1-10 ダンジョン(後)

 ――◆ side:神近洸哉 ◆――



 ダンジョン内に出る敵の造形は様々だ。

 定番の小鬼のゴブリンや二足歩行の豚であるオーク、小鬼を大きく肉付きをよくしたオーガ。その他に大人と同等の大きさの熊やトカゲ、サッカーボール大のコウモリなんてモノも出る。

 これらは誰の想像によるものか武器を手に持っていたり、魔法を駆使してきたりもした。その多彩な攻撃方法はであれば即座に対応はできない。


「あっぶなーい。」


 自身の身長よりも大きな熊の攻撃をゾラはひらりと避けると、すれ違いざまに短剣を振って熊の行動を僅かに阻害させる程度の小さな傷を負わせる。


「やぁっ!」

「…ふっ!」


 ゾラが離脱すると同時に獅乃が前へ出て長剣を一振りして敵の目を引きつけ、彩峯が長杖で一撃を入れる。彩峯は回復職なので補助ありきでないと攻撃を入れることができないと、連携の間に入れることになったのだ。おかげで仲間と彩峯のレベル差は埋まってきている。


「でりゃあっ!!」


 力強い声を出して隼嗣が両手剣でトドメの一撃を入れた。


「Gryuuuuuuuuuun!!!!」


 甲高い声を上げで袈裟斬りにされた熊は倒れる。その後は今までと同じように地面に吸い込まれるように消えていった。


「ふぅ。」

「まだなんとか行けそうね。」


 別方面の敵を相手取っていた洸哉達が、敵を倒して合流する。


 ゾラが先頭を歩き始めて数階層、いくつか下へと降りたが洸哉たちはまだ大きな傷を負うこと無く進むことができていた。

 しかし大怪我はなくとも精神的疲労は大きくなっていく。皆の顔には疲労の色が濃く出ていた。


「…あまり奥へ進むのは気が進みませんが。」


 苦い顔をして言葉を濁す深澄先生の頭にあるのは今後のことだ。


 今回は戦闘訓練としてダンジョンにこられたが、今後も来られるとは限らない。外に出ることも出来ず、城で飼い殺される可能性もあるのだ。

 レベル上げを出来るこの機会に、可能な限りやってしまいたいという気持ちが洸哉達の頭にはあった。


「まあまあ、そんなに今詰めても良いことないよ?もっともリラックスしていこうよ。」

「…お前はリラックスしすぎだろうが。」


 敵の初撃を受ける先頭を歩いていながら汗ひとつ流さず、いつも通り飄々としているゾラに意味もなく溜息が漏れる。

 相変わらずトドメこそ刺してはいないが、ゾラは敵の攻撃で一撃を確実に入れ続けていた。

 彩峯に逐一回復してもらっているとはいえ俺達は何度も攻撃を受けているというのに、と洸哉は考えながら少し違和感を覚えるが。


「ほら、こんなに神秘的な景色なんだから難しい事なんて考えずに。コレなんてあっちの世界にない鉱石だよ?心踊ったりしない?」


「おい!不用意にそれらに触れるな!」


 ゾラの何気ない行動と、ガバリルアス騎士団長の怒声に覚えた違和感は瞬時に吹き飛んでしまった。


「ゾラ、そこを離れろ!ソレなんか点滅してんぞ!」

「んー?」


 洸哉の言葉にも焦った様子を見せず、ゾラは自身の触れた地面から腰の高さまで伸びた鉱石の結晶に目をやる。


 点滅を繰り返す鉱石の結晶は徐々にその光を強くし、次第に洸哉達のいる空間を白で埋め始めた。


 白の光に飲み込まれるその間近、洸哉はゾラの顔に笑みを見た気がした。






「ようこそいらっしゃいました異世界の勇者様方。私はこの世界三大神の一柱、『人神』を担当させて頂いております。以後お見知り置きを。」



 発光が止み、視界が正常に戻ってすぐに何時かの焼き直しの様な台詞が耳に届く。

 軽く頭を振って、何時の間にか下げていた頭をあげると周囲の景色が変わっていた。


 薄暗い洞窟にいたはずが、今いる場所は青白い壁の四角い部屋の中。壁全体が仄かに発光しているのか、暗さとは無縁の空間だった。

 どういう飛ばされ方をしたのか立ち位置が変わって洸哉を先頭に後ろには実嶺たち、最後尾にゾラを挟んで更に奥にガバリルアス騎士団長ら騎士達が気を失って倒れている。洸哉の目の前には少し距離をとって一人の女性が立っていた。


 銀に青が混じった長い髪に晴天の様に青い瞳、シンプルな青のドレスと青で統一された風体のその女性は、神秘的な雰囲気を漂わせて慈愛に満ちた笑みを浮かべる。心を見透かす様なその視線で洸哉達を順々に見た後、その整った顔に乗った薄い唇が音を紡いだ。



「本日のご用件は転職でございましょうか?」



「「「「「「「は?」」」」」」」


 先ほど人神と名乗った声で語られたその内容に、洸哉たちの疑問の声が揃う。神秘的な雰囲気の中で語られたその内容はあまりにも不釣り合いだった。


「おや、此処は異世界のハローワークだったのかぁ。」

「いやそれは無いから!せめて何処ぞの転職神殿と言っとけよ!」


 ああなるほどと頷きながら言葉を口にするゾラに、反射的にツッコミを入れたが洸哉の混乱は治ってはいない。唯でさえよく分からない空間に飛ばされ、いきなり神との対面なのだ。すぐに落ち着けるはずもなかった。

 それは他の仲間にも言える事だ。


「ぇ、ちょっと!?何で膝をついてるんですか!!」

「いえ、少々土下座をさせて頂こうかと……」

「神様が簡単に膝をついてはいけません!ましてや頭を下げるだなんて、そんな畏れ多い!!」

「…神様?何ソレ、美味しいの?」

「異世界って何でもありなんだねぇ。どう反応していいのか分からないやぁ。」

「隼嗣にいちゃん、こんなのってあるのかな?」

「ぉ、俺も想定外だぞ?トラップ踏んで即神界のトンデモ話なんて。」


 用向きが違ったのかと土下座の姿勢を取ろうとした人神を実嶺は慌てて止め、深澄は人神相手に説教を始める。彩峯と獅乃は遠い目で現実逃避を始め、直樹と隼嗣は自分の知っている漫画やゲームなどを紐解いて類似しているものがないかを思い返し始めた。


 このままでは収集が付かないと、ゾラは溜息ついてクルリと宙で指を回す。


「人神様ぁ?土下座とかどうでもいいんで色々説明してもらってもいいかな?」


 深澄に説教されながらも土下座を敢行しようとしていた人神が、ゾラの言葉に動きを止めて恐る恐ると視線をあげた。

 姿勢は未だに正座をして、地面に手をついたままだ。


「あの…土下座はいいんですか?やらなくても暴れまわったりしません?怒り狂って世界を崩壊させたりはしませんか?」

「しなくていいし、暴れ回らないし、崩壊させたりしないから。取り敢えず、土下座のままでいいから今の状況説明してよ。」

「いや、そこはやらなくていいと促せよ!」


 ゾラと人神の遣り取りの中で、ようやく混乱治った洸哉はこのままでは話を続けさせるかとゾラの頭をはたいた。






「えぇっと、説明をと申されても私どちらを説明すればよろしいのでしょう?」


 ひとまず全員が落ち着き、いざ話しの続きをする事になった。

 ちなみに人神は未だに正座のまま立とうとしないので、代わりに洸哉たちが床に腰を下ろしている。いくら説得しても無駄だったのだ。


「あーっと…取り敢えず此処は何処で、今どう状況なのか教えてもらってもいいでしょうか。」


 代表で洸哉が発言すると、人神はハイと首を縦に振るとゆっくりと話し始める。


「この場所は私『人神』が治める青の神殿の一画、神の間でございます。ブルーダンジョンとしては最下層に位置する場所です。皆様は上層にある転移陣の装置を起動して、こちらへと来られました。」

「神の間!?最下層には祭壇があるだけじゃないのかよ!」


「我等神が治める神殿、ダンジョンはそれ相応の役目があります。上層階にあるダンジョンは我等神に仕える選定者を選別するため、最下層にある神殿はこの世界を平定し安定させるための役割を担っているのです。祭壇のある一室もありますが、それはこの場に訪れる者用に誂えた物ですね。」

「…騎士団長さん達が眠ったままなのは、何か意味があるの?」


「彼らはこの世界の住人であり、正式にこの場に来たわけではありません。それに、今の彼らの状態ではこの場所の事を知られるのは困りますので。」

「状態が悪いっていうなら治しちゃえばいいじゃないですかぁ、人神様なんでしょ?」


 矢継ぎ早に出された隼嗣と彩峯の疑問にサクサク答えた人神は、獅乃の疑問には困ったような笑みを浮かべる。


「私達神がこの世界の住人に直接手を差し伸べる時期は遠に過ぎました。これからは変動の時。この世界の住人で手を取り合って生きて行くべきだと、我々の間で取り決めをしたのです。ですのでいくらこの国や世界の状況が悪かろうと、私達神が直接手を出すことは出来ません。」

「へぇ。手を出さないはずなのに、私達の召喚には手を貸すのですね。」


 首を振って答える人神に、深澄は鋭い視線を向ける。異世界召喚なんてものは神の力でも無ければ起こせない、そんな気持ちで問うた言葉だった。


 対する人神は沈痛な面持ちで語る。


「皆様の召喚については私達の不手際によるものとしか申せません。しかし言い訳させていただくのならば、あの魔法陣は我々この世界の者によるものでは無ければ、召喚に手を貸したわけでもありません。何よりこの世界には魔法陣なんていうものは存在しないのですから。」

「え?でもアレ、すっごく光ってたよ?」


「この世界に無いものだから使用することができない、というわけでは無いのです。只この世界の仕組みとは別の形で構成されているので、正しく起動されるように改変して場を整え、それ相応に膨大なエネルギーを用意しなければいけないはずなのですが…」


 首をかしげる直輝の仕草に少し目元を緩め、人神が世界の仕組みを説明する。


 この世界の魔法や法術は力の大元としては同じものであり、神の力を借り受けて行使しているのだという。

 固定言語により神々の力を一時的に生物の身体へ取り入れ、循環させて外部へと放出する。その経過で攻撃的なものや治癒的なもの魔術や法術に変換されるのだと。


 対してこの世界に無い魔法陣はというと、神の力を使うことなく周囲にあるエネルギー体を吸収して発動する。

 魔法陣がもともと存在していた世界には空気中に何かがあったのかもしれないがこの世界には無いため、魔法陣の一部を改変したのか代替できるようなエネルギーが用意されたのか。その辺りは魔法陣が発動した瞬間に何者かに介入、阻害されたため覗き見ることができなかったのだと人神は言った。


「そもそもアレは片側が条件を満たしても成功するはずがなかったのですが…そこは私達の想定が甘過ぎた、ということなのでしょうね。」


 疲れた顔でそう話を締めくくる人神に、洸哉達は如何にもし難い気持ちになる。


「…にしても、なんで俺達と話をしてくれる気になったんだ?聞いてる限りだと、この世界の事に介入はしないって話じゃなかったのか?」


 おまけに土下座までしようとするし、と言葉にはしなかったが洸哉は疑問に思う。


「それは勿論、皆様はこちらの騒動に巻き込まれた被害者であり部外者ですので、この場から動くことは出来ない身とはいえダンジョンにある罠の一つに介入してこうして対面するぐらいは致します。早くお会いして謝り倒さねばソチラの、っ!?……皆様のご気分を害されてこの世界が崩壊、なんて事になっては私達にとっても…その……」

「?」


 ムンっと胸を張って話し始めた人神が話の途中で言葉を詰まらせ、しどろもどろに話し終えた事に疑問を覚えて洸哉たちは背後へ振り返る。しかし後ろにあるのは以前倒れたままのガバリルアス騎士団長らの姿だけ。


 洸哉達は全員の首をかしげると、人神に向き直った。


「えっと、私達もちょっと怒ったからって世界が崩壊?する程のことを起こすわけないわよ?」


 常識的に考えればそんなことが出来るはずがないだろう、と実嶺が言うと人神はカッと目を真開いて足を擦って詰め寄る。


「本当ですか!?本当に私達の世界は危機に瀕していないのですね!?もし、もし仮に皆様のうちのが何か行動を起こそうとしても皆様が止めて下さいますか!?」

「え、ええ、もちろんよ?安心して?」


 若干勢いに飲まれながら答えると、人神はホッと息を吐いて力を抜いた。目尻に光る何かが見えたが、その事を言及するのはどうかと迷いが出る。


「その言葉を聞けてホッとしました。ではこれ以上皆様のご気分を害されぬよう、元の世界に戻るまでの間は我ら神々一同全力でサポートさせて頂きます。」

「!?私達、元の世界に帰れるの!?」

「?………っ!はい勿論です!方法自体は御座います!私達には出来ませんがのお力でしたら難無く達成される事でしょう!!」


 一瞬の間の後に焦って答える人神の姿に、神本人から齎された帰れると言う保証に感極まる深澄は勿論他の仲間の頭には疑問も浮かばない。

 人神の視線が一瞬止まった先を、彩峯だけは胡乱な目で見つめていた。


「ああああぁ、あの!そろそろ元の階層へ戻った方が良さそうですね!後続の冒険者の方が追いついてくるやもしれません!」


 これ以上不手際があってはならぬと、人神は慌てて話を占める。

 洸哉たちがアッと言葉を返す暇なく、神の間は光を放ち始めた。


 転移した時と同様に視界が光で埋め尽くされるその間近。



「異世界の皆様9の旅路が平穏無事である事を、この場所よりお祈り申し上げます。」



 人神が頭を垂れる姿を目にした。






 光が止み、視界が元に戻った先で見たのはゾラが発動させた罠がある部屋。

 立ち位置こそ転移前の状態だが、ガバリルアス騎士団長らのみが意識を失ったままの姿だ。


 どうしたものかと暫しその部屋に留まっていると、そう時間も経たずに後続の冒険者達が部屋へと現れる。

 何があったと驚く彼らに不注意に罠を発動させてしまい、困っているのだと言うと地上まで手を貸してくれる事になった。渡りに船とその話をありがたく受けて洸哉たちはダンジョンを後にする。


 神の間に転移し、人神と対話したと明かすのは良くないと洸哉たちが話し合った結果、みんな全員罠で気絶していたと言う事にした。ガバリルアス騎士団長らは洸哉たちを庇ってより多くの光を浴びた事にすれば、目覚めが遅い事にも信憑性が出るだろうとの考えのもとだ。



 後から来たのが人の良い冒険者だったこともあり、何のトラブルもなく地上へ到着。

 ガバリルアス騎士団長らは馬車を止めてある場所へとつく前に意識を取り戻したので、馬車の操縦に関しても問題はない。


 城の外へと出られるということで逃亡を図るという思惑が、神の登場ですっかり抜け落ちてしまっていたがそれも致し方無いだろう。



 城へと戻った後は、ガバリルアス騎士団長は報告のためにと一足早く分かれた。

 洸哉たちは精神的にやら体力的にやら参ってしまい早々に部屋へと戻っていく。


 途中で副騎士団長であるチャーリーの姿を目にしたが、その顔には何故戻って来たのかと物語っているような気がした。




 問題があったのはその後だ。


 皆で部屋に戻り就寝したはずが、朝には一人姿が見えないものが。


 先に朝食の席についているのかと洸哉たちが移動すると、そこには普段姿を現さないサウマリア王女の姿があった。


 サウマリア王女は寂しそうな笑みを浮かべると、洸哉たちにポツリと言葉こぼした。




 ――ゾラ様が御一人、皆様との力の差に嘆き、試練の間へと向かわれました。




 それは洸哉たちとのゾラとの離別を告げる言葉だった。

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