1-16 各上の存在

 ――◆ side:サウマリア=デジア=ファスワン ◆――



 その時、サウマリアの心は絶頂の最中だった。


 媚び諂う貴族、力自慢だけの無能な騎士、言葉だけで碌に何も出来ない父も、みんなみんな支配下にある。

 異世界から召喚した道具勇者達も今や自分の思うがまま。

 悉く邪魔をするヤツ空船ゾラも城を出て行った。


「アレのせいで折角異世界から取り寄せた道具を成長させることが出来ませんでしたが、まぁいいでしょう。アレらの全てを絞り取れば、呼び水にはなるはずです。本当ならば、有り余るほどの力を捧げられるはずでしたのに…」


 口角を歪め、瞳をギラ付かせさせながらサウマリアは一段一段踏みしめるように階段を上っていく。

 目的の場所は王城内の奥手にある、埋め込み隠される様に建てられた塔の最上階。


「ですが煩わしい日々も、寂しさに涙するのも今日までなのです!今日この時、貴女様は帰って来られるのですから!」


 階段を登り終えた先に見えた大きな扉。王族のみが開くことの出来るその扉を、躊躇いなく開いてサウマリアは中へと入る。


 室内にあるのは床に描かれた大きな魔法陣ただ一つ。下層階にも魔法陣はあるが、最上階にあるものは一際大きな複雑なものだ。

 下層は複数の魔方陣が組み合わさった燃料補給用のモノである事に対して、最上階は呼び出された何かが出現するモノであるという理由からくるものである。


 サウマリアは恍惚と笑みを浮かべると、意気揚々と魔方陣へと足を踏み出した。



「さぁ、動きなさい魔法陣!私の願いを、私達の再会を叶えるために!」



 魔法陣を起動させるための王族はココにいる。

 使用するアレら動力も、塔の下層階に用意した。

 今まで誰にも使えなかった魔法陣を、私は使いこなすことが出来る。


 魔法陣は私の願いを叶えるためにあったのだ、とサウマリアは意気揚々と魔法陣に力を流した。


 魔法陣の中に立つサウマリアから、水が滲み出る様に光が広がる。

 次第にそれは魔法陣を満遍なく包み込んだ。

 そこで光は動きを止めることなく、部屋中へと侵食を始める。


 周囲が白く、白く、染まっていく。

 視界が白で埋め尽くされるなか、サウマリアは天を仰いだ。



「貴女様の帰る場所はココです!」


 手を広げて、声高々に宣言する。


「貴女様の御帰還を誰よりもお待ちしている者はココです!」


 ココでは無い、何処かへと響けと高々に。


「いらして下さいまし!」


 貴女のいないこの世界など価値がないのだから。



「帰ってきてくださいまし!お姉様!」



 貴女の愛しい妹、サウマリアはココにいると。

 光が想いに応えんと、サウマリアの存在すら搔き消すように強い光を発した後。


 その動きを停止した。


 視界が正常に戻った、そこにあったのは、





「うわ、病み系シスコンとか無いわ〜。」


 面を被った少年の姿だった。





 疑問符で頭を埋め尽くし、サウマリアは思考を止める。

 僅かな沈黙の後、サウマリアは共に魔法陣の中に立つ少年へと恐る恐る疑問の声を上げた。


「は? え? …誰、ですの? 神、様?」


「えー?勝手に呼び出して邪魔者扱いした挙句、今度は神様呼ばわりー?」


 混乱冷めやまぬサウマリアの前で、勘弁してよねぇと呆れたとばかりの大袈裟な仕草を取る少年。

 以前行った勇者召喚以上の魔法陣の反応と、自分の望んだ者では無い存在が現れれば安直に考えてしまっても可笑しくは無いのではないだろうか。


「私の望んだお姉様とは別の方がいらっしゃるとなると、神か天使としか…?」


 神ではないと口にしたことに託けて、ジロジロと不躾な視線でサウマリアは少年を観察する。

 するとその声、その仕草に既視感を感じた。


「うわー、君のお姉さんはどれだけ天上人の扱いになってるのかな。引くわー。」


 少年の顔は未だに面で覆い隠されている。しかしサウマリアにはその下にある顔に、面と同じ笑みが浮かんでいるように思えた。


 それは少年の声と同じ、が浮かべていたモノと同じ種類の――



「…っ、空船ゾラ!?何故ここにいるのです!」



 ようやく考え至った笑い面の少年の正体に、声をあげる。此奴はこの場所にいないはず、いてはいけない筈なのにと。


「気づくの遅すぎでしょ、お間抜けさん。状況に酔いすぎてるんじゃない?」


 顔を隠す面はそのままにあははと笑ってみせるゾラは、面を被っていること以外は姿にそう変わりはない。それなのに彼からは得体も知れない威圧感を感じさせた。

 怖い、そうゾラに対して感じてしまう訳にはいかないと、サウマリアは自分の心を律する。この少年だけには自分が怯む姿を見せる訳にはいかなかった。


「お前は確かに城を出た筈。何時ここに戻ってきていたのです。」


 怯えで、怒りで震えそうになる声を抑えながら冷静に問いかける。


 城を出るところを確認するためにガバリルアス騎士団長を、ゾラに付け入る隙を与えないように完全洗脳状態で同行させた。もちろん戻ってこられない様に同じ状態にした騎士や兵士を城周囲に展開し、相応の道具まで使用して対策した。そう簡単に侵入出来るはずがない。


 相手を視界に収めたまま、サウマリアは周囲を注意深く見渡す。相手は何をしてくるか予想がつかないのだから。


「僕がここにいる理由なんて君が呼んだ召喚したからに決まってるじゃないか。君の願いを叶える為に僕はココにいるんだよ?」

「お前程度が私の願いを、お姉様の御帰還を成すことなどできるわけもないでしょう。雑魚のくせに、分をわきまえなさい!」


 ゾラの一つ一つがサウマリアを苛立たせる。相手が挑発をしているのだと分かっているのに、声を荒立ってしまう事を抑えきれなかった。


「えー、態々そこら中光らせて演出までしてあげたのにぃ。まあいいけど…それよりも僕を攻撃しなくてもいいの?」

「!?」


 両手を広げてその場を動かないゾラに、サウマリアは身を硬ばらせる。


 サウマリアは体術や武術というものを修めてはいない。身を守る武器も持っていない状態だった。その状態で目の前の相手に手を下せるとしたらそれは魔術以外にない。しかし魔術を使えば精神力を消費する。


「あぁ、この後に及んでまだ再召喚をしようと思ってるのか。無駄な事するね。」

「っ!…貴方こそいいのですか?下には貴方のお仲間の方々がいるのですよ?」


「皆は…まぁ大丈夫じゃない?どうとでもなるでしょ。」


 少年の仲間がこの場にいない事から挑発を仕掛けたが、どうやら思った通りで救出ができていないらしい。

 しかし、目の前の男はそのことに全く焦りも危機感をも抱きはしなかった。


「仲間は見殺しですか。ですが脆弱なステータスしか持ち合わせていない貴方一人で、私相手に何が出来ると言うのです?」


 相手に気付かれない様に会話を続けながら、洗脳状態の者を数人こちらに向かう様に指示を出す。

 距離が開くほど命令は届きにくいが、下の階にいる数人を動かすぐらいなら何の問題もない。すぐに駆けつけて来るだろう。

 もし仮に駆けつけるのが間に合わなくとも王族特有の上位のステータスを誇るサウマリアに敵う存在などそう多くはない。ましては相手はステータス下位である空船ゾラ、負ける要素など全くなかった。


「何が出来るか、か。僕ってば身を粉にして闘うとかしたく無いんだよねぇ…そうだ。こいつを使おうか。」

「………?」


 会話を続けてゾラを無抵抗に組み伏せる隙を作らねばいけないのだが、ゾラの行動を不審に思いサウマリアは訝しげな顔で黙り込んでしまう。


 ゾラは足元へ目を向けると、その場に片足で床を叩いて足を鳴らす。

 一度、二度、三度と続けると動きを止めて満足そうに頷いて口をひらいた。


「勝負方法は所謂チキンレース。二人ともその場に立ったまま、何方かが降参するか意識を失ったかで勝敗を決める、って感じでどうかな?」


 楽しそうな声音で話すゾラにサウマリアは一瞬目を見開き、口角を釣り上げる。


「…気でも振れたのでしょうか。そんな戦いにもならない勝負を持ち出すなんて。」


 ゾラの言っているその場というのは、魔法陣の上でという事だ。つまりその上で行われる勝負というのは必然的に魔法陣を起動させてという話であり、互いの精神力と生命力を賭けて決着をつけようというのだ。

 先程は下層にある魔法陣からしか精神力と生命力の吸い取りをしない様に起動させていたが、彼の提案はその設定を変更した上で再召喚をさせるというもの。

こちらとしては望むべくも無い。目の前の相手が下層の者達を助け出していないということは、未だに道具勇者達はその場にいる状態ということ。燃料の供給にも問題ない。


「おや、ダメだったかな。君はお望みのお姉様を呼ぶことができるし、僕は怪我なく労力少なく済むし?いい事尽くめだよね。」

「ふふ、貴方がそれで良いのならば勝負いたしましょう。」


サウマリアは悠然と了承の返事をした。気を付けなければ表情が歪んでしまいそうだ。

なにせサウマリアとゾラのステータスには圧倒的な差があるのだから。


「じゃあ早速…あぁ、君の希望が少しでも叶う様に洸哉くんたちの精神力も込めておくね。それじゃあ、勝負開始〜。」


 軽い口調でゾラは開始を宣言すると、片手に燦然と輝く光の玉を出現させる。

 それをポイっと魔法陣へと投げ込み、魔法陣を起動した。


「なっ!?」


 何気ない動作で行われたそれらの動きにサウマリアは驚愕で固まる。もはや表情を取り繕う余裕させなかった。


「ん?どうかしたかい?」


 魔法陣が輝きを放つ中、心底不思議であるとゾラは首を傾げる。自分がどれだけ巫山戯た事をやったのかを理解していないのだろうか。


「こ、の魔法陣は…王族にしか起動出来ないはず。なぜ、貴方が起動出来るのですか。この部屋に侵入していた事といい、魔法陣の事といい、お前は一体何なのです!」


 魔法陣に自身の精神力が吸い取られているのを自覚しながらも、サウマリアは吠えた。


「何急に怒鳴り出してるのさ。この部屋の出入りも魔法陣も、王族以外でも使えて当然でしょ?ちょいと魔法陣を頭があればいいんだからさ。」


 貴族がこの設備を用意したとでも?とゾラは訝しげな表情を浮かべる。


 言い分としてはあってはいるが、魔法陣を読み解ける者などこの国全土にはいない。

 そもそもこの世界には無い技術である魔法陣を、理解できる者自体が存在しないのだ。それを知っている者としては、取り乱すのも可笑しくはない。

 しかしサウマリアがここまで取り乱す理由は他にあった。


「お前は、お前だけは他の奴らとは違う!同時に召喚した奴らはそんな力はありませんでした!何故お前だけが異常なのです!!」


 思い返せばこいつだけは召喚直後から可笑しかったのだ。

 サウマリアの洗脳にかかる事なく仲間を正常に戻し、隷属の黒輪の効力も薄かった。

 何よりそこまでの異常をサウマリアが知覚できていなかった。違和感から苛立ちを生じることはあれど、畏怖を感じる事がなかったのだ。

 もしサウマリアが正常な思考を持っていれば、利用するよりも真っ先に始末しておかなければならなかったのに。


「何がおかしいのかな。僕は洸哉くんたちと同じ、召喚されただけの存在だよ?変なこと言うなぁ。」


 クスクスと目の前に立つ少年は笑う。

 魔法陣に吸い取られる精神力の量が異常な値になっていると言うのに、ゾラの様子は全く変わらない。


「…ぐ、うぅ………お前が彼奴らと同類?躊躇いもなく他の奴らの精神力を搾り取っておいてですか!」


 この国で最も高い精神力を誇るサウマリアですら汗を垂れ流し、今にも膝をつきそうだと言うのに。


「おやぁ?辛そうだね。戦いにもならない勝負なんでしょう?」


 此れまで視界の隅に映る塵としか認識していなかった少年に、今では恐怖を感じる。自分は手を出してはいけなかった存在に手を出してしまったのだと。


 目の前にいる存在は自分の仲間であると言う者の精神力を奪い取って、使うことに躊躇いもない。

 勝負方法は何方かが降参するか意識を失うまでと言ったが、そんなもので済む気が全くしなかった。


「…うぁぅ、っ!」

「あらまぁ、膝をついちゃってどうしたのかなぁ?」


 依然ゾラの顔は面に隠され、その表情は見ることは出来ない。

 しかしその口から語られる声音から嗜虐的な笑みが浮かんでいることだろう。


 この少年は自分を躊躇いもなく殺す。

 下層階にいる少年の仲間を見捨てた様に容易く、自身の手を汚さずに。


「………!」


 体勢を崩したことで身に付けていたものが肌を擦った。

 視線を投じればそこにあるのは隷属の黒輪と対をなす支配の白輪がある。


 もはや縋るものはこれしか無いと、効力を高める為にゾラがつけている隷属の黒輪以外の登録を解除して念じる。



 ――私に下れ!そして自害せよ!!



 しかし幾ら待てども、支配の白輪の効力は発揮されない。

 支配の白輪に登録されているものが少なければ少ないほど効力が増すはずなのに。


「おやおやぁ?なにかしたのかなぁ?」


 支配の白輪は命令を発信して、鈍く光る。


 対となる隷属の黒輪も命令受信を示す様に、鈍く光る。


 だが、隷属の黒輪の装着者にはその効力が全く発揮さない。


「………ぅ…ぁ。」


 もはやサウマリアに抵抗する術はなかった。


 このままでは全てが終わってしまう。願い叶わぬまま終わってしまう。



 ――そんなのイヤだ!!



 自分はこんな所で死ぬわけには、お姉様が帰って来られるまで自分は消えて無くなるわけにはいかない。


 何としてもこの場を生き延びなければ。


 そして再び、機会が訪れるのを待つのだ。


 例えそれが屈辱に塗れる事だとしても。



「………こ。」


「こ?」


「…降参、致します。貴方様を侮っていた事、これまでの無礼をどうか、お許し下さい。」


 崩れ落ちた姿勢から手をつき、言葉をこぼす。

 情け無さに涙が滲んだ。

 それでもこの少年には許しを請わなければならない。



 ゾラはサウマリアの言葉に、僅かに間を空けて魔法陣の動きを止めた。

 そして指を宙でクルリと回すと、一つ言葉を返す。


「それだけで勝負終了とするのは味気ないなぁ。もうちょっと誠心誠意、心から、対する言葉が欲しい所だね。」


 サウマリアは唇を噛み締める。


 しかし拒否するわけにもいかない。


 サウマリアは屈辱に顔を歪めながら、ゆっくりと首を垂れて口を開いた。


 魔法陣に注がれていた力が天井へと湧き上がり、部屋を煌々と照らし出す。


 まるで上位の存在が塵芥を見下す様に、光はサウマリアを照らし出した。

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