形で階段を上ってくる足音がする。少年の仲間たちと、その先頭を走るラウルだ。
「アイリア様? ………サウマリア様、何をしているのです?」
追い付いてきたラウルが棒立ちで動こうとしないアイリア達を横目に、警戒しながらサウマリアへと問いかけた。
事件の黒幕なのは兄のガバリルアスから聞いているが、膝をついている姿からどう言った状況なのか判らずに問いかけた言葉だ。
「私は、お姉様を、此処に…天へと召されたお姉様が、私の元へとお戻りになるように帰還の儀式を………。」
どこか呆然とした顔で答えるサウマリアに、アイリア達は何を言っているのだと眉を顰めた。その理由は彼女の語った内容が可笑しなものだからだ。
「サウマリア様、貴方のお姉様方は亡くなっておられません。第二王女カミリア様は別所の慰安所で御身の治癒に努められておられますし、第一王女アイリア様は今件で動いておられました…状況次第では国王陛下の判断の元、サウマリア様へも伝えられるという話だったのですが?」
ラウルは直接問いかけ、サウマリアは静かに首を振る。
「父様は何も。何が起こったのか、遺体はどうしたのかも答えてくださらなかった。だから私は…」
アイリア達の視線を受けて、サウマリアは顔面蒼白で唇を震わせた。
どういう事だとアイリアはガバリルアス騎士団長へと視線を向ける。
「申し訳、ありません。敵対貴族供の監視の目が多く、姉王女様方の生死に関する真実を伝える機会が見つからず…近々起こり得る騒動については国王自ら話をするとの事だったのですが……実際に離されたかどうかは、何時からか私も記憶が混濁しております。」
恐る恐る声を出し、頭を下げるガバリルアス騎士団長。アイリアと違って動きを取れるようだが、また自分の意思とは違った動きを取るやもと不安のようだ。
「なぜ、何故真っ先に私の元へ来て下さらなかったのですか…アイリアお姉様。」
縋る瞳で見詰めるサウマリアの視線を、アイリアは直視出来ずに逸らした。
すまない、と謝罪の言葉を口にしたいが未だ思った通りに体は動いてはくれない。
視線を逸らしたままのアイリアに変わり、ラウルが答える。
「今件を直接対面して話す事は計画の遂行に問題が生じてしまいます。計画が失敗に終れば次に狙われるのは第三王女であるサウマリア様なのだと、アイリア様は苦渋の決断を為されたのです。」
「それでも私は、御無事な証拠を見せて頂きたかった。でなければ、この様な事など…」
「貴族共の反乱の兆候については、既にサウマリア王女の耳にも入っていたはずです。今回の王女暗殺計画については事前に察知する事が出来ず、致命的な事にならなかったのもまた奇跡の状態。後手に回ってしまった我々には協力者を集めるにも手が足らず、限られた者だけで行うしかありませんでした。暗殺阻止後の計画を知るのは国王陛下と此処にいるガバリルアス騎士団長、あとは外部にいるアイリア様と私たち女騎士隊数名だけ。」
「…状況によっては私か国王陛下の方でサウマリア様にも情報を伝えるという事でしたが…その、状況が許さず…申し訳ありません。」
「最近になって仮面の少年にも接触しましたが…彼に現状や計画実行を城内の人間に報せる役目を任せるわけにもいかず…」
少年には此方からは協力を願い出なかったのだが、武術大会決勝の後に聞かされた
しかし武術大会優勝者である少年に協力を願い出なかったのは理由あっての事。
少年に接触した頃には既に城内の空気が一変しているという情報があり、部外者の彼に危険を強いるのは無茶だとアイリア達は判断したのだ。いくら少年が底知れぬ何かを持ち合わせていようとしても。
まさかその状況を一変させた人間がアイリア達の警戒していた貴族ではなく、第三王女のサウマリアだとは思いもしなかったが。
「…仮面の、少年?」
「?…あぁ、サウマリア様は勲章授与式の時に少年を目にしていらっしゃいますよね。武術大会優勝者の彼ですよ。」
今まで哀愁の漂う態度でいたサウマリアが、一つの言葉を耳にした瞬間動きを止める。そしてラウルの返答を聞いた瞬間、目を見開き顔を歪めた。
「あの、男は、知っていたのですか?今日起こることも、お姉様のことも?」
「私達からは何も言わなかったのですが、彼は何処ぞから情報を手にしていた様子でしたね。」
「知っていながらこの様な事を?お姉様が来られる事を知っていながら私に?」
「…サウマリア様?」
依然、地に手をつきながらサウマリアは声を紡ぐ。唇を震わせながら焦点の合わない瞳を動かす様子に、ラウルは危険を感じて警戒を強めた。
不規則に揺れるその瞳がアイリア達の後方へ向けられると同時に動きを止め、表情を一変させる。
「全てを知りながら私にこんな事をさせたというのですか!」
明らかに何かを相手に声を荒げるサウマリアの様子に、アイリアは思わず正面の警戒を忘れて背後へと振り返った。
アイリアの側にいるのはラウルとガバリルアス騎士団長、後方にいるのは下層階で助けた少年の仲間達。
彼らはサウマリアの視線の先が自分ではないと察し、全員が背後へと振り返っていた。
その彼等の視線の先には誰もいない。
いや、最後尾で何かを二度見する者が――
「まだこの私をコケにするのか、お前は!!」
一体誰に対してそこまで声を荒げているのかと振り返ったアイリアが見たのは、魔術を詠唱するサウマリアの姿。
「なっ!?」
「危ないっ!」
瞬時にガバリルアス騎士団長は動けないアイリアの前へ、ラウルは少年の仲間達の前へ出るべく動き出した。
彼等は場慣れしていないのか悲鳴をあげることも出来ず動きを止めている。
「焼け死になさい!!」
短文で唱えられた魔術は詠唱通りに形を変え、サウマリアの怒りの度合い表しているかの様な大きな炎の球となった。
サウマリアの頭上で形作られたそれは、僅かの停滞の後に動き出す。
「(君達、逃げるんだっ!!)」
未だに叫ぶことも出来ない身体に苛立つ。
アイリアのステータスは物理特化とはいえ、今の弱ったサウマリアの魔術を抑える程度の力はある。これでも魔法の適正高い王族血筋の一人なのだから。
炎の球はアイリアの頭上を越えて、後方へと飛んだ。
その先は少年の仲間達がいる場所。
サウマリアが誰に対して怒りを感じているのかは分からないが、角度的に彼等の被害は間逃れないだろう。
勢いが増していく炎の球。
漸くといった感じに洸哉達の硬直は解けるが、その場から逃げるには遅すぎた。
息を吸い、彼等の口から悲鳴が上がる、その瞬間。
「…偽り、欺き、紡ぐ。」
静かな呟き。
しかし何故かその場に響く様なその言葉の後に、少年達に降り注ぐ炎の球は掻き消えた。
「………ぇ?」
疑問の声をあげたのは誰か。
皆がその光景に驚き、動きを止めた。
再び動く事を思い出したのは、ドサリと何かが倒れるのを耳にしてからだ。
全員の視線を集めた物音はサウマリアが発したもの。
先ほどまで膝をついて上半身を起こしていたのに、今では力なく床に倒れ込んでいる。
ただでさえ青白かった顔色が、魔術を放った影響か土色にまで変わっていた。
「お前は、何処までも、私の邪魔を、する…忌々しい!」
もはや身を起こす力すらないのか手足をダラリと地につけたまま、サウマリアは顔だけをお前へと向けて毒づく。
その言葉は誰に向けられたものなのか。
皆がそう思う中、声を返すものがいた。
「そのままソレを裁いてくれればと思っていたのだが、まだ生意気にも魔術を放ってきたか。かなり弱らせたはずなのだがな。」
「「「!?」」」
「「「「「「「!?」」」」」」」
その声は今までサウマリアが鋭い視線を放っていた場所から響き渡った。
威圧感のあるその声に、皆が思わず弾かれる様に左右に分かれて道を開ける。
今まで少年の仲間達の姿に隠れていたその場所にいたのは、笑い面で顔を隠す少年の姿。
その姿にアイリアは既視感を覚えた。
「…少年。何故、ここに?」
声が出る様になった事に驚く余裕もなく、アイリアの口から疑問の声が溢れる。
少年とは作戦実行前に城外で分かれてそのまま、城へと潜入するアイリア達とは行動を共にしていない。
城周辺は城壁があり、さらに逃走潜入を防止する装置が起動していて入る事は出来ない状態だ。
従って少年が此処に来るためにはアイリア達と同じ潜入場所を通らなければいけないはずなのだが、此処までの道のりの中で少年と遭遇する事は全くなかった。城内で別行動をしている部隊からも何も報告が上がっていない。
「気分はどうだサウマリア王女様?」
何故、どうしてと疑問が浮かぶアイリアに構う事なく、人の割れた道を少年は悠然と歩く。
その光景はまるで、舞台を見ているかの様だ。天井から降り注ぐ煌々とした光がその姿を照らし出す。
「………ぐ、ぅ。」
「くくっ、非常にご機嫌麗しい様子で何より。これも今までやってきた事に対しての報いだ。有り難くその身に受けて貰おうか。」
「…お、前はぁ!」
「何時迄も自分が優位に立っていると思うからそうなる。お前は我々を召喚した時から堕ちる運命にあったのだよ…いい加減、身の程を知れ。」
楽しげな声で話していた少年の声音が、突如冷めたものへと変わった。
面に隠されているその表情は伺い見る事は出来ないが、その声音からどの様な色を浮かべているのかは想像に難くない。
しかしアイリアに少年の浮かべている感情を機にする余裕はなく、聞き捨てならないその話に思わず言葉をこぼした。
「…我々を、召喚?……何の、話だ?」
冷や水を浴びせられたかの様な衝撃を感じる。
アイリアが此処にたどり着いた時サウマリアは此処にいて、疲れ果てて倒れていた。それは先ほどまでこの場所で召喚の儀式を行っていたと言う事で、阻止され失敗に終わったと言う事。
少年のいう『我々を召喚した』という話とは一致しない。
『我々』という事はソレに少年の事も含まれるという事。
つまりアイリアが少年にあった時には既に…とそこまで考え至った頃、サウマリアを見下していた少年は今アイリアの姿に気がついたと大業な仕草で驚いてみせた。
「あぁ、アイリアさん数時間ぶりだね。貴女は今まで外部にいたのだから、知らないのも無理はない。彼女は既に一度、儀式を行っているんだよ。何も知らない我々を異世界から拉致した、召喚の儀式をね。」
血の気が引く。
眩暈がする。
膝から崩れ落ちそうになる。
アイリアにとって、それほどに衝撃的な言葉。
首を横へと向ければ、そこにいたガバリルアス騎士団長が肯定する様に沈痛な面持ちで首を縦に振っている。
その仕草は、彼の話が嘘ではないという事。
嘘で、あってほしかった。
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