1ー13 事態進展
光を放つ物が空を飛ぶ。
煌びやかな色合いのそれは、この部屋の調度品だ。
一般では決して目に出来ないであろうそれは、この部屋の主人に無雑作に掴まれ宙を舞った。
「どうしてっ!なぜアイツがっ!戻ってくるのです!アイツは確かに私が城外の研究施設へ閉じ込めたはずなのに!!」
サウマリアの手によって投げられた調度品は、正面に待機しているガバリルアス騎士団長の身体にぶつかり地に落ちる。
サウマリアは今日の授与式についてあまり詳しく頭に留めておらず、勲章を授与する相手も別の何者かだと思っていた。まさか弱者と切り捨てて研究室で改造されているはずの空船ゾラがその場に現れるとは全く考えてもいなかったのだ。
やって来たのがゾラではなければ他の召喚者と同じく扱ってやったと言うのにと、サウアマリアは憎々しげに唇を噛み締めた。
「………。」
目の前で怒り狂うその様子を見せられても物をぶつけられても、ガバリルアス騎士団長の顔色は変わらない。
女性の細腕とはいえ全力で投げられたソレを身に受けたら、普通は僅かばかりでも反応を返すものだ。ましてやこの世界にはレベルというものが存在し、それ相応に高いレベルを持つ者からの行動であったとしたら尚更。
ならば何故、ガバリルアス騎士団長は無反応なのか。それはサウマリアの
「くっ、流石にこれだけ強固に洗脳を掛ければ会話もできない木偶人形に成り下がりますか。…つかえない。あぁ、使えない奴らばかりですわ!」
この部屋にいるのはサウマリアとガバリルアス騎士団長の二人だけではない。
ファスワン王国の上役であるターコイズ伯爵を含める上級貴族、王族を守るこの国上位の能力を誇る騎士、城の管理を務める侍女執事長。それぞれ組織の上に立つもの達が揃っていた。
それも完全に洗脳された状態で。
「せっかくゴミ屑以下の存在から、使い物になる様に作り変えて差し上げようと思っていたのに取り逃がすなんて!金食い虫の研究者風情が!なんの為に飼ってやっていると思っているのです!!」
再度室内に物が叩きつけられる音が響く。
狙いをつけずに投げられたそれは、一人の貴族の頭に当たって地に落ちた。貴族の頭から血が流れ落ちるが、男はそれを拭う事もない。
男の額から血が流れるのを冷めた目で見て、サウマリアは爪を噛んだ。
「アイツは計画の妨げでしかない。あの男が戻ってくると口にしている限り、どうやってもアイツは戻ってくる。奴の気を変えることは出来ないでしょう。ならば従順な態度でそれを引き延ばして、計画を前倒しにするのが一番。問題は他のアレらがさほど育っていないという事なのですが………」
サウマリアは考える。
何としてでも計画を実行させるのだと。
それほどに自分はあの方に会えることを、待ちわびているのだから。
そして、サウマリアは木偶とかした者達に命令を下した。
――◆ side:神近洸哉 ◆――
「ゾラの奴、何が気を付けてね、だ。お前が一番危ないだろうが。」
数日ぶりに見た仲間の姿。その姿は全く変わっておらず、どころか謁見のために装備を外している分もっと軽装に見えた。
「…何事もなく城を出て行った?」
「ガバリルアス騎士団長の目、何か危ない感じだったわね。」
「ここからゾラ先輩の成り上がり無双伝説の始まりかな、かな?」
洸哉と同じで、全員がゾラの進む先にいたガバリルアス騎士団長の姿を目にしていた。その生気を全く感じられない表情も。
しかしそれを目にしていながらも感じる感情は様々。共通しているのはゾラ自身の心配は全くしていないということだけだった。
洸哉と彩峯と実嶺はこの城を出る前にゾラが何事か行動を起こしたのかと、直輝はゾラを物語の主人公の様に勇者さながらの動きを見せるのかと言葉にする。
「空船くんは戻ってくる様なことを言っていましたが…」
「それまで何事もなく過ごせる気が全くしないねぇ。どうしようかぁ。」
「流石に俺も不安になってきた。ヤベェ、どうしよ。」
深澄と獅乃は自分達も何かしら動くべきではないかと思案し、隼嗣もいつもの楽観的な言動を控えて不安そうな声を発した。
直輝と一緒になって妄想話に花咲かせそうな隼嗣だが、流石にガバリルアス騎士団長の様子に何かくるものがあった様だ。
「…なぁ、ゾラも城の外にいるし俺達で脱出しねぇか?」
仲間でない誰かに聞こえない様に声を潜めて洸哉が呟く。
今日まで洸哉たちはこの世界で生きる術がなかった。だからこそこの城で過ごしてきたのだが、今はそうでも無くそれなりに知識も力もある。
ならば不穏な空気漂うこの城を抜け出すべきではないかと。
「彼も戻ってくるとは言っていましたが、この城に、とは口にしていませんでしたね。…私たちの元へ戻ってくると解釈すると、私達が移動しても問題ないのかもしれません。」
「召喚の責任取ってもらうっていうのも、この城にある本が目当てなんでしょ?それが少し先の機会になっても良いんじゃない?」
「…何なら別の場所で手に入れた本を与えておけば黙ると思う。」
「欲求こそ抑えられないけどぉ、物さえ与えておけば取敢えずは大人しくなるっていうのはゾラくんの良いところだよねぇ。」
「これじゃないとダメって言う子供よりは良いけど、チョロすぎねぇかゾラの奴。」
隼嗣自身も分かりやすい性格をしていることは自覚しているが、ゾラ本人がいない所で当人に関してこれだけの事が言われていると何だか複雑な気持ちになる。しかし実際にその通りになりそうなので文句を言うことはなかった。
「んー? 脱出ってどうやるの?」
完全に元の話題から脱線していた会話が、直輝の言葉でピタリと止まる。誰もが動くべきだとは思ってはいたが、その方法について考えていなかったのだ。
それはぁそのぉと濁す洸哉たちの言葉を遮る様に、今までに黙って周囲を警戒していた男から提案が上がった。
「取り敢えず身近に武器を置くところから考えてみては?この訓練場から直接皆様は持ち運べませんが、私なら移動させても不自然ではありません。今晩にでもお部屋の方へ移動させますので、保管方法を考えて頂ければと。」
こちらも周囲に聞かれない様にと声を潜めてチャーリー副騎士団長が言う。
これまでも洸哉たちを気遣う言動が多かったが、その内容は仕える国に反旗を翻すものであり、行動を伴うものである。
「ですが、チャーリーさん。そんな事すればあなたは…」
「見つかれば首を切られる、どころではないでしょうね。ですが私とて、これ以上この世界の者ではない貴方がたを危険な目に合わせるのは忍びないのですよ。」
苦笑を込めて告げられた言葉、しかしその真には覚悟が込められたものだった。
「幸い城下の方でも何やら物々しい様子。近いうちに逃亡する機会は訪れるでしょう。それまでの辛抱です。」
他に何の方法も思い浮かばない洸哉たちにチャーリー副騎士団長の言葉を断ることも出来ず、今後の計画の擦り合わせを始めるのだった。
薄暗い室内に二手に分かれて体を横たえる。
ゾラが帰ってから今日1日の残りの行程も何事も無くこなし、洸哉たちは与えられた部屋へと戻っていた。
今までならば男女分かれて二部屋で休んでいたのだが今後何かが起こるという予感に、城を抜け出す機会を逃さない為にと纏まった場所で休む事にしたのだ。
「「「「「「「………。」」」」」」」
室内には話し声一つない。だがそれは皆が眠っているわけではなく、何かを待っているからだった。
堅い空気が漂い何分何時間と経った後、一つの物音によってそれが打ち払われる。
「…誰か、起きていらっしゃいますでしょうか。少々お話しておきたい事があるのですが。」
洸哉たちが待ちわびていた人の声。だが静かなノックと共にかかったその内容は、昼間に打ち合わせたものとはまた別のものである。
何か問題でもあったのだろうか。
一人身を起こし、扉へ向かうのは洸哉だ。
この中で素早さがあり、近接戦も出来るという事で応対する役割を決めていた。
残りの者は寝ている様に見せて、すぐさま攻防に移れるように体を緊張させている。
「ふぁーい。何ですかー、こんな夜更けに。」
今の今まで眠っていたかの様に演技をしながら扉を開けると、そこに居るのは昼間にも目にしたチャーリー騎士団長の姿。他に人の姿はなかった。
「問題が発生しました。すぐさま皆様に起きていただき、この場を移動する必要性があります。」
数は足りませんが身を守る武器はココに、と長剣と短剣をいくつか洸哉に手渡し、チャーリー副騎士団長は部屋の外へと視線を向ける。その顔は薄暗い室内からは見て取れないが、少なくとも何時もの洸哉たちに向けられて居る様な温かみのある笑みは浮かんではいなかった。
物音一つしない廊下で息を潜めて足早に動く。
言葉少なに語ったチャーリー副騎士団長の話では、今この城は反乱軍に攻め入られて居るのだという。それにしてはあまりにも静かすぎるのではないか、という疑問には初期の段階で鎮圧されて今はその事後処理に動いて居るのだと言葉を返された。
「チャーリーさん、私たちはこれから何処へ?」
後方で周囲を警戒しながら進む深澄が、今後のことを考えて尋ねる。
「…取り敢えずの所、皆様には城を離れていただきます。反乱軍鎮圧のため表門と裏門は使用できませんので、隠し通路の方へと動きます。」
部屋を出て以降チャーリー副騎士団長は洸哉たちへと振り向かないが、それほど事態が切迫して居るのだろう。確かに反乱軍に城が掻き回される様な状況でないと洸哉たちが脱走する様な機会などない。
皆が無言で頷き、手に武器を持つ者はその存在を確かめる様に力を込める。
チャーリー副騎士団長に渡された武器は、前衛職の獅乃と隼嗣が長剣を、同じく前衛職の洸哉たちが短剣を手にしていた。残りの短剣一本を護身用にと深澄が手にし、全体の後方を守って居る。
「………んー?」
一行が足を止めたのは渡り廊下を過ぎてすぐの少し大きめに作られた踊り場に踏み入れた時だ。
違和感に初めに気づいたのは直輝、遠距離後衛の職業であるからか周囲の変化に敏感だった。
疑問の声を漏らして立ち止まった直輝につられて洸哉たちも足を止める。
「…どうかしましたか?」
先頭を歩いていたチャーリー副騎士団長は少し遅れて立ち止まると、抑揚のない声で洸哉たちに問いかけた。
「んー、この場所なんか変?」
「? 別に変わったものは何もないけど………っ!?」
眉を顰めて呟く直輝を庇う用に立っていた実嶺が辺りを見渡した後、視線を一点にやって驚き固まる。
今まで洸哉たちがいた建物は人の出入りも少なく灯も最小限で薄暗かったが、渡り廊下を進んだ先にあるのは王城。そこは人も多く要人警護のために灯も多めに設置されて居る。
結果、先ほどまでは気付かなかったものも見えてしまった。
実嶺の視線の先、洸哉たちを先導していたチャーリー副騎士団長の顔には能面の様な表情が張り付いていた。
「皆、下がって!」
その言葉に反応して全員が背後へと飛び退く。
続いて実嶺は訓練でも使用していた魔術を放とうとしたが、自身の使用武器である短杖が手元にない事で発動する感覚すらも発生しない。
舌打ちして武器を持つ洸哉たちの邪魔にならない位置へと移動すると、その場に響く様なコロコロと笑う声が耳に入った。
「あらあら、何も気付かずそのまま移動して下さればよかったのに。本当に思う通りに動かない木偶ですわねぇ。」
洸哉たちがこれから先導されようとしていた通路の先から人影が、サウマリア王女が現れる。彼女は隠れていたわけではなく、初めからそこにいた。なのに洸哉たちは全くそこに目が行かなかったのだ。
「…私達に何をしたんですか!」
「何もおかしな事はしていませんわ。ただ少し、貴方たちの認識を阻害させただけのこと。」
居ることが当然である様に見せただけだと、サウマリア王女は笑みを浮かべて答える。
悠然と歩みを止めないその動きに、洸哉たちに対する警戒の色はない。
「はぁ!」
相手に時間を与えると不利だと洸哉は瞬間的に考え、チャーリー副騎士団長が距離を離していることを視界の端で確認してサウマリア王女に斬りかかった。
もちろん刃を当てるつもりはなく牽制、出来れば隙を作ってこの場を逃げることができればと考えてのことだ。
だがその考えは、短剣が振り切る前に止められる事で無理と知る。
「っ、なにを、した!」
どれだけ身体に力を入れようが、手も足も動かない。
「…っ、くぅ!」
洸哉と同じく攻撃に出ようとしていた獅乃の姿を視界に収めるが、そちらも不自然な体制で動きを止めていた。
「木偶の分際で主人に楯突こうだなんて不敬ですわ。道具は道具らしく、黙って使われていれば良いのです。」
口元を押さえて笑うサウマリア王女の腕には幾つか黒のラインが入った白い腕輪が、鈍い光を発している。
その細工が入った腕輪は洸哉たちが装備している黒い輪の装備と酷似していた。
「隷属の、腕輪。それで、命令、を?」
深澄がどうにか状況を打破しようという事を聞かない体をギシギシと言わせながら口を動かす。
「やはり廊下で立ち聞きしていたのは貴方でしたのね。ですが、それを知っても貴方達には何も出来ませんわよ?私の命令なくしては外す事など出来ませんもの。」
ニンマリとサウマリア王女が笑みを浮かべると、どこに待機していたのか騎士達が洸哉たちを取り囲んだ。
その顔は共通してチャーリー副騎士団長と同じく能面のような表情。皆、サウマリア王女に操られていた。
「ぐぅ、くそっ!」
こんな時でも洸哉の頭に浮かぶのは、ここ最近よく見るクルリと宙に指を回すゾラの姿。
ステータスが低くとも彼がいるだけで全員の不安感が拭えていただけに、こんな時にゾラが居ればと考えてしまう。
戻ると言っていたゾラの言葉に心の中で謝りながら、洸哉たちは意識を手放していった。
「あぁ、これで貴方にお会いすることが出来る。やっと、やっとです。お姉様…。」
完全に意識が途切れる間近にサウマリア王女の恍惚とした声を耳にして。
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