1ー15 王城奪還
アイリア達は城内の薄暗い廊下をひた走る。
静かに、しかし全速力で。
侵入ルートは王族の、特に重職につく人間にのみ知られる極秘な道を使用した。
極秘の場所ではあるがその場を一歩出れば警備の人間が立っているのだが、しかしそれも問題ない。彼はそれすらも見越して手を打ってくれた。
順調に物事は進んでいるのだが、アイリアの表情に浮かぶのは渋いものである。
「…彼は、一体何者だ。」
アイリアの頭を過ぎる疑問は、そのまま留めておくことが出来ずに自然と口から漏れ出た。
――◆ side:アイリア=???=??? ◆――
彼は予測通り無傷で武闘大会の優勝の座に着いた。
今までと同じ戦い方、アイリア達の協力者は手も足も出ず始終遊ばれる形で。
賞品の受け渡しに少し悶着があったがそれも問題なく、少年がクルリと宙に指を回している間に呆気なく解決した。
その後、会場近くの酒場で落ち込む協力者を慰めている所に少年が合流して計画の話を詰める。
話の前に少年が協力者を揶揄って泣かせる事態に陥ったが、まぁ問題はないだろう。
少年の語る計画は本当に実行可能なのかと思うほどの夢物語のようだったが、元々アイリア達の立てていた計画も完遂できるとは思えないもの。こうなれば成るように成れだと、そのまま実行することになった。
なったのだが、その結果を実際に目にするとなると複雑な気持ちが沸くものである。
走るその先にまた一人、虚ろな表情の警備兵の姿。
相手がアイリアの姿を認め、声を上げる前に少年に教えられた
それを耳にした警備兵は『ガッ!』と口にすると、虚ろな表情のままアイリアの後へと続いた。
「…アイリア様ぁ。これ、一体どう言う仕組みなんですかぁ?」
戦々恐々と共に走るラウルが青い顔をしているが、それはアイリアとしても同じこと。アイリアも同様の言葉を口にしたくて仕方がないのだ。
アイリア達の後ろには城内に侵入してから遭遇した、虚ろな表情で仕事をしていた警備兵が付き従っていた。
この状態になった彼等はアイリアが命令をしてやればその通りに動くのだと言う。こうなる様に仕向けた少年が言ったのだからそうなのだろうが、アイリアは傀儡の様に動く彼等の姿を見るのが嫌で命令を下せないでいた。
その結果が、今の背後に大勢の虚ろな兵を引き連れて廊下を走る謎の光景だ。
「………せ、戦闘もなしに無傷で潜入できる、好都合ではないか。」
ラウルの言葉に答える様に見せかけて自分にそう言い聞かせ、問題ないのだとアイリアは片付ける。そうしないと計画を放棄してしまいそうな心境だった。
アイリア達とは別口で動いている仲間達の方でも同じ光景が繰り広げられているのだろうと思うとゾッとするが、今は計画が第一だと必死に言い聞かせる。
仲間達はこの国の頂点に君臨する国王の元へ、アイリア達は少年が協力する見返りに要求した彼の仲間の元へと向かっている。彼の仲間を救出した後に合流する予定だ。
「うぅ…元凶の彼は一体どこに行ったんですか…。」
「さぁな、少年は少年でやる事があると言っていたが…どこにいるのやら。」
裏路地で話をしていた内容を思い返せばやる事とやらが何かは想像できるが、それは誰を相手にしたものかは分からない。
お仕置きとは一体誰に行われるか。
だが、今はそれをアイリア達が気にする必要はないだろう。
少年に聞いた仲間達がいると思われる場所は少ない。
城内に侵入した時の空気が通常と同じだった時の場所、騒めき立っていた時の場所、それと不気味な程に静まり返っている時の場所だ。
それぞれの状況で仲間達がどんな扱いを受けているのかが変わるのだと言う。
最後の一つが条件に一致しているとして、アイリア達はその場所へとひた走った。そこはこの城内にあって唯一特殊な場所、いつからか王族だけに受け継がれる様になったモノがある場所だ。
城内の少し奥まった位置。
その場所には城に埋め込まれる様な形で塔が建てられている。
塔の周囲は壁を挟んで城の廊下に面しているのだが、上層階は廊下側から内部に入ることは出来ない。
塔の一階を通ってしかその上層階に行く事ができないのだ。
その塔の内部には何があるのか。中には魔法陣が、一階から通して上まで魔法陣だけしか存在しなかった。
「本当にこんな場所にいるのでしょうか。」
ラウルが疑問に思うのも無理はない。
この場所の存在はファスワン王国上層に仕える人間には既知のもので、何をもたらすものなのかも知られている。しかし魔法陣を受け継ぐ王族が正しく使用出来たという例がなく、在って無いようなモノだとされているのだ。そもそも本当に動くのかすら疑われている。
今の今まで城にいなかったアイリア達は、サウマリア王女が魔法陣を正しく起動させ勇者召喚を成功させたという事を知り得なかった。
「彼がいうのだ、ここに居るのだろうさ。…行くぞ!」
存在感を放つ厳かな細工で飾られた大きな扉に手をかけ、思いっきり押す。
普段締め切られて居るはずのその扉は、僅かな引っ掛かりも感じず内側へと開け広げられた。
「!? 本当にいた!!」
一番槍だと真っ先に塔内へ立ち入ったラウルは、内部の様子を見て声をあげる。
そこに居たのは少年から聞いていた姿見の少年少女達7人。
皆青白い顔、満身創痍の状態で手に持つ武器を周囲に立つ騎士へ向けて互いを庇い合っていた。
状況は最悪だとラウルは一気に城内へと踏み入り、少年少女等と騎士の間に入って自身の長剣を抜き放つ。
ラウルの正面に立つ騎士は。
「ガバリルアス騎士団長!?まさか貴方まで敵に屈してしまったのか!?」
まだ塔内に踏み入れていなかったアイリアが、扉の側からラウルの正面に立つ騎士の姿を目にして叫んだ。
ガバリルアス騎士団長はこの城にいる騎士兵達の指導者にして、アイリアに剣術を教えた師だ。
頭が堅く俗物的な考えを嫌う、国への忠義心が高く民へは優しい。
そんな彼が悪に屈してしまうなど信じたくはなかった。
「…兄さん、私は貴方のそんな姿を見たくはありませんでした。」
このまま無様な姿を尊敬する兄が晒し続けるぐらいならばと、ラウルはガバリルアス騎士団長へ向ける剣に力を込めた。
「待ってくれ、その人は操られているんだ!それさえ解ければ!」
身内同士が殺しあう、そんな光景が起こりかねない状況を察して、弱った体で少年の一人が声を張った。
少年の声にアイリアは動転していた気持ちを落ち着けて、ここに至るまで使っていたものとは別の、もう一つの言葉を思い出す。
その言葉はこういう場合のために用意されていたのでは無いかと。
迷わずアイリアは声を発した。
少年に教えられたもう一つの
「正気に戻れ!『このろりこん共め』!!!!」
「「「「「「「!?」」」」」」」
アイリアの放った言葉を受けて驚き振り返る少年の仲間たち。
しかしその中で唯一
「っ!!!?私はロリコンでは無い!!!!」
「「「「「「「!!??」」」」」」」
ゾラの仲間達がアイリアの発した
次いで訪れるのは正気に戻って反論の声を返した様子のガバリルアス騎士団長に喜ぶ衝動ではなく、アイリアの発した
「お、俺もロリコンでは無いぞ!」
「俺もだ!俺もいたって普通の性癖だ!」
「僕も違う!誰だ、誰のせいで僕は巻き添え食ってるんだ!」
「早く名乗り出ろ!私まで特殊性癖を疑われるだろ!」
次々と正気に戻った騎士達が焦った顔で犯人探しを始める。
今がどういった状況かを考える人間はどこもいなかった。
「…兄さん、私は貴方のそんな性癖を知りたくはありませんでした。」
ラウルに至っては先程の決死の覚悟で口にしたくて台詞を言い直して、涙を流してガバリルアス騎士団長に向ける剣に力を込める。
今にも斬りかからんとする態度だ。
「待て、待つんだラウル!何処ぞのデマに踊らされるな!私にそんな趣味はない!!」
問答無用と斬りかかって来たラウルの剣をガバリルアス騎士団長は弾き、その手を掴んで動きを止める。
「その性癖には私も含まれているのですか、兄さん!?」
「本当に落ち着け、落ち着いてくれラウル!!」
若干期待混じりの声で抵抗を見せるラウルに、尋常でない冷や汗を流しながらガバリルアス騎士団長が懇願混じりの声を上げた。
「…なんだコレ。どうなっているのだ?」
混沌漂う真っ只中、元凶である
何が起きたのかは何となく察している。
これは城に侵入してから今までやってきた事と似たような現象が起こった結果なのだ。ただそれが今回使った
だからこれも深く考えず流すべきだ。そう頭では考えているのだが、感情は言う事を聞いてくれなかった。
どうしてこうなったと叫びだしたくて仕方がなかった。
アイリアが
異常があったのはガバリルアス騎士団長の所でだ。
ガバリルアス騎士団長が
彼の中で暗号がどう反応したのか、声を荒げて反論の声をあげる。それと同時にこの世界に無かった『ろりこん』という言葉の意味を、周囲に立っていた人間全員に脳へ直接理解させられたのだ。正気を戻させると同時に。
そして起こったこの惨状。
彼の仲間だという少年少女等は未だにポカンとした顔で立ち竦んでいる。
彼等は今のような状況になる事を知り得なかったのだろう。いや、この騒動についてすら聞き及んでいないのかもしれない。
おそらくこの状況を作り出した少年が何処にいるのかも知らない。
そこまで冷静に頭で考え到って、アイリアは動いた。
この状況を何とか納めて、自分は動かなければならない。
我々が計画を達成する為に。
敵を打たなければ。
――そして、すべてを終息させるのだ。
「アイリア様、無事のご帰還を心より慶申し上げます。」
「あぁ、ガバリルアス騎士団長も大事がなくて良かった。」
「いえ私は、情けない事に完全に操り人形と化しておりましたので…」
ガバリルアス騎士団長は片膝をつき、首を垂れながら喜びの声をあげる。
対するアイリスはその態度に狼狽えること無く、平然と言葉を返した。
この様子を見ればアイリアという人物がどんな立場にいるのか分かりそうなものだが、少年の仲間達にはそちらを見る心の余裕がない。
周囲にはこの部屋にいた騎士、アイリアがここまでの道中で集めた警備兵達が倒れ伏している。その中にはラウルの姿もあった。
「…あの、良いのでしょうか?この人達を叩きのめしてしまって。」
「「問題ない。」」
恐る恐る訪ねた少年の仲間内では年長者の女性の言葉に、とても良い笑顔でアイリアとガバリルアス騎士団長が返す。
少年の仲間達とこの二人以外にいたこの部屋の人間は、アイリア達の制止の声にも耳を傾けず騒ぎ続けた。
ただ騒ぎ立てるだけならこんな事態にまではならなかったのだが、彼等は在ろう事か『ロリコン』疑惑をガバリルアス騎士団長に押し付け始めたのだ。
その結果、静止の声に耳を傾けない彼等にアイリアが、在らぬ疑惑を突きつけられたガバリルアス騎士団長がキレて暴れまわったのだった。
「そんな事より君達は、今回の件に巻き込まれた者達であっているか?」
「は、はい、私たちは――」
「ああ、自己紹介はいい。君たちの事は事前に聞いているのでな。」
自分達が誰で何故ここにいるのかを年長者の女性が話そうとしたところを、アイリアが今はそんな時ではないと止める。保護対象の確認の言葉だっただけなので、話はこれで終わりとしようとしていたのだがそうはいかなかった。
「…聞いてるって、誰にですか?」
「今回の計画に協力してくれた者だよ。………?」
訝しげな顔で聞いてきた少年にアイリアが手早く協力者の名を口にしようとしたのだが、言葉が出ない。名前どころか姿、少年の仲間達との関連性すらも口にすることができなかった。
頭をよぎるのは少年が身につけていた笑みを模った面。
何故かその映像がアイリアに恐怖を抱かせた。
「どうかしましたか?」
「…いや、色々話したいのは山々だが時間がないのでな。詳しい事は後日にしてくれ。今は計画の遂行を優先したい。」
疑問には残るが、アイリアは悩むのを辞めて頭を切り替える。
今は別働隊と合流して黒幕を打たねばいけない。
「そうだ、早く上へ!召喚を辞めさせないと!」
「上?召喚?…何を言っているのだ?」
「俺たちの精神力が魔法陣にゴッソリ抜き取られた!上で何かが召喚される!!」
少年の仲間達がこの場所にいる理由を知らないアイリアは、単純に何事かの作業をするのにこの場所が好都合だったのだと思っていた。
「…アイリア様。今件の王国乗っ取りの黒幕は警戒していた貴族供ではありません。貴族共から主導権を奪った、第三王女サウマリア様です。」
「っ、あの娘が!?しかし彼女には近々起こり得る騒動の話を耳にしているはずだろう!?」
「その筈なのですが…どう思い至ったのか敵貴族と手を取り、このような事態に…」
ガバリルアス騎士団長が沈痛な面持ちでアイリアに告げる。その顔には虚偽の色は見られなかった。
「何故、あの娘が…。」
「今まさに何某かの召喚が行われようとしています。早く上層階へ。」
頭を駆け巡る何故という思いを昇華することが出来ないまま、アイリア達は階段を駆け上がる。
アイリアの知る限り、召喚の魔法陣が正常に作動したという情報はない。
しかし過去何年と召喚の儀を行われた事はあった。その全てが起動はしたが不発に終わり、それを行なったものが死に至った。魔力、生命力が搾り取られる形で。
間に合ってくれとアイリアは思わずにはいられない。
サウマリアと話をせず、全ての黒幕だったという情報だけで生き別れるのは嫌だ。
あの子は私の妹なのだから。
アイリアは他の者を置いて、一人階段を駆け上り。
王族のみが開くことが出来る扉を、躊躇うことなく開け放った。
轟音を立てて開かれた召喚の間でアイリアが目にしたものは。
「大変申し訳ございませんでした。全ては私が愚かだったが故のことで御座います。皆々様には多大なるご迷惑をお掛けしたことを猛省し、今後は皆様に誠心誠意仕えさせて頂きたく思います。本当に大変申しわけございませんでした。」
天井から煌々と光照らされる召喚の間の中央で、土下座をする少女の姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます