1-14 空白の時間

 時間は少し巻き戻る。


 城下町の賑やかな大通りとは違って、薄暗く陰気な通りにその少年はいた。


 服装はひどく軽装である。

 新人の冒険者でももう少し防具を身につけているものだが、上半身を隠す程度のマントを羽織っているだけ。腰に吊り下げられた短剣と頭部に付けられて笑みを浮かべた面が印象的だが、治安の悪いこの場所にはとても不釣り合いな姿だ。



 クルリクルリと宙で指を回しながら歩くその少年、――を少し離れた物陰から二人の人物が見つめていた。






 ――◆ side:アイリア=???=??? ◆――



「…彼です。」

「…そうか。」


 彼について知り得た情報は少ない。


 何処からかこの街に現れて、ギルドで冒険者として登録。

 そのまま依頼を受けることなく単身でブルーダンジョンへと向かい、レベル6という低レベルで無傷で生還。

 ダンジョンの受付では入ってすぐ遭遇した敵が強すぎて逃げ帰ってきたと自己申告した様だが、十五階層の階段を降りる姿を目撃されている。

 戦う姿こそ目撃されていないが何にも遭遇せずにその階層まで降りる事はできないので何度かは戦闘が行われているはずである。


「…仕掛けますか?」

「………。」


 是とも否とも答えない。それは相手の力量が全く測れないからだ。

 相手には近しい知り合いというものもおらず、性格面も知る事ができなので話し合いができるかどうかすら判断がつかなかった。

 何の行動にも移れずに相手には気付かれない様に気配を隠しながら後をつける。


 しかし彼はこんな裏路地で何をしようというのか、と後をつける片方の人物が訝しげに思っていると、突如少年の姿を見失った。


「な!一体何処へ!?」


 相手が走り出したわけでもなく、角を曲がったわけでもない。唯々、急に相手の姿のだ。

 慌てて少年のいた場所に駆け寄るが何処を見渡してもその姿を見つける事ができなかった。



「コソコソと着いてこられると嫌なんだけど。ストーカーは犯罪だよ?」



「っ!?」


 声に驚き、弾かれた様に後方へ飛び退き武器を抜き放つ。


 少年の言う『すとーかー』という言葉に聞き覚えはないが、何処かの国の罪状の一種である事は察することが出来た。

 少年を尾ける自分たちの存在を、相手がかなり前から気付いていた事にも。


 少年は隠れ潜んでなどいなかった。彼はのだ。


「えーなにー?勝手に着けてきたうえに剣を突きつけるのー?酷くなーい?」


 片や武器を抜き放ち臨戦態勢、相手は何の構えもなくその場に立っている。

 自身の行動を振り返ればそう言われるのも可笑しくないだろうが、今の状況で警戒心なく頬を膨らませて不愉快だと口にする少年の姿も不気味だった。


「…貴殿の事を嗅ぎ回っていた事には素直に詫びよう。しかし此方にも事情があるのだ。話を聞き入れてはくれないか?」

「何の交渉もなく受け入れろってのは、ないなぁ。僕にも女性の好みってものがあるし?外套で身を隠して交渉事を押し進めようとする変質者相手は特にヤ・ダ♪」

「なっ、貴様ぁ!」


 長剣を構える片方の人物が切っ先を下におろしながらいうと、もう片方の人物は少年の言葉に逆上して長剣を持つ手に力を込める。

 しかし、今にも斬りかからんとする人間を目の前にしても少年は態度を変える事はしなかった。


「キャーコワーイ。」

「やめろラウル。」

「しかしっ、アイリア様!」

「いいんだ!」


 ラウルと呼ばれた人物は彼女の上司と思われるアイリアに制され動きを止めるが、納得いかないのか感情納めることなく声を荒げる。だが再度制止の声をかけられなくなく引き下がった。

 その暴走しがちなラウルの動きに少年は何かを思い出し、首をかしげる。


「ねぇお姉さん。もしかして生き別れのお兄さんとかいない?」

「…兄ならいるが。なぜ生き別れ?」


「行動以外が余りにも似てないから?」

 訝しげな顔で疑問の声にラウルは答えたが、代わりに投げかけた疑問に少年は疑問符で返した。


 少年は似ていないと口にしたが、ラウル達は未だ外套で全身覆い隠しており顔を見る事はできないはずだ。

 コホンと一つ咳払いをして、アイリアが場の空気を改めさせてから頭部を覆う外套を下ろす。続いてラウルが渋々同じ様に外套を下ろした。


「先程は失礼した。私はアイリア…女騎士だ。」

「…ラウル。私も唯の女騎士です。」

「あぁ、それはどうもご丁寧に。」



「………。」


「………。」


「………?」



 無言の間が空く。


 アイリアは困った様に眉を寄せ、ラウルは鋭い視線で少年を見つめる。

 対する少年はどうしたのかと首をかしげた。


 動きのない少年の様子にアイリアは溜め息を吐く。


「君は…今武術大会の準決勝者の一人で間違いはないか?」

「あらまっ!相手の事を調べ上げているだなんて、これは本物のストーカー?異性に恋慕感を抱くのは自由だけど、相手を思いやらず執念深く付き纏うのは犯罪だよ?反省して!」

「違います!アイリア様はそんな陰険な真似はしません!そもそもそういった感情を抱いた時は、すぐさま書を認めて相手に突きつけるのが一般的のはず!付き纏うのではなく当人同士が一対一で思いの丈をぶつけ合うべきです!」


「…ラウル、その行動は告白というより決闘の作法ではないか?」


 額を抑えてアイリアが言うと、感情高ぶらせていたラウルはハッとした顔をして頬を染めて下がった。

 アイリアの後ろで小さくなって、うぅとか私とした事がぁとか呟いているのが漏れ聞こえる。当人としては聞こえない様にやっているつもりだろうが、静かな裏路地では小声であってもよく響いた。


「えっと…貴殿がそうであるとして、単刀直入に言わせてもらう。今回の武術大会、優勝の座を引いてくれ。」

「お断りします。」


 打てば響くと言う速さで少年は答えた。実に爽やかな微笑みで。


 昨日『第258回ファスワン王国武術大会』の準々決勝戦が行われ、明日の準決勝のための対戦者が決まっていたのだ。

 その対戦者というのがアイリアの協力者である剣士と、今目の前にいる少年であった。

 目の前にいる少年は当人であることを認める言葉を口にしていないが。


「…貴殿の目的は地位や名誉か、それとも賞品か?同一のものは無理だが、同等のものならば直ぐには無理だが此方で用意は出来る。だから頼む、引いてくれ!」


 頭を深々と下げて頼み込むアイリア。

 危機迫るその様子に、普通ならば何故だと不思議に思うのだろうが少年は違った。


「似たものを用意されても困るよ。地位も名誉も重たいものは要らない。僕はアレが、だけが欲しいんだから。」


 頬を膨らませて言いすてる少年の姿に、アイリアは困惑に顔を歪める。


「確かに、一般の目につくことなど普通は無い特殊な代物だが。何故そこまでに執着するのだ。」

の価値に気が付かないだなんて信じられない!古よりありし素晴らしき逸品だよ!?」

「君のいう様に古代遺跡から発掘された物ではあるが、そこまでに執着する理由が私には分からない。値は高いが類似したものは沢山あり、よりも良い物はあると思うのだが…」

「古代遺跡から発掘!そりゃ素晴らしい!古の知識の塊!これはやっぱり優勝をもぎ取った上で、を要求するのが一番だね!」



「ん?知識の塊?要求する?」



 うー滾るー!と興奮冷めやまぬ様子で声を上げる少年に、アイリアは会話の中に違和感が生じて疑問符を浮かべた。何やら二人してアレと評している賞品が食い違っている様な気がする。

 アイリアはその疑問を解決するために、恐る恐る少年へと問いかけた。


「…少年。君のいうとは優勝賞品の聖剣武具一式のこと、であっているかな?」

「はぁ?何であんなゴテゴテした邪魔なもの欲しがるの?僕が欲しいのは特別賞の古代図書の方だよ。」


 心底遺憾ですとばかりの少年の態度にアイリアは驚き動きを止める。

 優勝賞品の聖剣武具一式でも副賞の特殊素材一式でもなく、特別賞の古代図書なんてものを欲しがる人物がいるだなんて想定していなかったのだ。


 それはアイリアの背後で小さくなっていたラウルに取っても同じこと。


「何でそんなもの!?あんな物、聖剣武具一式に比べれば何の価値もないじゃ無いですか!」




「あ“?そんなものだ?尊い知恵の実の価値を知覚出来ない低能な存在が、どの口で物の価値を語っている?」




「「!?」」


 今まで何を言われても飄々とした態度を崩さなかった少年が、突然凶変した。


 それは戦事の達人を前にしたとかそんなレベルではなく、絶対的強者の存在と相対したかのような抵抗を許さない重圧。


 気を抜けば意識すら、命すらも手放しかねない冷たい空気を漂わせていた。


「……っ…ぁ…」


 凄味のある威圧感を放つ少年に、アイリアの気は遠のきかける。

 無意識にガタガタと震える体。

 呼吸が止まってしまうぐらいに、呼吸器官すらも動きをにぶらせる。


 少年を凶変させてしまう原因を口にしてしまったラウル。そうする事以外自分は赦されないと、言葉すら発することが許されないとばかりの空気の中で消しの思いで体を動かした。


「……す…すぃ、すみません!申し訳ございません!!アレは圧倒的上位者である貴方様が手に取るに相応しい素晴らしい逸品でございます!無礼な言葉を口にして大変申し訳ございませんでしたぁ!!」


 顔面蒼白にして身を震わせながら、ラウルは腰を90度以上曲げて平謝る。

 絶対者の怒りを鎮めんがために、唯々必死に誠心誠意心を込めて謝罪。


「…ん、分かればいいんだよ。分かれば。」


 そのままでいれば自分の所為で世界まで消失してしまうのでは無いかという圧力が一瞬で霧散し、少年の軽い言葉で謝罪は受け入れられる。


 急激な環境の変化で体制を維持できず、ラウルの体は地面に崩れ落ちた。


 側にいたアイリアですら体の震えが止まらないのだというのに、直接その怒りを向けられたラウルは相当なものだろうとアイリアは心配しながらも少年へと向き直る。

 この御仁を怒らせる言動には気を付けなければならないと、気を引き締めながら。



「…失礼を承知で、尋ねるのだが、それは貴殿が直接優勝を勝ち取って手にしなければならないものなのだろうか。例えば他のものが代理で優勝して、賞品だけ貴殿にお渡しするというのは…」

「むぅ、それは………だめだね。アレの素晴らしさを知れば誰でも欲が出る。後で渡すからと言われて、ハイそうですかと気軽に了承する事は出来ないよ。」


 ウンウンと腕を組んで頷く少年。

 彼に取っては特別賞の古代図書は神話級の宝物に見えるのだろうか。一部の人間しかそんな価値観を持ち合わせていないと思うのだが。


「あ、アイリア様ぁ。今回は諦めて別の手を打つわけには…。」

「馬鹿を言うな。各方面の方々に手を尽くして頂いているのだぞ。今更別の手など…それに、もう時間もあまり残されてはいない。」


 真正面から少年に目を向けることも出来ない程怯えた姿でラウルは提案する。

 アイリアにそう言うことを口にするのは、この国ではと取られる行いであるのだが彼女の頭はそういったことも考えられないほど余力がないのだろう。


 しかしラウルの言うことも分かる。恐らくアイリア達は目の前にいる軽装の少年を相手して勝てる見込みがない。たとえ奇襲をかけたとしても全く歯が立たないだろう。

 先ほど感じた怒りの波動はそれを心に叩き込まれるようなものだった。


 へたり腰で座り込み縋る瞳を相方に向けるラウルと顰めっ面で考え込むアイリア、このままでは埒があかないと少年は指を宙にクルリと回して一つ提案を持ちかけた。


「取り敢えず明日の武術大会は当人同士が正々堂々スポーツマンシップに則ってやり合う、って事でいいんじゃない?結果は神のみぞ知るーって事で。」

「…しかし結果は分かりきっていると思ったから、我々はこうして貴殿に提案を持ちかけにきたのだ。やるだけ無駄、むしろ此方の戦力が消耗するだけ損であるのだが。」


 彼の言葉にある『すぽーつまんしっぷ』と言うのは聞き覚えがないが、おおよそ『騎士道精神』に似た言葉だろうと解釈して言葉を返す。


 アイリア達は今までの大会を見て決勝戦の結果を予測して、少年に勝ちうる人間が身内にはいないと結論づけていた。だから無理と分かっていながら居ながら交渉で何とか事を収められないかと行動したのだが、結果はより圧倒的な差を見せつけられるに終わった。

 彼の地雷を踏むという最悪の方法で。


 少年の戦闘方法は一見すると運で勝ち進んだだけのものに見えるが、熟練の戦士や観察眼鋭い者が見ると違うことが分かる。

 打撃力や魔術等の強弱こそ分からないが、彼が尋常ではない程の技術を持っている。それを悟られない様な立ち回りをしているのだということが。

 相手の力を技でいなして避け、武器を振るわれる直前に体の駆動部に物を押し当て動きを阻害、不安定な状態になった所を急所に一打当てたりして体力を消耗させる。それらを視野の狭い仮面を被って行い、一打たりとも自身の身に掠らせる事なく終始喜劇的な動きで行う。

 何も知らない素人が観ればふざけるなと怒り狂う事だろう。しかし彼が相対しているのが国を挙げて行われる武術大会に出るに相応しい猛者だという事を念頭に置くと、その戦闘光景が異常だという事を察することができる。


 それが何回戦も行われるとしたらあり得ないものなのだという事も。


「僕だって一介の何て事もない存在なんだから、不慮の事故だってあるんだよ?勝手に悲観的にならないでよね!」

「…しかし優勝する気なのだろ?」

「優勝するよ?」


 プリプリ怒ったりケロリと宣言したりとする少年。

 全く底が知れず、どう対応したものかとアイリアは痛みを発し始めた頭に手をやった。


「まぁ戦力消耗するだけというけど、試合しといても無駄じゃ無いと思うよ?勲章の授与式こそ出席できなくはなるけど、準優勝すればそれなりに良い武器が手に入るし。これから城に討ち入るのならあって損は無いでしょ?」


「っ!?…何の話だ。」


 的確にアイリア側の事情に踏み込んできた少年の言葉に、不意打ちだっただけにアイリアは一瞬驚愕の表情を浮かべてしまう。

 アイリアはすぐさま持ち直したが、静かに座り込むラウルなどは目を見開いて固まってしまっているのも見えているだろうに少年はそれらを一切合切無視して話を続ける。


「お家騒動は巻き込まれる方としては鬱陶しい事この上ないからね。僕的にもそろそろにお仕置きは必要だったし、ちょっとぐらいは手を貸しても良いかなって気もあるんだ。」


 これ以上は武術大会が終わってからね、と一方的に少年は話を打ち切る。


 完全にアイリア達の計画を把握しているだろうソレに返せる言葉は何もない。

 背を向けて立ち去ろうとする少年を止める気力はもはやアイリア達にはなかった。



 数歩足を進め、ふと立ち止まった少年はアイリア達に振り向く。


「おっと、話が長引いて本題を忘れてた。君たちに道を聞きたかったんだ。」

「…なんだ? 闇ギルドの場所でも知りたいのか?」


 何とか立ち直ったアイリア側の皮肉交じりに言葉を返すと、それを受けても少年はクスクスと笑い声を上げた。


「違う違う。僕が聞きたいのは、この辺にあるって話の『良い稼ぎ場』の事だよ。」


 そっちの場所にも興味はあるけどね、嘯く姿に冷や汗流してアイリアは場所を教えた。

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