1-12 帰還する場所


 荘厳な雰囲気が支配するその場所で、複数の人間が集う。


 周囲を威圧感放つ男達が警戒する様子で立ち、中央には二人の人物の姿があった。


 片側の人物の手には小振りな、しかし確かな存在感を放つ品物を手にしている。


 姿勢を正したその人物は強張った表情に無理やり笑みを浮かべると、声高々に宣言した。



「第258回ファスワン王国武術大会優勝者、その偉業を讃えて勲章の授与を。それと共に、ファスワン王国第三王女サウマリア=デジア=ファスワンがあなたを真の強者であることを証明致します。」



 震える手でその品物、勲章を目の前で片膝ついて頭を垂れるもう片方の人物の手へと落とした。


 同時に彼に、サウマリア王女は言葉をかける。声にまで震えがこもらない様に気をつけて。


「おめでとう、ござい、ます。」


「ありがとうございます、サウマリア王女。」


 頬をひきつらせるサウマリア王女に対して勲章を授与されたその男は、顔を上げると笑みを浮かべて返礼した。


 受け取った勲章を自然な手つきで胸元に飾ると、再び頭を下げる。


「これにて授与式を終了いたします。」



 授与式を執り行った謁見室から退室するその瞬間まで、サウマリア王女の憎々しげな視線は今大会優勝者、に突き刺さっていた。






 ――◆ side:空船ゾラ ◆――



「おーい、ゾラ先輩ー!」


 先導する騎士の後を歩いていると、道の先からゾラを呼び止める声がした。


 視線を向けるとその先には一緒に異世界召喚された仲間の一人である直輝の姿。

記憶を紐解いて思い出すと彼がいる場所はゾラがこの城を拠点としていた頃、戦闘訓練のために使っていた場所だった。



「おや、直輝くんじゃないか。久しぶりだね、背は伸びたかい…っと!」


 走り寄ってくる直輝の姿にシミジミと呟いていると、ゾラの後頭部を衝撃が襲う。

 頭をさすりながら振り向くと、そこには見慣れた人物の顔。


「なーにが久しぶり、だ。10も経ってねぇだろうが!」

「何事もなかった様に戻ってきましたね………城の方は何だか慌しいみたいですけど。」


 訓練場にいた直輝たちとは別に、ゾラの後ろから洸哉と深澄がやってきた。

 どうやら二人は代表で授与式に出ていたゾラを迎えに行っていたらしく、どこかで行き違った様だ。

 二人の顔に浮かぶのは同じく顔を顰めた顔だが少し違う。片方は安堵のこもった顔、もう片方はやっぱり何かしでかしたかという顔だった。


「ちょっとした冗談じゃない。それをチョップするだなんて…洸哉くん、まだハリセン出せないの?」

「出せねぇよ!何で俺がハリセン出せる様になる前提で言う!」

「え…洸哉先輩ハリセン出せる様になるんじゃないの?」

「!?」


 心底残念そうな顔をする直輝に洸哉が驚愕の顔をしていると、離れた場所にいた実嶺たちが訓練の手を止めて近づいて来る。


「あら、嬉しそうな顔してるわね。」

「ここの所、洸哉くんの眉間のシワが凄いことになってたもんねぇ。」

「…ヒドイ顔だった。」


 フワリと笑みを浮かべて実嶺と獅乃が言うと、追従する様に彩峯がコクコクと頷いた。


 ゾラが一行から離れてそう日付は立っていないが、洸哉の表情の変化と仲間内の雰囲気の変化に心配していたのだ。隼嗣と直輝がゾラの話題を出す毎に、話題を出さなくとも沈んでいくその様子に。


「うおぉい、ゾラー!お前今まで何してたんだよー!一人冒険しやがってぇ!」

「あはは、隼嗣くんウザい。」

「ウザっ!?」


 肩に腕を回して絡んでくる隼嗣をゾラは言葉でバサリと切り捨てた。

 好奇心で満ち満ちた隼嗣の顔が一瞬で凍りつく。


 ゾラ達がワイワイと騒がしくしているその脇で、戦闘訓練を見ていたチャーリーが何気ない動きでゾラを先導していた騎士を連れ立ってその場を離れて行く。


 視界の隅でそれを捉えていた洸哉が真面目な顔で声を潜めた

「お前が戻ってきたってことは、この城を抜ける算段でもついたのか?」


 空気が一変した事でそれまで賑かにやっていた実嶺たちも身を硬くする。ここからは真面目な話かと。



 しかしその中で一人、ゾラだけはキョトンとした顔だ。



「なんのこと?城を抜けるとかしないよ?」

「へ?じゃぁなんで戻ってきたんだ?」

「あ!じゃぁこの城に潜む敵を打ち倒すのか!?」


 何でわざわざこんな厄介な場所に戻ってくるんだと首を傾げる洸哉に、それならばと隼嗣が期待に満ちた声で言う。


「あはは、ないない。」

「えー、冒険しないのー?」


 あっけらかんと手を横に振るゾラの姿に直輝が頬を膨らます。自由に出歩くことが出来ず、城の中で戦闘訓練ばかりで直輝の鬱憤がたまっている様だ。


「何処ぞの人神様も言っていたみたいに、こういった事はこの世界の人間が解決するべきなんだよ。部外者の僕たちが介入する話じゃない。」


 面倒臭いから、と言う心情はあえて口にせずゾラは直輝の頭を撫でる。


「…じゃぁ、この城に留まる理由は?」

「そりゃあ、まだこの城にある書物を読んでなぃ………この城の人には僕たちを召喚した責任を取ってもらわないといけないからね。うん、しょうがないね。」


 直輝の機嫌を直そうと頭をひねっていたところにスルリと差し込まれた彩峯の言葉に、ゾラの本音がポロリと溢れた。

 慌てて取り繕ったが、洸哉たちの視線は疑わしげなものに変わっている。


「まさかお前…城を出たのも本目当てとかそんな訳ないよな?」

「…ふっ、身近に手が届く書物は全て制覇した!余は満足である!」

「誇った顔で言うな!」


 胸を張って答えるその姿に、洸哉は再度手刀を入れて黙らせる。レベルも上がって強化されたその一撃は風切り音を鳴らせて振り下ろされた。


「酷いっ!僕だって限界だったんだよ!?目の前にを置かれて我慢し続けられる訳ないでしょ!?」

「年下の直輝ですら我慢してたっつーのに、お前は!」

「冒険心が満たされなくとも、戦闘訓練で戦闘術やら魔法をぶっ放せたでしょうに!未知の力を使えて、それなりに満たされたでしょ!」


 僕の知的好奇心は無理だ、とこれまでにない程の剣幕でゾラが言うとその場にいる全員が頭を抱えてため息をついた。こいつはもうダメだと。


「空船くん、あなた本当に…本当に、外で何もして来なかったんですか?」


 念の為に深澄がゾラの目をじっと見つめながら再度確認する。その顔にはこいつ本気か?という思いがこもっていた。


「んぅ?……冒険者登録をして、登録証ができるまでは図書庫に行ってたね。んで、登録証が出来たら次は人神様に会いに入って、さらにを聞いてた。その後は戻ってきて城下町に居たんだけど、武術大会の景品に惹かれて…」

「それで武術大会優勝って、どういうことなんだよ…」

「ゾラ先輩すごーい。」


 呆れた声で隼嗣は言ったが、景品によってはゾラが何をやらかしてもおかしくはないと思って居た。

 どうせその惹かれたという景品も。


「優勝賞品が何かの本だったのぉ?」

「違うよ、特別賞の方が古代図書だったんだ。優勝賞品は何だかゴテゴテした武具だったね。」


 当然交換してもらったけど、と輝かしいばかりの笑みを浮かべてゾラは答えた。


「…それ、絶対損してる。」

「現状を考えると、武具の方が必要だったと思うんですけど…この子は…」


 ジワリと襲ってきた頭痛を深澄はこめかみに手をやって抑える。

 武術大会を実際に見てきたチャーリーが驚きと困惑でその時の内容を語っていたのは、その時に何事かあったのだろうと。


「はぁ、お前が何処に行ってもお前らしい行動をとるって事はよく分かったよ。何処かで小耳に挟んだ程度でもいいから、今この城で起こっている事について何か聞かなかったか?」

「王城の事を城下の人間がそこまで知るわけがないんだけど。強いて言うなら、王女暗殺の話とか奴隷大量購入の話かな?あとはぁ…っと、時間切れかな?」



「時間切れ?」



 ふと横を向くと廊下の奥からチャーリー副騎士団長がゾラを先導していた騎士を伴って戻ってくる姿が見えた。

 チャーリー副騎士団長の顔には申し訳なさそうな表情が浮かんでいる。


 声に出さず気にするなとゾラが笑みで答えると、疑問符を浮かべている洸哉たちの方へと向き直った。


「じゃあ、僕はもうちょっと外に出てるけど頑張ってね。」

「はぁ!?お前戻ってくるんじゃねぇのかよ!!」

「ちょっとー常識的に考えてよね。急に今日から城に滞在しますって言って、すぐに許可や支度が出来るわけないでしょ?」


 数日中にはまた一緒に行動できるから、と洸哉の肩を叩くと待っていた騎士に先導されてゾラはその場を離れる。


「ゾラ、っ!?」


 騎士に先導されて歩くゾラの行く先にはガバリルアス騎士団長の姿があった。

 その顔にあるのはダンジョンの時に共に行動した時とは違った、能面のような顔。


 ガバリルアス騎士団長の姿を見て息を詰めてしまった洸哉に、ゾラが首だけを振り向かせて声をかけた。



「僕が戻るまでゴタつくかもしれないけど…」



 気を付けてね?音にはせずに口にすると、宙でクルリと指を回してゾラは城を去って言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る